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109話 父王説得大作戦

 黒のサロンでの話し合いから数日後、フィリップは両親が寛いているというサロンにタイミングを見計らって向かった。


 このシュチュエーションを待っていた。

 先程の夕食時にはこの話をする訳にはいかなかったのだ。何故ならこれは細心の注意を払って話さないといけないことだからだ。



「父上にお願いがあって参りました」


「なんだ、言ってみろ。だが前にも言ったが婚約発表はまだ待てよ、一番盛り上がるタイミングでするのだ、今はまだ早い」


 こちらが言う前にペラペラとそんな事を言う。



 食事中も地方から建国祭と新年を祝って届けられていたワインやビールにまだ手をつけていなかったと随分と飲んでいたが、今も手にはウイスキーの入ったグラスがある。


 ほろ酔いなのかどうなのか機嫌は良さそうだ。



 弁明をするのは先がいいか、後がいいか・・・チャンスは一度だけだ。しくじってはならない。


 フィリップは腹をくくる。



「いいえ違います、お願いは女性護衛騎士についてです。

 今はパメラ1人しか居りません、これでは少なすぎると思います。

 リリアンは来月には婚約者候補として学園に通います。同級生より年齢も若く狙われやすい立場ですから、今のままでは私の時のように手薄な時を狙われて危険な目に遭うのではないかと心配です」


 心配そうな顔を敢えてする。


 実際に心配だし。リリアンが男子生徒に囲まれる様を想像しただけで真に迫った顔になれるから演技力はいらない。


「リリアン自身も女性護衛騎士団の創設は急務であると言っていました。

 健気にも学園に通うのが楽しみだと言っていますが、王宮に暮らす前はベルニエ本邸から出たことがなかったのですから、知らない人が大勢いる場所に出るのを内心では不安に感じているのでしょう」


 これはリリィとも打ち合わせ済みだ。

 女性騎士の必要性を強調するとともに今回の交渉が失敗したらそっちの線でリリアンから攻め直す時の布石でもある。



「もちろん、私も必要だと考えてる。引き続き募集してるのはお前も知っているだろう」


 リュシアンは酔っていてもその場では他人に酔っていることを悟られないくらいには分かったようなことを言う。


「学園にも、全ての家にもその旨の通達も出しているが1人も来んのだ。待遇としては相当条件の良い内容にしたんだがな。

 やる気と強い忠義心が無ければパティやリリアンの事を任せられないだろ?強制的にお前がやれと選ぶより自分からやりたいと手を挙げて貰いたいのだが、そもそも我が国の貴族女性は淑やかであれと育てられるのだから難しいのは間違いない。

 実際のところパメラ1人でもすぐに使えるレベルだったのは奇跡みたいなものだ。


 奇跡・・・んー、奇跡じゃないな。


 オスカーは将来的に必要性が出てくると考えて騎士になりたいと言うパメラに敢えて指導者を付けていたフシがある。


 あの男はもう、気が利くというより、アレだな。


 大体、バセット家から有能な人材が出過ぎて他とのバランスが悪いと褒め言葉のつもりで言ったのに、アイツはその言葉尻をとって責任を取る形で子等の時代になる前に引退しておくなどと言い出してサッサと隠居してしまった。

 まだあんなに働ける癖にアイツはもう・・・おかげでどれほど皆が困ったか・・・大体、そもそもアレがアレしたのは、えっと、フィリップ、アレはいつだったかな?」



 いかーん、オスカー・バセットの話が広がり過ぎてだんだん支離滅裂になってきた。上半身も傾きかけてそろそろこっちに引き戻さなくては放っておいたら父上は寝てしまう。


 やっぱり父は酔っている。

 酔ってる時の父上は普段より緩くなる。


 しめしめ・・・早く言質をとって、母上を証人にしておけばこちらのものだ。



「そうです父上、我が国では女性は皆、お淑やかで騎士になるのに必要な素養がないのが普通です。それでリリアンが学園の部活で女性を多く集め、まず馬に乗れる者を増やしたいと言っているのです。

 もちろん私もそれに協力したいと思いまして、それで・・・ですね。


 あの、まずは弁明を!


 お咎めのあった昨年の学園の乗馬大会での私の失態、馬上からの後方宙返りについてですが、あれは競技の出来が良くて興奮したのではなく・・・もうすぐリリアンに会えると思うと気持ちが浮き立ってやってしまったことなんです。


 ですから、決してあの馬術大会の結果が良くて興奮した訳ではなく!もう2度とあんな馬鹿な真似はしないと誓います!


 だから、


 障害飛越競技に復帰させて下さいっ!!

 模範演技で人を呼び1人でも多くの部員を集めたいんです、そして彼女らの指導も手伝いたい。


 お願いします父上、どうかお許しを!!」



 フィリップは勢いよく頭を下げた。




 父とはいえ、この国の国王が競技を止めるようにと言ったのにフィリップはその意に反することを要求している。王太子であっても、いや王太子であるからこそ、この国の秩序を守る為に『国王は絶対の存在』でなければならないのに、だ。


 それに仕方なくではあったが一度はこちらも了承したことだ。


 お互いに前言を撤回するのは余程の時でなければならないのに、正攻法では今更願っても認められないようなことをお願いしている自覚はある。


 まだ一年も経っていないのに正攻法でしらふの父に願ったなら、反省してないとお叱言を食らった挙句に今は辛うじて残されている障害競技をいつも練習していた馬場まで撤去されてしまう恐れもあった。



 どうか、父上お許しを!!フィリップは深く頭を下げたままだ。



 リュシアンはフィリップの勢いに面食らったように「あ?うう・・・ん」と唸った。しらふに見えてそうではないのだ。半分寝ているのだからいきなりの展開に頭がついていっていない。



 しかしパトリシアは面白がって忍笑いが堪えきれなくなって大笑いだ。


「うふふふ、あはは、確かにあの時フィリップったら随分浮かれてたものねー。

 そっか〜、花祭でリリアンちゃんに会えるのがすっごく楽しみだったのか〜。

 あなた、いいじゃないの。この子達が何をしようとしているのか見せて貰いましょうよ」


 リュシアンの背をバンバン叩きながらそう取り成してくれた。



 母上!笑い過ぎです。


 だけど父上は母上がそうやって笑顔を父に向けいかにも楽しそうに背中を叩くので、その雰囲気に呑まれて表情が緩み、じゃあいいかな、という気分になったようだ。


 母が父の腿に手を置きニコニコと下から父を見上げて「ね、いいでしょ?」とおねだりポーズで念を押すと、父はウイスキーを持っていない方の手で母の首筋を撫でるよう引き寄せながらとうとう言った。


「そうか?お前がそういうのならまあ・・・」


 父の鼻の下はすっかり伸びている。


 リュシアンは結婚して20年経っても未だにパトリシアの笑顔とおねだりに弱いのだ。



「いいのね?うれしい」


「そうか、そうか。よし、いいだろう」



 父はこちらも見ずに許可を出した。何について話していたのか分からなくなっているのかもしれない。そして、もう行けという甘い空気を出して母を見つめている。


 パトリシアの何かがリュシアンのスイッチを入れたようだ。



 了承の言葉を貰ったら早々に退散だ。


「はい、父上、母上どうもありがとうございます」と挨拶をして部屋を出た。




 やった、やった、やったー!!!


 またレゼルブランシュと跳べる!競技が出来る!



 フィリップは喜びを声には出さなかったものの片手を突き上げて高くジャンプした。


 あ、しまった。こういうのを気をつけないと。



 後ろを振り向いてドアの前に立つ護衛に人差し指を立てて(今のジャンプは父上には内緒にしてくれ)とジェスチャーでお願いする。

 彼は(大丈夫)と頷いた。



 早くリリィに知らせたい。まっすぐリリアンの待つ応接室へ行く。




 リリアンは祈るようにして待っていた。


「リリィ、許可がおりた!」


「本当ですかフィル様!

 すごい、良かった、やったぁ!!」


 リリアンはぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んだ。そして尚も「これでフィル様は競技が出来るんですね、良かった〜」と胸に手を当てしみじみと喜んでくれた。


 そのリリィの表情の嬉しそうなこと!


 フィリップが「リリィ」と両手を広げるとリリアンが阿吽の呼吸でそこに飛び込んできたので抱き上げてクルンと一周回った。


「うん。嬉しいよ!ありがとう」


 自分の嬉しいことを同じように嬉しいと感じてくれてこんなに喜んでくれる、なんて幸せなことだろう!お陰で喜びが何倍にもなるようだ。



「じゃあさっそく明日から練習しよう!」


「はいっ!」



「じゃあその為にも執務をもう少し進めておこうと思う。今はまだエミールが休暇中だから。遅かったら先に寝てていいからね」そう言うとさっそくフィリップは仕事に向かった。背中に喜びがにじんでいる。


「はい、いってらっしゃいませ」とフィリップを見送ると横に立つパメラに言った。



「ねえパメラ、ちょっとこの間に馬術の予習をしておきたいの。図書室に馬術の本もあるわよね?」


「馬術は殿下の趣味ですからきっとあると思いますよ、行ってみましょうか」とパメラは移動の為に専属護衛を4人呼び寄せ、荷物持ちにコレットも連れて一緒に図書室に向かった。




 図書室の司書はもう退勤していて居なかったがパメラが鍵を手配してくれたので問題なく入れた。


「馬術の本はスポーツだから・・・780番の棚ですね」


 大量にある本は分類され、すぐに目当ての本が探せるようになっている。

 本自体は誰かが手書きで書かないとない。元本を誰かが書いたらそれを司書達が写本する、そうやって気の遠くなるような作業の果てに、ここの図書室の大量の蔵書があるのだ。


 馬術は元本を書ける人が少ないのだろうか、ずらりと並んでいるのは乗馬関係がほとんどだ。『馬とのコミュニケーション』『乗馬の上達法』『乗馬レッスン』


「乗馬の本が多いわね、これは画集?ふうん、絵も写本するんだ・・・すごい!かわいいというか、ヘタ過ぎて逆に味があるわ、これ手元に置いておきたい」


 背表紙に何も書かれていない本を手にとり表紙絵に惹かれて中を見ると馬の絵ばかり描かれていたが何の為にあるのか謎だ。


「あっ、『初心者のための障害馬術ルール解説』っていうのがあった。これを借りようかしら」


 リリアンが借りる本を吟味している後ろで暇だったコレットが何気にいけないものを発見しまった。




(ん?


 なんでこんなところに娯楽小説みたいなのがあるんだろ、ここの棚には言語の外国語コーナーとラベルが貼ってあるのに。

 あっ、そっか!中は外国語で書かれた小説なのか。


 あら?

 でもこっちはハウツー本だわ。あれもこれも・・・ちょっとちょっと、やっぱりここにある本はどれも変よ!


 何で!?

 ここってアダルトコーナーじゃないわよね?)



 そんな風に心の中で大騒ぎしながら馬術関係の棚の対面の本棚をガン見していたら、パメラがコレットの様子に気づいて振り返りギョッとした。



 そう、それは女性を毛嫌いしていた頃のフィリップに女性に興味を持って貰いたくて、リュシアンがその目に止まるようにさりげなさを装いながらも馬術の棚の近くにズラリと揃えさせた、あの恋愛指南本たちだ。

 セーフじゃないタイトルも多々ある。まだ撤去されずにここにあったのだ。



(いかん、これは純粋で澄みきった心のリリアン様の目には入れてならないものだ。絶対に殿下にもリリアン様を汚したと責められるに決まってる!)




「ねえ、パメラ。こっちとこっちどちらが良いと思う?」


「えっ!?はっ!えっと、どれどれ?」


 後ろを向いていたところに話しかけられ普段になく焦るパメラ。リリアンから後ろの棚が見えないように自分の体で隠し目線を誘導しながら対応する。


「こちらの方は子供向けに丁寧に基本の技の解説していて、こちらは本格的なルールの解説本ですね。まだ競技を見た事がないのなら基本の技の方でしょうか。

 明日になれば殿下がいくつかの技を見せてくれるでしょうから技の名前や見どころを知っていればより面白く感じるでしょうね」


「そうね、だったらこれにしよう」とリリアンは1冊の本を持ってカウンターへ向かった。


 司書がいない時は自分で貸し出しカードに記入してボックスに入れておくことになっている。リリアンが自らカードに名前を書いていると少し遅れて来たコレットが横で貸し出しカードに名前を記入し始めた。



 パメラは再びギョッとした。

 そして心の中で叫ぶ。


(お前は何をやっとるかーっ!!このコレットの大馬鹿者がーっ!!)


 しかし上手く誤魔化さないとリリアンにあの『見せたくない棚』の存在がバレてしまうので声を出すのを躊躇した。


 コレットは涼しい顔で自分用に本を借りている。



「あら、コレットは何を借りているの?」とリリアン。


(ぎゃあー!!)パメラは心の中で頭を抱え絶叫する。



「リリアン様、これは恋愛小説です。王宮は仕事が終わると寝るまで案外することが無くて暇なんです。だから寝る前にこれでも読もうと思いまして」


「そうなの、その小説が面白かったら今度教えてね」


「ええ、もちろんです。もし良かったらリリアン様が先に読まれますか」


 パメラは慌てて制止をかける。


「こらコレット、図書室の本は又貸し禁止だ」


 そう言ってタイトルを見てホッとした。

 コレットの持っている本はただの恋愛小説だった。というかそう見える。タイトルに『勝利の女神に口づけを』とあったからだ。



「いいのよ、今は先に馬術の本を読みたいからコレットが読んでね。お話が良かったらまた時間があるときに私も借りに行きますから。

 でも、そうは思っていても、これからは学園の勉強を出来る限り詰めてしなければならないから読書をする時間はあまり取れないかもしれないけど」


「そうですね、これから忙しくなりますから。しかし学園での生活に慣れてきたら徐々にゆとりも生まれてきますよ。私もリリアン様が授業を受ける部屋に一緒に入りますので微力ながらサポートしますから」


「ありがとうパメラ。心強いわ」などと話しながら部屋に戻った。


 来月からは学園生活が始まる。

 勉強に部活動にとただ頑張るだけでは足らなくて結果も出さなくてはならないのだから、とても忙しい毎日になりそうだ。



 まあそういう訳で、翌日には馬術書の棚の後ろにあった本逹はパメラの進言によりリリアンの目に触れることなく撤去され、それを聞いたフィリップとパメラはホッとしたのだった。





 翌朝、フィリップはダイニングルームで父が覚えていないと困るので念押しを兼ねて礼を言った。


「父上、昨日は馬術競技をすることを許して下さいましてありがとうございました。本日から復帰し安全に留意しながら精進致します」


「あぁ、その事だが昨夜どうやら私はかなり酔っていたようなんだ。お前がそんな事を言っていたような気がして起きてパトリシアに夢か現実かと聞いたくらいでな」と眉間にシワを寄せる。



 おぼろげに覚えていたようだ。


 ドキドキ。



「あなた?私に良いと言ったことを後から撤回するなんて、私を軽んずるのね?」とパトリシア。



「そうは言ってもだな」とリュシアンは気が進まないようだったが・・・。


「まあ、あれは花祭でリリアンにもうすぐ会えると浮かれてやったと言うのなら一旦それを信じることにするが」




 もし、リリアンがこの時水を飲んでいたら盛大に吹き出していたことだろう、それくらい驚いた。


「っ!!」


 ちょっとフィル様、私に会えると浮かれてバク宙したとリュシー父様に仰ったのですか?


 そんな苦しい言い訳、通じるなんて有り得ないですよね?もしそれが通ったなら今度は馬術競技より私の方が危険な存在だということになりませんか?



 ふと、危険人物認定されてフィル様と引き裂かれ、もう会えなくなるのではないかという考えが頭を過ぎりスッと血の気が引いた。



「分かった。その代わりチャンスは一度切りだぞ、フィリップお前は私達の大切な跡取りだ。

 また危険だと判断したら次はないからそれは肝に命じておけ」


「はい、肝に命じます!」



 ふぅ、良かった!私もフィル様も許されたみたい。





 これで安心して競技が出来る。


 しかしその日の執務中にフィリップの元に母パトリシアからカードが届いた。



『今回の事は貸しイチね


 パトリシア』



「これは・・・?」


 カードを手に考える。


 どうしても許しを得たいが為に父の酔ってる時を狙ってお願いごとをしたことを母上は気が付いていたのだろうか。

 あの時手助けはしてくれたものの、2度とそんな事をするなと釘を刺す意味もあってこのカードを送ってきたのかも。


 多くを書いてない母からカードには何か裏のメッセージが込められているのではないかとプレッシャーを感じてしまったのは狡い事をしたという良心の呵責があったせいかもしれない、だがこのたった一枚のカードで父より何より、母が一番怖い存在になりそうだ。

 もちろんパトリシアはそんな風に腹にもつタイプではないので考えすぎだ。



 真相は『この前オランジェットを買ってきてくれたみたいに街にお出かけした時はお土産をお願いね!』という期待を込めて軽い気持ちで送ってきただけなのでした。


リュシアンの暴露がリリちゃんが水を吹き出すタイミングじゃなくて良かったです

大惨事になるところでした

_φ( ̄▽ ̄; )ヨカッタワ



いつも読んでくださいましてどうもありがとう


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