第4話
通常版の10~13
「続報が入り次第、お伝えいたします」
その言葉を最後に『池袋駅ダンジョン騒動』のニュースは一度終わりを告げた。
けれど結局、その他のニュースを挟んでは同じ情報を繰り返すだけ。
おそらくダンジョンが発生した1都3県だけでなく、日本中の人々が今一番関心のある出来事がこれなのだ。
いや、海外でも放送されているかもしれない。
ダンジョンなんてファンタジーで、ファンタジーは非現実なものなのだ。
そうでなければ、いけないはずだったんだ。
非現実が現実に介入してきた以上、これから起こること、起きるかもしれないことは今までの常識と当てはめてはいけない。
けれど今までの常識を完全に捨ててはいけないのもまた事実。
「これは、明日は登校させるべきか否か悩みますね……」
その一つが学生達の登校問題である。
災害ならば休校にすべき。
この学校と池袋は同じ東京都内の、23区内ではあるけれど違う区に属している。
近いか遠いかで聞かれると微妙な距離。
柏木君もそうだが、登下校中に池袋駅を使用・通過する生徒も多く在籍している。
もちろん都外から登校している生徒もいるから、支障をきたすと考えられる駅は池袋だけではないかもしれない。
今回挙げられた4駅すべてがしばらく使用出来なくなるだろう。
その結果、登下校に不都合をきたす生徒も多いことは間違いない。
だがすぐに何かしらの対策が取られることだろう。
実際、すでにニュース挙げられた4駅の振替輸送情報がテロップに流れている。とはいえ、これも急場しのぎの案だ。
いくつもの電車が長期的に使用出来ないなんて事態になれば、電車通勤が主な都内では混乱が生じることだろう。
だが振替輸送でも何でも帰宅するための代替案を用意してくれたのは非常にありがたいことである。
生徒達もきっと、普段とは違うルートで帰ってくれることだろう。
だがそれを翌日も、下手をすればこれからしばらくの間それを求め続けるというのはどうなのだろうか。
「いくらまだ駅の中から出てきていないとはいえ、危険でしょう。それに明日になればマスコミも自衛隊、そして野次馬も増えてくるでしょうし……私は反対です」
せめてしばらくは休校にすべきではないだろうか。
警官や自衛隊はしばらく臨戦態勢を続けることだろう。
そしてマスコミや野次馬はそれに群がっている。
それに遭遇するリスクを犯してまで登校させる理由があるのだろうか。
そうでなくとも電車の乗車率は飛躍的にアップする。いくら男子生徒しかいないとはいえ、それはあまりに酷な話である。
「ですが休校にしたことで生徒達がそちらへ行ってしまったら……」
だが休校にしたところで生徒達の安全が保たれるかといえばそれはまた別問題である。
おそらく警察官達に拒まれているだろうが、うちのクラスの子達みたいに「学校休みならちょっと行ってみようかな!」なんて思われては困るのだ。
うちのクラスの子達もあの場へと向かったとはいえ、あのメンバーには駅構内でのことを知っている柏木君も付いているし、強行突破しようということはしないだろう。
帰り際に「ダメだったら鯛焼き食いながら戦略会議しようぜ」なんて話をしていたから大丈夫だろうとは思う。
きっと彼らのことだから途中で『鯛焼きの中身は何が一番か問題』に話がずれてしまったり……なんてこともあるだろう。
なんなら鯛焼き問題に熱を出して、そのまま帰ってくれればいいが、さすがにそれは期待できそうもない。けれど彼らのことだ。危険なことはしないでくれるはずだ。
なにせ彼らは安全をとるために、池袋ダンジョンに足を運ぼうとしていたのだから。
なにかと僕のことをおじいちゃん扱いしようとしてくるが、いい子達であることだけは確かなのだ。
だからうちのクラスの子達は大丈夫だろうな~なんて思いを馳せていると、沈黙を貫いていた教頭先生が口を開いた。
「私は、休校でいいかと思います。理由がわからない以上、次にどこが『ダンジョン化』でしたっけ? それが発生してしまうともわかりませんから。今回は昼ということで生徒達の中で危険な目にあった子はいないと思いますが、通学中に同じようなことがあったら困るでしょう」
確かにそうだ、と先生達は教頭先生の言葉に相づちを打つ。
災害でもないのに、電車は動いているのに、とのクレームは入ってくるだろうが、それは個別に対処していけばいいだろう。
学校としては生徒達に降りかかるかもしれない障害は未然に防ぐのが一番だ。
命を落とすリスクもあるかもしれないと柏木君は訴えていた。
彼みたいにたまたま居合わせてしまったのならばともかく、そんなの侵さないのが一番だ。
安全第一! 命は大事!
脳内で大事なことを繰り返してから、ハッと思い出す。
「あ、それなんですが!」
「どうしました、鈴木先生」
教頭先生は生徒達の中に遭遇者? ダンジョン被害者? はいないとしていた。
だがそれを前提として話が進められては困るのだ。
「うちのクラスの柏木君がダンジョン発生場所に居合わせました」
「は?」
「連絡、来たんですか? あの状況で」
あの状況というのはテレビに映っている人たちのような状況を指しているのだろう。
モンスターに襲われ、命カラガラ生き延びて出てきた状態。
やっと日の光を浴びることが出来たとホッとしたところで、今度はマスコミからの襲撃だ。
自衛隊や警官が守ってはいるものの、押し寄せるマイクやカメラは彼らの精神を一層すり減らす原因になっているのは間違いない。
あの状況でたかだか担任に連絡するか、と疑問に思うのも無理はない。
だが彼は僕に連絡をしてくれた訳ではない。
「いえ、登校してきました」
モンスターと戦ってきたその足でここまでやってきたのだ。
おそらく徒歩で。
そう考えると、柏木君が池袋を突破した時にマスコミが騒動を嗅ぎつけていたかどうかは別としても、よく学校まで登校してきてくれたものだ。
「登校? 嘘でしょう?」」
「いえ。来て、僕たちにダンジョン内でのことを教えてくれました」
この場の誰もがごくりと息を飲む。
「池袋駅に一歩でも入ればそこは非現実の世界が広がっています。けれど肉体は現実のままです。なのでゲーム感覚でこの中に入れば間違いなく死にます」
タイミングよく流れたのは、池袋ダンジョンを生きて突破したという、とある青年のインタビューだった。
『ゲーム感覚でこの中に入れば間違いなく死にます』
青年のその言葉は柏木君の言葉と言い方は違うけれど、込められている意味は同じものだった。
『死』――それは人間に限らず生きているもの全てに訪れるものである。
けれど安全な日本に生きていればそれを意識する機会は意外と少ない。
なのにそれが急に間近なものに思えてくるのは、テレビに映っている青年も、柏木君と似た物を手にしているからだろう。
柏木君が所持していたのは大きなハサミ。
僕が貸した、ごくごく普通の、どこにでも売っているものをベースとしたもの。
そして青年が持っているのは水筒だ。
ステンレス性の、おそらく元の色は鮮やかなブルーだったのだろうと思われるもの。
けれどその大きさはやはり僕達が普段目にする物とは違って、数倍ほど大きくなっている。
そして違うのは大きさだけではない。
色も形も違うのだ。
色はおそらくモンスターの血が付着しているのだろう。
つい少し前に教室で見たものと似たような色合いの、ペンキによく似たものが付着してしまっている。
そしてその形だが……ところどころにへこんでしまっている。
ちょうどへこんだところのあたりに色が付着していることを考えると、鈍器として使用したのだろう。
柏木君がハサミであったように、ダンジョン発生に遭遇してしまった人達は日常的に所持しているものを武器として使うしかなかったのだ。
いくら大きさが変わろうとも、それが水筒であることくらい誰でも見ればわかる。
そしてなぜ青年がそんなに大きい水筒を持っているか。
武器登録について知らない多くの視聴者には疑問で仕方がないかもしれない。
けれど僕はそんなことよりも、水筒のへこみの大きさに目がいった。
なにせそのへこみはその青年の頭と同じ、もしくはそれよりも少し大きいくらいだったのだから。
顔が異常に大きいモンスターと対峙した訳ではないのであれば、駅の中には成人男性と同じくらいの体長のモンスターがいるということになる。
平日昼の池袋駅。
そこにはきっと子供も、女性もたくさんいたことだろう。
一体何人がこの中で光に溶けていったのだろう。
職員室内が謎の冷気に包まれ、誰もが未知なる『モンスター』を恐れた。
「しばらく、休校ということで異議はありませんね」
そして校長先生の言葉に誰もが首を縦に振るのだった。
自宅待機をするように、と二重線を引いた文章を最後に付け加えたメールを作成する。
休校期間は未定。
対応が決まり次第、連絡をする予定である。
なにせ学校側も詳しい情報が伝えられるのを待機している状態なのだ。この対応も仕方がないことである。
もちろん1週間後に迫っていた定期テストも延期だ。
一部の生徒は学校に来なくてもいい上にテストも遠ざかったことを喜んでいることだろう。
うちのクラスの子達はすでにテストなんて頭の隅にすらあるかどうかは怪しいけれど。
一応自宅待機中は自主学習をするようにと書いてはいるものの、正直外出を控えてくれればなんでもいい。
このチャンスにテーマパークの絶叫系全制覇してやるぜ! なんて意気揚々と出かけて出先でダンジョン発生に遭遇しましたなんてことにさえならなければ。
想像してみると、授業を受け持っている生徒の中に該当しそうな子が何人かいる。
だが学校からはメールでの注意喚起以上のことは出来そうにはない。
だから僕は大人しくしておいてくれよ~と願うしかない。後は親御さんの領分だ。
生徒達が変なことに遭遇しないようにと願いつつ、送信ボタンを押した。
矢印の上に出現したサークルがしばらくクルクルと回ると『完了しました』という文字が出現する。
こういう時、連絡網の他に学内一斉メールシステムがあると便利だ。
主に災害時に作られたシステムだが、これも災害といってもいいだろう。突発的かつどこで起きるかもわからないのだ。
ただ他の災害と違って、起きてからどのような対処をすればいいか全くわかっていない。
またそれがどのくらいの被害をもたらすのか、予想すらも出来ない。
どの国でも『ダンジョンが発生した時用マニュアル』なんて用意していないし、過去の事例も存在しない。
本当に厄介なことになったものだ。
想像もつかない未来に思いを馳せながら、備蓄確認を終えた先生達の報告を黒板に記していくのだった。
それから先生達は持ち回りで学校に滞在することになった。
お子さんがいる先生や遠くから来ている先生はなるべく状況が把握出来るまでの数日間は担当から除く。代わりに僕のように独り身か家が近くの人を優先して表に組み込んでいく。
僕は独り身かつ家が近い。
だから率先して回数を入れるようにする。
「ごめんなさいね、鈴木先生」
「気にしないでください。先生の家のお子さん、まだ3歳になったばかりでしょう? それにうちのクラスの子達、休校にしても来そうなんですよね」
「ああ。あの子達、鈴木先生大好きですもんね!」
「好かれているのは嬉しいんですけど、なぜか心配されているので複雑でもあります……」
いなかったらいなかったで文句を言ってはこないだろう。
けれどせっかく来てくれたのに会えなかったら申し訳ない。
気持ちとしては田舎に孫が遊びにくる感じだ。
僕はまだそんな年ではないけれど、あまりにみんながおじいちゃん扱いをするものだからこんな考えになってしまうのも仕方がないのである。
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