ありがとう王子、婚約破棄してくれたお陰で安心してあなたの国を滅ぼす事が出来ます。魔王さんと一緒に♡
「アンナ、君との婚約は破棄、今すぐこの国から出て行ってくれ!」
「王子、今何とおっしゃいました?」
こんにちは。私、アンナ・ポインセチアと申します。一応、此処、アドマージュ王国で聖女をやっております。
ちなみに今、わざわざ私の部屋へ出向き、こうして婚約破棄を突きつけた張本人は、この国の王位継承権第一位――ヨシヒロ・ロイヤル・パルプンティア第一王子です。
私の何がいけなかったのでしょうか? いえ、言うまでもありませんね。王国にとって、神殿という存在が邪魔だった……きっとそういう事なんでしょう。
「アンナ、俺は君のことを愛していた。だか、裏切ったのは君だ。君が魔王グレゴリアと裏で繋がっている。聖女である君がだ。君はこの国を滅ぼすつもりなのか?」
王子のその言葉を聞き、私はゆっくりと息を吐く。そこまで知っているのなら、きっとこの部屋の扉を隔てた向こう側には城の兵士達が控えているのでしょう?
「……そんなつもりはなかったんですけどね」
「なんだって?」
「だって、裏切ったのはヨシヒロ、あなたでしょう? あなたが闇商人とやっている事、知らないとでも思って?」
「何の話をしているんだ?」
ここでその話をしたところで証拠がないと王子は白を切るだろうし、この国の悪事を暴くには、私一人の力じゃあ、今はどうすることも出来ない。
「まぁ、いいわ。私もいつか王子に問い質そうと思っていたところでしたので丁度よかったです。今までありがとう。私も愛してましたわ、ヨシヒロ」
私が両手を広げると後方の窓が思い切り開け放たれ、冷たい風が部屋の中へと入り込んで来る。慌てた王子が合図をすると、部屋の扉が開き、城の兵士達が雪崩込んで来ます。
「聖女アンナを捉えろ! 国家反逆罪だ!」
「はっ」
「させません」
私が手を前へ翳すと、王子と私を隔てるかのように、白く煌めく透明な壁が出現する。魔物が侵入して来ないよう、街の防衛を司る神殿。そこの頂点である聖女は、結界術に長けているのですよ。
兵士が壁に剣を当てる中、窓の縁へと手をかけ、指笛を鳴らす私。そして、私はお城の上層に位置する部屋の窓から飛び降りる。
「さようなら」
「なっ、飛び降りただと!?」
私は既に待機していたモフモフの背中へとダイブする。白銀の翼をはためかせた私のペット――プラチナイーグルのプランちゃんの背中へ乗り、私はそのまま大空へと舞い上がったのでした。
◇◇◇
彼との出逢いは偶然であり、必然だったのかもしれません。
その人は、魂を浄化すると言われるアドマージュ王国の聖なる湖の畔に一人佇んでいました。その頃、既に王子の不穏な噂を耳にしていた私は、一人心を落ち着かせるために聖なる湖へ訪れる時があったのです。
物憂げな表情で湖畔を見つめる切れ長の瞳。美しく長い黒髪からは二本の角が生えており、その独特のオーラからもその人が人間でない事はすぐ分かりました。
相手に気づかれないよう、木陰からその様子を眺めていると、彼は背後に居る私へ向かい、振り返る事なく話しかけて来たのです。
「我が妖気を前にしても肉体を保てるとは……お前、何者だ?」
確かに彼の放つ魔の妖気は冷たく、生身の人間が耐えられるものではなかった。私が聖女でなかったら、彼へ近づく前に気を失っているか、彼が言うように、肉体を保てていなかったかもしれませんね。
「あなたこそ、その風貌からして魔族ですよね? 魔族である貴方が聖なる湖に何の御用ですか?」
「危害を加えるつもりはない。この娘の肉体を浄化させた後に還るつもりだったからな」
「え?」
彼の指差した先には、湖畔の浅瀬に沈んだ肉体がありました。全身褐色肌のその女性はダークエルフ。全身傷だらけの肉体は既に息をしていませんでした。どうやら彼女の肉体をせめて清心な状態に保ったまま自国へ連れて帰るため、彼はこの湖を訪れたのだそう。
「この子は……」
「恐らく殺ったのは人間だ」
「そんな……」
魔族と人間の争いは昔から絶える事はない。人間は魔物を狩り、持ち帰った肉を食べ、魔物の体躯や体皮、爪や角などといった強靭な部位を衣服や武具の素材として利用する。魔物が人を襲うのと同じように。私は人を救う立場でありながら、ずっと疑問に思っていました。
救うべき命に、魔物も人間もないのではないかと――
「その子の肉体を湖から出していただけますか?」
「何をする気だ」
「いいから早く」
息をしていないダークエルフの肉体を陸地へあげる彼。白いローブに包まれた彼女の肌はとても美しく、まるでただ眠っているだけのように見えました。剥き出しのお腹には桃色の紋様が刻まれていましたが、何やら紋様が上書きされた後も見受けられました。私は黙って彼女の身体へ両手を翳し、言葉を紡ぎ始めます。
肉体の死を迎えた魂は、肉体を離れ、浄化されたあと女神神界へ到着する。それは生きとし生けるもの全ての運命。そして、神界にて獄門の神によって裁かれるか、運命の女神によって輪廻の生を授かるか。いずれにせよ、肉体を離れ、浄化される迄の間、魂は現世に留まっている事が多いのです。
私の両手から放たれる白く温かい光が彼女の肉体を包みます。身体の外傷がだんだんと消えていき、安らかな表情へと変化していきます。
聖女として私が今、出来ること。現世に留まっている彼女の魂を、私だけが使える最上級の魔法でもう一度呼び戻すこと。
「創聖の女神――フローラよ。聖女アンナ・ポインセチアの名に於いて、迷いし魂を此処に、呼び戻す。祝福の残光」
トクン――
失われた筈の命。ダークエルフの鼓動。魂を失って数時間しか経っていない肉体であり、彼がその肉体を聖なる湖で清心に保っていたからこそ、私の魔法で呼び戻す事が出来たのです。
「ミリーア! ミリーア! 生き返ったのか!?」
「グレゴリア様? ワタクシ……どうして……」
グレゴリアと呼ばれた彼が、ダークエルフのミリーアを抱き寄せます。きょとんとした表情のままのダークエルフは、やがて、グレゴリアの胸へと顔を埋めます。そして、自分が死んでいた事と、何が起きていたのかを思い出していくのです。
「人の子よ。お前は命の恩人だ。礼をせねばならぬ。名を何と言う?」
「私は、アンナ・ポインセチアと申します。此処、アドマージュ王国で聖女をやっております」
「くっくっくっ、そうか……聖女か!? 現魔王である我が、まさか宿敵である人間の聖女に助けられるとはな」
屈々と嗤い出す彼。そう言えば、グレゴリアって名前……聞き覚えがあるような……アドマージュ王国と敵対する魔の国グランフォード帝国の現魔王がグレゴリアだったような……あれ? いま、この人何か、重要な台詞を言いませんでした?
ダークエルフと共に立ち上がり、こちらへと向き直るグレゴリアとミリーア。そして、改めてこう名乗るのでした。
「お主が聖女であろうと恩人である事に変わりはない。我はグレゴリア。グレゴリア・サタナエル・グランフォード7世。グランフォード帝国の主であり、魔王と呼ばれる存在である」
◇◇◇
凶悪な魔物が出ると言われる魔の森と険しい岩山を越えた先にある魔の領域。その中心にグランフォード帝国の居城はありました。
プラチナイーグルの背中に乗り、グランフォードへ向かっている間、グレゴリアと出逢った時の事を思い出していました。
彼は私達が思っている魔王のイメージとは掛け離れた存在でした。魔国の民を思い、人間の領地を無駄に侵す事はしない。欲に塗れた野生の魔物も世界には存在しますが、彼の国の魔物は統制されているように見えました。
自身に聖なる結界を纏わせ、私は国境を超え、プラチナイーグルと共にお城の上層にあるバルコニーへと降り立ちます。
彼直属の執事が私を出迎え、王の間へ向かうと、既に魔王の幹部が私の到着を待っているところでした。私の姿が目に入った瞬間、あのとき助けたダークエルフのミリアが駆け寄って来ます。お腹にあったあの隷属の紋は消えています。私が彼女の魂を一度浄化し、呼び戻した事で隷属を解く形になったようで。
「アンナ様! お帰りなさいませ! いよいよこの時が来たのですね」
「ええ。お陰様で私もこれで自由になったわ」
あの一件以来、私はこの魔国へと出向くようになっていました。ええ、王子がグレゴリアと私が繋がっていると言っていた事は嘘ではありません。紛れもない事実です。
ですが、あの国の内部はそれほどまでに腐り切っていたのです。ダークエルフやサキュバスの少女といった抵抗出来ない種族を狩り、無理矢理に隷属契約する事で闇市にて売り捌く。
魔物だけでなく、獣の国に住む猫耳族や、兎耳族、妖魔の森に住む妖精やエルフまで。
民の事を第一に思う神殿にはその事実をひた隠し、上級貴族間の秘密となっていた。そして、その首謀者が、私の婚約者だったヨシヒロ・ロイヤル・パルプンティア第一王子だと知った日には、私の中の何かが崩れ落ちていくかのような、そんな気分になったのを覚えています。
あの人は……遠征と称して罪もない子達を攫い、闇商人へと流していた。しかも、私と結ばれていたその身体で、無理矢理隷属契約した女の子を……。
「ぅううう……」
「アンナ、大丈夫だ。お前には我がついている」
口元を両手で覆い、思わず蹲った私の背中を優しく擦ってくれるグレゴリアさん。落ち着きを取り戻した私は、彼の真っ直ぐな瞳に頷き、差し伸べられた彼の手を取り、ゆっくりと立ち上がる。
「聖女アンナ、いいんだな。今からお前の国を滅ぼす事になる」
「ええ、罪もない民達を救う手筈は整っています。心配には及びません」
「皆の者、よく聞け! 今から転移門を開く。目的地はアドマージュ王国。夕刻、処刑台にてアンナの仲間である神殿の者が裁かれる瞬間を狙う。無駄な殺生は禁止するが、その場で見世物を愉しむ堕ちた人間共の生死は問わん。尚、王族及び第一王子は生捕りにしろ」
「キェエエエ、魔王様ァアア! 派手に暴レテいいんですねェ!」
「聞いていなかったのかザビ。グレゴリア様は無駄な殺生はするなと言った。お前が暴れると城が吹き飛ぶ。やめておけ」
「ふん、血の気の多いオトコって嫌ねぇー。グレゴリア様みたく冷静沈着なオトコじゃないと嫌われるわよ?」
「ローラン、ラビーナ、喧嘩売っているのカァアア?」
「恥ずかしくないのですか? グレゴリア様の前ですよ」
血気盛んな魔獣王――ザビ。
闇を纏いし暗黒騎士――ローラン。
妖魔を従える妖魔の女王――ラビーナ。
そして、あらゆる最上級魔法の使い手、ダークエルフ――ミリーア。
この四人が、グレゴリアに仕える四天王。恐らくこの四人が居れば、王国騎士団の相手など、赤子の手を捻る程度。
もう、王国が滅ぶのも、時間の問題でした――
◇◇◇
常に民の言葉に耳を傾け、民の味方をして来た神殿。神殿のシスターや司祭が、処刑台中央、横一列に磔となっていました。
神殿の者が居なくなれば、どれだけ圧政に不満を持とうが、民はどうする事も出来ず、ただ従うのみとなってしまう。
聖女として、それだけは避けなければならなかった。遅かれ早かれ、私が捨てられる事は分かっていた。国の闇を調べれば調べる程、救いようのないどん底迄落ちている事を知る。
魔国に属していない野生の悪魔が協力している事も知った。悪魔は人間の欲望が大好物なのだ。お腹へ欲望をいっぱいに溜めた上級貴族なんかは尚更です。
「聖女アンナは魔国へと逃亡した。魔王と手を組み、民を裏切った罪は万死に値する。よって、此処に居る神殿の者共全員、火炙りの刑に処する!」
処刑場中央にて、私の罪状を淡々と述べる王宮騎士団の兵士長。腐った上級貴族や兵士達は口元を緩ませ、状況を理解出来ていない一般市民は顔を見合わせます。客席上部の主賓席には王様と第一王子の姿も見えます。成程、国の裏事情を知らない王妃様と王子の妹である第一王女様はご不在のようですね。
「アンナ様がぁ〜~俺らを裏切るなんてぇ〜何かの間違えだぁあ〜」
「口答えするなら手始めに、お前の首も斬り落とそうか?」
「ひぃいいい〜」
処刑に反発した民の一人へ剣を向ける兵士。この兵士達には血も涙もないのですね。魔族よりも魔物に近い存在かもしれません。
磔にされた神殿の者達は目を閉じ、ただただ祈りを捧げています。
兵士達が手に持った松明を近づけ、それぞれ磔台の足許へと火をつけようとした次の瞬間、処刑台の広場を冷たい風が駆け抜け、松明の火が全て一瞬にして消えたのです。
「なんだ!? どういう事だ⁉」
わたしの罪状を発表していた兵士長が驚く間もなく、磔にされていたシスターと司祭を縛っていた縄が一瞬にして切られ、自由となります。
ダークナイト、ローランが一瞬にして百人近い磔にされていた者達の縄のみを切ったのです。
「あらー、火炙りよりも氷漬けの方が永遠に美しいままで居られるというのにぃ〜。人間の癖に興がないのね」
瑠璃色の肌に黒レースのガーターベルトとビキニアーマーに身を包んだサキュバスクイーンのラビーナが、胸より下を氷漬けにした兵士を一人抱きかかえ、震える男に口吻をします。次の瞬間、全身を震わせ力を失った兵士は、氷の彫刻となってしまうのです。
同時に兵士長の横に居た兵士は炎に包まれます。離れた場所から獅子頭の魔獣王、ザビが拳を突き出し、放たれた炎によって兵士が燃え上がっていました。
「ぎゃああああああ」
「なんだァアア? 結界すら使えねーのか。つまらねーナァ?」
次の瞬間、処刑場は戦場と化し、悲鳴があがり、民達は処刑場の外へと逃げ始めます。そして、逃げる民を待ち受けていたかのように私が立ち、結界のドームを創り出し、笑顔で彼等を出迎えます。
「皆さん、お待たせしました。私はあなた達の味方です。この結界へお入り下さい。この中なら安全です」
「アンナ様? 聖女様だぁあああ」
「聖女様はわたしたちを見捨てなかったんだ!」
「そうよ、アンナ様はみんなの味方だもの!」
私は神殿の司祭達と合流し、結界内より戦況を見守ります。
来賓席に居た上級貴族達は皆、ラビーナによって氷漬けにされていました。ラビーナは人々が見る夢を操作する事が出来るため、きっと上級貴族の人達も心地いい夢を見ている事でしょう。
兵士長はダークナイトのローランと対峙していますが、相手が悪いです。兵士長の健闘虚しく、折れた大剣の刃が宙を舞い、地面へと突き刺さります。ローランの高速剣技は目にも留まらぬ早業で、歴戦の兵士長でも敵うはずがありませんでした。
第一王子はあろう事か、この場から逃げ出そうとしていました。しかし、出口の前で王子が来るのを待ち構えていたのは、誰であろう、ダークエルフのミリーアでした。
「くそっ、お前達……どうやって魔を寄せつけないこの国の結界を掻い潜って来た」
「何をおっしゃいますの? 国の結界を創っていたのは神殿の司祭であり、聖女様だったんでしょう? 彼等を追放しようとしたのは、あなた達ではなくて?」
そう、ミリーアが言った通り。私が創った結界を私が解く事なんて簡単だ。自分達の保身へ走るあまり、国家は最大の護りの要を自ら失う事となったのだ。納得したのか、王子は落ち着きを取り戻したようで、やがて何かを思い出したかのようにミリーアの姿を見据え、会話を続ける。
「お前……そうか。あの時の報復か」
「あら、覚えていてくださったのですね、ヨシヒロ様♡」
「この惨状……お前の仕業ではないのか?」
「何を言っているのです? 魔王様へお伝えして、あなた様はお救いするつもりでしたのよ? 魔の森で対峙したワタクシを蹂躙したあなたの実力なら、魔王様の幹部にもなれますわ。それに……、あなたの……その逞しい肉体……忘れられる訳ないでしょう?」
艶めかしい肢体をくねらせるダークエルフの姿に生唾を飲む王子。そして、口角をあげた王子は警戒を解き、ダークエルフの身体へと近づいていく。
「ふっ、そうかそうか。俺との夜が忘れられないか! いいだろう。そこまで言うなら、お前を俺の女にしてやってもいい。ちょうど、前の女と別れたばかりでな、お前を正妻として迎えてやってもいいぞ?」
「そうですわね、お断りしますわ♡」
「は?」
ミリーアが満面の笑みを浮かべ、下衆王子の誘いを断った瞬間、王子の足許に光る魔法陣が出現し、紫色の光が天上へ向かって伸びる。対象の魔力と体力を奪う結界魔法。本来なら実力者である王子に聞く筈のないのだが、この魔法陣には聖女である私の魔力と魔王グレゴリアの魔力を混ぜてある。聖と闇をミックスさせた特製の魔法陣。
力を失った王子の表情が歪み、ミリーアを睨みつける。
と、同時、転移門が浮かび、中から魔王グレゴリアが顕現する。背後には、闇市によって売り捌かれていた女子供達の姿。この混乱に乗じ、魔王さんが自ら救出して来たのです。力を失い、片膝をつくヨシヒロを取り囲む女性陣。
「よくも、私達を攫ったわね、下衆王子」
「あたいたちをいたぶったあんたの顔、一生忘れないわ!」
「うち、許しません。あんさんを一生恨みます」
彼を詰問する女性陣。暫く黙っていた王子だったが、やがて、何か可笑しくなったのか、屈々と笑い出し……。
「お前達も、散々喜んでいたじゃないか?」
「何ですって?」
「結局お前等全員、俺自慢の肉体が忘れられないだけじゃないのか? ぐはっ!」
グレゴリアさんの腕が、王子の腸を抉っていました。生唾を吐きつつ腹を押さえ、咳き込みつつ蹲る王子。王子を睥睨するように見下ろしたまま、魔王様はヨシヒロへ、彼を絶望の淵へと突き落とす事実を告げるのです。
「王子よ、我の魔法により、国中に今の映像を流している。お前の下衆な行いは国民全ての知る事となった。今からお前の国は滅び、我が魔国の配下となる」
「なん……だと!?」
「まぁ、心配は要らぬ。聖女アンナと我で、この地に新たな国を築く。聞こえるか、罪もなき民よ。お前達はお前達の信じる聖女の下に集うがよい。そして、この下衆王子は今から聖女アンナが裁く」
グレゴリアの合図で、私は民を護る結界を神殿の司祭達へ任せ、ゆっくりとヨシヒロとグレゴリアの間に立つ。そして、慈愛の笑みを浮かべ、王子へ恭しく一礼する。
「ご機嫌よう、ヨシヒロ」
「アンナ……すまなかった。奴隷は解放するし、もうお前以外、愛さない。許してくれ」
両膝と両手をつき、私へ首を垂れるヨシヒロ。民からの厚い信頼を受け、国を真っ直ぐに導こうとしていたかつての王子の面影は欠片もない。
「言いたい事はそれだけ? この子達は一生癒える事のない傷を負ってしまったの。聖女の魔力だけでは癒える事のない深い傷よ? あなたはどれだけの事をして来たのか、分かっているの?」
「嗚呼、勿論だ。罪はこの身を持って償う。だから……もう一度、やり直そう!」
「はい?」
満面の笑みを浮かべたまま、私の表情は曇っていたかもしれませんね。あ、いけない。民のみんなが観ているんだったわ。笑顔、笑顔。聖女のスマイル。
「お前の好きなものを何でも買ってやるぞ? ほら、この子達も自由だ。何ならこの子等を王宮のメイドとして雇ってもいい。そうだ、魔国とは協定を結ぼうじゃなあないか。戦いは終わりだ。よし、これにて一件落着だな、ははははは」
「さようなら、下衆王子。ごめんあそばせ!」
私は下衆王子の頬へ向かって、思い切り平手打ちをするのでした。王子の身体は吹き飛び、渇いた音が響き渡ります。そして、私は全国民へ向かい、高らかに宣言するのです。
「私、聖女アンナ・ポインセチアは、現魔王グレゴリア・サタナエル・グランフォード7世とこの地に新たな国を築きます。上級貴族の圧政は終わり、魔物と人間が共存共栄出来る新たな時代が幕を開けるのです。聖女アンナと共にある限り、創聖の女神――フローラ様が私達を導いてくれるでしょう!」
この日、アドマージュ王国は滅び、闇に手を染めていた上級貴族達は失脚。第一王子ヨシヒロは、魔国の奥地にて、労働力として一生働かされる事となるのです。
こうして魔物と人間が共存共栄出来る国を目指し、私とグレゴリアの新たな国、聖魔王国――ラ・ロサ・アスールが誕生したのです。
◇◇◇
王宮の一室、ソファーに座る私とグレゴリア。部屋をノックして侍女達を引き連れ、ダークエルフの彼女が入室して来る。
「アンナ様♡、グレゴリア様♡ お食事をお持ちしました。大事な時期ですからアンナ様はお身体大事にしてくださいね」
「ありがとう、ミリーア」
ミリーアは私とグレゴリアのお付として、今も仕えている。グレゴリアが私を正妻へ迎えるという話になった時、ミリーアが反対するかと思ったのだが、ミリーア曰く、グレゴリア様を愛しているが、同時に私の事も愛しているらしい。それに、魔国は一夫多妻の制度もあるため、問題ないそうだ。彼女はグレゴリアと私、両方の側室を狙っているとか、居ないとか?
「それでは、お食事が終わったらお声かけください。ごゆっくり」
「ええ、いただくわ」
眼前に並ぶ食事を口に運びつつ、隣にて私の体調を気遣う彼へお礼を言う。
「ありがとう、グレゴリア。魔物と人間が一緒に暮らせる国。一時はどうなるかと思ったけど、あなたのお陰でうまくいっているわ」
「何を言っている。聖女への民からの厚い信頼あってこそだろう」
隣に座っていたグレゴリアの顔が近づき、優しい彼の温もりが口元に伝わる。グレゴリアからの蕩けるような優しい口づけ。彼の優しい眼差しに頬を夕焼け色に染めつつ、私は少し大きくなったお腹を優しく撫でる。
「あ、蹴った」
「ふ、そうか」
聖女と魔王の子供だなんて、前代未聞の事だろうけど、この子がきっと平和の象徴となってくれるに違いない。
彼の優しさを肌で感じつつ、私は、まだ見る未来へ想いを馳せるのでした。
数あるWeb作品の中から手に取っていただき、ありがとうございました。いかがでしたでしょうか? 異世界恋愛ものに最近多くチャレンジしておりましたので、今回は追放聖女様の王子ざまぁものとして書いてみました。面白いと思っていただけましたら広告下の☆☆☆☆☆評価をお好きなだけ★へ変えていただけると今度の励みになりますので、よろしくお願いします。