婚約破棄ですか?もちろん慰謝料を支払う心積りですよね?
王道の婚約破棄のお話です…
王道…?たぶん。
「ソフィア・マーティン!お前との婚約を破棄する!」
今日は第2王子の誕生記念パーティー。
賑やかできらびやかな会場に、男性の通る声が響く。
侯爵家の長女であるソフィア・マーティンは、第2王子ジェームズ・イングラムから婚約破棄を宣告された。
会場の中央で第2王子からの突然の宣告に周囲はざわめき、多くの視線がソフィアに向いた。
さらし者にされたソフィアは、目を細めて扇を開き口許を隠した。
「理由を伺ってもよろしいでしょうか」
「アイヴィー!私の横に!」
アイヴィーと呼ばれた令嬢がジェームズの横に立ち並んだ。
「お前はここにいるアイヴィー・キャンベル子爵令嬢に辛辣な言葉をあびせるだけでは飽き足らず、この麗しきアイヴィーを虐めた!そのような非道な女と結婚など出来るはずがない!お前との婚約は破棄して、私は真実の愛で結ばれたアイヴィーと婚約をする!」
ジェームズは言い切ると、ニヤニヤと勝ち誇った顔を見せている。
「殿下、今"真実の愛"と言われましたか?」
「私達の愛を邪魔するきか!」
「確認したまでです。婚約破棄は殿下の仰せのままに」
「ふんっ始めからそう言えばいいんだ!それからアイヴィーに謝罪がないぞ!」
「隣に立つ令嬢の事は知っておりますが、令嬢とは初対面です。謝罪するいわれはないです」
「なんだと!?」
「それから父から陛下へ婚約破棄と慰謝料の請求の手続きをしてもらいますので、御前失礼いたします」
「は!?何で慰謝料なんだ!?」
カーテシーをする直前にジェームズの驚いた声が響く。
ジェームズの言葉に周囲のざわめきが大きくなった。
ソフィアはさくっと退場しようとしたが、タイミングを逃したため、理由を述べる事にした。
「婚約破棄をするからです。慰謝料を支払う心積りで婚約破棄をするのではないのですか?」
「何故支払わねばならん!お前は私から婚約破棄され、アイヴィーに謝罪をするんだ!!」
ジェームズの言葉にソフィアはため息を溢しそうになるのをぐっと堪えた。
「殿下は先程、殿下の隣にいる令嬢と真実の愛で結ばれていると認めました。婚約者がいながら他の令嬢と懇意にしている事は不貞になります」
「不貞ではない!真実の愛だ!!」
物は言いようですね。
「真実の愛と言えるのは、お互いに婚約者や恋人がいない者が言える事です。殿下は私と婚約してますから不貞です」
「な……っ!」
「それからキャンベル子爵に令嬢からいわれのない誹謗中傷を受けた事と慰謝料を父から抗議文とともに手紙を出してもらいます」
「ひどいですぅ!またそうやっていじめるのですねぇ」
アイヴィーは顔を俯けると両手で顔を隠して泣く仕草をする。
「そのような事実はないのですから口からでまかせを言わないでください」
「ひどいですぅ」
アイヴィーはジェームズの袖を引っ張るとジェームズは胸を張って主張しだした。
「でまかせではない!アイヴィーが言っている事は事実だ!」
「証拠は?」
「は?」
「私が虐めたという証拠です」
「証拠はアイヴィーが言っているではないか!」
「令嬢の言葉のみですか?」
「そうだ!十分な証拠だろう!?」
ジェームズの言葉に周りのざわめきが困惑になってきた。
この王子大丈夫だろうか?
「ソフィア!」
パーティー会場の端で談話をしていたマーティン侯爵が談話を中止しソフィアがいる中央に近寄って来た。
「お父様」
「殿下、これはどういう事でしょうか?何故この様な場所で宣告されるのでしょうか?」
「それは如何にソフィアが非道な女か大勢に知らしめるために決まっている!」
ジェームズの言葉にマーティン侯爵は娘であるソフィアを問いただす様に見下ろす。
「こちらには証言者と証拠がありますが、証言者については陛下のお許しがないと聞く事が出来ません」
ソフィアの言葉に証言者が誰か分かったのか、マーティン侯爵は1つ頷いた。
「殿下、私も陛下も婚約破棄の話を聞いていません」
「ここでソフィアを断罪した後で報告するつもりだった」
「断罪は必要だったと?」
「そうだ!ソフィアは辛辣な言葉をあびせる様な陰険な女であるという事を皆に知らしめる事が私の使命だ!」
「では隣の令嬢は?」
「ソフィアと婚約破棄した後に婚約するアイヴィー・キャンベル子爵令嬢だ!」
マーティン侯爵は信じられないと驚いた様子で殿下をしげしげと見つめると、確認する様にソフィアに目を向けた。
ソフィアはマーティン侯爵と目を見合わせた後、呆れたように首を横に振って肩をすくめた。
「そうですか。では後日、陛下へ殿下と娘との婚約破棄とこの場で殿下から侮辱をされた事を含めた慰謝料の話を。そしてキャンベル子爵へは令嬢から名誉毀損をされた事を含めた慰謝料の話をします」
「だから何故慰謝料が出てくるのだ!虐められたのはアイヴィーだぞ!」
お父様、気持ちは分かりますが私を見て目で訴えてこないでください。
この茶番は陛下がこないと終わりませんよ。
「後日ではなくここで話をしようマーティン侯爵」
「陛下『父上!』」
マーティン侯爵とジェームズの声が重なる。
「皆のもの、そのままでよい」
会場にいる者達が臣下の礼をしようとすると、陛下が礼をする事を止めた。
「ジェームズの誕生記念パーティーのはずが本人が騒ぎ立ててどうする。ここにいる者達はこのまま立会人になってくれ」
陛下は会場に入る前にこの騒ぎを聞きつけてから入って来たようです。
周りはざわめきましたが、異論はない様で口を閉ざしました。
陛下は周りを一度見渡すと私に目を向けます。
「ソフィア嬢に聞くが、ジェームズに不貞の疑惑があるのか?」
「父上!不貞ではなく、真実の愛です!」
「お前には聞いておらん。黙っておれ」
陛下は問答無用で息子を黙らせると、目でソフィアを
促した。
「疑惑ではなく事実です。証拠もございますが今は手元にありません。学園に行っている者達ならば、2人が逢瀬している所を何度も目撃した事があると思います」
「そうか…この令嬢への虐めとやらはどうだ?」
「殿下にも言いましたが、令嬢とは初対面ですので虐めようがありません。陛下の許しがあるならば、彼らに証言者になってもらってかまいません」
「そうか…皆の者に協力してもらおうか。ここにいる者達は目を閉じてくれ」
陛下の言葉に戸惑いながらも、周りの者達は目を閉じた。
「これで私達しか分からぬな。ここで証言しても不敬にはならぬから安心して証言してくれ。ただし目を開け様とする者には処罰の対象とするから決して目を開けぬように」
陛下は周りの者達に釘をさす。
王家に仕える影の者達が見えぬ所で見ているので、確認する事は容易い。
「では皆の者に聞く。ジェームズと隣に立つ令嬢が不貞している所を見た事がある者は手を上げよ」
暫くすると、パラパラと手を上げる者達がいた。
学園へ通っている令嬢や令息のほとんどが手を上げている。
中には大人もいた。
2人で城下へお忍びをしていた所を見たのだろう。
「手を下ろしてくれ。次にソフィア嬢が令嬢を虐めている所を見た事がある者は手をあげよ。任務に当たっていた者は手を叩け」
会場内はシンと静まりかえった。
「なぜ誰も手を上げない!?さてはお前、人の目を盗んでアイヴィーを虐めていたな!?」
大きな声をだすジェームズと令嬢は周りの反応に慌てている。
「皆の者、目を開けてよい。教育の不足が露呈したな」
陛下はそう言うと、大きなため息をこぼした。
「財務大臣は私の前へ来たれ」
陛下に呼ばれた財務大臣は陛下の前に来た。
「ジェームズの予算はどうなってる?」
「婚約者殿にプレゼントをすると言われてたので、その都度店へ支払われています」
「と財務大臣は言っているが、ソフィア嬢はプレゼントを受け取っているか?」
「学園に入るまではプレゼントを受け取っていましたが、学園に入ってからは1度もありません」
学園に入学してから使われていた殿下の予算が婚約者に使われていない事が公然化された。
私の言葉に財務大臣は青ざめた。
それはそうだろう。知らなかったとは言え着服に手を貸していたのだ。
「ジェームズ。婚約者にプレゼントされていないが一体どうなってるのだ?」
「プレゼントしたのは未来の婚約者、アイヴィーに決まってます!」
「その令嬢は婚約者ではないわ!ソフィア嬢にプレゼントしてないとはどういう事だ!」
陛下はジェームズの言葉に思わず声を荒らげる。
「それは…」
陛下に強く問われるとジェームズは口ごもる。
怒られている事は分かるらしい。
「ソフィア嬢、マーティン侯爵、此度の件だがどうしたい?」
陛下に問われた私は、お父様にしか聞こえない声で意思を伝えた。お父様は頷くと陛下に目を向けた。
「殿下の仰せの通り婚約破棄で構いません。殿下とキャンベル子爵令嬢には慰謝料を請求します」
「婚約破棄一択か?」
「一択です。報告を受けてるはずの陛下は殿下に何もされてないのでは?」
マーティン侯爵は陛下が殿下を今まで放置していた事に対して言及する。
「確かに静視していたが…ソフィア嬢とジェームズの婚約破棄と双方には慰謝料を請求しよう」
陛下はその先は言い訳になると判断し、婚約破棄と慰謝料について言った。
「何故ですか父上!慰謝料を支払う意味が分かりません!『わたしも慰謝料ぉ?なんでぇ?』」
「公で父と呼ぶな。慰謝料を支払うのはお前が順序を間違えたからだ」
「あいつが悪いのにですか!?」
ジェームズはソフィアに指をさして陛下に抗議した。
「お前は先程の証言した者達が見えていないのか?明らかにお前の有責だろう。ソフィア嬢は罪に問われるような事はしていない」
「しかしアイヴィーが言ってます!」
「それこそ出鱈目ではないか」
「アイヴィーが嘘をつくはずがありません!」
「こんなにも話が通じないとは…ジェームズ。お前の言う通りソフィア嬢との婚約を破棄する」
陛下は殿下に説明するのを諦めた。
「!ありがとうございます!ではアイヴィーとの婚約をお願いします!」
「婚約は2人がソフィア嬢にきちんと慰謝料を支払う事を誓約書にサインして、キャンベル子爵が婚約を認めてからだ」
「慰謝料を支払えば婚約出来るのですか!?『ええ?私もですかぁ?』」
ジェームズは何故慰謝料を支払わなければいけないのか分からないが、アイヴィーと婚約出来るならどうでもよくなった様だ。
アイヴィーも分からないのか首を傾けている。
「キャンベル子爵は私の前へ来たれ」
陛下に呼ばれたキャンベル子爵が陛下の前へ来た。
陛下は周囲を立会人にしている事で、ここで全てを終わらせるつもりだ。
「ソフィア嬢への誹謗中傷とジェームズとの不貞に対する慰謝料に異義はあるか」
「いいえ、御座いません。娘が申し訳御座いませんでした」
陛下に頭を下げる子爵の顔色はよくない。
「ジェームズは学園に入ってからの予算の使い込み分とソフィア嬢への慰謝料は私財で支払うように」
「予算の使い込みなどしてません!」
ジェームズの言葉に陛下は大きなため息をこぼしたが、声をかける事なく話を進める事にした。
本来なら横領罪になり処罰になる事を思えば甘い処置だろう。
「マーティン侯爵とソフィア嬢、婚約破棄と双方からの慰謝料が決まった。慰謝料の額や正式な書類は後日になるが、他に望む事はあるか?」
「『いいえ、陛下の仰せのままに』」
「そうか。ではキャンベル子爵、ジェームズと令嬢の婚約はどうする?子爵の意見を取り入れよう」
「身に余る光栄でございます。アイヴィーは3女のため、貴族の嫡男か裕福な平民の嫡男に嫁がせる予定でした。しかし此度の件で修道院へ行かせる事を考えておりましたが、殿下と婚約と言われれば陛下の仰せのままに」
「そうか…ではジェームズとアイヴィー令嬢の婚約を勅命で認め、学園の卒業とともに婚姻する事とする」
「ありがとうございます!アイヴィー良かったな!」
「はいですぅ。嬉しいですぅ」
頭の中がお花畑の2人に、陛下は大きなため息をこぼした。
「ジェームズは学園卒業後に婚姻するため、卒業後に王族離脱する。そして王家から除籍。婚姻後は2人共名前だけを名乗り、市井の人として暮らすように」
「何故王族離脱なのですか!?」
ジェームズは、王族離脱に驚いた。
「何を言っている。ソフィア嬢と婚姻しても王族離脱と除籍する事は変わらんわ」
「では市井の人はおかしいではないですか!アイヴィーも貴族令嬢です!」
「同じ貴族令嬢でもソフィア嬢は長女で爵位を継ぐ者だ。ソフィア嬢と婚姻すればジェームズは婿入りして貴族になるが、キャンベル子爵令嬢は3女なのだ。爵位を継ぐ事はない。卒業後は2人共平民だ」
「そんな…」
アイヴィーと婚約しても王子のままでいられると思っていたジェームズは言葉を無くす。
「ええ!?ジェームズ様は王子様じゃなくなるのぉ!?それじゃあ意味がないじゃない!婚約は無効よ!」
婚約を喜んでいたはずのアイヴィーが、叫ぶように言った。
「ア、アイヴィー?」
アイヴィーの言葉にジェームズは何が起きたか分からなかった。
「ジェームズとキャンベル子爵令嬢の婚約は王により勅命しておるから2人は破棄する事も婚姻を免れる事も出来ぬ」
「そんなぁ」
アイヴィーは陛下の言葉に項垂れた。
「アイヴィー?何故項垂れている?私と結婚出来る事は喜ばしいことだろう」
「王子様じゃないジェームズ様じゃ意味がないです!」
アイヴィーの話す時の語尾が伸びなくなっている。
「私達は愛しあっているから問題ないだろ!?」
「愛なんてないわよ!せっかく玉の輿にのれると思ったのにぃ!」
ジェームズはアイヴィーの言葉にショックを受けた。
2人のやり取りに周囲の雰囲気がしらけたような冷たいものになった。
「皆の者には立会人になってもらい感謝する。第2王子が迷惑をかけた。詫びとして王家から秘蔵のワインを振る舞おう。残りの時間を楽しんでくれ」
陛下はそう言うと執事に指示を出してから会場を立ち去った。
陛下がいなくなると殿下と目が合ったので、ソフィアは今日1番の微笑みを見せた。
「大丈夫です。何も問題ありません。だってお2人の間には真実の愛があります」
2人のやり取りを見れば、ジェームズの一方通行に見えたが、敢えて言わせていただきます。
卒業後、平民になっても頑張ってくださいね。
最後まで読んでくださり、ありがとうございます!
パーティーで断罪すれば、親も出てきますよねー
誤字報告ありがとうございます!訂正しました。
2ヶ所のみ報告された文章とは少し違う形にしてみました。