11話 リュシアンの手腕
謁見の間でクレマン伯爵は王に対面していた。
「娘は今まで領地にいたのだろう?これからは王都で暮らすのか」
「いいえ、今回はお茶会の招待を受けて来ただけです。ジョセフィーヌがリリアンのドレスは王都で作りたいと言うので3週間前に来て、帰りは花祭を見て帰るというので1週間余分に滞在する事にしただけですから」
「それでは2人は直ぐに離ればなれで会えなくなるではないか。ニコラもこちらにいるのだ、リリアンもタウンハウスで暮らせばどうだ。若しくは王宮に部屋を用意するぞ」
「そう言われましてもまだ6歳ですよ。親と離れて暮らすというのは早すぎます」
「ではジョセフィーヌも王都に残れば」
「私の子離れがまだなので離ればなれはまだ無理です」
「無理なのはお前がか」
「それに領地の経営は実質ジョゼフィーヌがしているので彼女も居ないと困ります」
「そうなのか。まあ、そうだろうな。既に以前そう言って王都に残ることを断ったのだから。だとするとリリアンが学園に入る時にはこっちに来るとすると12歳だからまだ6年も先か、それはさすがに先が長い。
私も可愛いリリアンを愛でたいし。では7歳になったら王宮に住むか」
「ええ〜あと1年?いや、あと2ヶ月しかないではないですか短すぎます。仕方がない、10歳からでは?」
「うーむ、せめて8歳」
バナナの叩き売りか、見た事ないけど。
王とクレマンだけではなかなか折り合いが付かなかったので、結局すぐ全員が呼ばれた。
「ふん、ふん」
頷きながら話をざっくり聞くとジョゼフィーヌは言った。
「あなた我慢して!もう新たな2人の物語が始まっているのだから。
登城には私が付き添うからいいことにしましょうよ。やった!特等席ゲットだわ!!」
「まさか娘さえもお前の萌えとやらの燃料にするのか」
クレマンが呆れてジト目で見ている。
ベルニエ夫妻の様子を見ていたリュシアンはパトリシアに言った。
「懐かしいなこの感じ。
しかし、こうしてみるとお前たちは少し方向性が違うのだな」
「似ているように見えるかもしれませんが全く違いますわ。
それに今回は温度差が生じて当たり前よ。フィリップは私の息子で推しではないのですから。
私は同担歓迎、推しとの夢展開希望でジョゼは同担歓迎、推しを応援し隊派で自分との夢展開断固拒否なのですもの。だからこそ私達は仲が良いのです」
「得意げに説明されても何を言ってるのか全く理解できないがな」
「リュシアン様、こういう事です!!あの頃、私の推しはリュシアン様でしたが、自分がどうこうしたいのではなくやりたいのは陰ながら応援し、見守ること。推しであるリュシアン様とヒロインであるパトリシアが結婚してずっと幸せでいてくださることが1番の目標であり喜びだったのです。そして現在はフィリップ殿下が推しです!だってだって麗しいんですもの!」
( ん? 何か前に聞いたようなフレーズだな )
前にリリィが言ってた『だから、私は2人が幸せでずっと一緒にいるのがいいわ』を吹き込んだ犯人はお前か、ベルニエ夫人!!リリィを戦わずして戦線離脱させたのは!
フィリップが心の中でベルニエ夫人を敵認定していると、それには関知せずのどかな様子でパトリシアがジョゼフィーヌに問うた。
「ん?あら、ジョゼ。だったら今度の悪役は誰になると思う?」
「悪役は知らないけど、今のところ当て馬ならアングラード侯爵家令息のマチアス様かしら?」
「あはは、確かに」
「お前たち笑い事にするな。聞いていてアングラードが可哀想になるぞ」
「いいえリュシアン様、アングラード家もしくはマチアス様の傷が最小限で済むように私達は今回こうして談合しているのでございますから」
「はあ、真顔で言われると信じるしかないな。
面白がっていると誤解してしまったが、確かにお前たちはそうだった。他の者の為に心をくだける者だ。
しかし、先ほどから一向に話が前を向いて進んでいかないな」
フィリップは唖然としていた。
目の前でテンポ良く展開されている4人の会話があの一節以外さっぱり理解出来ない。
ベルニエ夫人は凛とした聡明な人だと思っていたがここにきてただのお調子者のようにしか見えないし、皆やけに気安い。宰相モルガンも彼らを見てニコニコしてるし。
ちなみにリリィもキョロキョロみんなの顔を見ていて分かってなさそうで安心する。彼らの話についていけてはダメな気がするなんとなく。
黙って控えていた宰相が口を開いた。
「お二人の意見も聞いてみたらいかがでしょう」
「そうだな、参考までに聞こう。フィリップはどう思う」
「本音を言えば毎日会いたいですが、私はまだ学生の身です。そしてリリィは親の愛情が必要な年頃ですから領地に戻るのは致し方ないと考えます。私が我慢するしかないでしょう。
私の卒業は2年先。その時に王都、いや王宮に来てもらえれば最善と考えます」
「ということは8歳か」
ベルニエ伯爵はすごく嫌そうな顔で聞いていたが一応リリアンに「8歳から王都に来るのは流石に早いよね?お父様やお母様と離れて暮らすのは寂しいよね?ね?」と問うた。
「はい。寂しいです。でもフィル兄様にずっと会えなくなるのですか?」とリリアンは手をぎゅっと握ってうつむいた。幼いリリアンにとって1年は長い。2年だと気が遠くなるほど長く永遠に感じられたのだ。フィル兄様は我慢すると言った。これから先に起こるそれはどれほどフィル兄様にとって辛い事なのだろうか、そして私も寂しい。
「リリィ」その様子にフィリップは感動してリリアンの前に跪きその握った手をとり優しく包む。
ありがとうと言おうとしてそこに邪魔が入った。
「眉を下げ切なげにリリアンの顔を覗き込むその表情。レア、レアだわ。
あ~ん、ちょっと待ってフィリップ様にそんな表情をさせるなんて、お母様鼻血出ちゃうから!ハンカチを、いや、絵師、絵師を早う!」
悶えるジョゼフィーヌを見て「相変わらずだね」と微笑んでからリュシアンは徐ろに言った。
「ではこうしよう。どちらにしても今月は王都にいるのだろう。来月末はフィリップがベルニエに行く予定だと聞いているから領地に居れば良い。翌月は王都に来てもらい以降は様子を見て改めて考えよう。
それまでにとりあえず宮殿のゲストルームの1つはリリアン専用、あと隣接したいくつかを家族や関係者用にリフォームしておくよ。
お前達はこれから度々顔を合わせるのだし今後は堅苦しい挨拶は公式な場以外では不用だ。
それからリリアンは王宮に出入りするならマナーなども知っておく必要がある。こちらから教育者を派遣するから任せてくれ。まだ幼いし厳しくするつもりは無いよ。ゆっくり楽しく学べば良い」
クレマンは畏まりましたと返事した。
なんだかどさくさに紛れてすごくあちら側に都合のいい話になった気がする。が、リリアンにはフィリップに会いたい気持ちがあるようだから頭ごなしに反対するのも可哀想だ。その代わり里心がついたらいつでも帰らせて貰えるようにお願いしておこう。
ジョゼフィーヌは乗り気だし、昔のよしみで歩み寄って下さるのでつい甘えてしまったが、そもそも王家の意向は絶対なのだから。
「それから花祭の離宮は前日から来れば良い。いくら優先的に通しても流石に道中混んで無駄に時間がかかるからリリアンも疲れるだろう。去年は1時間に50mも進まなかったと聞いたぞ。ではこれ位にしてサロンに移ろう」
宰相補佐マルタンが今話した事を書面にしたり、各所の調整をする間を利用して両家の親睦を深めようと一階のサロンに移動した。
リュシアン様大人の男、余裕を感じますよねっ
え?わたしだけ?
_φ( ̄▽ ̄ )
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