120話 ニコラの特権
「お前はなんちゅう顔してるんだ」と顔を見るなりニコラに言われたパメラ。
「えっ?師匠、私そんなに酷い顔をしてます?」
「そんだけ化粧で誤魔化そうとしておいてよく言うわ」
師匠に思いっきり呆れた顔をされてしまった。
咄嗟にしらを切ったけど、化粧直しをしてきた所なんだからいつもと違うのは自分でもよ〜く知ってる。
だって、目の下が落ち込んで本当にクマが酷かったんだから仕方がないじゃん、これでもそのままにしておくよりマシだったんだ。
いつもはちょっとタレ目なのを隠す為に黒のアイラインをギュギュッと入れて赤のアイシャドウで吊り目に見せているのだが、今日は目の下のクマを隠すために普段より広い範囲に濃い灰色と青を使い華麗なるグラデーションテクニックを駆使した結果、いつもと違うことで逆に目立ってしまったようだ。
食堂でも「なんだ、なんだ痴話喧嘩か?恋敵と殴り合いの決闘でもしたか?」などと会う人ごとに散々言われたのだ。
全く失礼な事この上ない!本当に普段のアイツらときたら人を揶揄う為に生きてるみたいなところがあるからな!
しかし、こんな風に理由を聞くでもなく揶揄うわけでもなくストレートに指摘されると逆に素直に認められるものなのか、いつものパメラらしくなく早々に白旗を上げて酷い顔の理由をそのまんま答えた。
「昨夜あまり眠れなかったもので」
こういうところもまだ本調子になっていない、という感じだ。
今日もまだレーニエの顔を見ておらず、しかも(誰かに聞けばいいのに頑として聞かないから)どこで何をしているのかさえ分からないのだ。昼になったら流石に会えるだろうと期待していた分、落胆が大きくて元気が出ない。出るのは溜息ばかりだ。
「ま、そんな日もあるだろ」
「はい・・・」
ニコラは心の中では続けて(俺は無いけどな!)と呟いていたが、口に出してはそれ以上言わなかったから根掘り葉掘りどうしたこうしたと聞かれたくなかったパメラはホッとした。
こういうところだよ、師匠の懐の深さを感じるのは。
「さすが師匠ですね、みんなあーだこーだと煩くて!少しは師匠を見習えって思いますよホントに」
「そうか?」
ニコラはリリアンと同様にすぐ寝られる性質なので、寝られない辛さとか全く分からないから突っ込みようがなかっただけだが、説明するのも面倒だし買い被りもこの程度なら無害と判断しテキトーに返事をして放っておくことにした。
こうやって周囲は穏やかだの、懐が深いだのとニコラのまやかしの術にかけられていくのか?
向かう所は同じなので2人でそのまま連れ立って歩く流れだ。
「そういえば今日はソフィーは一緒じゃないんですね」
「いや一緒に来た。
ちょうどリリアンが通りかかったから先に行かせたんだ」
「ああ、なるほど」
リリアン様は珍しく私の休憩から戻るより早く部屋へ戻られたようだ。
今日のリリアン様は午後からは殿下と一緒に過ごすご予定だったから、私は元々昼休憩後はリリアン様専用応接室で合流することになっている。
その後ゆっくりなさってから準備をしてサイドサドル乗馬練習に行く予定なのだ。
今回は『馬場のサロン』のある王族用の馬場を使い、休憩にはサロンを解放して下さることになっていて、午後のお茶の時間もそこで過ごすことになっているからリリアン様は朝からとても楽しみにしていらっしゃった。
乗馬練習中はもちろんいつも通りしっかりリリアン様をお護りする為に気を張るが、サロンに入ると殿下は「リリィと一緒に寛げ、ピリピリした空気を出したら許さない」と仰るから私も寛ぎモードでいなければならない。
まあ他の連中の手前、口に出しては言えないがあそこの開放的な大浴場に入ってくつろぎ着を着たらもうリラックスしてしまってそれどころじゃない、トロトロのドロドロだ。あそこであのまま一眠り出来たらもう天国を超えるよ。ああ、いかん想像しただけで脳が蕩けてきそうになったヤバイヤバイ。
えーっと、話を戻す。
もちろん師匠とソフィーも乗馬練習をリリアン様と一緒にすることになっているから早めに来て王宮で食事を摂っていたのだろう。
天下の王宮も師匠にかかればレストラン代わりだよ、流石だ。
そしてもう小一時間もすればルイーズもやって来る。
先ほどパメラが昼食を終えリリアンの応接室に戻る途中でニコラと遭遇したのはちょうどニコラがジローと立ち話を終えて別れたばかりの時だった。
多分、ジローが昨夜食堂で言っていた双子の話について聞く為にニコラを引き止めたのだと思われる。
パメラは芋づる式に皆がしていたニコラの話を思い出した。
あれは師匠の強さを語るには相当面白い話ではあったのだがどこまで本当だか分からないようなものだった。マユツバっぽいがそれでも似たような事はあったのだろう。
しかし嫌がらせをされて報復するほど感情的になったなんて師匠らしくない、現在の師匠にとってそれはきっと若気の至りであり黒歴史だろうから私が知ってるって言ったらどんな顔をするだろう?本人がその時の事について何て言い訳するのか興味があった。
パメラは恥ずかしがって慌てふためく師匠というレアな図を期待しつつ、揶揄う気満々でニヤニヤしながらニコラに持ちかけた。
「そう言えば師匠、子供の頃のヤンチャ話を私も聞きましたよ」
「なんだそれ?」
ふふふ、いかにも身に覚えがないという顔だ。
よし、投下っ!!
「初等部1年の時に騎士団の対戦練習で、師匠をバカにした騎士2人をコテンパンにしたっていうやつですよ」
言いながら上からチラッと見られた気がした。
「ん?あーあれか。どんな風に聞いてんのか知んないけど噂は所詮噂だ」
「あれ?
なんだ、やっぱり違ったんですか?」
パメラは(な〜んだ、あれは大げさに盛った話だったのか。そりゃそうだよな〜)と思って軽い気持ちでそう言ったのだが・・・。
「お前には特別に話してやろう、大きな声では言えないがその2人は殿下を亡き者にしようと企む者からの刺客だったんだ」
「へ?」
予想もしない返答に驚きすぎて足が止まった。
ずっと何事もなく平和で国も王家も安泰だとばかり思っていたのにやけに不穏な話じゃないか。
「ほら止まるな、歩くぞ」
今、広い廊下には他に人はいなかったが見張りの騎士は要所要所に立っている。ニコラはパメラの腕を掴み歩かせた。
当時の騎士団上層部にいたなら当たり前に知っている話だが、そうでない騎士には混乱を避ける為に知らせていない。
「当時、殿下の調子がちょっと悪かった時期でそれを利用して王族を倒してとって変わろうとする一派があった。その情報を元に喧嘩を売ってくるように煽ってやったらまんまと引っ掛かってきたから対戦練習を利用して思うように体が動かせないようにしてやったんだ。
生かしておいたのは殺してしまうより効果のある方法だったからだ」
「なっ!」驚き過ぎて言葉にならない。
「俺は当時すでに学園内限定で殿下の護衛をしていて武器の携帯などの特権を与えられていたが、実は学園以外でも常時有効の殿下を守る為なら何をしても罪に問われないという特権を与えられていた。
殿下にとって危険だと俺が判断すれば、その瞬間にそいつを殺しても褒められこそすれ咎められることはないんだ、判断は完全に俺に任されている。
例えその判断が他人から見て明らかに間違っていたとしてもだ」
そしてその特権は花祭りの日以降は王太子殿下の為だけでなくリリアンに対しても同じ内容でニコラに付与されているのだが、それを聞いてパメラがニコラをアテにし過ぎて気が緩むといけないから教えない。
「そんなのっ!無茶苦茶だっ誰を殺しても罪に問われないってことじゃん」
パメラはなるべく声を潜めて異議をとなえた。
パメラはもちろんのこと所属する王立騎士団の誰にもそこまでの特権は与えられていない。たとえ総長でも独断で人を殺して無条件で許されるということは無いのだ。
悪い奴はまず捕縛するのが鉄則だ。その処遇をどうするか決めるのは騎士団の役割ではない。
「そうだよ。殿下の御身を確実に守る為には躊躇や迷いは禁物だろ。
元々は危険な目に合う瞬間を想定して与えられている特権だが、そもそも殿下にとって脅威になる者を排除する役目なんだから前もって分かっていても同じさ。
あの時、我々は審議にかけずに事を収拾させたかったから見せしめの意味もあってあそこでやるのが都合が良かったんだ。
特権にはそういう使い方も有るということだ。
な?誰にでも許すわけにはいかないが、有った方が何かと便利だろ?」
「便利って・・・」
「相手が例え殿下の親であっても同じ。我々が王位継承を反故にすると言えば対象になるのだと国王陛下御自身が仰った。そんな事が起こるとは思えないがその位の覚悟を持って次代の国王である殿下を守れと言う事だ。殿下がご卒業なさる日、特権解任式が行われるまでそれは有効だ」
「・・・」もう絶句して言うことも思いつかない。
殿下を守るためなら現国王や王妃さえ排除出来る特権なんて常軌を逸している、そんなの聞いたことがない。
パメラは学園の入学式で講堂のステージに王太子殿下と並び立ち、殿下から「ニコラ・ベルニエ。彼は友人であり私の専属で特別な護衛だ」と紹介されるニコラを見た。
あの時、確かに『特別な護衛』と発表されたのだ。
王族から信頼を得て王太子の護衛をする事になったニコラを見て凄いと思い憧れて師匠になって欲しいと思ったが、実際のところ国王陛下と殿下が当時どれほどの信頼をニコラに寄せていたのかなんて想像もしたこともなかった。
(しかも一学生に、しかも当時まだわずか12歳の子供に対してまさかこれほどまでとは・・・)
パメラが驚き呆れるのは尤もだ。
こんな権利を持った護衛は他にいないし、記録がある限りでは過去にも存在しないのだから。
ニコラにこの特別な権利が与えられた背景はリュシアンが自身の経験からその必要性を痛感したからだ。
「前例が無かったとしても、フィリップにつける最強の護衛には最高の権利を与えなければならないのだ」とリュシアンは主張した。
実の父が、というか当時の宰相を含めた父の取巻きがリュシアンと弟オーギュスタンの命を狙っていた時期があり、何度も危険な目にあわされた。
自分たちを守る騎士は大勢いた、しかし側近は知の者で武の者がいなかった。それがあの悲劇を生むことに繋がったに違いないと思っていた。
今代は安泰でもこれからも安泰とは限らないから、子孫達を守る為にも敢えて特権を与えた護衛を一人前例としてもフィリップにどうしても付けておきたかったのだ。
王太子もしくは王子を守る為には圧倒的な強さを誇りかつ完全なる信頼がおける者が必要で、大切な我が息子フィリップの為に誰かいないか・・・と考えていた時にフィリップがニコラを側に置きたいと言い出した。
クレマンとジョゼフィーヌの子、彼らの子なら信頼出来る。これは渡りに船とニコラに許した短期護衛側近特権だった。
まあそんな事情まではニコラも知らないが。
ニコラは前を向いたまま言った。
「お前にも来月から何がしかの特権が与えられる予定だ」
「えっ?」
「お前は王太子婚約者候補の専属護衛だ。
リリアンは来月学園に入学し、多くの者と交わるようになる。今までとは危険度のレベルが変わり常に全方位に注意を払い守り抜かなければならない。
男の騎士では入れない場所でも行けるのはお前が唯一で他の誰も代わりが出来ないんだから気を抜くなよ。
もし未来の国母を失う事になれば殿下も平静ではいられない、国が傾く可能性も大いにあると思え。責任は重大なんだぞ」
「うぅっ・・・」
パメラは思わず呻き声を上げた。
自分はリリアン様を守るためにいる、
そんな事は最初から解っているが、改めて言われると責任のあまりの重さに目が眩みそうだ。
私に人を殺めることなんて出来るのか?
いや、その瞬間、尊きリリアン様を守るためならきっと出来るに違いない!!
「と言っても俺ほどの特権が認められることはないがな!それでも無いより有った方が良い、いざという時の動きやすさがまるで違うからな。
そういう事で、まあ妹をよろしく頼む」
ニコラは表情を緩め、ややおどけた調子で言って緊張したパメラの背中をパンパンと叩いた。
「はい」
既に師匠は私に与えられる特権の内容を知っているような口振りだった。私はどこまで許されるんだ?それをどう運用すれば良いのか、とかいつどんな風に教えられるのだろうか、と疑問ばかりが湧き起こる。
パメラは顔を引き締め、思いきってストレートに尋ねた。
「師匠、それで私に与えられる特権とはどのようなものなのですか」
「おいおい、俺は伝書鳩じゃないぞ。
それは改めて行われる任命式までに呼ばれて陛下か殿下、宰相もしくはレーニエ、或いは騎士団総長かもしれないけど、まあ誰かから話があるだろう。
俺の時は殿下から直接お話があったけどお前にリリアンが言うってことは無さそうだな、いや、そうでもないか?まあ、いいか。
外の護衛業務はより必ず守り切るという心構えと適切な瞬間の判断力が必要だぞ。まあ、少なくとも発表があるまでにポカはするなよ」
「はい」気を引き締めて返事をする。
ニコラは緊張した面持ちのパメラを見てフッと笑って付け足した。
「後は体調を整え、精神を安定させて良い子で待っとけ」
「はい」
そこでちょうどリリアン専用応接室のあるフロアに入った。
『特権』
それが詳らかにされる時を想像しただけで、パメラは武者震いが起きそうだった。
果たしてニコラが言うようにパメラにも特権が許されるのでしょうか?
猿にナントカと言うか、それはちょっと危険すぎる気もしますね
_φ( ̄▽ ̄; )
マメにupしたいと思っているものの最近、めっきり更新頻度が落ちています。
なぜかと申しますと初期の頃は1話が3,000文字足らずだったのですが段々と増えて最近はその2〜3倍、ひどい時は10,000文字超えになっているのです。
分ければ3話はいける!とも思うのですがキリの良いところまで書きたくて・・・。
どちらにしても物語の全体量は変わらないのですが1話あたりのボリュームがあるのと、更新がマメでサクッと読めるのとだったらどちらがお好みの方が多いのでしょうね?
ちなみに今回は5,700文字くらいです。
いつも読んでくださりありがとうございます
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