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第8話:家庭教師を呼ぼう③

 イリティア登場関連は、この世界における魔法の概念もある程度同時に説明しているのでどうしても長くなりますね。

● ● イリティア視点 ● ●


「初めまして、アルトリウス・ウイン・バリアシオンです。アル、と呼んでください。これからよろしくお願いいたします」


 年齢の割に利発そうな顔立ちに、あまり癖のないブラウンの髪とやけに澄んだブラウンの瞳。

 イリティアにお辞儀をするアルトリウスという少年は、何の変哲もない6歳児にみえた。


 イリティアはこの仕事を引き受けるにあたって、色々と相当な覚悟を決めて来た。


 2年という限られた時間―――その中で《魔法》だけでなく、《剣術》も教えなければならない。

 

 子供の体という事で、なるべく無理をさせないように―――。

 しかしそれでも基礎からみっちりと――――。


 そんな入念な授業プランを頭を捻って考えた。

 わざわざ移動したり、通わせたりする時間すら勿体ないので、住み込みという形を自分から頼み込んだ。

 それほどイリティアは本気だった。


 アルトリウスというのは、話してみると確かにアピウスの言っていた通り、どこか大人びている優秀な少年だった。


 まるで大人と話しているかのような丁寧な敬語と物腰に、とてつもない理解力と推察力。

 ところどころ垣間見える他者への気遣い。

 わからないことはきちんと質問し、どんどん吸収していく学習意欲。


 ―――確かに、まさしく天才・・・・末恐ろしいですね。

 

 父親――アピウスが、親らしいことを何1つさせてもらえないと感じる気持ちもわかる。


 しかし、アルトリウスは、当初イリティアが予想していた、『人間離れした神童』とは少し違った少年だった。


 確かに優秀だし、6歳にしては大人びてはいるが、逆に言うとそれだけだ。


 むしろ彼は、よく見ると、とても人間臭い性格をしているように感じた。


 目の前で《水球(ウォーターボール)》を見せれば、目をキラキラとさせながら感嘆の声を漏らし、その小さな手を握れば、照れたように顔を赤くする。


 ―――あれは、少し可愛かったですね。


 照れながらも、平静を装って会話するアルトリウスは手を離すのが億劫になる程度には愛くるしかった。 

 

 他にも――針を見せれば苦い顔をし、刺せば痛みを我慢する様など、彼の所作のすべてに、人間臭さを感じたのだ。


 アピウスが、自分の子供の優秀さに驚きはしても、畏怖しないのは、そういう部分にあるのかもしれない。


 ともかく、そのようにしてイリティアの仕事は始まった。


 まず始めは、魔力の概念と、その認識について。

 基礎をきちんと知っておかないと後々大変なことになる。

  

 魔法を扱うには《魔力の認識》というのが何よりも必要であり、今回は《同期》によって無理やりアルトリウスの魔力を知覚させるつもりだった。


 もう1つの方法―――主に学校で行われている《瞑想》なんてものは、効果が表れるのに、早くても半年、遅ければ数年という膨大な時間がかかる上、そもそも効果が表れない場合もある。

 ただでさえ2年間という短期間の中で、自身の指導力以上の結果を出さなければならないのだ。こんな最初の一歩で時間を使っている場合ではない。

 そう判断してイリティアはアルトリウスに《同期》を使用した。


 ――――そして、すぐに後悔することになる。


 魔力を相手に流し込むには、血液を伝わせる手法が最も伝達効率がいい。《同期》という、繊細な魔力操作が必要な行為をする場合は特にだ。


 自分の傷口からアルトリウスの中へと、魔力がスムーズに流れていく。


 ここまでは順調だった。


 違和感があったのは、イリティアの魔力が、彼の心臓―――《魔力核》に触れた時だ。


「―――!?」


 イリティアは思わず目を見開いた。


 ――――大きい? しかも密度も高い―――?

  

 アルトリウスの体の奥底に眠っていた《魔力核》に、膨大な力を感じたのだ。


「あの、大丈夫ですか?」


 イリティアが固まっていると、アルトリウスが心配そうな表情をしながらこちらを見ていた。


「―――いえ、大丈夫です。続けます」


 再びイリティアは目を閉じた。


 ――――内包している魔力量が予想より多かっただけです・・・・・・。  


 魔法使いが保有する魔力量というのは、先天的に本人が持っていたものと、後天的に修行することによって徐々に増やしていったものがある。

 アルトリウスの場合、その先天的な量が人より多かっただけなのだろう。


 少し不安になりながらもそう判断し、イリティアは、アルトリウスの魔力を、《解放》した。 

 

 しかし。


「―――――――!?」


 魔力を解き放つと同時に、イリティアの魔力が弾けるように外へ押し出された。そのアルトリウスの魔力によって押し出された―――いや押し負けたともいえようか。


 そして―――。


「――――ああああああああ!!」


 少年の悲鳴が響いた。


「―――アル!?」


 ―――――魔力の逆流―――まさか暴走!? そんな、あり得ない!


 イリティアが逡巡している間に、アルトリウスは、悲鳴を上げながら地面に突っ伏し、悶えるようにのたうちまわる。


 ――――どうして? 魔力操作は完璧だったはず!


「アル! 大丈夫ですか!? しっかりしてください!」


 イリティアは混乱しながら地面に倒れるアルトリウスを抱きかかえる。


「――――う―――」


 数分間、大量の汗を掻きながら悶えていたアルトリウスだったが、急にこと切れたように気を失ってしまった。

 首筋に触れると、脈はある。最悪の事態にはなっていないようだ。


 ―――いや、むしろこれは―――安定している?


 どういうわけかは知らないが、眠っているアルトリウスの体を巡る魔力は、先ほどまでの勢いが嘘のように静かに巡回している。


 ―――やっぱり、《魔力神経》が、繋がっています。こんなことは聞いたことがありません。


 何度も術式を詠唱し、何度も、魔力を変換し修練の果てにしか身に着かない《魔力神経》―――。


 《魔力神経》がないと、効率的に魔法を使うことは出来ない。

 いくら術式を詠唱しても、魔力は発散し、自分の思っていた通りの事象が引き起こせるとは限らないのだ。《魔力神経》を物にするには、《同期》のように手っ取り早い方法はなく、時間をかけて魔力制御を体に慣らしていくしかない。


 自分の膝の上で眠る少年の顔をしげしげと見つめながら、イリティアは思った。

 汗も引いて、青ざめていた顔色も元に戻っているように見える。


 ―――しかし油断はできません。


 《同期》中に、魔力が逆流して《魔力神経》が繋がってしまうなんて事態、聞いたことがないのだ。

 彼が目覚めたとき、体の一部が動かないなんてことになったら大変だ。


 ―――知り合いの治癒魔法士に連絡を入れましょう。


 もしここれで彼の身に何かがあったら、それはイリティアの責任だ。


 それがイリティアのミスではなく、たとえ不測事態のせいだとしても、監督者としての責任がある。


 未来ある若者の人生を自分のせいで台無しにすることなんて出来ない。

 それに、彼にもしもの事があったら、彼の両親に合わせる顔もない。   


 ―――彼にも謝らなければなりません。


 イリティアは宝物でも抱くかのようにアルトリウスを抱き上げ、家の中に運んだ。




 ● ● ● ● 

 

 ベッドの上で眠っていたアルトリウスが目を覚ました。

 

「――おはようございます。アル、体の調子はどうですか?」


 声をかけるとアルトリウスは、きょとんとした顔でこちらを向く。


「おはようございます、イリティア先生。えっと、なんですか?」


 アルトリウスは寝ぼけているのか、あまり状況を理解できていないようだ。


「アルは、《同期》の最中に倒れてしまったのです。ここはアルの部屋ですね」


 イリティアが説明すると、アルトリウスは目を細めて周りを見渡す。自分の記憶と、現状を参照しているのかもしれない。


「―――そういえばそんな気がしますね。先生がベッドに運んでくれたんですか? ありがとうございます」


 周りを確認し、アルトリウスが言った。とことん気遣いができる察しの良さに驚嘆したが、それよりもまず確認するべきことがイリティアにはある。


「それよりも、体はどうですか? どこか動かないところがあったり、思いだせないことがあったり、普段と違うところはありませんか?」


 尋ねると、アルトリウスは不思議そうな顔をしながら、ベッドの上でもぞもぞと動き出した。動作の確認をしているのだろう。


「―――少し頭は痛いですが、それ以外は問題ないですね。寧ろ力が満ち溢れているというか―――」


 少し驚いたようにアルトリウスが言った。


「――――よかった」


 アルトリウスの言葉を聞いて、イリティアは思わず呟いた。正直ここまで、内心不安でいっぱいだったのだ。


 アルトリウスの体を巡る魔力の流れは目覚める前から安定しており、おそらく大丈夫だろうとは踏んでいたが、これで一応、安心できる。

 もちろん油断はできないが。

 

「あの、いったい何があったんでしょうか。《同期》はどうなりましたか?」


 イリティアが内心で安堵していると、アルトリウスが少し不安そうな顔をしながら聞いてきた。

 それはそうだろう、いきなりよくわからない儀式のようなことをやらされた挙句、気絶してしまったのだ。もしかしたら失敗したのかもしれないと思ったのかもしれない。


「今のアルの状態からみて、結果として《同期》は成功―――どころか《魔力神経》の取得という次のステップもまとめてクリアをしてしまったと思います」


 《魔力神経》―――。

 魔法の反復練習によって培われる、魔力を魔法に変換するホットライン。

 これがあるとないとでは、魔法にかける燃費の効率が断然違う。


「倒れてしまったのは、アルの《魔力核》から魔力を解放するとき、その魔力が勢いよく《逆流》してしまったからです」


 と言ってから、イリティアはアルトリウスが相変わらず不安な顔できょとんとしていることがに気づく。

 《魔力神経》も《魔力核》もアルトリウスにはまだ教えていない言葉なのだ。意味がわからなくても当然だろう。


「えっと、すみません。もっとかみ砕いて説明しますね。――――簡単に言えば―――アルの内包していた魔力が、体中に勢いよく流れ込み、特に《脳》に多大な負担をかけてしまったため、倒れてしまったようです」


 言葉を選んでそういうと、アルトリウスはどこか納得したように頷いた。

 なんとか伝わったようだ。


「なるほど。こういうのはよくあることなんですか?」


 不意にアルトリウスが尋ねた。当事者としては当たり前の質問だろう。


「――――それは」


 しかしイリティアにとっては痛い質問だ。 

 こういうの、とは、《同期》で魔力が逆流し、本人の脳まで到達するという現象の事だろう。

 

 そして、それはイリティアにとっては初めて見る現象だったのだ。


「私の知りうる限りは、初めての事だと思います。確かに《同期》は魔力を外側に引き出す行為ですが―――その魔力が勝手に逆流して脳まで到達し、結果的に《魔力神経》を形成することになるなんて―――正直私も驚いています」


 これは正直なイリティアの見解だ。確かに魔力が《脳》と《魔力核》を行き来することによって《魔力神経》は形成されていく。この点自体は、あり得ないとは言い切れない。しかし、その現象が、()()()()()()()というのが理論的に説明できないのだ。なにせ魔力に意思はないのだから。


「そうですか・・・」


 それを聞くとアルトリウスは少し考え込むように俯き、


「その、何故そんなことが起こったのか、原因とかってわかりませんか?」


 と質問をしてきた。


「正直なところ、よくわかりません。一応、仮説としては、アルの内包していた魔力量が通常の人よりも多かったので、それが関係している、ということが考えられますが、根拠としては弱いと考えています」


 イリティアはこれも正直に意見を述べた。正しいことを教えられないというのは教師として辛いところはあるが、なにせ前例がない事なのだ。


「そうですか」


 アルトリウスはそう言って、再びなにやら考え込んでしまった。

 難しそうな顔をしていても、子供は子供、指を顎に当てて思案している様はなんとも可愛らしく見える。


 ――――いや、それよりも。


 アルトリウスが案外元気そうだったので忘れていたが、イリティアには言わなければならないことがある。   


「―――アル、その――ごめんなさい」


 そう言ってイリティアは頭を下げた。


「―――へ?」


 アルトリウスはとぼけた声を出す。


「他の方法も取れたのに、早さを優先して―――アルを危険な目に合わせてしまいました。結果的には無事だったものの、一歩間違えばどうなっていたことやら―――。私は指導者失格です」

 

 ―――原因不明な魔力の暴走。


 それは一歩間違えば命を脅かすことにもつながる。不測の事態とはいえ、自分の生徒をそういう状態に合わせてしまったのはイリティアのせいだ。

 どんな文句を言われたとしても、仕方がない。


 しかし―――。


「―――頭を上げてください」

 

 アルトリウスの声が聞こえた。

  

「イリティア先生、別に僕は気にしていません。話を聞く限り、不測の事態だったのでしょう。先生が僕のことを真剣に考えてくれているのは分かりますし、別に今は体も何ともない―――寧ろ絶好調です。それに、先生が気にして落ち込んでいたら、これからの魔法の習得にも差し障るじゃないですか」  


 イリティアが顔を上げると、そこには少年の笑顔があった。


「アル・・・・」


「だから、明日からもよろしくお願いしますね。イリティア先生」


「―――――!!」


 ――――この少年は、どこまで――――っ!


「―――ちょっと! 先生!―――んぐ」


 イリティアは感極まったという感じで、思わずアルトリウスを自分の胸の中に手繰り寄せた。


 才能があるとか、優秀とか、大人っぽいとか、そんなことじゃない。

 アルトリウスという少年の根っこは、きっと誰よりも他者の事を思いやり、大事にできる。そんなところだろう。


 彼の両親が、彼に愛情を注ぐ気持ちが、今のイリティアにはよくわかった。


 胸の中で顔を真っ赤にしながら悶える少年を見ながら、イリティアは再び誓いを立てる。


 ―――1000万D(デナリウス)とか、自分の挑戦とかじゃないです。


 きっとそんなことをよりも重要なことが、この仕事にはある。


 真の意味でイリティア・インティライミがアルトリウスの師となったのは、この時だった。 


 



 難産でした。

 ようやく次回から本格的に学べます。

 読んでくださりありがとうございました。合掌。

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