9話 希望とは
「・・・・・・分かった、お前が死なないように、俺は死ぬまでお前を守り続けよう。だから背中の傷を手当させてくれ。そのままだと化膿するぞ」
その言葉に桔花は少し身構えた。また背中を晒すのはあまりいい心地がしなかったからだ。光弥もそれに気付いたようだ。
「呪いにかかった俺は決してお前に害を与えない」
「・・・・・・・・・・・・」
桔花は少し思案してから上衣を脱ぎ捨て、上半身何も隠さずに光弥の前に立つ。しかし彼は顔色一つ変えなかった。
「何を」
「光弥、この先何か変な気でも起こしてみろ、本当にその男根を切り落としてやる」
これは桔花の覚悟だった。彼に対して羞恥心を持ってこの先行動することは出来ない。むしろそんな感情を抱いてしまう自分に腹が立った。
「私は竜には弱いけど、人に負けたことはない。・・・・・・分かったわね?」
「ああ。重々承知した」
それから桔花は背中に傷薬を塗られながら、静かに涙を零した。傷口に滲みるせいではない。いつかこうして誰かに手を貸して欲しいと願っていたのに、それを叶えたのが唯一の宿敵だからだ。
***
兄風人の死んだ三年前が思い出される。雨上がり、真っ赤な血のような夕暮れ、逆光の中で兄は崖の上で吐血しながらふらついているのが分かった。竜の爪で内臓をやられたのだ。
『お兄ちゃん、お兄ちゃんっ!!!』
桔花が駆け寄ろうとしたが、距離があって走っても中々近寄れない。そして風人は笑っていた。
『桔花、お前なら大丈夫だ。教えてやれることは全て教えた。何よりお前自身が賢い。俺が居なくとも十分やっていける』
『生きてたってお兄ちゃんが居ないなら意味無いよ!それより話さないで、血が流れてる!!』
急いでいるはずなのに、何故か中々追いつけない。まるで自分の足がとてもノロマになったようだ。
『そんなことを言わないでくれ。俺は桔花がいつか幸せになれるって信じてる。必ず希望はあるから。だから生きてくれ・・・・・・そしたら・・・・・・』
そうして風人は力尽きたように崩れ落ちて、崖から転落した。海に落ちた水音がする。
『お兄ちゃーーーん!!!』
崖を覗き込んでも、その姿は探し出せなかった。潮の荒い水域で、流れも速い。人が飛び降りればもう命は無い。
***
桔花は滲みる傷口が痛くて、でも声には出したくなくて膝を抱えた。
(お兄ちゃん・・・・・・お兄ちゃん・・・・・・)
光弥曰く、痣が薄まった分呪いも半分程効力を失ったらしい。竜が近距離に現れなければ今までほど狙われることは無くなるだろう。でも竜の力が変わるわけじゃない。竜も大人しくなったとはいえ数は残っている。
呪いの原因である竜殺しをもってしても背中の呪いは消え去らないのに、この先生きていて希望なんてものはあるのだろうか。綺麗に巻かれる包帯の白さが自分と対比しているようで吐き気がした。
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『竜を数える時、君は戦う』で続編書き始めました!よろしくお願いします。
ご拝読ありがとうございました!
いつかこれを元に別口でアナザーストーリー書こうと思います。