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112話 初めの一歩

 乗馬訓練がとても早くに終わったので時間はまだたっぷりある。


 そこでニコラが筋トレとストレッチの仕方を少しレクチャーしておくよと言い出した。


「ソフィーはあまり運動をすることがなさそうだから急に激しいことをして痛めないようにまずは手首足首をブラブラさせてみようか、はい、ぶらぶら〜。それじゃ次は上半身を左右に交互に捻ってみるよ、はい」


 ぶらぶらぶら〜、くる、くる


 ソフィーだけでなく皆んなも一緒にやってみる。パメラは師匠の指導に興味深々だったが物足りないらしく首や肩を回して自主的に強度を上げている。


「次は前屈して後ろ側を伸ばす〜」


 ふぅ、


 ソフィーが苦しくて前屈から直ぐに起き上がり皆を見回すとフィリップ、リリアン、パメラ、そしてもちろんニコラも手の平が床に付いて尚も肘が曲がる程可動域に余裕がある。ソフィーはまったく指の先さえ床に届かないのに。


「皆さんすごく体が柔らかいのですね」



「ホント、ホント、特に師匠がそんなに体が柔らかいとは意外!見ため硬そうなのにね」


「硬そうとは失礼だな柔軟性には自信があるぞ、ほら」


 そう言ってニコラは前屈をやめて倒立からブリッジをして立ち上がって見せた。勢い任せではなくゆっくりとぶれもなくサーカスか創作ダンスかというような美しい動きにパメラは感心した。


「さすがですね師匠。

 私は別々なら出来るけど続けてはやったことがなかったからちょっとやってみよ、よっと!」


 好奇心旺盛なパメラらしくすぐにやってみた。勢い任せに倒立からブリッジに変換しようとして良い所までいったが形を保てずポシャった。


 練習しよ。



「私もブリッジは出来ますよ」と言って、さっそく寝た状態からのブリッジをやってみせるリリアン。


「お〜、リリィすごく体が柔らかいね。

 僕も倒立からブリッジ出来るよ、あとバク転とバク宙が得意!」



 フィリップがバク宙を披露しようと後ろに障害物がないか確認するも皆からここでするな、危ないと全力で止められ柔軟度自慢からの得意技披露大会は強制終了となった。



「はいはい、お喋りは終了〜。んじゃ次は筋トレね、まずは腹筋からいくかな」


 ソフィーは何1つ満足に出来なかった。

 腹筋と背筋はほぼ起き上がれず、腕立ては一度も出来ず、ワイドスクワットに至ってはスタートの体勢がとれず・・・それなのに腕も脚もワナワナしてヘトヘトだ。


「パメラ様は騎士のお仕事をしているくらいだから出来て当たり前でしょうけど、そうではないリリアン様がいとも簡単に出来ることが私だけここまで出来ないとは、さすがに自分で自分に危機感を覚えますわ」


 お淑やかな女性が最上という考えのもと貴族女性が身体を動かすことと言えば唯一ダンスで、それも今年からようやく学園の授業で取り入れられることになったくらいだから、ソフィーは皆との運動能力の差を初めて感じた。まあ彼らは一般より特別高い身体能力を持っている面々なのだが。



 しかしリリアンはソフィーの筋トレをする姿を見て思っていた。


 ただ単に胸が大きいからつっかえて出来ないんじゃないかと・・・腹筋と背筋もだけど、特に腕立て伏せのとき。


 ・・・羨ましい。




「続けてやればすぐに出来るようになるさ。

 乗馬だけでなく疲れにくくなるし、軸がしっかりして身体の動きが綺麗になる。立ち振る舞いやダンスがビシッと決まるようになるよメリットは無限だ」


「メリットは無限、さすが筋トレオタは言うことが違うね」


 ニコラの言ったことを自らも筋トレオタのフィリップは笑って茶化すがソフィーは納得していた。


 王太子殿下はもちろん、リリアン様の立ち振る舞いがいかにも優雅に見えるのはそこが違うのかも。

 ニコラ様はダイナミックかつ研ぎ澄まされた動きが素敵だし、パメラ様の動きはキリッとキレがあって美しい、それに比べて私はよくふらふらとするから頼りなさげだと人に言われて・・・あれって女らしいという褒め言葉だと受け取っていたけど実はそうではなかったのかしら?

 きっと違ったのね、と思い至った。


「はい、では私も筋肉オタになります」



 実際はその危なっかしい感じがつい目を引いてしまうのだし男心をくすぐって守りたくなるのだから純粋なる褒め言葉だった。

 ソフィーは男性の理想を体現したような存在だ。

 何を隠そうニコラだってそんなソフィーが最高なのだ。階段から落ちて来るのを助けた時のふわりと腕に入ってきた信じがたいほどの細い腰と軽い身体にどれほど驚き感動したことか。特に胸とのアンバランスさは鼻血噴出ものだった。


 が、ソフィーは反対に解釈し鍛えることにした。

 もっとニコラに愛されたいし認められたいと願えば故だ。まあ少々ソフィーが鍛えたとしてもあの華奢さは変わらないだろうからソフィーの魅力が減ってしまうとかそういう心配はいらない。



 その後はゆったりと呼吸をしながらストレッチをした。


 はぁ〜、すぅ〜、はぁ〜


「まだ皆さんみたいには出来ないけど、こうやってジンワリと体を伸ばすと気持ちがいいですね」


 そう言いながらソフィーが外の景色に目をやると、ちょうどシュシュがラポムと楽しそうに跳ねまわり戯れていた。


「まあ、馬もあんな風にはしゃいだりするんですね、まるで人間の子供のようだわ。

 うふふ、シュシュ達ったら楽しそうにしてなんて可愛いのかしら」



「そうだよ、人と同じさ。馬は大抵楽しみたがり屋なんだ」とフィリップは満足げに頷いた。



 リリアンは立って外との仕切りになっているガラスの所まで行って馬達の様子をしばらく見ていたが振り返って言った。


「フィル様、シュシュ達に何かやりに行ってもいいですか?」


「いいよ、後で一緒に行こう」



 そこにちょうどタイミング良くラポムの声がニコラの頭に届いた。


<ニコラ〜、シュシュの好物はド定番の人参だよ!まったくヒネリがないよね〜。ちなみに私はリンゴ!これも定番だけどね〜ヨ・ロ・シ・クね!>


 人参とリンゴを持って来いとな・・・。

 アイツこっちの話を盗み聞きしていたな?


(分かったよ持って行ってやるよ)


<やった〜!>



「よし!じゃあ、さっそくアイツらの大好物の人参とリンゴを持って行ってやろうぜ」と言ってニコラは立ち上がった。




 餌やりも最初は恐る恐るだった。


 柵越しにいるシュシュに細長く切った人参スティックを差し出す。

 シュシュが口を近づけてくると「ひゃあ!」などと声を上げて思わず後ろに下がったり、ニコラがさり気なく後ろに立って逃げられないようにすると今度は手を引っ込めてしまうので口が届かず何度もシュシュをガッカリさせたがソフィーも流石にシュシュに申し訳なくなって勇気を出した。


 そして何回かする内に慣れてきて最後には手の平に乗せて餌をやることだって出来るようになった。


 そうなると今度は自分からシュシュを撫でてみたいと言い出して、遂には横に立ってブラッシングをしてやれるまでになったのだ。シュシュもソフィーを『良い人』と認識したようでリラックスして気持ち良さそうにしている。


 今はフィリップが側に付いてソフィーに色々とアドバイスをしているところだ。



 ニコラがリリアンとパメラの側に来て言った。


「どうも俺は急ぎすぎてしまったよ。

 なんで今回に限って一番大事な事をすっぽり忘れてしまったかな?馬は信頼関係無しに乗りこなすことは出来ないって当たり前の事なのにな。

 めっちゃ基本過ぎてそこで躓くとは思いもよらなかったってこともあるけど」


「そうですねお兄様、私も同じです。でもソフィー様のお陰で本番で失敗する前に気がつけました。

 学園では丁寧に人と馬との距離を縮めていこうと思います」


 そう言いながら、やっぱりフィル様の言う通りたった一年で騎士になれそうな人を見つけるのは難しいだろうなと思った。

 長期戦になりそうだ。


「乗馬教室の初めの一歩は乗る以前の下準備からだな。乗り手が馬を怖がらないこと、それから互いに親しみを持つこと。

 ウチの領地はさ、王都にも卸してる馬産地でもあるし俺はいずれ領主だろ、そういう意味でも俺とソフィーにとってこれは大切な一歩になったと思うんだ、今回お前が女性に乗馬をさせたいと言ってくれたお陰でこういう機会が持てて良かったよ。

 ソフィーの為にもなっただろうし・・・」


「そうですね!牛ほどではなくても馬も領地の大事な産業ですもの領主夫婦が馬が好きだったり乗れたりした方が良いに決まってますものね!」


「ああ」


 リリアンが嬉しそうに言うとニコラは真面目な顔でいったんは大きく頷いたが、ニヤリと口角を上げて続けた。


「リリアン、それだけじゃあないぞ。

 女性の乗り手が増えたらな、それだけ馬も必要になるんだ。ウチの領地もますます潤うってものだよ。

 ちょうど母上が氷街道が通じていくにつれ馬がもっと必要になるはずだと言って2、3年前から準備していたんだよね!」


 人と物の往来が盛んになると馬がどうしても必要になってくる。

 乗馬、馬車や荷馬車、そして牛と並んで馬も様々な場所で動力源としても活用される。今なら工事用の使役馬が人気だが乗馬に向いた馬もたっぷりいる。



 ベルニエは元々はチャージャーと呼ばれる軍馬の産地で近年は他に圧されて伸び悩んでいたのだが今は再び用途別に特徴を出して拡大しているところだ。乗用のポールフリーも利用者が増えることを見込んで勿論増産しているし庶民が運搬に使う用のポニーまで揃えているらしい。

 それに領地の馬具店とウェアの店が王都に出店する事になったのも非常にタイミングが良かったと思う。


 王都に出店していても王太子殿下から招致を受けて来たという事でベルニエ領の利益を損なわないように領地にあるのと変わらないくらい還元される仕組みにしてくれた。


「あらお兄様、今とっても悪そうな顔をしていますよ」


「あはは、師匠ってば悪い顔が似合いすぎ!」


「まあな!はははは」


「あはは」「やだわ、うふふ」




「あはは、なんだあいつら楽しそうだな」


「ええ、そうですね。うふふ」


 ニコラとパメラ、そしてリリアンが楽しそうに笑っていると、その笑い声にフィリップとソフィーが振り向いて訳も分からないままこっちもつられて笑った。




 そうして「怖くない」と馬への苦手意識を克服したソフィーはなんと翌日にはなんとか上体を立てて鞍に跨がることが出来るようになった。体力はそうすぐには付かないが段々とコツが分かってきたし、シュシュも元々穏やかで従順な性質だったので嫌がったりせず協力的だ。


 あれから毎日のように来てはニコラにマンツーマンで手綱捌き等を教わっている。


 並んで馬を歩かせる2人は楽しそうで、とても幸せそうだ。


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