学校で俺を蔑むクラスメイトがアイドルオーディションにやって来たので、審査員だった俺はいびることにした。
「あははは、なにそれ。きんも! 中村がアイドル雑誌みてやんの!」
クラスで俺を馬鹿にするのは可愛い可愛いと周りからちやほやされている鮎川結女。
俺が読んで居たアイドル雑誌を取り上げ、クラスで晒し者にされる。
ただ単に読まなくちゃいけなかったから、読んで居た雑誌だった。
だというのに、キモオタかのように蔑まれる。
「中村さあ。なんで生きてんの?」
今日も鮎川結女という女に俺は虐められている。
事の発端は――――
高校1年生の5月。
新入生である俺達が高校生活に慣れ始めた頃の事だ。
「あ、今、私のパンツ見たでしょ」
鮎川結女は短いスカートを見たと、ただ単に教室で大人しく席に座っていた俺に言い張る。
誰が、お前の汚いパンツなんて見るか。
そう思うも、見たでしょ? という疑いの目をず~っと見つめて来る。
そもそも、見えそうなくらいスカートを短くして履いているお前が悪いだろ。
まあ、俺もそんな風にとがったことを言って周囲に白い目を向けられたくない。
だからこそ、ちょっと穏便に事を済ませようとした。
「そんなスカート短くしてるんだったら、見せパンでも履いとけよ」
この一言が不味かった。
鮎川は俺の一言を聞いた後、キッときつい顔で俺に言う。
「キモっ。なにそれ、見せパンとか中村の趣味? だとしたら、超気持ち悪いんだけど」
そして、次の日。
鮎川は俺が見せパンでも履いとけよと言ったのをクラスメイト達に言いふらしていく。
あたかも、俺が悪者かのように。
いつしか、見せパンでも履けという気持ち悪い言動をする奴と周りは認識し、それを理由に俺を虐げるようになっていった。
「見せパン男! パン買ってこいよ! パンだけにな!」
うすら寒いギャグで俺にパンを買ってこいと威張る不良もどきの男。
「おい、見せパン男。お前、鮎川さんに見せパン履いとけよなんて言うぐらいなんだし、お前も見せパン履いてんだろ? 脱げよ」
この他にもいろいろやられてきた。
俺を虐げるクラスメイト達。
その中でも一番、俺を虐げているのは勿論。
「近づかないでくんない?」
鮎川だった。
いじめが続く毎日。
だけど、俺は……歯向かわない。
なんでかは簡単だった。
「良いか。この世はスキャンダルが大好きだ。今置かれている状況。まず間違いなく、お前は世間から同情される男になれる。虐められ続けろ。虐められながらも証拠を集め、最後にはマスコミを呼んで屋上から飛び降りる振りをしろ」
芸能事務所の社長をやっている父からの言葉。
親としてはちょっと間違った方向性な気もするが、父の言葉は間違っていない。
「同情される男という認識は必ず会社を継ぐ時にプラスになる」
「ああ、そうだ。虐められた経験のあるトップ。芸能事務所では誹謗中傷が絶えない。そのタレントたちの安心を買うことが出来る。僕も手ひどく誹謗中傷されたことがあるって慰められる」
「つくづく悪魔染みた思考をしてるよな。父さんって」
「じゃなければ、一代で芸能事務所をここまで大きく出来てない。ギリギリまで悪事に手を染めて居るからな!!! でもまあ、お前はこうなるなよ。悪事に手を染めるのは私だけで終わりだ」
とまあ、父さんと入念に打ち合わせをしていたというのに。
「すみませんでした」
頭を下げる校長と教頭と担任。
そう、俺が必死に虐められている証拠を集めていた。
反撃の時を待っていたというのに、学校が側が日和ったのだ。
見て見ぬふりをせず、ことを荒立てないように必死に取り合い。
俺を虐めていた奴らの両親と虐めていた奴に頭を下げさせてきたのだ。
盛大に予定が狂った。
日に日にいじめは酷くなり、俺は飛び降り自殺を試みて世間に同情される奴を演じる計画は遂行できなくなった。
そして、弁護士を立て示談をした。
結果、俺のいじめに関わっていた奴らは2週間の停学。
俺はと言うと、慰謝料を貰うことになった。
しかし、相手がそそくさと動いていたばかりに示談してお金を巻き上げる事くらいしかできなかった。
虐められて飛び降り自殺を試みて、世間を騒がせ同情される男になる。
その計画は結局のところ、
失敗してしまった。
俺は転校し別の学校へ。
そこで平和な時間を送っているが、何か物足りない毎日を送っていた。
「結局、虐めていた奴らは俺の事を忘れるんだろうな」
上手く丸め込まれた俺。
まあまあ、お金を手に入れた時点で成功とも言える。
だけど、きっと俺を虐めた奴はああ、そんなことあったなと虐めなんて忘れて行く。
「俺は忘れられないのに」
必死に必死に耐えていた日々。
親父や芸能事務所に所属するタレントさんが、証拠を集めて徹底的にやり返そうと支えてくれていたから生きて来れた。
「復讐はしない」
金をもらって、停学させある程度の復讐は終えている。
だけど、腑に落ちない。
それは親父にも見透かされていたようだ。
「武。新しい事を始めよう。もう少し先にしようと思っていたが、芸能事務所で働くことを許す」
「え? 良いのか?」
「ああ、鬱憤とした気持ちを晴らすにはやっぱり新しい事を始めるに限る。ビシバシ、お前を芸能事務所の社長として活躍できるように育ててやる。覚悟しなさい」
「あ、ああ」
「違う。返事は、はいだからな。気をつけろよ?」
そして、俺は高校生でありながら芸能事務所のスタッフとして働き始めた。
手始めに親父は権力を使い、俺を新規アイドルグループのプロデューサー補佐に付けて貰う。
まだオーディション段階だが、メンバーの選考は進んでおり、俺がプロジェクトに合流した今日は、メンバーを選抜するための第2次選考の日だという。
「日向さん。よろしくお願いします」
「ああ、君が武くんかい? 話は社長から聞いてるよ。僕はご機嫌取りで君を甘やかしはしないからね。それじゃあ、今日の審査は君がアイドルに質問をしたまえ。まだ第2次選考の段階だしさ」
「良いんですか?」
「良いよ。ただ、僕もたまに気になった子に質問をするけどね」
日向さんと打ち合わせをした後、さっそくアイドルグループの新規メンバーを選ぶ審査が始まった。
「エントリナンバー1番。茜坂 葵です!」
チェックシートをつけながら、質問をしていく。
普通に審査して普通に評価した。
オーディションは進んでいき、今日は次で最後だ。
「エントリーナンバー20番。鮎川 結女です!」
取り繕った笑顔だ。
俺を手ひどく虐めた奴が俺の前に現れる。
俺は学校も転校し、もう二度とこいつに合わないと思っていたのに。
だがしかし、あいつは俺の事に気が付いていないようだ。
もしかして……。
こいつ、俺が中村武だと気が付いてないな?
そう、今日の俺はスーツで着飾り髪はワックスで固めている。
さらには、日向さんの助言を受けサングラスをしている。
まだ俺は高校生。童顔で舐められないように圧力を掛けるためだ。
声も学校では出さない位、ハキハキと出している。
そして、俺がこんなところにいるとは思えない先入観が俺を虐めていた奴だと気づかせていない。
一発で不合格にしようと思ったが、何となくで俺は鮎川にさっきまでしていない質問をぶつけた。
「鮎川さん。セクハラをされてもあなたは我慢できますか?」
横に座っていた日向さんの目つきが変わる。
しかし、それを気にせず俺は発言の撤回はしない。
「え?」
素っ頓狂な声を上げる。
こんな質問をされると思っていなかったのだろう。
だが、日和って俺は質問の手を緩めはしない。
「芸能界ではセクハラ行為が絶えません。大御所タレントにセクハラされても、それを我慢できるかどうか聞いてるんです」
「え~っと、その」
「お答えできませんか?」
ちょっと楽しくなってきた。
オーディションに私怨は挟みたくなかったんだけど、止まれない。
「だ、大丈夫です。耐えられます!」
アイドルになりたい鮎川は笑顔で耐えられますと答えてくれる。
俺はそれに対して、
「分かりました。それでは、もう一つだけ質問させてください。アイドルは短いスカートを履いて踊って歌います。そのため、下から覗き込まれることがよくある。ここで大抵の子が嫌悪感を抱いてアイドルになるのを諦めることが多々あります。あなたは、そうならないと言い切れますか?」
実際よくある話だ。
父さんがアイドルデビューしても、性的な目を向けられることに耐えられず辞めて行くと教えてくれた。
短いスカートを履いて、俺にパンツを見たと言いがかりをしてきた。
そんな奴だからこそ、聞きたかった事だ。
「はい。そのようなことは良く言われていると存じています。でも、私はそれに耐えられるように頑張りたいです」
「そうですか。それじゃあ、質問はこのくらいにして最後に自己紹介をどうぞ」
質問した後に自己紹介させる。
こうすると、用意していた自己紹介がボロを出しやすくなるらしい。
なんか面白いボロが出ないか期待しながら、自己紹介を聞いた。
しかし、面白い事なんて起きなかった。
普通に終わった鮎川のオーディション。
俺は落とせればそれで良いと思いながら、今日の統括を日向さんと始めた。
「さてと、最後の子への質問。最高に良かったよ。ありきたりな質問ばっかりするから、ちょっと不安だったんだけど、ああいうのも臆せず聞ける。うん、武君。これからもこの調子で頼むよ」
「え、あ、あれで良いんですか?」
「ああ、全然良いよ。で、誰を第3次選考に進ませるかだけど……」
チェックシートに記入した情報を元に誰を通過させるか選んで行く。
そして、日向さんが選んだ候補者たち。
もし鮎川が残っていたら、落とすように説得しようと思っていたが、普通に残っていなかった。
そりゃあ、顔は良いけど中身は最悪な女だからな。
日向さんのチェックシートを見ると、それをきちんと見抜いていた。
「さてと、この子たちを通すとして、次は生贄だ」
「生贄?」
「そう。アイドルグループのオーディションだけどさ。デビューするまでに必ず一人か二人は居なくなっちゃうんだよね。それって不味いでしょ? だからさ、その一人か二人がちゃんと最後までモチベーションを保てるように絶対にデビューできそうにない本当に出来損ないの子を、一人合格させる。人って言うのは下に見れる人がいると安心するからね」
良い人だと思っていた。
今も曇りなく笑っているが、ぞっとする何かを感じてしまう。
ああ、そうか。これが、芸能界に携わる人なんだ。
闇の部分を正当化し、あたかも光であるかのように言えてしまうんだ。
「……」
「ああ、ごめんごめん。武君には刺激が強かったかい?」
「いえ。これが芸能界なんだと。手段は選ばない。だから、あんなにも面白くて輝けるものを表に出すことが出来る。ちょっと感動しました」
「まあ、そうだね。僕たちは必要悪とどこまで行っても付き合わなくちゃいけない。ここで、割り切れない人がほとんどだけど、武君がそうじゃないみたいで安心したよ」
「で、生贄は誰が良いと思っているんですか?」
「ん~、僕が絞り出した候補以外であれば、だれでも良いでしょ。本当にそこらへんに生えてる雑草と同じレベルだし」
その言葉を聞いて俺は安心する。
平然とした態度で日向さんに生贄にしたい人物の名を告げた。
「鮎川結女」
「ほう。どうして?」
「生贄とはいえ化けるかも知れませんし。候補から除外した人の中では一番顔が良いじゃないですか」
あたかも本当にそうであるかのように告げる。
本当はあいつがオーディションに合格して、夢を見て、そして、ズタボロになって行くのを見たいだけだというのに。
「そうだね。顔は良かったしね。もし、化けたら儲けものだし。うん、そうしよう。それじゃあ、あの子を今回の生贄にしよっか」
鮎川結女。
俺を虐めた奴はまだ生贄にされたことは知らない。
いいや、知らないままきっと打ちひしがれ、デビューする前に夢を諦めるだろう。
そして、1か月後。
日向さんがプロデューサーを務めるアイドルグループのオーディションが終わった。
合格者が決まり、本格的にデビューを目指し始動するプロジェクト。
俺も高校の授業が終わればすぐに合流し、積極的に関わっている。
ダンスレッスン。ボイストレーニングなどなど。
必死にデビューに向けて練習を重ねる中、本当にデビューさせたい子が辞めてしまわないようにモチベーションを維持する。
その目的のために用意した生贄である鮎川結女。
彼女は本当に良い役割を担ってくれている。
「鮎川さん! 声が小さい!!!!」
スパルタのボイストレーナーに怒鳴られる。
なにせ、彼女は本当は選考にかすりもしなかったのだから。
他のメンバーに比べ、圧倒的に劣る彼女はひたすらに目の敵にされ指摘を受け続ける。
それを見ている他のメンバーはああはなりたくないと必死だ。
日向さんの横で俺は密かに笑っていた。
どんどん鮎川は追い詰められていく。
水着での撮影の時だ。
用意された際どい水着を男の人に見せるのが恥ずかしくて嫌々とうずくまる。
セクハラだとうるさい。舐め腐った性根は隠しきれないでいる。
「うん。あの子のおかげで、他の子が良い感じに頑張れてる。よしよし、順調だ」
順調に進んでいくデビューに向けた準備。
俺はというと、プロデューサー補佐。下っ端でしかなく、ほとんど雑用ばかり。
デビュー前の子たちに水を配ったり、練習に付き合ったりだ。
そんなある日の事だった。
「う、嘘でしょ。なんで、あんたがここに居るのよ」
学校が終わるのが遅くなってしまい、髪の毛をワックスで固める時間がなく、サングラスもかけ忘れ、急いでトレーニング施設に駆け込んだ。
そして、鮎川にバレた。
「ん? ああ、まさか気が付いてなかったのか? 俺とはあんなに仲が良かったのに」
「……どうしてよ。なんで、あんたがプロデューサー補佐なんてやってるのよ」
「コネだ。この芸能事務所の社長が俺の親父だからだ」
「私をどうして、オーディションに合格させたの……」
どうやら、俺へした事はまだ忘れていないらしい。
どうせ、こうして再会しない限りすぐに忘れた癖に。
「あれは終わったことだろ。才能を見捨てる訳にはいかない」
笑うな。
まだ笑っちゃダメだ。
俺も馬鹿じゃない、暴露話をされてこっ酷くカウンターを食らいたくない。
日向さんにも口止めされている。
鮎川が生贄である事は悟られてはいけないと。
だって、どうせ。
「嘘よ。私に才能なんてない」
もう壊れる寸前なのだから。
「いいや、違う。何かを感じたからお前はオーディションを通過したんだ」
壊れかけの鮎川。
わざわざ壊さなくとも、どんどん壊れて行く。
裏であざ笑うために、内心では微塵も思っていない励ましの声を掛けた。
「でも……、歌もダンスも、体も全部、全部、皆に負けてて。裏では笑われてるかも……」
「良いか。俺が居るのに、お前はここに居る。才能がなければ、絶対にここには居なかったんだよ」
二度目の励まし。
ああ、こんな風に励ましてもどうせ居なくなる。
それを楽しみにしながら、俺は嘘を囁いた。
そして、俺が虐めていた中村武だと鮎川にバレて1週間が経とうとしていた。
デビューまで後1か月を切った大事な時期。
鮎川は周りとの差に打ちひしがれ、デビュー前に去る。
残った者たちは鮎川になりたくないと最後の追い込みをかけて行く。
そうなるはずだった。
「良いよ! 鮎川! 声出て来てるよ!!!」
厳しいボイストレーナーが珍しく鮎川を褒める。
俺の耳でも明らかに声が良くなっていくのが分かった。
ダンスレッスンでも、
「いち、にっ、さん!」
今まで見た事の無いキレを見せる。
だが、まだまだ他のメンバーには遠く及ばない。
最後の足掻き。
どうせ、他のメンバーとの差は絶対に埋まらない。
だというのに、なんでそんなに頑張れるんだよ……。
俺は気がつけば、鮎川に声を掛けていた。
いいや、近づいたら逆に俺が声を掛けられていた。
「どうだった? 最近、調子が出て来てるでしょ!」
「あ、ああ。でも、まだまだだ」
「知ってる。でもさ、あんた、じゃなくて、武さんを虐めてたのに許してくれて、才能を信じてくれた。だったら、頑張らない訳にはいかないでしょ?」
なんでだよ。
なんで、そんなに頑張れるんだよ。
お前は陰湿で俺を虐めて、その悦に浸ってただろうが。
今更、そんな顔して偽善者ぶるな!!!
「……まあ、頑張れ」
叫びたい気持ちを抑え込み、鮎川の元を去る。
今は頑張れている。
力の差はまだまだ開いており、追い付くのは難しい。
きっと、この勢いは風前の灯火だ。
「はい! 頑張ります!」
オーディションに参加した頃とは見違えた声で返事をされた。
ああ、くそ。くそ。くそが!!!
さらに1週間が経った。
鮎川はまだ他のメンバーに追いつけない。
さらにさらに1週間後。
まだだ。まだ、鮎川はデビューできるレベルに達していない。
そして、それはプロデューサーである日向さんにもしっかりとそう映っていたのだろう。
「あ、武君。そろそろ、鮎川さんを辞めさせよっか」
「頑張って辞める気配がないのに?」
「うん。頑張ればすべて解決できる世の中じゃ無いんだよ。さすがに鮎川さんをデビューさせるわけにはいかない。だからさ、プロデューサー補佐として君に大役を授けよう。鮎川さんを追い込んで辞めさせてよ」
願ったり、叶ったりだった。
自分であの鮎川を追い込んで辞めさせて、現実で押しつぶす。
最高のシチュエーションだ。
「分かりました」
「じゃ、よろしく。期限はデビュー前1週間。ダンスのフォーメーションを変えられるギリギリだからね」
デビューまで後2週間。
鮎川をあと1週間以内に辞めさせるべく俺は動き出した。
人気のない控室。
内側から鍵をかけ、鮎川と密会をする。
「どうだ? 調子は」
「あははは……まだまだダメダメ。これじゃあ……」
明らかに元気の無い鮎川。
日向さんからは『実力が及ばない場合、デビューまでに実力が伴わないと判断されたら辞めてもらうと契約書に書いてあったよね?』と脅して良いと言われている。
俺はその通りに鮎川に告げようとした時だった。
「やっぱ、いじめっ子がアイドルなんて無理なんだろうね」
「……いきなりなんだよ」
「私ってさ、クソでしょ? だからさ、神様はちゃんと見てて、私を許してくれていない。いつまで経っても、他のメンバーに歌もダンスも追いつけないのはきっとそういう事でしょ」
ああ、そうだよ。
お前には才能なんてない。
言いにくいが、デビューさせられる実力じゃない。
だから、辞めてくれ。契約書に書いてあっただろ?
そう言えばいい。そう言えば良いって分かってるのに。
「だったら、辞めちまえよ」
「……そうだね。辞めた方が良いでしょ。私なんてさ」
「ああ、そうだ。そんな自信も持てないお前なんてアイドルにはなれない」
「うん。分かった。今日、ここに呼ばれたのってそういう事なんだよね。契約書にも、ちゃんと実力が伴わないと判断された場合、契約を解除するって書かれてたしさ」
日向さんはアイドルの子たちは契約書なんて読まない。
そう言っていたが、鮎川は違っていた。
契約書の内容を知っており、諦めたかのように儚げに笑う。
「良いのか? 諦めて」
「だって、諦めさせるために私をここに呼んだんでしょ?」
「あんなに頑張ってたのに諦めて良いのか?」
「だから、言ってるじゃん。いじめっ子の私がアイドルなんて夢をそもそも見ちゃいけなかったんだって」
「ふざけんな!」
ガタン!!!
座っていた椅子から勢いよく立ち上がる。
そして、俺は鮎川の胸元を掴み上げて気持ちをぶちまけた。
「正直に言うと、俺はお前が大っ嫌いだ!!! 」
「やっぱり。薄々、気づいてた。あんたが、まだ私を恨んでるって事をさ」
「恨んでるよ! めちゃくちゃ恨んでる! だから、こうしてお前の肩を叩いて辞めさせることが出来るって分かったら嬉しかった」
「何が言いたいの。ああ、そっか。私がやけにしおらしいから、詰まんないの? 武さんは私がもっと無様に壊れて行く姿が見たかったんだ。ごめんね、どこまでも悪い子で居られなくて」
「知るかボケ!!!! 辞めんな!!! 俺が辞めさせなくとも、日向さんが後1週間後に肩を叩く。だから、それまで辞めんな!!! 絶望に打ちひしがれ、最後の最後で辞めさせられる。そして、無様な姿を俺に見せて、俺の前から消えちまえよ!!!」
「えっ」
「俺は何も言わなかった。良いか、1週間後だ。それまで頑張れ。そして、頑張ったのに報われない無様な姿を俺に見せやがれ!!! 話は以上だ。最後まで頑張れよ!!!」
掴んだ胸元を離し、鮎川を控室に放置し出て行く。
「うっぐ。ああ、なによ。分かった。分かったわ! あんたの望み通り無様に頑張ってやるから!!!」
出て行った控室からすすり泣きながら、叫ぶ耳障りな声が聞こえた。
1週間後。
日向さんが俺に声を掛けて来た。
「ねえ、武君。鮎川さんの説得はそんなにうまくいかないのかい?」
「ポジティブで諦めてくれないんですよ」
「ふふっ。そういう事にして置こうか。にしても、鮎川さんだけど、良いね。顔つきが変わった。何か吹っ切れて、何かが変わった顔をしてる。歌もダンスも全部、他の子より先に飛び出た。武君。君はあの子にどんな魔法を掛けたんだい?」
「別に何もしてません。ただ、辞めろ。辞めろと言い続けてるだけです」
実際そうだ。
練習終わりに毎日のようにやる気がないならさっさと辞めろと言っている。
でも、鮎川は諦めが悪くて『いやです! まだ頑張ります!』と食い下がっているだけだ。
「生贄は時として化ける。その場合、僕らは生贄をどうすると思う?」
「別の人を生贄にする?」
「あははは。怖い事を言うね。さすがに僕たちもそこまで悪魔じゃないよ。答えは簡単だ」
日向さんの答えを息を飲んで待つ。
焦らされて、焦らされた後、嬉し気で力強く日向さんは答えた。
「全力で支えて行く。デビューして輝かせるためにね」
1週間後。
とうとう迎えた鮎川が所属するアイドルグループのデビューの日。
発売前から歌は配信済み。良い売り上げをキープし続けた。
結果、デビューコンサートのチケットは売り切れ。
まだまだ会場としては小さいがな。
そこで、鮎川はアイドルとして華々しいデビューを飾った。
「今日はありがとうございました!!! これからもよろしくお願いします!!!」
鮎川結女というアイドルの言葉でコンサートは終わる。
興奮冷めやらぬまま、控室で成功を祝う。
各所関係者に挨拶を済ませ、手持ち無沙汰になった俺に鮎川は近づいて来た。
「武さん。ありがと。私がした事は許される事じゃない。だけど、それを許してくれて、私をここまで支えてくれて。本当に本当にありがとう」
頭を下げられる。
周囲の目もあるし、俺は顔を上げさせ堂々と鮎川に言ってやった。
「許してない。良いか、これからお前はアイドルとして言われもない誹謗中傷を受け、傷ついて、そして悲惨な人生を送って行く。そっちの方が、見ていて面白いだろ」
「あははは、なにそれ」
「ったく。ざまあ見やがれ。お前はれっきとしたアイドルだ。ぼろ雑巾みたいに、利益をもたらすために利用してやるからな! アイドルになろうとした事、絶対に後悔させてやる!!! これが、俺なりのお前への復讐だ。勘違いすんなよ!」
「うん! 私、頑張る!!!」
能天気に意気込む鮎川。
ああ、そうだ。俺は――――こいつを許していない。
アイドルとしてボロ雑巾になるまで使って、稼ぎに稼いでから捨ててやる。
そう心に誓い鮎川に言った。
「これから忙しくなる。覚悟しとけよ!」
お読みいただきありがとうございました。
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