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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第六章 少年期・カルティア遭難編
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第56話:断ち切る迷い

 第六章はここまでとなります。

 自分の表現力のなさを本当に思い知った章でした。

 次章のプロットは一応できておりますが、ある程度書き溜めをしておきたいので、明日の更新はお休みです。



 ● ● ゲイツ視点 ● ●


「はっはっはっは! おい兄貴、こいつまだやる気らしいぜ、いっちょ前に立ち上がってよお!」


 弟のゲイルがすごい形相で高笑いをしている。


 目の前には守っていた少女を殺され、項垂れ、戦意を喪失した若いユピテル人の少年。


 この少年の甘ったれ具合に確かに笑いがこみ上げるのはわかるが・・・。


 ―――全く、弟はすぐに余裕ぶっこいて油断しやがるからな。


 ゲイツはそう思い、静かに弟を制止する。


「おい、遊ぶのもいい加減にしろ。こいつは危険だ。今のうちに始末するぞ」


 ――そう、こいつは危険だ。


 戦闘民族ベルガン族の本能がそう告げている。


 いくら油断していたとはいえ、いくら隙をついたといえ、自分たち戦闘民族を含む十名近くに囲まれながら逃亡劇を演じ、足手纏いの少女を抱えた状態でこんな遠くまで逃げおおせた。


 いくら衰弱していたとはいえ、『魔封じの枷』を早々に外したのは早計だっただろう。

 貴重品をなるべく早く回収したい気持ちがはやってしまったのだ。

 

 ――お陰で『蠍』の旦那にこっぴどく怒られちまったぜ。


 『蠍』の《追跡魔法》で、奴らの動きが止まったことが分かったので、身体能力の高いゲイルとゲイツが先行することを命じられた。


「捕獲はいい。絶対に殺してこい。金は出す」


 『蠍』は怖い顔をしながら、兄弟に命令をした。

 少年の逃亡の一部始終を見たうえで、そう判断したようだ。 

  

 ゲイツにはその理由まではわからなかったが、殺しならば捕獲よりは楽だと考え、承諾した。


 しかし―――、この少年は想像以上のバケモノだった。


 長らく投獄され、衰弱し、魔力もほとんど残っておらず、しかも丸腰のはずなのに、兄弟を相手に互角に渡り合った。

 ゲイツなどは一度殺されかかっている。


 ―――こいつは何かがおかしい。


 捕まえたときからおかしいとは思っていた。

 念のため滅多に出さない『魔封じの枷』をしていなければ、こいつはとうの昔に逃げおおせていたに違いない。

 この年齢で、魔法など末恐ろしいが、それ以上に恐ろしいのは、魔法だけでなく、近接戦闘に優れている点だ。


 ―――神撃流。

 

 何度も戦ったこともある、四大流派の1つだ。

 こいつの厄介な点は、剣がなくとも戦え、どんな状況にも対応し、最後まで絶対にあきらめない点だ。

 少年はまるでそれを体現していた。

 おまけに、身体強化と加速で、縦横無尽に動き回りやがる。どう考えても訓練された動きだ。

 

 だからこそ、この少年が殺しを躊躇ったことに対しては、拍子抜けをしてしまった。

 

 ―――なんだ、いくら力があっても、結局はただのガキか。


 安堵というよりは、失望も含まれた感情だった。

 覚悟の決まっていない人間など、いくら戦闘力が高かろうと戦士ではないのだ。


「はっはっは、兄貴、トドメは俺にやらせてくれよ! こいつ、散々俺をバカにしやがって・・・ぜってぇ許さねえ!」


 ゲイルが二ヘラ笑いをしながらゲイツの方を向く。


 弟は力は強いのにすぐ相手を見た目で判断して油断する傾向がある。

 先ほども、素手の奴相手に剣を奪われ―――。


 そこで、ゲイツは、弟の手に剣が握られていないことに気づいた。


「・・・おい、ゲイル。剣はどうした?」


「剣? 剣ならその辺に・・・」


 (ゲイル)は首を振るも、周囲に剣は落ちていない。


「おい、じゃあ剣はまだガキが―――」

 

 そこまで言ってゲイツは言葉をなくした。


 先ほどまで戦意をなくしていた―――木にもたれかかり、死にかけていた少年が――。


「―――消えたっ!?」


 いないのだ。

 一瞬目を離しただけだ。

 それなのに、忽然とその場から、音もなく消えたのだ。


「おい、ゲイル! 奴は!?」


「奴?―――あれ?」


「――ちっ!!」


 間抜けな声を出す弟はあてにならない。


 すぐに首を捻り、周囲を確認するとーー。


 ――――殺気っ!?


 ゲイツの真後ろから、悪寒のような殺気を感じた。

 ゲイツは慌てて振り返る。  


「――――っ!?」


 いた。

 少年だ。


 整然と()()()()()()()()()姿()だ。

 いつの間に剣を回収していたのだろうか。


「・・・後ろだっ!!」


 ゲイツが叫ぶと、流石のゲイルもすぐさま反応する。


「てめえ・・・いつの間にっ!!」


 基本的に兄弟の戦術ではゲイルが前衛でゲイツが後衛。

 弟のゲイルが自慢のパワーで鍔迫り合いをしている間に、ゲイツがトドメを刺すのが必勝パターンだ。


 だが、今弟は剣を持っていない。


「ちぃっ!! 俺が出る! てめえはカバーしろ!」


 ゲイツは前に出た。

 剣を持たない弟では前衛をこなせまい。


 しかし―――。


「―――遅い」


「―――なっ、いつの間に!?」


 少年の体がゲイツの目の前にあった。

 動きが自然すぎて見えなかった。


「っなめるなよ、ガキが!!」


 構わずゲイツは剣を振る。

  

 キンッ!


 まるで読んでいたかのように、そこには少年の剣が置かれていた。


 剣に反射した月明かりが、少年の顔を照らす。


「―――っ!? お前・・・!?」


 ―――なんて顔してやがる。

 

 そんな言葉を、ゲイツは呑み込んだ。


 その少年の顔は、先ほどまでと打って変わった、別人の顔だった。

 恐ろしく、冷徹で、しかしどこか儚げな―――そんな顔だった。


 いったい何が、この短時間で彼をここまで変えさせたのか。


 そして、


 ―――殺気。


「―――っこいつ」


 おぞましいほどの殺気が、少年から放たれていた。


 キンッ!


 甲高い音を立てて少年の剣がゲイツの剣を弾く。

 ゲイツが殺気に気圧されたのだ。


 最低限の振りかぶりで、少年の返す刃がゲイツの肩口を狙う。


 ―――殺気のこもった一撃・・・!


「なめるなよおおお!!」


 ゲイツの方が動きは速い。

 少年は既に魔力が尽き、身体能力を強化していないのだ。

 

 しかし、ゲイツの防御をあざ笑うかのように、少年は剣を()()()


 ―――フェイントだと!?


「っ!!」

 

 動きの自然さと、悍ましい殺気のせいで、完全にゲイツは釣られていた。

 

 ――まずいっ!


「この、ちょこまかとぁ! 坊ちゃんがよぉーーー!!」


 間一髪で、怒声と共に、少年の後ろから弟が突っ込んできた。

 (ゲイル)のカバーだ。


 ゲイルから放たれるのは、彼が得意とする中段の回し蹴り。

 ゆうに人を吹き飛ばす威力を持っている。


 だが――。


 バシンッ!


 「なっ!?」


 平手打ちされたかのようにゲイルの蹴りがあらぬ方に逸らされた。


 少年が、分かっていたかのように、反転し、ゲイルの蹴りを蹴り飛ばしたのだ。


 そして――一回転。


 充分な回転力をもって振りかぶられた少年の剣が、ゲイツに迫る。


「くっ!!」


 その速さにゲイツは対応できなかった。


 腰あたりを少年の剣がかすめ、体勢を崩さざるを得ない。


 後方、蹴りを弾かれた(ゲイル)は胴ががら空きだった。

 完全にバランスを崩し、踏ん張りが効かない。


 少年はゲイツの方を向いたまま、後ろに向けて剣を突き立てる。


 剣の先は間違いなく(ゲイル)の胸元―――。


 ―――ブシャアアア!!


「――――ァアアアッ!!」


 ゲイルの悲鳴がこだました。

 嫌な飛沫の音を立てながら赤い血が飛ぶのが見える。


 それはなんの迷いもない――――殺意の篭った一撃だった。


 ―――こいつ・・・殺せないんじゃ・・・!?


 少年はすぐさま剣を逆手に持ち替える。

 その動作にはなんの躊躇もない。


 流れるように地面を蹴り、ゲイツに向けて剣撃を浴びせる。


「くそがあああああ!」


 ゲイツは半ば体勢を崩しながらも、無理やり脚力で踏ん張り、腰を回して剣を振るう。


 だが、ゲイツの剣は少年を捉えない。


 まるで()()()()()()()()()()()少年はゲイツの剣を弾いた。


 ―――読んでいたかっ!


「・・・やはり、お前は―――」


 ―――バケモノだ。


 ゲイツがそう言い終わる前に、少年の剣はゲイツの心臓を貫いていた。



● ● アルトリウス視点 ● ●



「・・・はあ・・・はあ・・・勝った・・・?」


 そして、


「・・殺した―――のか」


 俺は緊張の糸が切れたようにその場に膝を突いた。


 ―――極限の集中状態だった。


 どうして勝てたのかはよく分からない。

 とにかく動きを読んで、先手を取り続けることだけを考えた。

 

 そして、殺すつもりで剣を振った。明確な殺意を持って。

 血肉を裂いたときの鈍い感触が手に残る。


 俺はなんとか足に力をいれ、死体を確認した。

 2人ともピクリとも動かない。

 本来なら念のため、首も切っておいた方が良いのだろうが、流石にそれほどの余裕はない。

 精神的にも、肉体的にもだ。


 カインに貰った剣だけは回収しておいた。

 ユニを殺した剣ではあるが・・・まあこれも一種の戒めか。


 ともかく―――。


「人を、殺したんだよな」


 いざ言葉にしてみても、ゲイツとゲイルの死体には何の感慨も湧かない。


 逆に、ユニの遺体を見ると、どうにもやり切れない感情が芽生える。 


「―――俺はもう、迷わないって決めたんだ」


 殺されないために、殺させないためになら、俺は敵を殺す。

 もう決めたことだ。


 言い聞かせるように口にして、ユニの遺体の元へ向かう。


 ユニは、綺麗に胸元が貫かれていた。確実に致命傷だ。

 元々衰弱していたし、魔力が残っていたとしても、治癒魔法では治らなかったかもしれない。


「ごめん・・・ごめんな・・・本当に・・・」


 遺体を抱きながら、俺は呟いた。


 痛かっただろうに。

 怖かっただろうに。

 俺は結局彼女に何をしてやることも出来なかった。

 家に帰すって、守るって約束したのに、真逆の結果に終わってしまった。

  

「・・・そして、ありがとう」


 ユニは助けてくれた。

 俺がヘタレで、自業自得で死ぬところを、命を賭して庇ってくれた。


 俺がもっとちゃんとしていれば、俺がもっと強かったら、こんなことにはならなかった。

 彼女の死は俺の甘さが招いたものだ。

 

『―――強くならなければ、お前は大切なものを守れない』


 ルシウスの言葉を思い出した。

 わかってるよ。

 俺は弱い。

 ユニのほうがよっぽど強かった。 


「・・・俺は強くなるよ」


 心も、技も、体も。

 二度と後悔しないために。

 二度とこの手から大切なものを手放さないために。



● ● ● ●



 ユニの遺体を丁寧に木に持たれさせる。


 ゲイツとゲイルの死体からは、防具を回収することも考えたが、なんとなく奴らの付けていたものを身に着けるのは嫌だった。血塗れだしね。


 脇腹の怪我は浅かったが、血が流れるのを放っておくわけにもいかないので、服の袖を破って巻いておいた。気休めだ。

 魔力が回復したら治癒魔法をかければいいだろう。

 

 さて、これで当面の危機は免れた・・・といいたいところだが・・・。

 

「――――ひと段落・・・とはいかないよな」


 耳を澄ますと、音が聞こえた。

 人の足音だ。そう遠くない。

 一直線にこちらへ向かっている。


 それも一人じゃない。

 多ければ10人はいるだろう。


 ――――流石に逃がしてくれないよなぁ。


 ゲイツ達はわざわざ追いかけてきて、俺の事を完全に殺す気だった。

 それにこの分だと、『蠍』の《追跡魔法》っていうのも本当みたいだ。

 

 まもなく俺は囲まれた。


 正面に2人。

 左右に2人ずつ。

 後ろにも2人。

  

 どいつも統一感のない装備だが、剣や盾を構えている。

 少なくともそれなりに嗜んでいることがわかる構えだ。


 そして、正面の2人の間から、1人の男が現れた。

 彼だけ剣を持っていない――しかし周りの様子から、彼がリーダーだと一目でわかる。


「・・・お前は・・・」


 ――『蠍』。


 頬に刺青のある男だ。

  

「・・・」


 『蠍』は何も言わない。


 そして訝しそうに俺の周りの惨状―――つまりはゲイツとゲイルの死体を見て、ため息をつくかのように呟いた。


「―――殺しならば余裕だと言っていたのに、無様な結果だな・・・。『エメルドの修羅兄弟』というのも所詮は蛮族か・・・」


 俺が殺した兄弟はどうやら二つ名持ちの蛮族だったらしい。

 確かに、俺にとってはいろんな意味で強敵だった。

 

 しかし、


「―――アンタ、何者だ? なんでこんな人攫いなんて雇ってるんだ?」


 俺の言葉に、『蠍』はニヤリと笑う。


「・・・答える必要はないよ、哀れなアルトリウス君」


「―――!?」


 一瞬、どうして俺の名前を・・・と思ったが、よく考えたら、囚われた初日にゲイツに教えた気がする。


 しかし、『蠍』は俺の考えを読んだように、不機嫌そうな声を上げた。


「ふん。あの蛮族共に、奴隷の名前を憶える知能があるわけがないだろう。君は有名だからね。イクシアの剣を持っていると聞いたときはローエングリン家の者だと思ったが・・・無詠唱でピンときたよ。首都(ヤヌス)の《神童》、アルトリウス・ウイン・バリアシオン、それが君だ」


 イクシアの剣――カインに貰った剣の事だろう。

 確かに結構な業物だった。

 ローエングリン家の人間しか持ってはいけないのだろうか。

 俺も一応母はローエングリン家なんだが・・・。


 いや、それよりも。


「アンタ・・・ユピテル人なのか?」


 俺のことを知っているということは、首都(ヤヌス)にいたことがあるということだろうか?

 確かに言葉に訛りは感じられないが・・・。


「・・・ふむ、君は自分の立場がわかっていないようだ」


 『蠍』は俺の質問に答えず、周囲を見渡す。

 確かに俺は四方八方を囲まれており、絶体絶命だ。


「悪いが()()()()()()()()()()()()()からね。特に君は・・・このまま野放しにしておくのは危険だ」


「――!?」


 民衆派を生かしておけないって・・・こいつ、門閥派ってことか?


「―――やれ」


 『蠍』の低い声が響いた。


 瞬間、俺を囲んでいた剣士たちが、剣を抜き放ち、じりじりと俺へと距離を詰めてきた。


 ――どうする?


 不思議と心は落ち着いている。

 いや、ショックなことが続いているせいで、頭が感情を処理しきれていないだけかもしれないが、パニックになるよりは随分マシだ。


 この剣士たちの実力は不明。

 魔力はほとんどすっからかん。


 『蠍』は剣を持っていないし、《追跡魔法》が使えるというのならば魔法士だろうが・・・他のは最低でもそれなりの年数、剣を振ったことのあるであろう剣士、もしくは魔剣士だろう。

 何人かは盾も構えており、甲剣流の使い手だ。


 ・・・詰んでる。


 まだ、最初に逃走したほうがよかったか?

 いや遅かれ早かれこの状況にはなっていただろう。


 多少魔力は回復しており、一回程度なら《加速》は使えるが・・・全員相手にするのは不可能。

 つまり、全員倒すか――もしくは、『蠍』を人質にとるか。


 まだ後者の方が実現可能性はあるか・・・。


 だったら、先手だ。

 魔力障壁を張られる前に勝負を決める。

 

 ―――正面突破ッ!


 瞬時に決心した。

 迷うわけにはいかない。

 諦めるわけにもいかない。


「―――あああッ!!」


 大地を蹴り、猛然と『蠍』に突進しようとしたその時――――。


「――――っ!?」


 ―――俺の足は止まった。


 いや俺だけではない。


 見れば『蠍』も、周りで身構えていた兵士達も、硬直したままだ。


 そして全員が、ある一点を見つめていた。

 

 それは俺のはるか後方―――。 


 そこから感じるのはただ1つの・・・圧倒的な存在感。


 木々を掻き分け、歩いてくる1人の男。

 闇の中から煌めく黄金の剣が月の光を反射させている。


「ふう・・ようやく見つけたぜ・・・ほんと隠蔽魔法ってのは面倒だな。まさかこんなに時間がかかるとは・・・」


 見たところは中年の男だが、その雰囲気が只者でないことは、一目見た時点でわかる。


 長身の金髪のオールバックに、少なくない数の傷が刻まれた節々の肌。

 鎧の隙間から見える、引き締まった体。


 獣のような獰猛な目。


 わかる。


 この男はこの場にいて、たった1人、他の追随を許さない圧倒的な強者であることが―――。


「―――何故、お前が・・・」


 その圧倒的な存在感―――プレッシャーに誰もが絶句する中、『蠍』がかろうじて声を絞り出した。


「何故って、そりゃ、人から物を盗んだら、追っ手が来るのが当然だろう? 今回はそれが俺だっただけだ」


 男はさも当然のように答える。

 口調は余裕そのものだ。


「―――くっ、だがいくら貴様と言えど、この人数を相手に・・・」


「―――この人数って?」


 黄金の髪の男の声が遅れて聞こえた。


 ずっと注視していたはずなのに、男の姿が、いつの間にか、『蠍』のすぐ目の前まで移動していたのだ。


 ―――見えなかった!?


 黄金の髪に黄金の剣なんて、この暗闇の中では非常に目立つ。

 見失うことなんてあるのか?


 しかもこの男は移動しただけではない。


 今の一瞬の間に剣を抜き、周りを取り囲んでいた数名の剣士達を・・・殺していた。


「――――」


 恐怖に足が震えていた。


 ―――こいつは、()()()


 なんとか、生き残らないと。


 とにかく、この男を敵にしたらまずい・・・。

 敵意がないことをアピールするべきか?


 しかし、俺がそんな事を考えていたのとは裏腹に、男は俺に一瞥もしない。


 男が見ているのは正面、『蠍』の方だ。


 『蠍』はみるみるうちに額から汗を流し、股から水滴が溢れているのがわかる。


「―――見逃してくれ・・・《鷲》なら返す! 金もやる! だから―――」


「お、自分からゲロってくれたか。確認する手間が省けて助かるよ、『蠍』のスコルピア。だが・・・『ギレオン』の奴はどこだ?」


「し、知らない! すでに北のルートで戻っているんだ・・・そうだ! 《鷲》は『ギレオン』が持っている。見逃してくれたら、返してくれるように私が説得を―――」


 必死の『蠍』の命乞いも虚しく、ケロっとした顔で男は何のためらいもなく剣を振った。


 黄金の剣閃が光り、ぼとりと『蠍』の首が地面へと落ちた。


「ちっ、また探さなきゃいけないのかよ・・・今度は北か・・・」


 一瞬のうちに何人も斬り殺したにも関わらず、男は特に動揺をみせない。


 そして、不機嫌そうな顔をしながら、男はこちらを振り向いた。


「―――それで、坊主は何だ? 見たところ一味じゃなさそうだが・・・」


「――――!」


 今、俺の命は、この目の前の男に握られている。

 その事実に背筋が凍った。

 足も震える。

 

 こいつには勝てない。

 逃げないと。

 なんとか隙をついて加速するか?


 いや、こちらに戦意がないことをなんとかわかってもらった方が良い。

 『蠍』と同じ一味ではないことを宣言して、命乞いでもしないと―――。


 俺が混乱して答えかねているのをみて、男は怪訝な顔をしながら言った。 


「なんだ、そんな青ざめた顔して・・・まぁいいけどよ」


 そして、頭をポリポリと掻きながら、男は悠然と名乗りを上げた。


「俺は『天剣』シルヴァディ・エルドランド。ユピテル共和国カルティア方面軍副司令官だ」


「――――っ!?」


 ―――『天剣』シルヴァディ。


 聞き間違えでなければ、彼はそう言った。

 ユピテルに所属しているとも。


 ―――敵じゃない。


 そう、安心してしまったからだろうか、纏まらない思考のなかで、緊張の糸が途切れた。


「―――あ―――」

 

 ―――ヤバい、意識が落ちる。


 既に体には相当な無理をさせていたのだ。

 緊張が途切れた瞬間、全身から力が抜けていくことが分かる。


 何か言わないと・・・。


 瞬間、俺の中で、ある文章が再生される。


『―――もしも、それでも剣をきちんと学びたいというのなら、『天剣』シルヴァディか『迅王』ゼノンを訪ねなさい―――』


 イリティアの手紙だ。


「―――俺を―――弟子にしてくださ―――」 


 不意に出てきた言葉を言い切る前に、俺は地面に倒れこんだ。


「はあ? おいおい勘弁してくれよ・・・」


 意識が落ちる間際、男のそんな声が聞こえた気がした。


 

 今回で遭難編は終わります。

 主人公がようやく覚悟を決めたお話です。

 書くのに随分苦労し、稚拙な部分も多かったと思います。

 少し間をあけて読み返し、自分で納得できなければ、改稿します。

 話の流れ自体は変わらないと思いますが、もしも大幅に変更する場合は、最新話および活動報告などで告知します。

 

 次回から弟子入り編です!

 

 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。

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