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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第七章 少年期・カルティア弟子入り編
63/250

第63話:天剣の弟子

 今章も何とか終えることができました。

 といっても、この作品は全ての章が繋がっているはずなので、あくまで作者の勝手な区切りですが・・・。

 

 例のごとく次章を多少書き溜めたいので、明日はお休みです。


● ● シルヴァディ視点 ● ●



 ここは執務室だ。

 『山脈の悪魔』の地下施設。

 そのなかでもっとも敵を通してはいけない、最奥の間。

 頭領、『北虎』のグズリーの執務室だ。

 そんな執務室には、その部屋の持ち主であるグズリーのほかに、1人だけ男がいた。


「・・・要求は3つ。ギレオンと鷲の身柄の譲渡。カルス大橋倒壊原因の調査。以前の要求の改定だ」

 

 そう発言したのは、真鍮製の黒い机のグズリーの正面、これまた黒いソファに座る、黄金のオールバックの男だ。


 天剣シルヴァディ。

 先ほどまで行われていた戦いの勝者である。


 戦闘を終え、敗北を認めたグズリーは、シルヴァディの要求を呑むことになった。


 その細やかな話をするために、グズリーとシルヴァディは会談をしている。

 

 先ほどまで殺し合いをしていた相手と、よくのんきに会談できるものだと思うかもしれないが、彼らからしたら普通である。

 お互い、何度か付き合いのある武人同士だ。

 頭領が敗北を認め、戦闘が終わった時点で、とりあえずこの件が終わるまで敵対することはない。

 上級貴族の政争とはわけが違うのだ。


 もっとも、部屋の外でセンリと2人きりになっている焦げ茶髪の少年は、内心ビクビクしているだろうが。


「・・・ギレオンはすぐにターシャが連れてくる。カルス大橋の調査はすでにしているが、人為的な魔法の結果であるという事以外は不明。前回の要求の改定は・・・条件次第だ」


 ため息を吐きながらグズリーが言った。


「そうか・・・橋は分からないか。いやいい。お前たちじゃないならな」


「・・・俺たちはむしろ、お前がやったと思っていたよ」


 グスリーからすれば、ギレオンがすぐさま逃亡することを避けるために、シルヴァディがカルス大橋を落としたと考えるのはおかしくはない。


 シルヴァディは肩を竦める。


「まさか、俺には無理だ」


「ほう、お前にも無理か・・・さっきの小僧にも無理か?」


「ああ、無理だろうな。そもそもあいつ、あの橋の倒壊に巻き込まれたせいで川に落ちて、『(さそり)』の縄張りで死にかけていたんだぜ?」


 シルヴァディは苦笑しながらいう。

 確かに、アルトリウスは、魔法士としては一流・・・どころかおそらくシルヴァディよりも上である可能性がある。

 使える魔法の種類も、威力も、発動スピードも一級品だ。

 先ほどの『氷上絶界(ブリザードグランツ)』にしろ、今のユピテル軍の首席魔法士顔負けの魔法だ。

 さらにアルトリウスは応用力も高い。

 シルヴァディが2年かけて建てれるようになった石造りの小屋を、たった1回見ただけで模倣されたときは、流石のシルヴァディも足の震えを隠すのが精いっぱいであった。


 逡巡をよそに、グズリーは意外そうな顔をしている。


「なんだ、拾いものか。弟子じゃなかったのか?」


「・・・あそこまで育てたのはイリティアだよ。まあ、あいつも手に余していたようだがな。俺が教えたのは1か月ほど前からだ」

 

「『銀の薔薇』―――そうか噂の首都(ヤヌス)の《神童》アルトリウスか。まさかこんなところで会うとは・・・とっくにカルティアだと思っていたが、なるほど川に落ちていたとは」


「・・・まあそれはいいだろ。先に、交渉だ」


 納得したように頷くグスリーを尻目に、シルヴァディが話し出す。


「ギレオンはこのまま連れていく。依頼金はそっちが持って行って構わねえ。なんなら鷲以外の所持品も全部な」


「ありがたく貰っておく」


「カルス大橋は・・・まあ何かわかったら教えてくれ。暫くはカルティアにいるから、『ミオヘン』まで伝令を飛ばしてくれればわかる」


「ふん、あまり期待はするなよ?」


「ああ」


 そして、シルヴァディは目を見開く。

 カルス大橋の調査なんてものはついでに過ぎない。

 次の要求も、ついでではあるが、それよりは重要だ。


「そして、前回の改定についてだが・・・まあわかってるだろ? 俺たち(ユピテル軍)の帰路の確保だ」


 聞いた瞬間、グスリーの顔が険しくなる。


「・・・それは、前回と違い、軍団の一部だけでなく、全軍の『案内』ということか?」


「ああ、最低でも半分だ」


 シルヴァディの言い分に、グスリーは数秒考え、


「・・・それなりの金の支払いがあれば、『依頼』として受理するが―――その後には関与せんぞ」


 と答えた。


「オーケー。それでいい」


 シルヴァディは満足そうに頷いた。

 確約は必要ない。

 シルヴァディにしても、今回のこの提案は、カルス大橋が使えないと知ってから、上司(ラーゼン)に確認を取らずして行った提案だ。


 とんとん拍子で交渉は終わった。


「・・・ったく。最初からこうしてればよかったのによ」


 少し緊張を解き、シルヴァディもため息交じりで話し出す。

 剣を合わせることもあったが、別にグズリーとは敵対しているわけではない。むしろ古い友人程度の付き合いはあるのだ。


「・・・ふん。小僧がいなければ立場は逆だっただろう。お前は高をくくっていたようだが、あの2人も成長しとる。我ら3人と同時に相手はできまい」

  

「・・・・」


 シルヴァディはバツが悪そうに押し黙る。


 ここに来る前、シルヴァディはアルトリウスに、「3人同時に相手にするのは厳しい」ことを肯定したが、当初の腹積もりとしては、「確かに厳しいが、最終的には3人相手にしても勝てる」つもりだった。


 だが、やはり若い人間の成長は早いものである。

 前回シルヴァディとゼノンにいいようにあしらわれて以来、ターシャとセンリも研鑽してきたのだ。

 実際、あのまま3人で相対を続ければシルヴァディが敗北していた可能性は高い。

 だからグズリーは、今回は勝てると踏んでギレオンの引き渡しを断り、メンツを守るために戦うことを選んだのだ。

 おまけに保険として大量の戦闘員を配置していた。


 まあ、シルヴァディの保険(アルトリウス)の方が優れていたゆえ、何とか勝ったのだが。


「・・・その小僧を舐めたせいで大量の部下を失ったお前には言われたくねえよ」


「・・・そうだな」


 沈黙の末のシルヴァディの言葉に、グスリーは神妙に頷いた。

 実際、数に任せて高をくくっていたのはグズリーも同じであるのだろう。

 アルトリウスが優れた魔法士である以上、180人であろうと、厳選した20人だろうと、大して結果は変わるまい。

 まさに無駄死にをさせてしまったと言える。

 これから先の『山脈の悪魔』は少し大変かもしれない。


 まあ、過ぎたことは仕方があるまい。

 彼らも戦士だったからには死ぬ覚悟はできていただろう。


 グズリーは顔を上げた。


「――しかし、お前が弟子とはな・・・娘はもういいのか?」


 グスリーにとっては、天剣シルヴァディはかたくなに弟子を取らなかった男だろう。

 いったい、どのような心境の変化があったのか、彼からしたら気になるところなのかもしれない。


 しかし『弟子』という言葉はシルヴァディの心に突き刺さる。


 シルヴァディは思う。

 果たして、本当に、自分はアルトリウスを弟子としてみていたのだろうか。

 動機は師として不純だ。

 娘への当てつけ。

 強敵との戦闘に使おうという打算。

 よく考えたら、シルヴァディは、あの少年が強くなる理由も知らない。


「・・・そうだな。ちゃんと話さないとな」


「なんだ? 娘とか?」


 怪訝な顔で尋ねるグズリーに対し、シルヴァディは再び肩を竦めながら答える。


「いや、それはもういいんだ」


「・・・ほう」


 ではいったい誰と話そうというのか、グズリーには分からなかったが、


「・・・さあ、要求は終わりだ。俺はもう行く。馬車を一台用意してもらっていいか?」


 シルヴァディは気にせず、もう話は終わりだとでも言うように立ち上がった。

  

「金はあるのか?」


「ギレオンの金、馬車何台分だ?」


「・・・了解した」


 グズリーは苦笑した。

 ギレオンの所持金は、ゆうに馬車10台分ほどはあるだろう。


 なんとも微妙な雰囲気で、会談は終わった。




● ● アルトリウス視点 ● ●



 現在、俺は非常にまずい状況に対面している。


 戦闘が終わったのはいい。

 俺がセンリと戦っている間に、いつの間にかシルヴァディが勝っていた。

 てっきり殺すのかと思っていたら、グズリーは生かして、要求を実行させるらしい。


 それはいい。

 それはいいのだが、その後が問題だ。

 

 シルヴァディががグスリーを連れて、『交渉』に行ってしまったのだ。

 俺を置いて。 


「まあ、もう戦闘は終わったし、大丈夫だろ」


 とか言って、彼は俺を敵陣のど真ん中に置いてどこかへ行ってしまった。


 その結果出来上がったのが、


 俺より実力のある魔剣士《浮雲》センリ。

 気絶から回復した《白蛇》ターシャ。

 そして、彼らの部下を大量に皆殺しにした俺。


 その3人が狭い地下道の扉の前で一同に会するという、超混沌空間だ。

 

「・・・・」


 無論会話はない。

 俺は壁にもたれ掛かりながら、なるべく彼らと目線を合わせないようにしていた。


 別に彼らの部下を殺したことに、後悔はない。

 結果として、一方的な虐殺になってしまったが、そんなことを言ったら、1人の人間を100人がかりで襲うのも充分虐殺だ。


 シルヴァディがグズリーを殺していないから、結果的に俺が殺人をしたという事実の後味が悪いだけで、俺自身としては、殺さなければ殺される状況だったと思っている。

 

 とはいえ、

 

 「人殺しがっ」


 最後の男―――20代半ばくらいの剣士の言葉は俺の頭に深く残った。


 ―――確かにな。


 彼の言う通りだ。

 俺の手は既に血に塗れている。

 ゲイツとゲイルに始まり、盗賊も何人も殺した。

 

 ・・・だがこんなことぐらいで揺らいではいけない。


 ユニの遺体の前で誓っただろう。

 殺されないために、殺させないために、俺はもう迷わないって。

 全部背負うって決めたんだ―――。

 

 言い聞かせるようにそんな事を考えていると、ふと、1人の気配が消えている事に気づいた。

 ターシャがいないのだ。

 どこに行ったのだろう。

 俺の監視なんてセンリ1人で十分ということだろうか。

 実際その通りだが。


「・・・ターシャはギレオンを捕縛しに行った」

  

 俺の疑問に答えたのは、扉を挟んで俺の反対側で腕を組んでいる男、センリだ。


「・・・そうですか」


 思わず敬語が出た。

 いや、年上だし、二つ名持ってる偉い人だし、仕方がない。

 戦闘中はタメ語だったけど、まあ雰囲気だ。

 

「お前は、天剣シルヴァディの弟子か?」


「・・・まあ、そうですね」


 意外にも、センリは会話を続けてきた。


 一応俺はシルヴァディの弟子だ。

 入門1か月だけど。


「そうか、俺はセンリ。《浮雲》と呼ばれている。お前は?」


「・・・アルトリウス・・・です」


 残念ながら俺にはそんなかっこいい二つ名も、わざわざそれを自己紹介に取り入れる勇気もない。


「・・・あれほど強力な魔法を使えるのに、二つ名はないのか?」


首都(ヤヌス)から出たばかりの箱入りなものでね」


 あえて言うなら、学校では、首都校始まって以来の《神童》とか、一部で言われてたらしいが、中身は大人なのでやめて欲しい。


「ふん、箱入りの割には、やけに戦闘に慣れていたな。多対一の心得もあったようだし、人を殺すのにも躊躇がない。それに・・・まさかお前のような子供に、俺の奥義が破られるとは思わなかった」


 怒っているのか、褒めているのかよく分からない口調でセンリは話す。

 俺は言葉を選びながら答えた。


「・・・ここ2か月くらいで何回か死にかけましたから。生き残るために必死でやってるだけですよ」


「なるほどな」


 そこで会話は途切れた。

 まあ特に話す必要もない。

 変なことを言って不興を買っても嫌だからな。


 この状況で急に斬りかかってくることはないだろうけど、次出会ったときに敵に回したくはない。


 黙ってやり過ごすのが最上―――と思ったのだが、再びセンリが話しかけてきた。


「・・・彼らの最後を聞いてもいいか?」 


「――――彼ら?」


「俺の・・・俺たちの部下の最後だ」


「ああ」


 彼の部下―――大人数で俺を襲ってきた奴らを、俺がどうやって殺したかということか。


「構いませんが・・・いいんですか?」


「頼む」


「では・・・」


 センリと目は合わさないまま、俺は淡々と話した。


 最初に範囲殲滅魔法を使ったため、大多数の死に際まではわからないこと。

 残った人間とは近接戦闘によって戦ったこと。

 1人1人、どのように斬ったかということ。

 包囲戦法はかなり効いたこと。

 最後の2人が手強かったこと。


 センリは黙って聞いていた。


「・・・それで、最後彼に言われましたよ、『人殺し』って・・・」


 何故か付け足すように、そう言ってしまった。

 言うつもりはなかったんだが、さっきまでそのことを思い出していたからだろうか。


「・・・そうか」


 センリは特に声色を変えなかった。


「・・・僕の事恨んでないんですか?」


「どうしてそんな事を聞く?」


「・・・・」


 どうして聞いたのだろう。

 わからない。

 ただ、俺は彼の部下を殺したのだ。

 恨まれてしかるべきだろう。

 それなのに、彼が俺に対して冷静に会話をするものだから、なぜか出てきてしまった質問かもしれない。 

 

 センリは沈黙する俺に投げかける。


「俺が貴様を恨んでいないと言ったところで、お前が殺した事実は変わらん。逆もしかりだ。その問いに意味はない。覚悟を持って殺したならば、わかるだろう?」


 ・・・俺は彼に、恨んでいないと言われたかったのだろうか。

 恨んでいないと言われることで、許されたつもりにでもなりたかったのだろうか。


 だが、彼の言う通り、恨んでいないと言われようと、恨んでいると言われようと、それは何の意味もない事だ。

 恨んでいないと言われて安心するような覚悟でも、恨んでいると言われて後悔するような覚悟でもない。

 全てを背負う覚悟をしたうえで、俺は剣を振ったのだ。

 

 そうだな。

 この質問に意味はなかった。

 多分、最後の男の「人殺し」という言葉が、思っていたよりも俺に堪えていたのだろう。


 俺は質問を変えた。


「では、どうして部下の最後を聞いたんですか?」


 センリがどんな顔をしているかは俺にはわからない。

 俺は壁を向いている。


 少しの沈黙の後、淡々とした声が聞こえた。


「・・・それが、あいつらの上司である俺の務めだからだ」


「務め?」


「・・・あいつらを殺したのはお前だが―――お前に挑むよう指示をしたのは俺と頭領だ。俺には―――その死を見届ける責任がある」


「・・・・」


「お前も、いつか人を率いればわかるだろう」


 それ以上は俺もセンリも何も話さなかった。


 

 まもなく、シルヴァディとグズリーが部屋から出てきた。


「終わったんですか?」


「ああ。ギレオンを連れて、カルティアへ行くぞ」


「・・・はい」

 

 俺たちは地上に出ることになった。



● ● ● ●

 


 外は夜が明けるところだった。

 一晩中地下にいたらしい。


「おいこら、これはいったいどういう事だ? ワシは貴族だぞ! しかもユピテルの大貴族だ! ワシにこんなまねしてタダで済むと・・・」


 地上に出てきた俺を待っていたのは、そんな如何にも噛ませ犬のようなことを言いながら腕を縛られる中年の豚―――じゃない。デブだった。


 そんな豚を見るなり、笑いながらシルヴァディが話しかける。


「よう、ギレオン・セルブ・ガルマーク卿」


 どうやらこの肥満体型のおっさんがギレオンのようだ。


「・・・お前は・・・シルヴァディ・エルドランドか? まさか・・・『(さそり)』はどうした?」


「さあな」


「おい! 《北虎》の! これはいったいどういうことだ! 金は払っただろう! さっさとこいつを殺せ!」


 豚は腕が縛られているので、足を必死にバタつかせながら叫び続けている。

 目線は俺の後ろにいるグズリーに当てられているようだ。


「・・・『山脈の悪魔』は既に『天剣』シルヴァディに敗北した。悪いがアンタを守ることはできない」


「なんだと?」


 目を見開くギレオンに、シルヴァディが畳みかける。


「・・・ガルマーク卿には、俺たちと一緒にカルティアへ来てもらう。話はプロスペクター卿にするんだな」


「―――なっ!?」


 ギレオンは青い顔をしながら言葉を失った。


 それだけ言って、シルヴァディは、ギレオンを視界から外した。

 既に盗んだ首謀者がギレオンという事は割れているし、これ以上特に話す必要もないのだろう。


 シルヴァディは後ろ――グズリーの方へ向く。


「こいつの従者は?」


「抵抗したので全員殺した。貴族はそいつだけだ」


 物騒な報告だ。

 ギレオン以外に、関わっている貴族はいなかったのだろうか。


 シルヴァディは短く頷く。


「そうか」


「ああ、鷲は既に馬車に運んである」


「お、手際がいいな」


「・・・地下には伝令用の専用魔道具もあるからな」


「そうか、そうだったな」


 淡々としたシルヴァディとグズリーのやり取りの後、俺たちは馬車へ向かった。


「・・・お前ら、こんなことしてタダで済むと思うなよ! すぐにダンス氏に連絡して報復を――――ン――――ッ! ン――――ッ!」


 途中、豚――ギレオンがうるさかったので、猿轡をされていた。

 


 馬車は、それほど遠くなく、地下の入り口から20分ほど歩いた位置にあった。


 二頭立ての頑丈そうな馬車だ。


 馬車に着くなり、シルヴァディはいそいそと中を確認する。


 俺も気になったので見てみたが、多少の食料と、旅の必需品が少し。

 そして・・・


「いやあ、お前を見つけるのに随分苦労したんだ」


 シルヴァディがニヤニヤと笑いながら、金の鷲の彫刻を手に取る。

 土鍋程度の大きさはある、精巧な『鷲』だ。


 あれを見つけるために、カルティアから、エメルド川、北方山脈、と渡り歩き、さらには山脈の悪魔とも事を構えることになったシルヴァディとしては、感無量の気持ちだろう。


「・・・よし、じゃあ行くか」


 暫く眺めた後、シルヴァディが言った。



 『山脈の悪魔』との挨拶は特になかった。


「じゃあ、帰路の件はよろしく頼むわ」


 シルヴァディがグズリーにそう言っただけで、他のメンバーが何かを言うこともなかった。


 ギレオンは馬車のすみっこに猿轡をしたまま放り込まれていた。

 大貴族の割に扱いは雑である。

 これだけ酷いということは、ラーゼンに面会させた後はどうせ始末するのだろう。


 俺は一応、馬車に乗る前に、『山脈の悪魔』の面々にペコリと礼をしておいた。


 口には出さなかったが、多くの部下を失わせて申し訳ないという気持ちを込めた礼だ。

 もちろん、俺は自分がやったことが間違っているとは思っていないが、申し訳ないと思うかどうかはまた別だ。


 意味が伝わったかはわからない。

 これも一種の自己満足だ。


 馬車はあっさり出発した。


 こうして、やけに長く感じた《鷲》強奪事件は幕を閉じた。



● ● ● ●



「やっとカルティアへ行けますね、師匠」


 俺は、馬車の御者席に座っている。

 隣ではシルヴァディが、馬の手綱を握っている。


 彼には奥で寝てろと言われていたのだが、揺れるし、ギレオンがいるしで落ち着かないので、前に来た。

 御者の操作も覚えてみたかったしね。


「・・・そうだな。骨の折れる仕事だった」


 シルヴァディはどこか遠くを見つめるように言った。

 本当に大変な仕事だっただろう。

 

「僕も、今回は自分の無力さを思い知りました」


 世界は広い。

 おそらく対策をしていなければ、俺はセンリ相手に10秒と持たなかった。


 きっとシルヴァディが言うように、彼よりも強い人間はゴロゴロいるのだろう。

 俺も、もっと強くならなければならない。

 それこそ、シルヴァディに命を助けてもらった恩を返せるくらいに。


「なので、師匠、これからもビシバシお願いしますね!」


 そう言って、横を見たのだが、シルヴァディはどこか変な顔をしている


「あー、いや、そ、そのことなんだけどな」


 シルヴァディはやけに言いづらそうにどもりながら言葉を続けた。


「――俺はもう、お前の師匠はできない」


「―――!?」


 ガツンと横っ面を殴られたような気がした。


 俺としては、彼とはうまくやっていけてるつもりだった。


 確かに至らない点は多々あったかもしれないが、それなりに彼の指示に従い、彼を敬い、全力でやってきた。

 

 俺の行動に、彼に嫌われるようなことはなかったはずだ。

 ということは・・・。


「・・・やはり僕に剣の才能がないからでしょうか?」


 もしかしたら、俺には才能がないのかもしれない。

 育てる価値がないなら、仕方がない。

 薄々剣はあまり向いていないと思っていた。


 しかしシルヴァディは、大仰に首を振った。


「いや、そんなことはない。坊主の飲み込みは相当にいい。すぐに第二段階を終えることになるだろう」


「では、何故?」


 元々、鷲を取り返すまでの期間限定の師弟のつもりだったのだろうか。

 そんなことを言っていた記憶はないが・・・。


 すると、シルヴァディは悲痛な表情をしながら口を開く。


「・・・俺に、坊主の師を名乗る資格がないからだ」


 そこからシルヴァディはぽつりぽつりと話始めた。


 本当は実の娘を弟子にしようとしていたこと。

 娘以外を弟子にするつもりはなかったこと。

 娘に断られ、その意趣返しとして丁度いい当てつけにしたこと。

 俺を拾った時点で、山脈の悪魔と戦闘になる可能性を考慮していたこと。

 そのときの保険として俺を育てることにしたこと。


「・・・坊主はちゃんと弟子をやっていたんだ。俺のいう事を欠片も疑わずに信じて、何も言わずに剣を振って、打ち据えられても起き上がって、師のピンチを助け―――」


 慟哭をするかのように、シルヴァディは続ける。


「なのに、俺は師匠じゃなかった。打算的に弟子にして、弟子なら連れて行かないような・・・死ぬ可能性のある場所に連れて行った。―――俺は師匠のはずなのに、なぜお前が強くなりたいかすらも聞かなかった」


 きっと、これは彼の本音なのだろう。

 彼は事実しか言わない。


「俺は坊主の師匠失格だ。カルティアに着いたらゼノンの奴に土下座して、お前の面倒を見てもらえるように頼んでやる。だから―――」


「師匠」


 俺はシルヴァディの言葉を遮る。

 元々、やけに都合よく弟子になれたことには、違和感を感じていた。

 打算。

 当てつけ。

 確かにそういう意図で、俺を弟子に取ったのかもしれない。


 でも俺は別に打算でも当てつけでも構わなかった。

 強者と言われる剣を見、強者と言われる人の技や、知識を教えて貰った。

 貰い過ぎているとすら思う。命も救われているのだ。


 だから俺は、彼に弟子入りを拒否されるなら、それも仕方がないと思う。


 でも、彼が俺を不純な気持ちで弟子に取ったことに苦悩してしまっているのなら、俺には言わねばならないことがある。


 俺は深く息を吸い、話を始めた。


「僕は、もっと平和に生きていくつもりでした」


「はあ?」


 怪訝な顔をするシルヴァディを無視し、俺は話し続ける。


「首都の綺麗で便利な環境で、友人や、家族と楽しく過ごしながら生きて、毎日仕事に通って、好きな人と結婚して、老後は魔道具でも作って、それで、子供や孫に囲まれながら、幸せに死んでいければいいなって、そう思っていました」


 そうだ。

 俺は戦場に出る気も、誰かを殺す気もなかった。

 

「でも、世界は平和じゃなかった。世界一の大国の首都でさえ、人攫いは起きるし、政争は絶えない。遂には友人が戦場に連れていかれました」


 この世界は平和じゃなかった。

 世界一治安のいいヤヌスですら、エトナは攫われたし俺も死にかけた。

 オスカーも政争に巻き込まれ、戦争に駆り出された。


「最初は、中途半端な気持ちでした。ふわふわと、何の覚悟もしないまま、友に頼られ、使命感だけで国を出ました。・・・でも、やっぱりそんな気持ちじゃ全然ダメで、師匠も知っての通りひどい目に遭いました」


 俺は力があった。

 強者と言われる人たちからは程遠いかもしれないけれど、オスカーに頼りにされるくらいの力はあった。

 でも、油断して、予想外の事態になんの対応もできないまま囚われた。

 決意もないまま殺し合いをした。

 そして、


「そして、1人の少女すら、僕は守れませんでした。僕が弱いくせに、覚悟も何もできなかったせいで、彼女は死にました」


 俺が弱いせいでユニは死んだ。

 躊躇したせいで守れなかった。

 

「誰かを守れなくて、後悔するのは嫌なんです。だから、僕は強くなります。魔法も剣も、体も、心も。そう決めたんです」


 そう、それが―――


「それが、僕が強くなりたい理由です」 


 たとえ人殺しと罵られようと。

 たとえ誰かに恨まれようと。

 俺はこの世界と向き合い、生きていく。

 そう決めたのだ。


「・・・それを話して・・・どうする気だよ・・・」


 悪態を吐くようにシルヴァディが言う。


「だから、師匠がいないと困るじゃないですか。また僕は誰かを守れずに、後悔してしまうかもしれません」


 そうだ。これは俺の都合だ。一種の打算的な弟子入りと言ってもいいだろう。

 打算なんて考えているのは、シルヴァディだけじゃない。

 どんな物事にもつきものだ。 


「だから、それは迅王に・・・」


「――確かに打算があったのかもしれません」


 俺はシルヴァディの言葉を再度遮る。


「娘さんのことは知りませんが、当てつけもあったのかもしれません」


 もしかしたら、シルヴァディの言うように、迅王ゼノンでも良いのかもしれない。


 でも―――、


「でも、僕は師匠に命を助けられました。師匠に神速流を教えて貰いました。師匠に馬の乗り方を教えて貰いました。他にも、集落での対価の払い方や、野盗の尋問の方法、知りたいことから知りたくないことまでいろいろなことを学びました」


 打算?

 当てつけ?

 そんなの関係ない。

 重要なのは俺がどう見て、どう感じたかだ。


「例え打算であっても、当てつけであっても、僕は師匠に感謝しています。師匠に学べてよかったと思っています。師匠に出会えて―――弟子にしてくれてよかったと思っています」


 俺は、自分で見たものを信じる主義だ。

 見たことない迅王なんかより、この1か月、ずっと見続けたこの男に、俺は学びたい。

 

「―――だから、もしも師匠が―――僕のことを見限ったのでないなら・・・僕をあなたの―――天剣シルヴァディの弟子でいさせてくれませんか?」


「俺でいいのか? だって、俺は・・・」


 シルヴァディはもはや前は見ていない。いつもの獰猛な笑みなど、どこかへ消えたさった、情けない顔をしている。

 彼にとっては、師匠というのは打算も当てつけもなく、ただその弟子のことを思い、一図に鍛え続ける者のことを言うのかもしれない。

 それができなかった自分自身を、シルヴァディは許せないのだ。


 だとしたら、彼を許せるのは俺だけだ。

 なら、許そうじゃないか。

 そもそも俺は結果としては彼に貰ってばかりなのだ。


 俺は口を開く。


「僕は貴方に学びたいんです。会ったこともない誰かではなく、共に過ごし、共に戦った、貴方の弟子がいいんです」


 そう締めくくった。


「―――!」


 シルヴァディは目を見開き、 


「・・・そう、か」


 そして考え込むように俯いた。


「・・・・・」


 数分、何かを思惑し――――そして突然ハッと気が付いたようにこちらを向いた。


「・・・そうか・・・お前も・・・」


 その言葉の意味は俺にはよくわからなかった。

 でも、シルヴァディはどこか憑き物がとれたような、そんな顔をしていた。


「・・・アルトリウス」


 シルヴァディが言った。

 よく考えると、初めて彼に名前を呼ばれたような気がする。


「はい」


「俺は、師としては未熟だ。いや、師匠どころか、人間としても未熟だ。偉そうなことを言っても、弟子を取ったことはないし、実の娘にもフラれるような男だ。剣技は特に感覚派だし、うまく教えられるかはわからない」


「・・・はい」


 そんなことはないと思うが・・・話の流れを切らないように相槌を打つ。


「だからこそ、お前を教えるには俺は相応しくないと思った。弟子っていうのは打算や当てつけで取るものではないんだ」


「・・・はい」


「だが、それでも、それを踏まえても、俺の―――シルヴァディ・エルドランドの、弟子でありたいと、そう言ってくれるのか?」


 震えた声だった。

 

 俺の答えは決まっている。

 

「はい。僕を――貴方の弟子にしてください」


 静かにそう答えた。


「そうか・・・分かった」


 噛み締めるようにシルヴァディは言葉を受け取る。

 そして、


「―――アルトリウス、お前を、俺の弟子にしてやる」


 いつかと同じセリフが、全く違う声色で聞こえてきた。

 とても柔らかく、優しい、そんな声だった。


「・・・よろしくお願いします」


 俺は小さく礼をした。

 シルヴァディはもう前を向いていた。


 

 別にそれから、何かが変わったという事はない。

 俺もシルヴァディも昨日までと接し方は変わらない。

 軽口を叩き合いながら野営地を探し、ヒイヒイ言いながら剣を鍛え、(シルヴァディだけだが)歓喜しながら襲ってくる盗賊を倒す。


 シルヴァディに、未だ何か打算や当てつけがあるのかは俺には分からない。 

 でも、その日、あの馬車の上の問答で、俺はようやく彼にとって真の意味での弟子となれたような、そんな気がした。



 今章は、天剣シルヴァディという男の導入と、彼がアルトリウスを通して、改めて自分を見つめ直し、アルトリウスを真の弟子として育てきることを決めるお話です。


 ようやく出てきたギレオンの扱いは雑ですが、彼自身は噛ませなのであまり掘り下げないと思います。

 まだ残っている謎についてはそのうち他の人が教えてくれるでしょう。


 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。

 


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