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1話 妹との出会い

「お兄様、お帰りなさいませ」


 高い位置で結んだサラサラの銀髪を弾ませて今にも抱きつかんと奥から走り出てきたのは水色の簡素なワンピースに白いエプロンをつけた小さな女の子、リリアン・ベルニエ。


「ただいま、久しぶりだねリリィ。淑女のマナーを学び始めたと聞いていたけど、走って出迎えると習ったのかな?」


 16歳になるニコラは既に逞しく育ち大男だ。



 一緒に領地で暮らしていた時は10歳ほど離れた妹を下へも置かない構いっぷりでリリィ、リリィと溺愛していたのだが、王都の学園に入ってしばらく顔を見ない内に距離感が分からなくなってしまった。


 今も抱き上げてやりたい気持ちと裏腹にクールになってしまう。


 それでも歳の離れた小さな妹には怖い顔は出来ずニッコリと笑いつつも小首を傾げて片眉を上げてみせた。



「いいえ、これからは気をつけます。お帰りなさいませお兄様」


 リリアンは兄に伸ばした手を納め、すました顔をつくりもう一度挨拶をしてみせた。



 そこへ麗しい青年が従者を伴って入ってきた。


「どうも足を痛めているようだ、御者はここに居る間に連れて戻り代わりの馬をと言っているが、あれでは動かすのも可哀相だ。お前のところでしばらく世話をしてもらえるか」


「もちろんです殿下、お任せください」


 殿下と呼ばれた青年がホッと息をはき、ふと女の子に目を止める。彼はこのプリュヴォ国の王太子フィリップ・プリュヴォだ。


「殿下、妹のリリアンです」


「ニコラにはこんな小さな妹がいたのか、私はニコラの友人、フィリップだ。よろしくねリリアン」と言うやフィリップはリリアンを抱き上げて「さて、どちらに行けば良いのだ」とニコラに案内を催促する。



 リリアンは王族に対する挨拶をもう習っているはずだが、どうしようもない。殿下自らが挨拶をする前に抱き上げてしまったのだ。しかも王太子とあえて言わなかった。


 このまま移動して不敬になりはしないのだろうかと内心オロオロしながらも執事に目配せし、まずは3つある客間のうち最も奥の賓客を迎えるための部屋へ案内させる。

 予定では屋敷にちょっと顔を出し執事に殿下の来訪を伝えてから鍛錬場にそのまま直行しようと思っていたのだが、まだ6歳の幼いリリアンを一緒に連れて行くわけにはいかないだろう。



 今日の訪問はプライベートで先触れもなく、ニコラとフィリップは学園の寮で昼食をとってから馬と馬車ではあるが一緒に屋敷に戻ってきた。


 現在、ニコラはその腕を買われ学園内でフィリップを護衛することになっている。特別に騎士の誓いをして帯剣も許可され常に行動を共にすることになっているので学園では側近扱いだ。


 そういう理由もあるが、王太子のフィリップは伯爵家の嫡男であるニコラに対して親しく友人のように接して下さっている。


 また、同じ学年に側近になり得る高位貴族の子息がいないということもある。


 未来の側近達はフィリップより年上の高位・有力貴族の中から優秀な者達が既に選ばれているのだが、彼らをわざわざ学園内でフィリップの傍に留めて侍らせることはしない。

 既に宰相補佐をしたり騎士団に所属したりで現場で経験を積んでいるところだ。彼らとの交流や信頼関係の構築は子供の頃からの付き合いで成されている。


 ちなみに護衛の為の騎士は王宮から学園にも派遣してあるが、ピッタリ張り付いていると学業や他の生徒との交流に支障があるという事で校門や校舎、寮、体育館、教室の外など離れた所に待機しているし、ニコラが離れるときは騎士が一人そばに控えることになっているのでニコラとしても学業や鍛錬に支障はないようにはなっている。


 フィリップが同じ学生なのに自分に常に付きそうニコラに不自由させるのだから、何かやりたい事に付き合ってやろうと鍛錬場に行ってみたのが始まりで、毎日のように一緒に鍛錬をするようになったのは入学して程なかった。


 先日のことフィリップはニコラの使っている練習用の剣を借りてみたら使用感が気に入り自分用に作りたいと言うので、何本もあるニコラの所持している剣を実際に手に取り軽く対戦などをして試してもらうために今日はベルニエ邸へ招いたのだ。




 客間のソファに座ってもリリアンはフィリップの膝の上。左腕に抱かれるように囲われてきょとんとしている。


「リリアンはとっても甘い匂いがするね、美味しそうだ」とフィリップがリリアンの顔を覗き込むようにして微笑むとリリアンは我が意を得たりといった風に頷いた。


「わたし、今お菓子を作っていたの。

 料理長のジェフはとっても料理が上手でね、それでどうしてって聞いたら心を込めて作っているからって言うの。どうやって込めてるのかそっと覗きに行ったのよ。まるで魔法みたいだったわ。

 それで私もやりたいって言ったら、お兄様に食べていただくお菓子ならお父様がちょっとだけやってみてもいいって」と一生懸命説明している。


 周りに周ってそのお菓子の匂いがついたのだと言いたいらしい。それをフィリップは口元に微笑みを浮かべ、うんうんと聞いている、


 そしてリリアンはアッと気づき「たくさん作るから殿下にもありますよ」と小首を傾げふわりと笑ってみせた。


 その所作はどことなくニコラと似ているが、段違いに可愛い。いや、可愛すぎる。


「んん、いいね。是非リリアンの作ったお菓子が食べたいな」とフィリップはリリアンの手をとるとニコラには目もくれずに言った。


「ニコラ、君が羨ましいよ。妹とはこんなに可愛いものなのか。リリアン、どうか私のことも兄様と呼んでくれないか。可愛い妹を持つことに憧れてしまうよ」と眉を下げて懇願している。


 先程ニコラが殿下と呼んだことからフィリップが王族と呼ばれる高い身分を持つであるだろうことは分かったと思うが幼いながらに空気を読んだようだ。リリアンは少し考えてから「フィリップにいさま」と呼んだ。


「ああ、いいね。フィル兄と!」と更なるリクエストを受けて「フィルにいさま」と呼んで、なんだかモジモジして俯いてしまった。


 でもその様子がまた可愛かったのだろう「私の可愛い妹、リリィ!」とフィリップはとうとうリリアンを抱きしめて頭に頬ずりをし始めた。



 これが女性嫌いと周囲に思われているあの王太子であろうか、あと、笑顔がキラキラし過ぎて目が痛い。いつもと様子の違いすぎるフィリップに、驚き慌てたニコラは堪らず口を挟んでしまう。


「リリィは、お菓子作りは途中だったんじゃないか、続きをしておいで。殿下と鍛錬場にいるからそれが出来たら使いを寄越しなさい、そうしたらここに戻ってくるからね」と二人を促した。


この作品を読んでくださりありがとうございます。


<登場人物紹介>


リリアン・ベルニエ 伯爵家令嬢 ニコラの妹 6歳

ニコラ・ベルニエ 伯爵家嫡男 リリアンの兄でフィリップの学友 16歳


フィリップ・プリュヴォ 王太子 16歳

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