表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/250

第73話:天剣の悩み

 少し短いです。



「よし、じゃあ今日から水燕流の稽古を始める」


 次の日の早朝。

 日が昇って間もない時間に、俺はシルヴァディに呼び出された。

 

 どうやら「間期」の間は、毎日早朝に剣の稽古をつけてくれることになったようだ。


 ちなみに、俺の部隊に関しては、まだどのように運用していくか煮詰まりきっていないのでとりあえず自主訓練を言いつけてある。

 一応考えていることもあるが・・・シンシアからの引継ぎもまだだしな。


 しかし、水燕流の稽古か・・・。


「一応、今は盾もありますが、甲剣流じゃなくていいんですか?」


 前に聞いた時は甲剣流は盾がないと本格的にできないという話だったが、ここは参謀府からすぐ近い広場であり、頻繁に兵士が訓練する場所でもある。

 今は早朝ということで誰もいないが、おそらく誰かが置いていったであろう盾も、いくつか置いてある。


「あー、甲剣流は・・・そうだな。じゃあ一応やっとくか」


「ええ・・・」


 何ともついで感のある言い方である。


「ひょっとして甲剣流は嫌いなんですか?」


 聞くと、シルヴァディは頭を掻いた。


「いや、そういうわけじゃないんだが・・・《受け流す》でなく、《守る》っていうのがどうにもな」


 シルヴァディは典型的な攻めのタイプの剣士だ。

 相手の攻撃を受けるのはともかく、最初から守勢に入りながら戦うということがあまり強いと思えないのだとか。


「そう考えてるのは俺だけじゃないはずだ。甲剣流はそこそこに強いやつはいるが・・・達人のレベルでメインに使っている奴は1人しか知らないしな」


 どうやら世界的メジャー剣術である甲剣流は、達人からは不評のようだ。

 併用する人間はいても、純粋に甲剣流のみの剣士で強い人は少ないらしい。

 ただ、甲剣流は、魔法使いでない場合でもコンスタントに結果が出てくる点が人気の秘訣なんだとか。


「とはいえ、まぁ使えるに越したことはない。教えはする。使うかどうかは自分で決めるんだな」


 最終的にシルヴァディはそう締めくくった。

 なんだかシルヴァディが水燕流を好きなだけな気もするけど・・・。



 水燕流で最初に学んだのは、『流閃』という技術だ。

 いや、技術というか、水燕流6つの奥義のうちの1つでもある。


 シルヴァディ曰く、最も基礎にして、最も奥深い、水燕流必須の技であるらしい。


「『流閃』は文字通り相手の剣を流す技だが・・・こいつをより極めた方が、水燕流剣士の強さの優劣を決するといってもいい。ほかの奥義が使えなかったとしても、『流閃』が誰よりも上手ければ、水燕流最強を名乗れる」


 『流閃』はシルヴァディがそう断言するレベルに、重要な技なようだ。

 

 その内実は、相手の剣に、添えるように自分の剣を置き、その剣閃を()()()というものだ。

 現象自体は簡単に説明されるが、その力の流れをうまく感じ取り、別の方向に流すというのは、正直途方もないほどの神業に思える。

 そもそも「相手の剣に反応できる」という前提が入るし、格上相手に悠長に使える技術でもない。


「まぁアルトリウスなら半年もあれば習得できるだろ」


 シルヴァディはそう言ったが、それが早いのか遅いのか俺には判断がつかないな。


「師匠はどれくらいかかったんですか?」


「んー『流閃』にどれだけかかったかは覚えてないが、奥義を6つ使えるようになるまでは1年くらいだったな」


 ・・・駄目だ。

 サンプルがシルヴァディだとあんまり参考にならない。


「普通はどれくらいかかるんでしょうか?」


「さぁな。向いていればすぐだが、向いていなければ一生使えない」


「・・・僕はどうでしょうかね」


「センスはある・・・頑張り次第だ」


 そうだな、シルヴァディの言う通りだ。

 剣術は努力。

 ひたすら黙って修練を重ねるべきなのだ。


 まず、何度か実際に『流閃』を実演して見せてもらう。

 その後何時間か、シルヴァディの打ち込みに『流閃』をかける、という作業を続けた。

 勿論シルヴァディは、俺が反応できるレベルの剣速にしてくれているが、成功はしない。

 いい感じかな? と思った場合も、流しているというよりは、弾いてるだけだ。

 

「剣だけでなく、全身を使え」


 シルヴァディはそう言った。

 

 剣の力だけではなく、全身―――つまりは重心の位置や、体運びなどのほうが重要なのだろう。

 まだまだ道のりは遠そうだ。


 その後、甲剣流についてのレクチャーを受けた。

 と言っても概ね盾の使い方講座みたいな感じだが。

 

 甲剣流は盾選びが割と重要であるらしい。

 神撃流の使い手である俺からすれば、どんな盾でも使えるようにすべきだと思うが、確かに小さい盾と大きい盾では、役割が全く違うからな・・・。

 多分俺の戦闘スタイル的には小さめの篭手のような盾がいいだろう。

 速さも害さず、身軽なものが好ましい。


 最後に、今まで培った全ての技術を使って全力でシルヴァディに挑みかかり、いつも通り打ち倒されて稽古は終了する。


 初稽古から2か月経った今でも、まだ彼に1撃も入れたことはない。

 シルヴァディとの実践稽古だと、相変わらず実力の伸びは実感しにくいが、習い始めた水燕流はともかく、神撃流と神速流の併用はなんとなく様になってきた気はする。

 


「そういえば、部隊の方はいいのか? もう昼だが」


 いつも通り俺が仰向けになって息も絶え絶えになっていると、シルヴァディが話しかけてきた。

 まぁ確かに本来の俺の仕事は部隊の訓練だ。


「いや、まだ運用の方向性を決めかねているので。引継ぎもまだですし・・・」


 俺は部隊の運用について決めかねている。

 ゼノンからは「なんでもできるようにしろ」とは言われるものの、いきなりは無理だ。

 なにしろ俺に軍隊の練兵の知識などない。

 こういうことはできるようになりたい、という目標はあるが、どうすればそれができるようになるかなんて知らないのだ。

 特に、俺の率いる隊は、通常の軍とは違う独立特務隊だ。

 しかも魔法使いオンリーの。

 前例がない隊を育てろと言われているのだから、方針選びに慎重になるのは悪いことではないはずだ。


 しかしそういえば・・・。


「・・・引継ぎといえば、シンシア―――娘さんに会いましたよ。全く、カルティアにいるなら最初に教えてくださいよ」


「――!」


 引き継ぎの相手がシンシアだったことを思い出したので言ったのだが、シンシアの名前にシルヴァディはバツが悪そうに眉をひそめた。


「どうしました?」


「・・・いや、その・・・元気だったか?」


 しかめっ面でシルヴァディが言った。

 別に変なことは言っていないはずだが・・・。


 ・・・しかし元気かどうか聞くとは、彼はまだカルティアに来てから娘に会っていないのだろうか。


「あー多分元気なんじゃないですかね? 残念ながら僕は嫌われているようですが」


 憎々し気に俺を睨む彼女の目を思い出しながら言った。

 まあ立ち合いをするくらいだから元気はあっただろう。

 俺が嫌われている理由は、まさかお風呂で全裸を見たからなんて言えないので、聞かれたらノーコメントだ。

 

 するとシルヴァディは少し寂しそうな表情をしながら顔を背けた。


「・・・それは・・・すまない」


「え?」

 

 なぜシルヴァディが謝るのだろう。


「シンシアにアルトリウスが嫌われているとしたら・・・それは俺の弟子だからだろう」


 ・・・そうなのだろうか。

 正直他に心当たりがあるから何とも言えない。


「師匠の弟子だと、嫌われるんでしょうか?」


「ああ。俺はシンシアに・・・嫌われているからな」


 シルヴァディはいつもと違い、どこかさみしそうな――悲痛そうな顔をしていた。


「師匠が?」


「・・・そうだな。お前には、話すべきだな」


 そして、シルヴァディは静かに話し出した。


 

● ● ● ●



 長く――そして辛い話だった。


 シルヴァディ・エルドランドという男が、どうして剣を志したのか。

 剣士にバカにされたなんて話は嘘眉唾だった。

 殺された妻の復讐のために、八傑天剣パストーレを倒すために剣を磨いていたのだ。

 そして、その修行に明け暮れるあまり、娘のシンシアを放っていた。

 だから、シンシアはシルヴァディを拒絶し―――今でもそれは変わらないという。


 愛する妻を殺された復讐のため、世界最高峰の強さに挑むなんて、想像できないことだ。

 きっと血の滲むような努力だったに違いない。

 そして、復讐を果たした彼を待っていたのは、そんな彼を拒絶する娘。

 悲劇にしてもここまでくれば、惨劇だ。 


「俺は復讐に駆られて、母親を亡くしたばかりの―――1番傍にいなきゃならなかったときに娘の傍にいなかったんだ」


 自嘲するようにシルヴァディは言う。


「だから、俺は憎まれて当然だし、父親として認められなくても当然だ。師なんてもってのほかだろう」


「そんなこと・・・」


 ・・・ない。

 そう言えるのは、俺が部外者だからだろう。

 俺からしたらシルヴァディはいい師であり、恩人でもあるが、きっと彼女―――シンシアからしたらまた違うのだろう。


「シンシアは、知っているんですか? 師匠が奥さんの仇を討つために家を空けていたことを」


「さあな。ゼノンあたりが言ってるかもしれねえが・・・どんな理由でも、娘をないがしろにしていい理由にはならねえよ」


 何とも普段の傲岸不遜な態度とは真逆に、情けない顔をしているシルヴァディに、どういった言葉をかければいいのか、俺にはわからなかった。


 シルヴァディは続ける。


「だから、もしもシンシアがお前のことを嫌っているなら・・・それは俺のせいだ。それこそ、あいつからは当てつけに見えているのかもしれない」


 当てつけ。

 「家族は放っておいたのに、こんな見ず知らずの人間の面倒はみるのか」と、そう思われているのかもしれない。


 無論、お風呂の件で怒っているのかもしれないし、隊長がやりたかったのかもしれないが・・・。

 

 ・・・こうなると昨日の立ち合いで勝ってしまったのは裏目に出たかもな。

 いや、まあやっちゃたのは戻せないけどさ。


「師匠は・・・シンシアと仲良くしたいと思っているんですよね?」


 俺がそう聞くと、シルヴァディは少し驚いた顔をして、


「・・・そうだな。せめて―――謝りたい、な」


 そう言った。


 そうだよな。

 娘に嫌われたままでいいなんて、そんな父親はいないよな。


 娘にしろ、ずっと実の父親を恨み続けるなんて・・・それは悲しすぎる。


 悲しい過去は変えられないが・・・過去のせいで未来まで悲しくする必要なんてない。


「わかりました」


「・・・なにがだ?」


「師匠と娘さんの関係が改善されるよう、僕も頑張ってみます」


「は? いや、そんなことをお前がする必要は―――」


「いいんです。僕は師匠にはお世話になりっぱなしですから、何かしらさせてください」


「アルトリウス・・・」


 俺はシルヴァディには貰いすぎている。

 命を救われ、色んなことを教えてもらったのだ。

 

 それに、打算とか恩とか関係なしに、シルヴァディは好きだ。


 普段、飄々としている世界最高峰の男が、こんな悲しく、情けない顔をしながら語らなきゃいけないことなんて、見過ごせるはずはない。


 俺もシンシアに嫌われたままは嫌だ。

 引き継ぎもあるし、今後一緒の部隊でやっていく事になるのだ。

 

 彼女の実力は、部隊の中では必須だろう。

 できれば副隊長を任せたいとも思っているし―――部隊の訓練内容より先に、シンシアだな。


 ・・・とりあえず、お風呂の件は謝ろう。


 こうして、新たな決意を胸に、俺の隊長生活が始まった。


 気づいている方もいるかもしれませんが、ここのところ筆のノリがやけに悪いです。

 話自体は毎日進めていくつもりですが、少し流れが悪いかもしれません・・・。


 読んで下さりありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ