第2話
通常版の4~7話
化学式や物質・器具の名称を消すと、柏木君はど真ん中に大きく『ダンジョン』『モンスター』の二文字を書いた。
そしてそれを囲んだ円から枝を生やしては丸の中に新たな言葉を書き込んでいく。
「まずこの『ダンジョン』だけど、少なくとも池袋駅構内は前と形に変わりなかった。その代わりにモンスターがそこかしこにウジャウジャいる。
後、宝箱もあるっぽい。
俺はあったとこ見てないけど、宝箱からゲットした剣を使ってるおっさんとは会った。あくまで宝箱からゲットしたっていうのは俺が見たんじゃなくておっさんから聞いただけだけど、武器登録とか初期設定の感じから、本当だとは思う。
さすがにサラリーマンのおっさんが日常的に西洋風の剣とよく似た何かを携帯しているとは考えづらいし。
全体的な印象としては形こそ違えど、ゲームとかウェブ小説、漫画にあるのとそこはあんまり変わんなかった」
彼が通学中の短時間で知ったのだろう情報をわかりやすく伝えていく。
ダンジョンにはモンスターがいて、宝箱まであるのか。
まんまゲームと一緒だな~、なんて浮かれる一方で、ゲームと現実が全く一緒な訳がないじゃないかと冷静な部分の僕が訴える。
そして柏木君は冷静な部分の僕が危惧していた内容を口にする。
「だけどあいつら、ゲームと違っていきなり襲いかかってくるし、殺しにかかってくるから気をつけろよ」
まっすぐとみんなを見つめるその瞳は真剣そのもの。
「これはゲームと似ていてもゲームじゃない」
気を抜けば死ぬ。
遊びと一緒にするな。
それこそがきっと彼が一番伝えたいことなのだろう。
ダンジョンができたことすら夢心地の生徒にとって、その言葉はひどく重くのしかかる。
「殺しにかかってくるって……」
「モンスターに襲われて傷ついたり、血が流れた人は身体が光の粒みたいになって消えていくことがあった。多分致死量を超えた量の血が出たか、致命傷を食らったか。知り合いじゃないからどうなったかは知らねぇけど、最悪……死んでる」
「そんな……」
「今んとこダンジョンの外にモンスターは出てきてないから、発生場所の中に入ってかなきゃ被害はないだろうとは思う。けどこれからダンジョンがいきなり発生するかもだから……さ」
改めて柏木君はそう前置きすると、覚悟を決めたように短く息を吸い込んだ。
「だから、覚悟はしておいてほしい」
その言葉に誰もが首を縦に振った。
柏木君はこの場において唯一の経験者なのだ。
「ダンジョンの中に入ると頭の中にアナウンスが流れてくる。そこで俺は『初期ステータス』を決め、『武器登録』をするように指示を受けた。その間に与えられる時間は3分だ」
彼が右手で作った『3』という数字は僕たちに衝撃を与えた。
ちらほらと「無理ゲーだろ」「カップ麺かよ」なんて声も聞こえてくる。
けれどそれこそがゲーム化した現実の初期設定なのだ。
「はっきり言っていきなりそんなこと言われた挙句に、3分って短すぎねぇかとも思った。ゲームやってたり、この手の小説とか漫画読んだことなら見たことや聞いたことあるかもしんねぇけどよく聞いておけ」
いかに初期設定が重要か。
ゲームを一度でもプレイしたことあるならわかってくれるだろう。
ゲームなら気に入らないことがあれば、設定を間違えたと思えばデータを消してやり直せばいい。
けれどそれが出来るとは限らない。
むしろスキルポイントの再分配システムがあるなんて期待して進めたら痛い目を見る。
最悪、死ぬ。
だからこそ柏木君の経験談ほどありがたいものはないのだ。
柏木君は再びチョークを手に取り、黒板にとある文字を記入していく。
名前
レベル
HP
MP
筋力
耐久
敏捷
器用
対魔力
保有ポイント
ジョブ
スキル
武器
「初めの状態で基礎ステータス、元々自分が持っている能力値が数値化したのが目の前の画面に現れる。例えばこんな感じで」
そして柏木君は文字の隣に数値と文字を書き足していく。
名前 柏木 圭吾
レベル 1
HP 50/50
MP 25/25
筋力 12
耐久 15
敏捷 17
器用 9
対魔力 15
保有ポイント 0
ジョブ なし
スキル なし
武器 なし
初期ステータスポイント 残り100
「これをベースとして、与えられた100ポイントを好きなように振り分けるように指示される」
HP ▽50△
MP ▽25△
筋力 ▽12△
耐久 ▽15△
敏捷 ▽12△
器用 ▽9△
対魔力 ▽15△
保有ポイント 0
ジョブ なし
スキル なし
武器 なし
初期ステータスポイント 残り100
完了する/リセットする
「数字の両サイドに三角のマークが出るからそれを弄って調整してくれ。そこを調整するごとに一番下の『初期ステータスポイント』の数字が上下していく。
そこで気をつけてほしいのが、初期設定の画面でのみ基礎ステータスを下方修正して、その分を他に振り分けることが出来ることなんだけど……」
「じゃあ筋力強化しまくるのも!」
「出来るがやめておいた方がいい」
「なんでだよ!」
極振りに憧れるのは理解出来る。
けれどそれにはリスクが伴うことだろう。
「このステータスはどうやら俺たちの今の体を数値化したものなんだ。だから敏捷を減せばその分足は重くなるし、今まで動けていたはずの体が動き辛くなる」
「それは、イヤだな……」
「だろ? それで慌てているうちにモンスターに襲われた人もいたからやめといた方が賢明だな」
「なるほど」
体感が変わってしまうのはリスクが大きすぎる。
柏木君の言葉に、質問した生徒以外の子達もコクコクと頷いた。
「基礎ステータスは個人差があるからこれはあくまで一つの例だ。
どれをどのくらい強くするか、最低ラインや優先順位だけでも今から考えておくといい。
3分経ったら強制的に設定画面から出されて、残りの『初期ステータスポイント』はランダムで振り分けられちまう。
俺はとりあえず半分残しておいたけど、レベルアップした時に見えた画面に『初期ステータスポイント』を表示する欄はなく、その代わりにいくつかの項目にポイントが振り分けられていた。
下方修正されていた項目はなかったけど、あり得ない話ではないだろうから100全て振り分けるのが一番だと思う。
ゲームみたいに親切に説明してくれたりとかはないから、詳しいこととか、各ステータスの平均がどれくらいかとか全然わかんねぇ。だからあんまり数値が低いのはヤバイって思っといた方がいいかもな
わかんなかったらとりあえずHP、耐久、敏捷とかに振っておけよ。特にスーさん! モンスター倒さなくても死なねぇから!」
「え、僕?」
生徒に混じってまじめに聞いていたが、まさかここで名指しされるとは……。
確かに魔法とか使ってみたいな~とか思っていた。
なにせせっかくゲームが現実になったのだ。若干危険があっても冒険してみたいと思うのはゲーム好きとして当たり前ではないだろうか。
だというのに周りの生徒達は僕の顔を見つめて「ああ~」とやけに納得したような声を上げる。
それだけでなく「ジョブ設定とかあったら魔術師とか選んで自爆しそう」だの「しょうもないもの、武器設定しそう」だの散々な言い分である。
「そんなことは……」
だが言い訳が上手く出てこない。
なにせジョブ設定があったら僕は魔導師を選ぶ。
スライム相手にファイヤーボールとか打ってみたい。
あまり運動が得意ではない僕が、モンスターと対峙した場合それぐらいしかできる気がしないというのも大きい。
柏木君はハサミでどうにかしたらしい。
だがそれは彼がモンスターを何体か倒して学校に登校し、その後にクラスメイトにルールを説明するだけの体力と優しさを持ち合わせているからである。
僕ならきっと3分で設定完了することなんてできやしない。
アドリブに弱いタイプなのだ。
ましてやろくに説明もなければ、状況理解することすら3分で足りるか怪しいものだ。
そう考えていくと、魔法が打てるようになったところで初めのモンスターにやられて終わり……なんてことも考えられる。
もしかして僕、モンスターに会ったら死ぬのでは? という気さえしてきた。
ゲームのステータス、レベル上げには慣れていても、所詮生身の僕は借り物競走で走ったりしただけで筋肉痛に苦しめられるアラサーなのだから。
現実を直視した結果、精神的に大きなダメージを負ってしまった僕は大きくため息を吐く。
そんな僕に生徒達は優しく? 声をかけてくれる。
「落ち込むなよ、スーさん。近くにいれば俺たちが代わりにモンスター倒してやるから!」
「この前の再試、スーさんのお陰でクリア出来たし! こんな時くらい恩返しすっから!」
「3階まで上がってくるだけで息切れしてるスーさんを俺達は見捨てたりしないからな!」
「そうそう。だからスーさん、絶対防御系選べよ?」
「みんな……」
ものすごくバカにされているように聞こえるが、任せろ! とばかりに拳を握りしめている彼が僕に向けているのは純粋なる好意である。
素行がいいとは言えない子達だが、人を思いやることが出来るいい子達なのだ。
ただ生徒達に心配されるほど僕の身体能力が低いだけ。
どうにかしようとジムに通おうかと思ってもなかなか時間が取れずじまいだった。だがこんなことになるなら休日に頑張って通うべきだったな~なんて思ってももう遅い。
学生時代の頃よりも摘まめる量がほんの少しだけ多くなったお腹を撫でる。
体育の剛力先生のような見事なシックスパックがほしいとは思わないが、せめて御年58歳を迎えた書道の岩城先生よりも元気かつ健康でありたいものだ。
その岩城先生の趣味って山登りと川釣りで、60近いとは思えないほど元気なのだが……。
僕が目指すべき場所を見失いそうになっている最中も生徒たちの興味は再びダンジョンに戻っていく。
「圭吾、ジョブってないの?」
「あるぞ。初めのモンスターを倒すとレベルが上がるんだが、その時にポイントとジョブが獲得できる」
柏木君は『保有ポイント』の文字を黄色い円で囲んだ。
そしてそのまま黄色いチョークで『0』の隣に『→5』と書き込む。
「ジョブは勝手に決まるが、スキルはこのポイントを使って選ぶことが出来るようになった」
「スキル取得ってまさか『俊足』とか取れたり?」
「スキルに何があるのか個人差があるらしくて、『俊足』があるかはわからねぇけど、スピード強化型のスキルはあると思う。俺、攻撃強化スキル『断裁』取得できたし」
「柏木は武器がハサミだから、それに対応したスキルの取得ができたということか……」
「ああ。その他に俺がポイント振り分けで筋力多めに振り分けたのもあるかもしれない。この他にも5つくらいあったけど、これだけ常時発動型スキルだから取ってみたんだが、結構便利だった」
「なるほどな。ということは、スーさんは俊敏に多くポイントを振り分けつつ、スキル一覧に『逃げ足』とかあったら取得したほうがいい、と」
「性能にもよるが、モンスターの前から離脱出来る確率が上がるなら確実に取得した方がいいな」
「後『ステルス』とか?」
「スーさん小さい割にはよく目立つからそれは無理じゃね?」
「あー、結構髪明るいからな~」
「なら設定する武器を防御力高めなのにして、それを強化する系スキル取ればいいんじゃないか?」
「委員長天才かよ! スーさん、防御系スキルとるの決定な!」
柏木君が与えてくれた情報はほんの一部で、おそらくこの手のことに疎ければ首を傾げるなり、もう一度聞き直すくらいのことはするだろう。
けれどどうだろうか。
目の前の彼らは議論を進めることはあっても止まることはない。見事なまでにサクサクと進んでいくのだ。
彼らはきっと僕よりもずっとこの手のことに詳しいのだろう。
悲しいような、悔しいような……。
けれどこの逞しさが彼らの個性の一つなのだと思うと、教師としてはなんだか嬉しくも思えてくるのだ。
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