1話 死んだ兄
少女は泣いていた。両手で涙をぐちゃぐちゃにしながら兄を探す。どこに居るのか分からなくて泣いていると、優しい声で名前を呼ばれた。
『おいで、桔花』
桔花は顔を上げて、あわてて兄の胸に飛び込んだ。
『お兄ちゃーん!』
『よしよし。どうした?そんなに泣き腫らして、美人が台無しだぞ』
『だってお兄ちゃん、どこにもいないからぁ・・・・・・』
びーびーと泣く桔花、兄の風人は妹の頭をぽんぽんと叩いて背中をさすってやった。
『ごめんなぁ、桔花。お兄ちゃん散歩してたたんだよ』
『じゃあこんどは桔花もつれてってよぉ』
『そうだな。桔花がもう少し大きくなったらな』
風人はいつもこうして桔花をあやしていた。そしてその温かい腕の中で兄の胸で泣きじゃくる桔花にはまだ、自分に待ち受けている運命を知らなかった。だからこの時までずっと、兄が一人で自分を守っていてくれたことも知らずに、我儘に泣いていた。
『強く生きろ、桔花』
風人はいつもそう言って桔花を抱き締めるのだ。
桔花は薄らと目蓋を開ける。鼻がツンとして目頭が熱くなっていた。頬には一筋の涙。どうやら寝ながら泣いてしまったらしい。そして次に暑苦しい熱気を感じ、寝床のゴツゴツとした岩場が、桔花を微睡みから現実に引き戻した。
「・・・・・・お兄ちゃん」
呟いたその言葉に返事は無い。ここには自分ただ一人。地下にマグマの流れる洞窟で、魔物どころか虫の一匹すら近寄らない。人なんて余計に寄り付くはずのない、孤独な場所。けれどもこの場所だけが唯一、死んだ兄の代わりに自分を守ってくれる。
桔花は横になったまま上に腕を伸ばした。
「私が弱いから、また連れて行ってくれなかったの?」
絶望と半ば諦めの気持ちが入り交じって、腕を下ろした。