113話 ルイーズのお土産は
今日はしばらく顔を見ていなかったアングラード侯爵家のルイーズがやって来た。
「遅くなって申し訳ありません。雪で道が不通になってしまい予定より帰るのが遅れてしまった上にリリアン様から王宮にお招きを頂いているとの両親からの手紙も行き違ってしまったらしくて。長い間連絡も出来ず失礼しました。
でもどうしようもなくて・・・現地では例年よりたくさん雪が降ったそうで雪が止むのを待って除雪してもらって、それで昨日ようやく王都に帰って来れたのです」
「そうだったのですかそれは大変でしたね。
帰って来たばかりなら今日はお疲れだったでしょうに来てくれてありがとうルイーズ。
でも雪って、アングアード領はここより南にあるのにそんなに雪が積もっていたのですか?」
「いえいえアングラードではなくて知り合いの領地に遊びに行っていたのですよ、うふふ」
ルイーズは顔の前で手を振って笑いながら答えた。その表情からはよほど充実した旅だった事が伺える。
「12月に入って直ぐから行っていたのですがまるでおとぎの国に迷い込んだような、そんな可愛い街並みで夢の世界にいるようでしたのよ。
あ〜、あの風景を是非リリアン様にもお見せしたいですわ」
「おとぎの国ですか」
「ええ、ほらこんな感じですの」とルイーズは絵カードを出して見せてくれた。
「まぁホントにおとぎの国ですね、なんて可愛らしいのかしら」
それにはこの辺りでは見ない、というかその地域にしかない特徴を持った街並みが描かれていた。
隣とくっつくように並んで建てられた家々は大きくて背が高く、それぞれ白や黄色と色とりどりに塗られた壁に茶色の柱や筋かいが斜めやバッテンに入っていて、それが模様のように映えている。
それに雨戸のついた白縁の格子窓、急な角度の屋根にある窓や煙突、何もかもがお洒落だ。更に道に並んだ鉢植えの赤い花がカラフルに街を彩っていた。
「うふふ、そうでしょう?
建物、服、食べ物と何もかもが異国の香りがして外国に旅行した気分でしたわ。
向こうの人と話していると聞きなれない言葉が混じって分からないことがあるのですが、それもそのはずでここは元は外国で最後にプリュヴォ国に入った所なんですよ」
「そうなんですか、同じ国の中でも随分と違うことがあるものですね。最後にということは行かれてたのは北東の国境にあるカザール領ですか?」
「凄い!そうなんですよ、よくご存知ですね!」
そう言ってルイーズはパチパチと手を叩いた。
「それでお土産もあるのですが帰るときに買い物に行けなかったので最初の頃に買ったぬいぐるみしかないのです。買いに出られれば他にも珍しいものが色々とあったのですが」
ルイーズは残念そうにしながら白地に赤い線の入った紙で包まれた物を差し出した。
「ですからお土産はそのカードとコレ、たったこれだけしかありませんの」
「ありがとう、ここで開けてもいいかしら」
「ええ、もちろんですわ」
リリアンが包みを解くと中から姿を現したのは長くて赤い足をした鳥のぬいぐるみだった。
「まあ!可愛い」
「それが1番よく目にするお土産だったんですよ。その鳥は街のシンボルになっているんです。
でも冬は暖かい外国にいて春に戻ってくるから、残念ながら私が行った時はちょうどいない時期でした。
屋根の上とか至る所に巣があって煙突の上にいたり、巣から顔を出しているところが見られたりするそうですよ。大きな鳥だけど赤いクチバシをしていて可愛いんですって」
「そうなんですか、街のシンボルになるなんてよほどそこにしかいない珍しい鳥なんでしょうね」
「どうなんでしょう、現地ではシゴーニュって呼ばれていましたがプリュヴォ国の言葉ではシュバシコウって呼ばれるコウノトリの事だと聞きましたから他の所にもいるかもです。でもカザール領にはものすごく沢山いるそうです。
シゴーニュは幸福を運ぶ鳥と言われているので今度は夏に行って本物を見て来ますわ」
「あらちょっと待って、シュバシコウって聞いたことあるわ!それって赤ちゃんを運んで来る鳥のことじゃなかったかしら?
あっ、確かにこのぬいぐるみもクチバシが赤くて羽の先が黒いわ」
リリアンはビックリした。
赤ちゃんが生まれる前にはシュバシコウが運んで来ているはずなのに王宮ではリリアンが来てから1人も赤ちゃんが生まれていないせいかこの鳥にお目にかかったことがなかった。
いったいどこにいるのだろうと思っていたあのシュバシコウがカザール領にはたくさんいるというのだ。しかも冬の間はいないということは赤ちゃんは夏にしか生まれて来ないという事だろうか?そんな事ある?でもお兄様は1月生まれよ?
「そうです、よくご存知で。確かにそんな事も聞いたことがありますがそれは迷信ですよ。現地では『幸運を運んでくる鳥』と言われてましたよ」
あれ?迷信?
あの時、お母様は確かにシュバシコウが赤ちゃんを運んでくると言っていたのに、違うの?そう言えばお母様の語りっぷりが怪しかったんだった・・・。そう思いながらも念の為にルイーズに聞いてみた。
「あの〜、あれって迷信なのですか?」
「ええ、だって赤ちゃんは男の子はキャベツから、女の子はバラの花から生まれてくるのですもの。でも、赤ちゃんが生まれてくることも幸運のうちですからあながち間違ってるとも言えないかもしれません。
カザール領では結婚のお祝いにシゴーニュの絵の入った陶器の鍋を贈る習慣があると言っていましたし、赤ちゃんのお包みをクチバシに下げたシゴーニュのグッズも沢山ありましたからそれを見た他の地方の人が勘違いしてそのまま伝わっていったのかもしれませんね」
リリアンがさらに尋ねようとする前に、ルイーズは一通りの話したいことを話し終えたのか話題を切り替えた。
「あらいけない。来るなり私の話ばかりしてしまって、それでリリアン様からのお話は何だったのでしょう」
「そうそう、お話したいことがあったの。
私、学園に入ったら総合部という部を作って部活動をしようと考えているのですけどね・・・」
パメラが近くにいるので女性騎士を養成したいという話まではここでは明かせない。だから趣味の延長で護身術や乗馬を一緒にする女性の仲間を募りたいのだと話した。
「なるほど、それは良いですね。
実は私、教えていただいた護身術をその、カザール領の人に・・・ルネに見せたんです。そうしたら凛々しくて素敵だと褒めて下さったんですよ。それでもっと教えて頂こうと思っていたところです。
それにもし馬が乗れるようになったなら、今度行った時は私もあの高原を一緒に馬で走れるかもしれませんもの。リリアン様、ぜひぜひ私も仲間に入れて下さいませお願いします」
「本当ですか、ルイーズ。
もちろん喜んで!一緒にやりましょう」
活発そうなルイーズなら少しはお付き合いして貰えるかしらとほのかな期待を持っていたけれど、予想以上に良い反応が返って来た。これは嬉しいし心強い。
学園に入ってから皆に混じって習うより、先に上手に乗れるようになっておきたいと言ってルイーズはさっそく翌日から王宮馬場に通ってくれる事になった。
夜になりフィリップが間の部屋に顔を出すとちょうどリリアンがサイドボードの上にぬいぐるみなどを並べているところだった。
「さっそく使っているね」
「はい!」
先日、リリアンの就学準備で私室を模様替えしたときに、間の部屋も模様替えをしたのは広いサイドボードを入れたかったからだ。
「これは今日、ルイーズがお土産に持って来てくれたんですよ」
そう言って仲間入りした物を見せてくれた。
もちろん、シュバシコウのぬいぐるみと小さな額に収められたカザール領の風景画だ。
「この風景画、素敵でしょう?おとぎの国みたいな街だと言っておりましたよ」
「どれどれ」
その絵をよく見ると木骨造りの家の屋根に赤いクチバシのシュバシコウのツガイがいて、シュバシコウの赤ちゃんも巣から顔を出していた。
その鳥はカザール領のシンボルだからか、ここのお土産物には必ずシュバシコウが潜んでいるのだ。
これもお約束通りだ。
「ふうん、これはシュバシコウだね」
「ええ、そうです。フィル様よく分かりましたね」
「ああ、この鳥をモチーフにした物を以前貰ったことがあってね」
「そうなんですかもうお持ちだったのですね」
「いや、母上にあげたから僕はもう持っていないよ。
指抜きとかいう裁縫に使う道具とか、陶器の水差しとかだったからね」
「フィル様に指抜きですか?その方はフィル様がそれを使われると思われたのかしら?」
「いや、それをくれたのはいつも一緒にいる友人でカザール領の者なんだ。
誰に何をなんて考えてない、新しく作ったお土産物の宣伝だと言って皆に配っていただけだよ。確かニコラも同じものを貰ったはずだ」
「ふふふ、お兄様に指抜き。ふふふ、きっと自分でボタンを付ける時に使っていますわ。私、お母様やエマがそれを使っているのを見たことがないもの」
「ははは、まさか!想像出来ないよ。だけどその姿は見て見たいものだな」
「ふふふ、ふふ、私もです。
それとこのぬいぐるみは幸せを運んでくれる鳥らしいのでフィル様が幸運に恵まれるようにここに飾ってみたのですけど良かったですか?」
「うん、もちろんだよ。ありがとうリリィ」
これはルネの領地のお土産だ。
シュバシコウは幸運や赤ちゃんを運んでくる鳥として保護され、とても大切にされていると聞いたことがある。
フィリップは改めてサイドボードの上を見た。
アイルサ王女に貰ったウサギの置物にルネの所のシュバシコウのぬいぐるみか・・・。
なぜかこの部屋の枕元には妊活お守りみたいな物ばっかりが増えていくんだよな〜。
・・・。
もぉ、そんなに言うなら赤ちゃん作っちゃうぞ!
な〜んてね、
ウソウソ、ゴメン。
でも、
寝るまでのひとときを、まだ一緒に過ごしたい。
「ねぇりりたん、向こうで今日どんなことがあったのか話して聴かせてくれるかい?」
「うん、いいわよ、フィルたん」
度々この部屋で敬語は使わないでとフィリップが言っていたことと、オコタン相手に敬語は使わないし抱き枕であるフィルたんに敬語を使うと逆に変な感じがするという事でいつの間にか出来た『抱き枕モードの時はリリアンはフィリップに対してでもなるべく敬語を使わない』という暗黙のルールが発動した。
フィリップはリリアンを抱き上げて、新しく入れた座り心地の良いソファに向かった。
ペアになったもう1つのソファはもうすぐ届く予定の三代目オコタンの指定席だ。
「今日の午前中はね、バレリー夫人が扇の優雅な使い方を色々と指導して下さってね、その中で扇をパッと開くっていうのがあって、バレリー夫人がすると片手で一瞬で開くのに私は両手じゃないと出来なくてモタモタしたらダメだって何度もやり直ししたの。
最後にようやっと上手く開いたら扇に刺繍された絵があってね、その刺繍のせいで開きにくかったのかもしれないわ。
それでその絵がね、バレリー夫人は象だって言うんだけど、どう見ても首が長いの。
どうしてああなっちゃったのかしら?
下手すぎて吹き出しちゃったらそんな笑い方を教えたはずはないですよと怒られたけど、あれはきっと私を楽しませようとしてくれたのね」
「ははは、そうだね」
「それからねー、」
リリアンの話をフィリップはうん、うんと相槌を打ちながら聴く。
こうしている時間は何にも邪魔されず本当に穏やかで幸せだ。
リリィは真面目だし優秀だとすっかり両夫人に気に入られ、最近では孫のように可愛がられているらしい。
清らかな心で、何をするのも一生懸命で、皆に好かれるのは当たり前だ。
ずっと誰の目にも触れさせず腕に囲って隠しておきたい僕だけの可愛いリリィ。
でももうすぐ履修表が発表になり、来月からはとうとう学園が始まる。
婚約者候補として通う学園生活は普通とは違う。
注目を浴びそれこそ一挙手一投足何を言ってもしても話題になり是非を問われるんだ。どんな毎日になるのか何もトラブルが無ければいいが・・・と心配は尽きない。
もちろん僕に出来ることは何でもする。だけどずっと傍にいて守ることが出来ない。なにせ一緒の授業を受けることはないのだから。
でもとにかく卒業してもらわなきゃ偽せ兄と偽せ妹のままでは僕たちの未来は始まらない。
僕は最大限気を配った上でリリィを信頼して待つ以外ない、その日へのカウントダウンが始まったのだと期待して。
願わくばリリィの学園生活が楽しくて充実したものになりますように・・・。