12話 リリアンの母
フィリップはリリアンを連れて王宮内を案内してくると出て行った。宰相に因ると工房に連れて行ってリリアンに贈るネックレスを作っているところを見せたいのと、その進捗状況を確認したいらしい。
残った者で昔話に花を咲かせていたら程なくして手を繋いで戻って来た。リリアンはネックレスを首につけて嬉しそうにフィリップを見上げている。
依頼を受けてから材料の加工に台座に取り付けと数人で手分けしてシフトを組み、途切れる事なく作業を続けて今し方完成した所だという。
極小だけれど最も輝くようにカットされたダイヤモンドを隙間なく台座に埋め込みアウイナイトの周りにも配した。最高水準の技術が無ければ出来ない代物だ。強度を落とさずそれでいて重くならないよう考え抜かれている。チェーンの長さも調整可能だ。
彼等曰く「リリアン様のネックレスは小さくとも我々の技術の限りを尽くすと意気込んで取り組みました。あらゆる虫を排除する最高傑作!自信を持ってお納めします」とのこと。
あと救世主リリアン様とか言ってたな。
頑張ってくれて嬉しいけれど宰相が何か吹き込んだに違いない。
「まあ、素敵!リリアンちゃんとっても似合ってるわ」とパトリシア。
「最高です。殿下はリュシアン様と違って溺愛系かと思ったけど束縛系も兼ね備えていらっしゃるのかしら。それも大好物です。ありがとうございます」とジョゼフィーヌも嬉しそうにお礼を言った。
ベルニエ夫人のお礼の内容が変な気がする。そして父はいったい何系だったのだろうか。
先ほどからリリアンは下を向いて皆んなが褒めてくれたペンダントヘッドを見ようとしていた。だけど届かない。まるでくるくると自分の尻尾を追う子犬のようにもどかしい。
外して見せてもらおうとフィリップの手を2回引いて呼んだ。
「フィル兄様、私もこれをよく見たいわ」
皆のところに座りかけていたフィリップはリリアンが手に取ってよく見たいと言うので明るいテラスに出てきた。
ラタンの椅子に腰をかけ膝に座らせてネックレスを外して手に乗せてやる。
「わあ」と小さく感嘆の声をあげジッと見てからフィリップの目を覗き込んで「キラキラしていてフィルお兄様の瞳の色みたいよ、とても綺麗だわ」
「そう良く分かったね。これはアウイナイトという数の少ない貴重な石なんだけど僕の眼と同じ色をしているから僕だけが使うことを許された石だったんだ。でもこれからは僕が贈るからリリアンも持てるよ。この国では僕達2人だけが持っても良い石になったんだ」
「そんな特別な物を私に?このネックレスを下さってありがとう、宝物にするわ!私、フィル兄様の妹になれて嬉しいです」満面の笑みを向けて本当に嬉しそうだ。フィル兄様の瞳と同じ色の石だと思うと胸が弾む。
「仕舞わずに身につけていてね。これは宮殿の門の通行許可証にもなるから(まあ王宮の馬車を送迎に使うからなくても入れるけど)」と優しく言う。でもどうしてだろう?フィリップの心に嬉しいはずなのに何か足りないような、少し寂しい気持ちがよぎった。
念願の兄妹の交流が始まったばかりなのに。
室内からテラスの2人の様子を温かい目で見守りながらパトリシアは言った。
「そう言えば花祭にとっても冷たいお菓子を売る店を出すのよ、離宮でも用意するから楽しみにしていてね」
「もしかしてグラニテの事かしら」
「知ってるの?まだ私たちしか知らないと思っていたわ」
「それ、私が考えて義父であるジラール辺境伯に教えたのよ」
ふふとジョゼフィーヌは微笑み続ける
「でも王都の気温ではいくら氷室の中でも大量の果汁を凍らせることは難しいと思うわ。辺境伯領の氷室小屋でなら作れるけれど、春になると輸送中にほとんど溶けてしまうから量を用意するのは難しいと思うわ。それより氷はまだ沢山あるでしょう?新しいアイデアがあるの。氷をこまか~く削って、シロップや甘く煮詰めた果汁なんかをかけたものなら、より美味しくて沢山作れると思うわ安価でね」
「まあ、知ってるどころではないのね」
「ええ、実は16年前にニコラの誕生のお祝いに来てくれた時に洪水や雪崩れの被害が頻繁にあるのを何とかしたいと相談を受けたのが発端でね。
洪水対策に川の深さや幅を広げたり下流を分岐させて溢れそうな所に池も増やしたわ。洪水はその後起きてないし、我が領にも十分な水が引けて良かったのよ。
雪崩の方は国境警備隊が山肌を監視していて分かったんだけど、上の方で凍った雪の上に降った雪が重さに耐えきれず滑り落ちて来ているらしいというので、まず受け留める堤防池を作ったの。発生自体を抑えることは無理そうだったから。
そうしたら寒い所だからガチガチに凍ってしまって溢れたり春になって決壊すると余計に危ないからもう一段下にも作ったり、拡張もしたけど限度があってね万年雪や氷がある山での作業だし、こっちの方が大変だったわ。と言っても私は現地は見てないけどね。
今はその対策で間に合ってるようだけど、油断はできないの。もし、それらが決壊するようなことがあったら却って大災害でしょう。だから次の冬に向けて空き容量を作るために氷を切り出してどんどん利用する事にしたのよ。並行して道を通し保冷荷馬車に氷室建設も。
ようやく王都まで運べるノウハウも出来て、それで去年の秋にリュシアン様に氷の塊を献上出来たのよ。
どちらかというとグラニテは氷の使い道というより氷室の利用法ね。氷室もだんだん断熱保冷効果の高いものが出来るようになったし大きな建造物になってきて今や巨大倉庫よ、せっかくあるその保冷倉庫で別のものを凍らせる事が出来ないか試してみた一つなのよ」
「そんな背景知らなかったわ」
「私もだ。そんなに長期間大事業をしていたとはな。氷の切り出しが体力作りにちょうど良いとか言ってたぞ。言ってくれれば何らかの援助も出来ただろうに」
「義父様は長い間に色々苦労した事も含めて説明するのが面倒だから、サッと置いて来るって仰ってたわ」
「“銀狼閣下‘’らしいな。それにしてもジョゼフィーヌはあの頃と変わらないどころかパワーアップしたな。
誰も真似出来ないアイデアと行動力。この20年、君を参謀としてずっとそばに置きたいと願っていたものだ。それは無理にしても会えて嬉しいよ。あの事で交流を断たざるを得なかったがフィリップとリリアンのお陰で今後は我々がどんなに懇意にしても自然に捉えられるだろう。2人に感謝するよ」
テラスにいても父たちの話は聞こえていた。フィリップはリリアンに話そうと思っていたグラニテの話が出てそれとなく聞いていたが、その間にリリアンは眠ってしまった。
ポカポカとした陽気の中でキラキラ光るネックレスを眺めているうちにフィリップに寄りかかってすぅすぅ寝息を立てて。寝てもなお大事そうに両手のひらにネックレスをのせている。起こさないよう慎重にまた首に着けてやり室内のソファに戻って来ていた。
あの事というのは先日言っていた国家機密に触れるという、それだろう。
「父上、あの事というのは何か尋ねても良いでしょうか」
「ああ、いい機会だから少し話しておこう。
パトリシアは戦争が終わって隣国の王女として親和の為に嫁いで来た事になっているだろう。だが事実は、それ以前に留学生としてこの国に来ていた。その時に私と交流があり、結婚の約束をして戻したのだ。それを知ったパトリシアにずっと片想いしていた者が独断で我が国に攻め入ってきたのが戦争の発端だ。王弟で王国騎士団隊長だよ。王の敵討ちとか、水源を奪取するとか言ってたから真意が分からずにずっと話し合いを持ちかけていて長引かせてしまった。ただ奴が失恋で逆上し兄である王に手をかけ、我が国に罪をきせて攻めてきたということが真実なんだ」
「私は帰ってリュシアンと結婚する意志をお父様に伝えて許可を得たのよ。そのことを耳にして逆恨みしてお父様を殺めたの。あの人こそ真の父の仇なのよ」沈痛な表情でそう言ったあと、気持ちを切り替えたのか表情を緩めてパトリシアは続けた。
「でも、そんなことがなくてもお父様と1歳違いよ?考えたこともなかったし、そもそも好みの真逆だもの子供の頃から大の苦手な相手だったわ」
「異名が『血まみれ猪』だものね。あの人、無茶苦茶だったって話だったわね」とジョゼフィーヌがしんみりとする。
「喧嘩っ早くて猪突猛進。あれは隊長職に就けたらダメなタイプだ」とクレマンは遠い目をした。
「講和条約集結までにはまだ色々あるのだが、要はパトリシアは執着され、父王を殺された被害者であり何も悪くない。だがパトリシアが発端で戦争が起きたと思われ悪感情を民に持たれることを避けたかったのだ。
侵入は辺境で留めていたし防戦一方でこちらから攻め込んではないとはいえ、それでも沢山の騎士を送ったんだ。人も土地も産業も。戦争で沢山の傷を負った。だからヤツの片思いはもちろん、私たちが既に恋人だったことも秘匿されたのだ。
パトリシアは我が国に留学に来るのに、王女としてではなく遠い親戚を頼って来ていて家名と髪色を偽っていたために誤魔化しがきいたのだ」
そこでリュシアンはフッと笑った。
「まあ、私はすぐに隣国の王女だろうと気がついたがな」
「あーん、麗しい。リュシアン様健在です。パトリシアはそんな近くでよく耐えれますね、私ムリ!目が、目が、でも見ないのもムリ~」
さっきまで毅然としていたベルニエ夫人が再び壊れた。
「というわけで、終戦後初めて我が国に来たはずの隣国王女のパトリシアが面識のないはずのジョゼフィーヌと親しくしていたら不自然で、学園でいつも一緒にいたパトリシアと同一人物だとバレ易いだろう?だからしばらく交流を断つしかなかったのだよ」
「なるほど」今まで秘密にしていたのは王妃であり、最愛の妻であるパトリシアを守る為だったようだ。
クネクネしていたジョゼフィーヌが急にそこで立ち直ってフィリップに話しかけてきた。今更ながら王太子殿下に娘を抱かせっぱなしにしていたことに気が付いたようだ。
「殿下、リリアンが寝てしまい抱いているとお疲れでしょう。そちらのソファに寝かせてやって下さいませんか(フィリップ様にしていただくなんて本当に申し訳ないですけれど、でもフィリップ様の近くに行ってリリアンを受け取るなんてムリ!麗しすぎる!うっかりし至近距離で見たら心臓止まる)」
フィリップはジョゼフィーヌの副音声まで聞こえてきた気がした。名前を呼ぶことを許可してないけど声に出してないから指摘は出来ない。まあ、放っておこう。
「大丈夫だ、私が連れて行こう。でもソファよりベットの方がゆっくり休めるのでは?」
「いいえ、目が覚めたときに知らないところで私たちが居なかったら不安に思うでしょうから。それにすぐ目を覚ますでしょうから目の届くところで寝かせてやって下さい。領地ではゆったり過ごしていたのにこっちに来てバタバタしていたので疲れたようです。昨日も朝からドレスを選ばせたり」
「そういえばさっき言っていたアングラードに行く話はどうするのだ」とリュシアン。
ジョゼフィーヌは余裕の顔で一つ頷き笑って言った。
「相手方がリリアンと縁を結びたかっているというのは、文面や私の領地の者が何人かアングラード領に居るので分かっているのですが私の方はそれについて話をするのが本来の目的ではありません。
先程話した氷と関連しています。
実際のところ有り過ぎて捨てるに困っている大量の氷は使い方次第なのですから、私たちは辺境伯領からお城まで一本の広い道『氷街道』を通したいのです。道がつけば、氷だけでなく色々な物が短期間に移動できるようになりますから国の大動脈になるでしょう。
アングラードにはその話をつけに行きます。他の領ではもう取り掛かっています。
我が領では道は粗方できていて仕上げの整備、日陰の為の街路樹や氷の溶けた水を流す排水溝、輸送用の馬や人夫を交替する為のステーションや宿に大型氷室建造とそれぞれの作業に移っているのですが、アングラードは山谷が多くほとんどが岩場で要塞のような都市づくりをしているため道も狭く入り組んでいて無理だと義父上様からの申し出が今まで断られていまして」
「勝算はあるのか」
「ええ、種は蒔いてあります。だってその道を街の中心部を通すつもりでいるから面倒で無理なのです。街自体が私が通したいルートからズレているのですものそこを通さねばならないわけではなく、氷街道から繋がる道を分岐すれば良いだけですわ。
道と川をあの不毛地帯に引けばきっと潤うでしょう。侯爵領は農畜作物がほとんどなく石の採掘が主要産業です。中心の鉄鉱石の埋蔵量は多くなく生産量が落ちて年々厳しくなっているようですし製鉄は自領ではやっていません。現在の産業も流通しやすくなるでしょうし、他の産業を興すにも役に立つでしょう。
今なら特典として、辺境伯領とベルニア領からノウハウと援助人員を無償提供します。私たちが道を通したいのですから。
アングラード領の今後については試行錯誤は必至ですが、それでもまずはこの流れに乗っていただきたいのです。我々の協力が取り付けられたら彼らも今が手を打つチャンスだと感じるでしょう」
「結局、アングラードの為にもなるということか」
「未来の事は分からないので。でもそうなれば嬉しいですね」
とソファでまだ眠るリリアンに眼を向ける。
「殿下とリリアンの出会いは針の穴を通すような抜群のタイミングでした。
王太子様の婚約者候補は、他の貴族の婚約者候補になるのとは違います。お祝いを言う他は手も口も出す事は出来ないでしょう。私たちは天気の話か領地経営の話をするしかないのです。その為にも早く通達を出して下さいませ」
そんな話をしているところへオートクチュールのドレスメーカー『ベル ルミエール』の店主やデザイナー達が来訪したという知らせを受け、リリアンは起こされ採寸して屋敷に帰って行った。
採寸には付いて行けなかったが、ちょっと寝ぼけたリリィが超絶可愛かった。
それにしてもリリィの母、いったい何者!?
リリアンの母のターン、ついに来ましたよ
_φ( ̄ー ̄ )
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