第72話:責任の所在
状況を説明しよう。
ここは、俺が隊長を任されることになったとある部隊の駐屯地だ。
その部隊は128名の魔法使いで構成される独立特務部隊で、その隊長には将軍と同等の地位が与えられる。
司令官ラーゼンや、副司令官ゼノンも期待する新規の部隊だ。
聞いたところによると「秘密兵器」となる可能性も大きいみたいで、その隊長に抜擢されるのは非常に名誉なことである。
と、まぁそれはいいんだ。
問題は、その駐屯地で引継ぎを受けるべき相手が、少し前に風呂場で遭遇し全裸を見てしまった相手であり、かつ俺の師匠の娘で、その娘が現在俺の前でムスっとした顔をしているというところだろう。
「・・・ゼノン先生、この人が私たちの隊長になると言いましたか?」
金髪の美少女、シンシアは、相変わらず鷹のように鋭い目つきで俺を睨んでいる。
確かに、髪の色や目つきにシルヴァディの面影が感じられないこともない。
少し色黒のシルヴァディとは対照的に真っ白い肌だが、母親に似たのだろう。
―――てか今、ゼノン先生って言ったか?
色々と混乱して動揺する俺をしり目に、ゼノンが説明する。
「ああ。司令官命令でアルトリウスがこの隊の隊長になることになった。少々若いが・・・お前の父の弟子だ。実力も問題ない」
「―――っ! あの人・・・弟子をとったんですか」
「・・・そのようだな。私も驚いたがね」
俺がシルヴァディの弟子と知った瞬間、シンシアはどこか恨めしい目で俺を睨んだ気がする。
「・・・・・・」
俺は無言でその視線を受け止めながら、以前シルヴァディが、北方山脈を発つときに言っていた言葉を思い出す。
―――本当は娘を弟子にするつもりだった。
確かそう言っていた。
そして断られたとも。
俺はその当てつけだとも。
・・・俺自身は別に当てつけにされたからと言って、このシンシアという少女にわだかまりがあるわけではない。
それはシルヴァディと俺の問題であるし、俺は別に問題と思っていない。
当てつけでもなんでも、俺は彼の弟子で良かったと思うし、むしろシンシアがシルヴァディを断ってくれたから彼は俺を弟子にしたとも言える。
感謝こそすれ、恨む道理はない。
彼女の方からも・・・断ったのなら別に俺を恨む理由はないはずだ。
つまり・・・。
彼女が俺を睨んでいるのは、十中八九あの風呂場で裸を見てしまった件だろう。
・・・参ったな。
俺としても言い分はあるが、確かにいいものを拝ませてもらったという気持ちもある。ほんのちょっとだけ。
つまりは罪悪感がないこともないということだ。
俺も全裸を見られているが、男と女のそれは違うだろう。もしかしたら前世の価値観かもしれないが、とにかく俺はそう思う。
なので彼女がその件について謝罪をしろというなら、1回か2回の土下座くらいならする用意はあるが・・・。
俺がそんなことを考えていると、シンシアが口を開いた。
「・・・しかし先生、我々は既に私を隊長としてそれなりに訓練をしています。司令官閣下の命といえど、何もせずにそれを認めるというのは、私はともかく、他の隊員に示しがつかないかと」
どうやら俺が隊長になるのがご不満らしい。
「ふむ、確かに一理はあるが、かといってどうすればいい? 戦士としてはともかく、隊長としてお前が力不足であることは自覚しているだろう」
ゼノンは厳しめの口調だ。
「先生」と呼ばれるあたり、もしかしたらシンシアはゼノンの弟子なのかもしれない。
「――彼には指揮官としての資格があると?」
「ああ、なにせこの部隊はアルトリウスの書いた論文が発端となって作られた。その運用を彼がするのに問題があるとは思わないが」
「・・・しかし、指揮官としては前線に立って戦う戦闘力も重要でしょう。少なくとも隊員が納得するレベルには」
「それは否めないが、しかしシンシア、その点でも問題はないだろう」
ゼノンとシンシアの会話は俺を置いて進んでいる。
何やら話がまずい方向に向いている気がするのは俺だけだろうか。
「では、この場でそれを示してもらいましょう」
淡々とした声でシンシアが言った。
これまた嫌な予感のする言葉だ。
ゼノンも興味深そうに顎を手で掻いている。
「というと?」
そのゼノンの言葉に、シンシアは真っすぐ俺の方を向き返して言った。
「私と立ち合いをしてもらいます」
―――ほらやっぱり!
嫌な予感は再び的中した。
流石は親子そろって血の気が多いことで・・・。
「ふむ、アルトリウスがいいと言うなら構わんが」
「・・・どうでしょうか?」
シンシアはそう言いながら、俺のことを見つめている。
勿論殺意のこもった目だ。
「断るなよ?」と無言の圧力がかかっている気がする。
もしかしたら、立ち合いにかこつけて俺をボコボコにして全裸を見られた復讐でもするつもりかもしれない。
俺としては別に隊長じゃなくてもなんでもいいんだが・・・。
「・・・はぁ、わかりました。木剣をつかった模擬戦なら受けましょう」
視線に耐えかね、俺はそう言った。
● ● ● ●
というわけで、俺はさらにまずい状況に陥った。
俺が立つのは駐屯地の中でも、広場のように開けた空間。
10メートルほど前には、木剣を構えた金髪の少女―――シンシア・エルドランドだ。
木剣を片手で持ち、中段で構えてる。
盾を使わないあたり、甲剣流ではないだろう。
―――いや、多分神速流だな。
なんとなく構えの基礎に、神速流の型があるような気がした。
それに、装備も明らかに軽さと動きやすさを重視した薄手のものだ。
周りには、俺とシンシアからは距離を取って、囲むように俺たちを見つめる若者たち。
おそらくこの部隊の128名全員だ。
・・・どうしようか。
多分、彼女は強い。
具体的にはわからないが、なんとなくそう思う。
シンシアは仮とはいえこれまでこの隊の隊長を務めていたのだ。
しかも俺とそう大して変わらない年齢に見える少女が、だ。
この部隊がいくら若者が多いとはいえ、20代の者もいる。
そんな中で隊長を任されるというのは、実力があったからだろう。
俺はどうするべきだろうか。
別に俺は隊長の地位にこだわりはない。
命じられたから来ただけで、命令がなければなんなら今すぐ首都に帰ってチータの林檎パイが食べたいくらいだ。
だから、シンシアがそこまで隊長でいたいなら俺は負けてもいいのだ。
まぁ別の理由で挑まれた感じもするけど・・・。
「―――では、始め」
俺の迷いをよそに審判役のゼノンの声が響いた。
「―――ハアアっ!」
瞬間、シンシアの体が動く。
一直線。
直線コースで俺の首を取りに来ている。
カンっ!
木剣の音が響く。
中段からの居合を俺が剣で受けた音だ。
俺にとっては久しぶりに聞いた音ではある。
ここのところ木剣なんて握る機会はなかったからな。
俺が木剣を指定したのは、俺が斬られたくなかったというのもあるが、女の子を斬りたくもなかったからだ。
戦場で敵ならば躊躇などしないが、ここは戦場ではない。
そして俺にはシルヴァディほどの寸止めの技術はないのだ。
カンっ!
カンっ!
木剣の音が響く。
今のところは俺が防戦一方だ。
シンシアの怒涛の攻めが続いている。
―――速い。
素直にそう思う。
剣の速さ自体なら、多分俺よりも速い。
それに、どこか美しい剣筋だ。
彼女の見た目の麗しさも相まってか、シンシアが剣を振るたび、思わず目を奪われそうになる。
近くに彼女の体が迫るたびに、そのボディラインから連想される風呂場の光景が思い出されたからではない。
「―――考え事とは、余裕ですね!」
俺がぼんやりと剣を振っているように見えたのか、シンシアが言った。
少し怒りが読み取れる表情だ。
「別に、余裕ではないさ」
剣を受けながら、俺は答える。
もちろん余裕なんてない。
正直、彼女は強いのだ。
案の定神速流の使い手で、俺より速く、多分技術も高い。
端的に言ってカインより強い。
つまり俺より強い。
なんなら『浮雲』センリと同等のような気もする。
だが、対応できないような強さではない。
俺はこの2か月、毎日のようにシルヴァディの剣を見て、受けてきたのだ。
シルヴァディに比べればシンシアの速さも大したことはない。
―――それに、彼女の剣は、軽い。
カルティアへの道中で出会った山賊の下っ端のほうがよほど重い剣を振ってきた。
別に筋力の問題じゃない。
魔法で身体能力を上げているのだから、男女の筋力の差は関係がない。
ではなぜ軽いのか。
なんとなく、俺にはわかる。
彼女はまだ人を殺したことがないのだ。
多分新兵としてこの戦争に従軍して、これまで戦線に出ていないのだろう。
彼女以外も、きっとこの部隊の多くはそんな戦場を経験していない若者ばかりだ。
―――荷が重すぎるよ、ラーゼン司令官。
俺は思った。
そんな少年たちを、戦場に駆り出し、人を殺させる仕事をさせようなんて、残酷すぎる。
・・・だが。
これはある意味俺の責任か。
適当に書いた論文だったが、彼らがここにいるのは俺の論文があったからかもしれない。
もちろん論文がなくても、彼らが従軍するのは変わらないし、彼らは他の部隊で戦争に行っていたかもしれない。
それでも、今彼らがここにいるのは事実だ。
俺の論文によって集められた128の若者。
そんな彼らを、導き、育て、生きて返す責任が、俺にはあるのかもしれない。
「・・・そうか、そうだな。俺がやるべきことだな」
「――なんの話、ですか!」
シンシアの木剣が迫る。
俺は一瞬の加速でそれを躱す。
彼女には悪いが、隊長をやるべき理由が出来てしまった。
譲るわけには行かない。
「―――っ!?」
動きを変えた俺に、シンシアは一瞬驚きの表情をした。
「もう、動きは覚えた」
「・・・いったい何を――――――ッ」
俺は剣を振る。
ここにきて初めての攻勢だ。
シンシア程ではないが、加速をかけた渾身の動き。
カン!
剣が合わさる。
鍔迫り合いだ。
「・・・ようやくやる気になったみたいですね」
剣に力を入れながら、シンシアが言う。
確かに俺はここまで守るばかりだった。
彼女からしたら手を抜いているように見えたのかもしれない。
正直に言えば手を抜いていたわけではなく、真面目に彼女の強さに圧倒されていただけだ。
剣術は、彼女の方が上なのだ。
―――だが、強さとはそれだけではない。
俺が使うのは読み。
なるべくしないようにしている俺の技術の一つだ。
なぜなら、いくら読んでも勝てるのは精々自分より少し上の実力のものだけだからだ。
だが、逆に言えば、少し上の実力の人間になら、通用するということだ。
既にここまでの攻防で、彼女の剣は随分と見た。
読めるはずだ。
「でも、悪いですが私はあの人の弟子なんかに負けるわけにはいき―――!?」
俺は鍔迫り合いの中、わざと力を抜いた。
お互いが体勢を崩す中、先に立て直したほうが次の攻勢をかけれる。
先に剣を振るのはシンシアだ。当然彼女の方が速いのだ。
だが―――。
どう動くかわかっていれば、遅くてもなんとかなる。
「―――あなた・・・水燕流―――!?」
シンシアの剣の軌道に、既に俺はいない。
そして、まるでカウンターのように俺の剣はシンシアの進行方向に充てられている。
水燕流ではないが―――確かに形は水燕流の返しに似ているかもしれない。
やはり今度シルヴァディに水燕流も教えてもらおう。
「―――でも!」
シンシアは、強引に加速をかけ、剣を振りなおした。
彼女が俺よりも速いからできたことだろう。
俺の剣とシンシアの体との間に、シンシアの剣が滑り込む。
だが―――、
「――もう一手だ」
俺は神速流も使うが、使い慣れているのは神撃流だ。
つまり、剣を持っていないからと言って、左手を遊ばせておくはずがない。
形は手刀。
溜めておいた魔力は、俺の脳を伝って加速する。
「―――そこまで」
シンシアの首元に手刀が届こうというとき、ゼノンの声が響いた。
俺は瞬時に動きを停止する。
シンシアの剣は俺の剣を受けており、俺の手刀が、彼女の首筋へ打ち込まれる間近だ。
形としては一応俺の勝利ということでいいだろう。
「・・・・」
俺とシンシアは数秒そのまま止まっていた。
彼女の目は、憎々し気に俺のことを見ている気もする。
よほど隊長になりたかったのか、それとも風呂場のことを根に持っているのか・・・いや単に負けて悔しかっただけかもしれない。
俺が視線を逸らすと、シンシアは身を翻して剣を引いた。
「・・・・・・」
何か声をかけようかとも思ったが、流石に躊躇した。
うーん。今後同じ隊なわけだし、仲良くしたいんだけどな。
その後、「彼が隊長になることに意見がある者はいるか?」というゼノンの問いに、手を挙げる者は誰もいなかった。
「では、後はお前の好きにしろ。次の攻勢作戦は1月後だ。恐らく後詰の部隊として使うことになる」
「了解しました」
俺の敬礼に頷き、ゼノンは帰っていった。
―――しかし1か月か・・・。
振り返った先には、俺を見つめる128名の部下がいた。
いや、俺をのぞいたら127名か。
見るからに、戦場を知らないだろう若者たちが、興味深そうな顔、あるいは驚いた顔で俺のことを見ている。
俺と大して変わらないであろう者から、20代くらいの青年。女性の比率も思っていたより高い。
こんな彼らを、俺は1か月で鍛え、まとめ、戦場に差し向け、そして連れ帰らなければならない。
「ほんと、とんだブラック企業―――いや、軍人は公務員だからブラック国家か・・・」
そんなため息交じりの言葉は、空に消え、再び重くのしかかったプレッシャーのみが、俺の心に深く突き刺さった。
● ● ● ●
夜。
「それで、どうだったあの少年は?」
参謀府。
司令官室で、2人の男が会話をしていた。
勿論この司令官室で会話している2人の男など、決まっている。
ユピテル軍の最高司令官ラーゼンと、副司令官の片割れゼノンだ。
「・・・正直、驚異的ですね。剣技でシンシアと互角であるうえに、子供離れした洞察力をもっています。まるでご子息のようですね」
ゼノンが答えた。
少年―――アルトリウスが只者ではないということはわかっていたが、今日の出来事はゼノンにそれを確信させるに十分なことだった。
「ふむ、シルヴァディの娘と互角というのはどうなんだ? 強いのか?」
ラーゼンはこの世界において、卓越した「個の力」というものが無視できないほどのものだと知っている。
だが、実際のところ誰がどの程度の強さなのかは、彼自身がその強さというカテゴリにおいて最弱であるがゆえにわからない。
そのため、その部分に関しては、ゼノンを大いに頼ることにしているのだ。
「シンシアは弟子にしたわけではありませんが、それでも5年間私が剣を見てきたのです。まさか同年代にそれを超えるほどの剣を使う者がいるとは、少々信じがたいですね」
「超える? 互角ではなかったのか?」
「あの少年は、未だシルヴァディの弟子となって2か月と聞きます。半年もせぬうちにシンシアなど追い抜くことになるでしょう」
「ふむ」
ラーゼンとしては、いい話である。
なにせ労せずに戦力の強化をすることができたのだ。
わざわざラーゼンの元に彼を送ってくるとは、元老院も下策を行ったというべきだろう。
だが、かの少年が優れた資質を持っているだけに、ゼノンとしては少し忠告しておくこともある。
「・・・しかし、少し冷めた部分もあります。閣下の考えに賛同するかは、なんとも」
アルトリウスはおそらく、ラーゼンのやろうとしていることを察している。
国の現状も冷静に理解している節がある。
だが、話した感じ、彼からは、それをどこか他人事のように考えているように見えた。
愛国心のようなものはあまり感じられなかったのだ。
「・・・まぁ、初めからあの少年を御そうとは考えていないさ」
しかしラーゼンは元から賛同させる気はないとでもいうようにニヤリと笑う。
「そうなのですか? でしたら少々権力を与えすぎな気もしますが」
重用する腹心としては、ラーゼンの計画や考えに賛同する者の方が好ましい。
賛同しないような者も勿論いるが、そういった輩に権力を与えすぎるのは少々危険だ。
アルトリウスに与えた地位は、軍団司令官と同等―――つまりは将軍だ。
年齢にしては高すぎる地位だろう。
そんなゼノンの考えを、ラーゼンは一蹴する。
「問題ない。彼はオスカーの友だ。私の部下にはならないだろうが、私がオスカーの父である限り、敵にはならんさ」
ラーゼンは初めから、アルトリウスが自分の手に収まるような人間でないことは見抜いていた。
ただ、無欲で愛国心にも疎いあの少年が、友情のためならば軍人になり、危険な地域にも足を踏み入れ、命を懸けるという事実を、ラーゼンは冷静に分析したのだ。
息子の友人であるならば、ラーゼンがオスカーをないがしろにしない限り、アルトリウスは味方であると判断したということだろう。
「・・・なるほど」
そんな上司の考察に、ゼノンは思わず感嘆の意を込めながら頷く。
ゼノンも洞察力には優れた方ではあるが、やはりその分野はラーゼンの土俵だろう。
「しかし、お前の話が本当であるなら、もしかすると彼はこちらの切り札になり得るかもしれないな」
切り札。
元々、彼に与えた部隊自体が切り札のようなものだが、それとは別に、彼個人をして、それほどの評価であるならば切り札になり得るかもしれないと、ラーゼンは思ったのだ。
つまりは、シルヴァディやゼノンのような、戦略的意味も持つような「個」になる可能性があるということだ。
「確かに、シルヴァディがどう育てるかにもよりますが」
ゼノンは頷く。
確かに素質は感じた。
すぐには無理だろうが、5年あるいは10年経てば、彼はゼノン達の域に届く可能性も高い。
すると、ラーゼンは意外な提案をする。
「そうだな・・・。ゼノン、君もできることがあったら彼には目をかけてやってくれ」
目をかける。
そんな言葉に、ゼノンは少し渋い顔をする。
「・・・私は構いませんが・・・シルヴァディが何と言うか。ただでさえシンシアの件もありましたので」
要するに、ゼノンからもアルトリウスに師事をしてやれ、という意味であろうが、彼はシルヴァディの弟子である。
以前もシンシアを弟子にする件を巡ってシルヴァディが気落ちしたことがあった。
その時は、ゼノンが師匠ではなく、アドバイザーになるという苦肉の策で何とか収めることになったが、今回シルヴァディは既に彼を正式に弟子に取っていて、ゼノンから見ても恥ずかしいほどの愛情を注いでいるように見える。
奪うような形にはしたくない。
なにせゼノンとシルヴァディは同僚であり、認め合った友人なのだ。
ゼノンがそういうと、ラーゼンは少し迷いつつ、それでも食い下がる。
「ふむ、それもあるか・・・だが時間もないからな。できる範囲でいい。頼むよ」
「・・・わかりました」
時間がないということは、ラーゼンは5年10年経たずに、アルトリウスがこの域に来ることを望んでいるのだろう。あらゆる手は打っておきたいということだ。
もっとも、ゼノンが手を貸したところで、少年の成長が早くなるかなど、わかることではない。
結局強くなれるかは本人次第なのだから。
そんなことを知ってか知らずか、ラーゼンは少し物思いにふけるように窓を見ている。
夜は更け、既に星々が空に浮かんでいるようだ。
「・・・・」
暫くの沈黙のあと、ラーゼンが口を開いた。
「・・・ゼノン」
「はい」
「我々も歳をとったな」
「・・・そうですね」
ラーゼンはまだ壮年よりは少し手前だ。ゼノンもまだ中年の域を出ない。
だが、それでも、アルトリウスやシンシア、オスカーなどの若い世代の話をしていると、どうしても自分たちも歳をとったと感じる。
そしてそれと同時に、自分たちの業の深さを思い出すのだ。
なにせラーゼンの戦いは、元はと言えば、次の世代―――子供たちが暮らしやすい世界を作るために始めたことだ。
ユピテル共和国が滅んだ先、待っているのは救いのない、法と秩序のない荒廃した世界だろう。
ラーゼンの戦いは、そんな世界にしないため―——人々を救うために始めた戦いだ。
―――そのために子供たちの血を流させる。何とも皮肉な話だ。
だが、それ故に、止まるわけにはいかない。
既に流してしまった血のために、ラーゼンは世界を救わなければならない。
それが彼の背負った業なのだから。
読んで下さり、ありがとうございました。




