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110話 急がば回れ

「こ、怖い〜」


 身体を小さく縮め初心者鞍の持ち手にしがみつく。ソフィーはもう生きた心地がしない。


「ソフィーそんな風に体を倒したら危ないよ、そこじゃなくて手綱を、ちゃんと手綱を持たないと危ないって!今、鐙に足を通してあげるからね、まず左から。

 落ち着いて、俺の手を踏むつもりで足を伸ばしてみてゆっくりでいいから」


 そう言いながらニコラもハラハラして生きた心地がしていない。



 乗馬を教えるのってこんなに難しいものだったっけ、ソフィーはただ鞍にまたがって座ることさえ上手く出来ずに手こずっている。

 鐙に足を掛け何度も挑戦して、ようやっと馬の背に上がれたものの今度は怖がって鞍の持ち手にしがみついているし、膝を曲げ過ぎて鐙から足が外れてしまった。


 シュシュが急に走り出したり後ろ足で立ち上がったりしないように馬繋ぎに繋いでいるものの、これではソフィーがバランスを崩して落馬してしまうかもしれないとニコラは心配でたまらなくなっていた。



(言われてることは分かる、でもムリなの。

 足を伸ばさなきゃと思っていても体がガチガチでいうことをきいてくれなくて)


 ニコラにそう答えたいがソフィーは高い馬の背と暴れ出さないかという恐怖心が拭えず、緊張し過ぎて返事も返せなかった。



 ニコラはシュシュにどうどうと声を掛け、首をポンポンと優しく叩いて落ち着いたままでいてくれよとお願いする。

 今のところシュシュはジッと大人しくしてくれている。


 リリアンの時は最初からそれなりに乗れていたから誰でもそんなものだろうと思っていたけど、そうじゃないのか?ニコラも最初から難なく馬に乗れたクチだ。

 初心者にはどうしたらいいんだったっけ?そんな普段なら簡単に導き出せる問いの答えも分からないくらいだからニコラもかなり混乱していたに違いない。


 思うようにならず、つい声に出してしまった。



「ラポム!ソフィーが乗れるように何とかしてくれ!」



 名を呼ばれラポムはチラリとニコラの方を見た。



<あはっニコラ、ちょっと落ち着いてよ〜!

 いきなり話しかけてくるなんて反則でしょ、可笑しくってもうちょっとで吹き出すところだったじゃない>


 ラポムは誰にも分からぬように、ニコラの心に話しかける。


<あのね、私もシュシュにソフィーを落とさないように動かないでと話しかけてはいるけどね、シュシュは戸惑ってる。まだソフィーを受け入れていいか迷ってるんだ。

 どちらにしてもだよ、ソフィーがそんな状態じゃ今日は乗るのを諦めた方が良いと思うな!>


 面白がってるような弾んだ声だったけど、そんな連れない返事だった。精霊の力を借りてもソフィーがすぐに良い馬の乗り手になるのは難しいらしい。




 ソフィーだって何とか乗れるようになりたいというのは本心だ。


 勉強熱心なソフィーのことだから事前にニコラや父や兄に色々とコツを聞いてたっぷりイメージトレーニングだってして来た。

 そのイメトレ効果で一発で乗れるはずだった、颯爽と乗りこなしニコラに絶賛されるはずだったのだ。だけど現実は厳しい、全然思ったようにいかなくてほとほと困っている。




 別にある障害競技用の馬場でラポムに細い丸太をまたがせる訓練をしていたリリアンとフィリップは、ニコラがラポムに助けを求めている声を聞いて、馬を停止させてソフィーとニコラを見た。


「いつも落ち着いているニコラが冷静さを欠いている。あいつがあんなに心を乱すのは珍しいな」


「そうですね、お兄様はよほどソフィー様が心配なのでしょう」



「ああ、しかし2人共があんな不安定な精神状態だとシュシュにも伝わりシュシュも心を乱してしまう。ニコラだってそんな事は分かってるはずなのにソフィーにばかり気を取られ過ぎているな。

 ほら、シュシュが落ち着きをなくし始めた。ちょっと心配だから行って手伝ってくるよ」


「はい」



 フィリップはレゼルブランシュの頭をゆっくり返しニコラたちがいる馬場へ向かわせた。リリアンも遅れてそちらに向かうがシュシュを刺激しないようにニコラ達のいる馬場の外でラポムを停止させて様子を見守った。



 今まで馬場の外でリリアン達を見守っていたパメラが愛馬ファルファデに乗ってリリアンの傍に来る。


「リリアン様、先日は学園で部活動を初めて女性に乗馬をさせたいのだと仰っておられましたが皆んなあんな感じですよ。多分ソフィーが特別ダメなのではなく、むしろ自分から乗りたいと言ったソフィーはまだあれでも見込みのある方ですよ」


パメラにしてはやんわりと、どうせ乗れっこないのだから無駄なことは止めておいた方がいいと言っているのだ。



「そうでしょうか」


「ええ、家に馬車があり馬が居ても、私の母などは厩に来たことも馬を撫でたこともありません。

 まず馬を可愛いと思ったことはないだろうし、もしかすると馬車の動力くらいにしか思っていないのかも。自分が乗るだなんてきっと考えたこともないと言うでしょうね。

 そんな部活動を始めても閑古鳥しか鳴きませんよ」



 まさか自分の為にリリアンが女性騎士養成を目論んで言い出した事とは露ほども知らないパメラは今度は無理な事だとハッキリと断定した。リリアンが納得してなかったからだ。

 言い方は厳しいが誰も入部希望者が来ずに寂しい思いをしたり失敗して傷ついて欲しくないというパメラなりの優しさなのだ。



「・・・そう、なのかもしれませんね」


 しかし、リリアンには諦められない理由がある。



「でしたらやっぱり、まずソフィー様に乗れるようになっていただかないと!ソフィー様が出来ないことを克服される中に色々なヒントが詰まっているはず」



 しっかり前を見てそう言ったリリアンの横顔を見たパメラは表情を緩めた。


 そういうところがリリアン様らしい。例え困難だと分かっていても1つ1つ問題を解決しながら立ち向かっていこうとする我が主人のこの毅然とした態度よ、まさに王太子妃にふさわしく素晴らしいではないか。



「もちろんリリアン様が為さる事に異論があろうはずがありません。私も知恵を絞ります」


「ええ、お願い。頼りにしてるわパメラ」




「・・・では1つ。気づいた事を申し上げます。

 まず最初にすべきことは、馬にまたがることではなく馬に親しむことではないでしょうか?ソフィーは馬を怖がっています」


「確かにそうね」


 そうだ、皆んな何をこんなに焦っていたのだろう。


 早く、早く、時間がない、とそんな忙しない気持ちになっていたけど、早く女性騎士を養成したいことと、ソフィー様が馬に乗れるようになることは別々に考えなくては。


 まずはいったん落ち着こう。それからだんだんシュシュと触れ合って、背に乗るのはお互いがお互いを好きになってからの方がいい。1つ1つを丁寧に・・・。

 リリアンはパメラの言葉に頷くとラポムからスルリと降りて兄たちの元へ向かった。



「お兄様方、いったん休憩にしませんか」


「ああ、そうだな。じゃあソフィー降りておいで」



 もう降りてもいいと分かりソフィーはホッとしたものの・・・。



「はい、


 ん!


 んんっ!」


 しばらくもがいていたが、やがて困り果てた顔で言った。



「あの、・・・ニコラ様、・・・降りられません」




 ソフィーはいざ降りようとしたら今度は足に力が入らず足を回して自力で降りることが出来ないという、よほど身体中に力が入っていたのだろう。

 結局、フィリップが鐙から足を外してやりニコラがソフィーを引っ張り下ろして抱きとめた。そして降りたら降りたで今度は足を開いた普段にない体勢でいたせいでガニ股になり足がガクガクして歩けないというのだ。


 なんだそれは・・・想像の範囲を超えたソフィーの状態にニコラは呆気にとられていた。



 ソフィーはしばらく休んでから皆から遅れてニコラに抱かれたままサロンに入って来た。



 馬場を広く見渡せる少し小高くなった丘の上にあるフィリップ自慢の『馬場のサロン』は離れ家になっていて、夏は風通しが良くて気持ちがいいし冬でも暖かい。


 外観は白が基調の建物で前方が円く突き出したサンルーム風の形をしていて外が広く見渡せる。内装は豪華で優雅でありながらサイドテーブル付きのカウチソファがいくつも配置されており、疲れた時はゴロンと横になることも出来てとても居心地が良い。


 もちろんフィリップ抜きで他の人が使うことは無い王太子専用だ。だけどサロンとして客人をもてなせるように二階には大浴場があるし、厨房にダイニングルーム、シャワーが5基あるシャワールームに宿泊も出来るゲストルームと充実した設備も備えている。



 フィリップは馬術競技を禁止されるまでとにかく障害競技用馬場に入り浸っていた。


 休日はもちろんのこと執務が終わった後や間の息抜きにとマメに来ては練習に励んだりレゼルブランシュの世話をしたりする、そんな時の休憩に使うのにこのサロンはもってこいの立地にある。

 レゼルブランシュや馬場に近いということでリラックス効果があるのだろうか、当時は天気が悪く馬に乗らない日でさえやって来て雨に濡れる馬場を見ながら寛いでいたくらい格別にお気に入りの場所だったのだ。


 尤もリリアンが王宮に来てからはレゼルの顔を見に来てもサロンには寄らずリリアンの部屋に行く方を優先していたのでちょっと足が遠のいていたが。




 カウチソファにニコラと並んで腰をかけるとソフィーは頭を下げた。


「皆様大変ご迷惑をお掛けしました。本来なら皆で楽しく乗馬を楽しんでいたところでしょうに、私が至らないばっかりに殿下のお手までわずらせ汚してしまうなんて本当に申し訳ありません」


 己の不甲斐なさに泣きそうだ。


「いや、そんな事は気にするな。

 それに焦らなくていい、ゆっくりいこう」


「はい」いつになくしょぼんとするソフィー。宰相令嬢で才色兼備、万事において出来る子側にいるソフィーにとって、こんなに上手く出来ないのは人生初かもしれない。


 ニコラがギュッと膝の上で結んだソフィーの手を取り、慰めるようにポンポンとすると顔を上げてソフィーは力なく微笑んだ。



 そもそもソフィーの上達を皆が焦ってしまったのは話し合いをした時に、新学期の部活動勧誘合戦に颯爽と馬に乗って王太子婚約者候補と宰相令嬢が登場すればアピール力抜群ですとソフィー自身が言い出し、そうだそうだと皆が賛成したからだった。

 新学期まであと3週間足らずしかなく、冷静に考えるとそもそも当てにするべきでは無かったのだ。


 ソフィーは乗馬に関して言えば元々適性が低いと言える。馬が怖い、高さが怖い、それから多分体力も足らない・・・そしてこれらはそのまんま学園の女生徒達にも当てはまる課題なのだろう。


 焦る必要はない、地道に行こう。

 でも今はソフィー様に元気を出してもらいたいなとリリアンは思う。


「ソフィー様、きっと明日はひどい筋肉痛になりますよ。乗馬は普段使わない筋肉を使うので初めての時は凄いです」


「ええ、もう既に身体中が悲鳴をあげています」



「あれだけで?」


 ニコラは目を見開いて驚く、だって実際のところソフィーは自力で馬の背に乗っただけで降りることさえニコラ任せだったのだから。


 だけど鎧に足をかけて鞍に跨ろうとするも自分の体を1度では持ち上げられなかったから頑張って何度も何度も繰り返しトライしたし、いざ鞍に跨ると鎧から足が外れてしまって落ちたらどうしようと怖かったし、膝が開きっぱなしになる体勢は慣れないから上半身を倒して身体を硬らせ小さな鞍の持ち手に全力でしがみついていた。

 それを無駄な力を使ったからというなかれ、ソフィーなりに必要があってありったけの筋力を使っていたのだ。


 ニコラは先ほどまでソフィーが必死で格闘していた事を思い返した。

 なるほど、それだけ非力なのか。ソフィーの眠れる筋肉を目覚めさせないまま乗馬をさせるのは危険過ぎる。



「ソフィー、すぐにタンパク質を補給しておこう。

 それから筋肉痛は炎症だ、あまりに酷いようならすぐに冷たいシャワーで冷やしておくと後がラクだ。

 そしてストレッチと筋トレを普段から生活に取り入れるんだ。柔軟性と筋力は乗馬以外にも何かと役に立つからやっておいて損はない」


「ニコラ様、この季節に冷たいシャワーを浴びたら凍えてしまいますわ」


「足とか腕に水をかけて冷やすだけでいいよ、背中やお腹は仕方がない」


 ニコラに任せておくとなんだかおかしな方向に話が進んでいるのではないかとソフィーは心配になったが、ストレッチも筋トレもニコラと一緒に出来るならなんでも嬉しい。



 そこでニコラ達の話を聞いていたフィリップは立ち上がって言った。


「じゃあ、皆んなシャワーをしておいで、戻ったらロイヤルミルクティーでも作らせよう。今日はもう乗馬は終わりにしてゆっくりする」


 そういう事で男性はシャワールームへ向かう。女性は大浴場を3人で一緒に使うことにした。



 体を洗ったリリアンは試しに冷たいシャワーをつま先から順に足にあててみた。最初はムリと思うけど冷たさに慣れてくると平気だ。腕にもあてて冷やす。


 まだほとんどラポムに乗っていない内に終了したから筋肉痛も何もないんですけどね。


「気持ちがいい。冷たいのは直ぐに慣れてきますね」


 それを聞いてパメラもやってみた。


「なるほど、キツい訓練をした後は足や腕が熱をもっていると感じる事がある。そういう時にこうやって冷やすのは有効かも、さすが師匠だ」


「では私も・・・ひゃっ、冷たいっ」それでも続けて水をあてる。


 3人は冷えたままだと寒いねと、お湯に浸かってゆっくり温まってから出た。



 脱衣室でフィリップが用意してくれていたゆったりしたゲスト用のくつろぎ着を着ながらリリアンは隣のソフィーを見る。


 それにしてもソフィー様の胸の大きいこと!細いウエスト、どこもかしこも細過ぎるくらいなのに胸だけが大きくて柔らかそう。



 それに比べて私はぺったんこ。



 今度はパメラを見る。

 確かにいつも騎士服をピシッと着こなしているけどこれほどスタイルが良いとは意外だった。

 脱いだら出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいるし筋肉も程良く付いて肌には張りがあり女性らしさもありつつ健康的、バランスの良い理想的な体型だ。


「リリアン様、そんなにマジマジと見られると私でもさすがに照れますね」


「あっ、ごめんなさい」リリアンは赤面し真っ直ぐ前を向いて服を被った。



「スレンダーでも気にすることはないですよ」パメラがサラッと言う。



「うっ、スレンダー・・・」


 気にしていることがバレてしまった。私も2人みたいに胸がおっきくなりたい。



「そうですよ、お気になさることはありませんわ。リリアン様はまだ7歳ですものその頃は私もツルツルでしたよ」



「ツルツル・・・」


 2人がリリアンの胸をえぐってくる。いや、心をえぐってくる。



「そうそう、私も学園に入った頃はまだでしたよ、12歳くらいからかな成長し始めたのは」



「私は学園に入る前だから10歳の頃からですね。友達はそんな事ないのに私だけ胸が大きくなりだしてなんだか恥ずかしかったわ」




 早くフィリップに認めて貰いたいリリアンは早く大人になりたいと思っている。胸が大きくなって恥ずかしいという気持ちは分からない。


「そうなんですか、10歳とか12歳頃なんですね」


まだこれからなら私にも成長の希望があるけど、まだ数年先のことみたいだ。




「胸の大きさは母親に似るって言いますよね」とソフィー。


「えっ!ガーンです、お母様は全然大きくありませんっ」


「確かにジョゼフィーヌ夫人は大きいイメージはないな。でも大丈夫、人の好みは人それぞれですから」慰めるパメラ。



「そうですよ、でも男性は母親に似た女性を好きになるらしいですね」とソフィー。


「パトリシア母様は胸が大きいです・・・」再びショックを受けるリリアン。ハラリと手にしたタオルを落とした。


「いやいや、確かにそう聞いたことはあるが。

 あっほら、師匠はソフィーが好きなんだから一概にそうとは言えないだろう」なんとかして慰めようとするパメラ。


「うふふ、そうですね。ちょっとリリアン様の反応が面白かったのでふざけてしまいました。すみません」


 胸の大きさに悩まなくても愛されているのが確定しているソフィーは余裕の笑顔を見せる。



「えっソフィー様からかったのですね、ひどいっ!」


「あはは」「うふふ」


 リリアンは皆と笑いながらソフィーが元気を取り戻してくれて良かったと思っていた。


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