6話 死にたくない
突如彼はハッと顔を上げて、遥か向こうの空を注視する。桔花も振り向いて目を見開いた。
「!?竜が八、いや十匹・・・・・・!?」
思わず胸ぐらを掴んでいた手を緩めてしまう。そして自分の手が震えていることに気が付いた。対人戦闘なら何も怖くないのに、竜に関してはとてつもなく恐怖を感じる。それは人と違って竜は特殊な戦闘経験が無いと捕獲退治出来ないのと、幼い頃から襲われてきたトラウマのようなものでもあった。
「まずい竜の子供の群れだ。あんなに来たら手に負えない」
青年は動けなくなった桔花の手を取る。
「何してる!早く洞窟に逃げろ!」
桔花は現実に引き戻される。しかしこの男に主導権を握られるわけにはいかない。桔花は引っ張られた腕を自分の方に引いて、彼の腕にしがみつく。
「ここに居てお前と一緒に食い殺されてやる!私が居れば竜は必ず私と、そしてお前をも襲うわ!」
「俺だけでなくお前も死ぬぞ!」
「黙れ竜殺し!今こそ積年の恨み晴らしてやる!その為なら自分の命なんて惜しいもんか!」
「馬鹿なことはやめろ、呪いは消せるんだ!」
「うるさい!加害者のくせに正義を振りかざすな!私が今までどれだけ辛い思いをしたか、死ぬ前に味わうがいい!」
「嘘をつくな、お前は死にたくないはずだ」
彼の言葉にギクリとした。
「なんですって?」
「死にたくないからずっとこの洞窟で隠れていたんだろ」
「!」
「一時の感情で早まるな、お前は今ここで死ぬ必要なんて無いし、生きることが出来る」
桔花は奥歯を強く噛み締めた。
「黙れっ、自分が助かりたいだけだろ」
「違う!お前を助ける為に俺はお前を探していたんだ!」
「嘘だ!どうして信じられる、お前は私の一族の仇で、お前達の道具で奴隷だったのに!」
「嘘じゃない、もしお前を使うならさっき洞窟の中でお前を囮に使っていた」
「っ・・・・・・」
確かにその通りだ。洞窟の中に火竜を連れて来たのは彼だが、自分を差し置いて助けてくれた。
(分かってる、彼は多分敵じゃない。でも、分かってるけど、そう簡単に信じられないのよ。だってこうやって生きてきたのは、この男の祖先のせいなのに)
普通を手に入れた一族。はぐれ者の自分。兄が死んで、寂しい、孤独、そして。
(私は、死にたくないのよ)
「お前は死にたくないはずだ、なら今俺を殺す為に死のうとするな!」
真っ直ぐな瞳で心の中を言い当てられ、桔花は彼の腕を離した。人から離れ、人と関わらず、自分を圧し殺して生きてきた。なのに突然現れた宿敵に人として接され、救われるなんて、なんて癪に障る。
桔花はしゃがみこんだ。
「くそっ、くそぉぉおっ!」
とうとう十匹の竜の群れが追いつき、青年は難無く剣で薙ぎ払っていく。彼は桔花を背に隠して戦っていた。
「洞窟に戻る気が無いなら、絶対俺から離れるな!」
「黙れ黙れ黙れ!」
桔花は目を閉じ耳を塞ぐ。
(こんな男に助けられたくなんてない!なのに、こんな時にまで死にたくないと願う自分の弱さが恨めしい・・・・・・)
不意に足元に何かが流れてくるのを感じて、桔花は目を開いて見ると、竜の血の海が広がっていた。そして青年はすでに半分以上の竜の頭を転がしていて、残りの二匹に掛かろうとしている。
子供の竜とはいえ、二メートルはある。硬い鱗に守られ、鋭い牙を持つ。いくら桔花を囮にしようとも、それを背に置けばなんの意味も無い。
自分に襲い掛かって来る十匹の竜を、とうとう彼はそれを全て血の海に沈めてしまった。
「これが竜殺しの一族の末裔・・・・・・」
***




