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第6話:家庭教師を呼ぼう①

 魔力とか抽象的な現象の根拠とか描写は本当に難しいです。




「初めまして、本日よりお世話になります『イリティア・インティライミ』です」


 そう言って俺の前に現れたのは銀髪長身の美女であった。


 魔法使いというにはばからない黒いローブを羽織い、ローブの中にはその髪の色と同じ銀色の鎧を着込んでいた。


 なんというか、魔法使いというよりは、魔法騎士?って感じだ。


「どうも、招致に応じてくださってありがとうございます。改めましてアピウス・ウイン・バリアシオンです。これから息子をよろしくお願いいたします」


 アピウスが挨拶をしたので俺も慌てて続くことにする。


「初めまして、アルトリウス・ウイン・バリアシオンです。アル、と呼んでください。これからよろしくお願いいたします」


 そして深々と頭を下げた。


「なるほど、随分と礼儀を弁えたお子さんですね。とても優秀だと聞いています。こちらこそよろしく」


 銀髪の美女イリティア・インティライミ、もといイリティア先生はこの日からバリアシオン家住み込みの家庭教師となった。



● ● ● ●



「魔法とは、自身の魔力を元に発動させる現象です」


 家族の自己紹介もそこそこに、ローブを着た銀髪の美女、イリティアは俺に向けて魔法の講義を始めた。


 場所はバリアシオン邸の庭で、今は木製の椅子に向かい合ってイリティアの話を聞いている。


「魔法はイメージがとても重要です。例えば、水球(ウォーターボール)という魔法があります」


 そういうとイリティアは右手から小さな水の玉を出した。


「おお―――」


 初めて見る魔法に、俺は思わず感嘆の声を漏らす。やはり現代になかったものを見ると興奮を隠せない。


「この魔法は水の玉を作りだす魔法ですが、正確にいうと水の玉を作り出しているわけではなく、自分の魔力を水の玉に変換しているのです」


 なるほど、錬金術のイメージに近いな。


「魔法を使う上でもっとも難しいのは、この変換のイメージであると言えます」


 ううむ、例え魔力があってもイメージ力がないと上手く魔力を変換できないということか。


「でも先生、僕はまず、存在する魔力、というのが実感できません」


 魔法の理論は理解できたが、正直魔力という概念が飛躍し過ぎてて、変換のイメージどころではない。

 なにせ俺はバリバリ科学が発達した世界で生きてきたからな。

 エネルギーの源といえば、石油や石炭の印象が強い。 


「そうですね。いい指摘です。まずは自分の魔力を確認することが必要になります。右手を前に出してもらってもいいですか?」


 俺は言われるがままに右手を先生の前に出した。


 するとイリティアは突き出した俺の右手を自分の左手で握った。


 いきなり美人な女性に、手を握られたので少し気恥ずかしかったが、すぐになんとも感慨深い気持ちになった。

 イリティアの手は、女性らしく細い反面、豆が潰れたあとや、小さな擦り傷のあとなどがあり、彼女がこれまで簡単ではない人生を歩んできたであろうことが伺えるのだ。 

 

 みたところまだ20代半ば程度にしか見えないのに、どこかそれよりも大人びてみえるのは、そういう事情があるのかもしれない。

 ・・・決して老けているという意味じゃない。


「今からアルの中にある魔力を多少強引に外側に引き出します」

 

 魔力を引き出す、とは。


「それは、どのような意味があるのでしょうか?」


 俺が尋ねると、イリティアは俺の手を握ったまま答える。


「魔力というのは、肉体の最も中心――心臓に内包されています。人によって保有する量は様々ですが、これは意識してこちらからアクションを起こさないと、一生、体の外側に出すことができません。ここまではわかりますか?」 


「はい」


 どうやら俺が子供であるという事を鑑みて、なるべく確認しながら説明してくれるようだ。


「アルの場合は―――というか魔法を扱えないほとんどの人が、この《意識する》ということができずに、魔法の習得を挫折します」


 つまりは、誰しもが魔力を持っているが、その存在を認識・意識することができないから、魔法を使えないということだ。


「そこで、私が今から強制的にアルの魔力を外側に引き出すのです。そうすれば、魔力という内包された存在を《認識》することができるでしょう」 


 なるほど。自分で出せないなら、誰かに出してもらえばいいという事か。

 理屈がわかるが、しかし―――。


「そんなことができるなら、なぜ魔法を使える人が少ないのでしょうか」


 そう、魔力の認識が、魔法を使うための第1条件であり、それを解決する方法があるならば、今頃この世界は魔法使いだらけだ。しかし、見たところ父も母も使用人たちも、魔法を使っているようには見えない。


 俺がそういうと、イリティアは少し驚きながら答えた。


「―――そうですね。まず、この方法―――《同期》という一種の技術は、非常に難しい魔力操作を必要とするため、使える魔法使いが限られています。その上、方法が少し特殊――生々しいので、きちんと個別で面倒をみる近しい弟子にしか使ってはならないというのが、魔法使いたちの間では一般的です。それに―――いえ、とにかく、あまり大々的に使っていい手法ではないということですね」


 なにやら言いかけたイリティアだったが―――どうやら魔法使いというのは、思ったよりも複雑なルールや常識がありそうだ。

 

 しかし、そんな高等なテクニックを使えるということは、イリティアは優秀な魔法使いということなのだろうか。

 そしてそんな優秀な魔法使いを家庭教師に雇うには莫大な金がかかるのだが―――。

 父よ、俺としては嬉しい事なのだが、家計は大丈夫なのか? 少々心配だ。


「――わかりました。でも、イリティア先生は僕にその――《同期》?というものを使っても大丈夫なのですか?」


 我が家の将来の不安を飲み込みつつ、尋ねた。確かに俺は生徒だが、近しい関係かと言われれば、ぶっちゃけ今日の朝会ったばかりの他人だ。


「私はアルの家庭教師で、アルは私の生徒です。もうご両親と契約もしましたし、少なくとも2年間、途中で投げ出すようなことはしません。問題は無いでしょう。他の方法もないことはないですが、時間がかかりすぎるので・・・・」


 ああ、なるほど。教える側としても時間をかけるのは面倒くさいのかもしれない。

 まあ、それならいいか。

 俺もとにかく早く魔法が使ってみたいしな。


「じゃあお願いします」


 頼むと、イリティアはこくりと頷いた。


 ちなみにここまでずっとイリティアは俺の右手を握りっぱなしだった。手汗がやばい。もちろん俺の。

 いや、途中で質問した俺も悪いけどね。


「――では始めます。少しチクッとしますが、我慢して下さい。目を閉じておいた方がいいかもしれません」


 ん? チクっと? 確かに生々しいとか言ってたけど―――。


 俺が身構えていると、イリティアはどこからか《針》を取り出した。


 ―――針?

 

 いやいやイリティア先生。いったいそんなものを持ち出して何をするつもりなんだい? 

 子供の前で針なんて、俺の前世では見ただけで泣き出す子もいるくらいだよ?


「あの、イリティア先生、それで何をするつもりですか?」

 

 少し、顔を引きつらせながら尋ねると、イリティアは申し訳なさそうな顔で言った。


「アルの親指の腹に突き刺します」


 いや、なんのために!?


「勿論、そんな深くは差しません。少し血が出る程度でいいんです」


 ううむ、血かなにかが必要なのか。

 まあそれならば仕方ないが・・・。 


「あの・・・・自分でやってもいいですか?」


「構いませんが・・・できますか?」


「はい、それくらいなら」


 他人に針を刺されるなんて、流石に怖すぎる。いや、イリティアを信用していないわけではないんだけど、現代人としてはちょっと聞いたことがない文化だから、心の準備がね。


 自信満々に答えると、イリティアは頷いて俺の右手を離した。

 まさか針を刺すとき逃がさないために、ずっと手を握っていたわけじゃないよな・・・? 


 意外とこの人はしたたかなんじゃないかと思いながら、俺は針を受け取り、意を決して自分の右手親指に突き立てる。  


 チクッ。


 もちろん痛い。しかしまあ別に俺自身中身は大人であるし、注射の経験どころか手術をうけたことだってある。流石に針で親指が刺されたくらいでは泣きわめいたりもしない。


 親指からは、傷口から赤い血液がチロチロと出てきた。この世界で血を見るのは初めてだが、ちゃんと赤い血が流れていたみたいだ。


「これでいいですか?」


 親指を見せながら針を返す。 


 イリティアは神妙な顔をしていたが、


「・・・・はい。十分です。アルは我慢強い子なのですね」


 といって針を受け取り、それをそのまま自分の右の親指に躊躇なく差した。 

 

 イリティアは自身の親指からも血が流れている事を確認し、そっと俺の右手を取り、自分の右手の手の平とぴったりと合わせる様に重ねた。 

 

 お互いの親指の傷口同士が触れ合い、血が混ざり合う――。


 なるほど、生々しいとはこういう意味だったのだろう。


 わざわざ傷口同士を接触させるなど、確かに不特定多数とやりたい行為ではない。

 

「―――《同期》を始めます。大丈夫、リラックスして下さいね」


 イリティアが優しく言った。


「はい――」


 返事はしたが、緊張はしている。

 

 正面のイリティアの目が閉じられた。 


 すると――。

 徐々に――イリティアの親指から俺の親指に――何かこそばゆい感覚のようなものが流れ込んできた。


 不思議な感覚は親指から腕へ、腕から肩へ、肩から胴へと、少しずつ浸透していき―――そして、それが体の中心――心臓まで到達したとき―――。


「――――!?」


 イリティアの体が震えた。


 イリティアはパッと目を見開き、俺の顔をまじまじと覗き込む。

 何か問題でも起きたのだろうか?


「あの、大丈夫ですか?」


「―――いえ、大丈夫です。続けます」


 額に多少汗を浮かばせながら、イリティアは再び目を閉じた。

 

 大丈夫ならいいんだけど・・・。


 習うように俺も目を閉じる。


 再び俺の中心に到達した不思議なこそばゆい感覚は、まるで優しく抱きしめるかのように俺の中全体を包み込み――――そして、《何か》を解き放った。


「―――――――う―――」


 思わず声が出た。

 

 それは《力の奔流》だった。

 俺の胸に、静かに眠っていた《力》は、解き放たれると同時に、《逆流》を開始した。


 ―――これが魔力?


 波のようなその奔流は、全身の血液を溢れる様に巡っていく。気持ちいいような、くすぐったいような、なんとも言えない感覚だ。


 体内のありとあらゆるところに巡っていく波は、その勢いを強めていく。

 首を―――頬を―――目を――満たすように伝ってたどり着いた先は頭部。


 そして、《脳》に波が押し寄せた瞬間―――――。


「――――あああああああああ!!」


 ―――痛みが走った。


 《脳》に負荷をかけるような鋭い―――つんざくような痛みだ。

 まるで俺の《脳》に、力の一端を刻み付けられているような、そんな感覚。


「―――アル!?」


 イリティアの声が聞こえる。


 しかし、神経を焼き切るようなあまりにも強大な負荷が、俺の思考を遮る。


 あまりの痛みに、地面をのたうち周り、頭を掻きむしる。 


「―――――――!!―――!?」


 なんとか目を見開くと、イリティアが必死に俺の体を支え、何かを言っている。内容は聞き取れない。

 

 体が酷く熱い。まるでこの世界で生まれたばかりのときのようだ。


 ガンガンと頭に響く痛みも治まらない。


 ―――ダメだ。意識が――。





 今回と次回はもともとはひとつだったのですが、長かったので分割しました。


 お読みくださりありがとうございました。合掌。

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