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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第六章 少年期・カルティア遭難編
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第53話:囚われの少年

 かなり難産でしたので、描写を改稿するかもしれません。

 大筋の流れは変えません。


 暫くの間、俺はそのまま洞窟で放置された。

 横穴のような広い洞窟だ。


 何かしら尋問があると思ったが、名前しか聞かれなかった。


「―――チッ。なんだ、ウインか・・・クロイツならたんまり貰えたのによ」


 そんな感想を言われた。残念そうな口調だ。


 一定の時間になるとゲイルが洞窟にやってきて、俺の目の前にパンと水を置いて去っていく。


 俺は這いつくばってそれを食べた。


 トイレもなく、両手が使えないとなればあっても使えないので糞尿は垂れ流しだが、何日か経つとそんなこと気にしてはいられなかった。生きるか死ぬか、その瀬戸際だ。


 何度か痛みに耐えながら起き上がり、力ずくで繋いでいる鎖を引きちぎろうとしたが、無駄だった。

 鍛えているとはいえ、所詮は子供の力だ。

 噛み千切ろうともしたが、それも無駄だった。


 奴らは洞窟を出たところで野営をしている。

 夜になると焚火と思われる明かりが見え、話し声が聞こえてきた。


 奴らの会話から大したことは聞き取れなった。

 もっとよく聞こうと思い、近づいたこともあったが、ゲイルに蹴り飛ばされた。


 とりあえず、会話によると、兄貴と言われていた男は、ゲイツというらしい。ゲイルの兄のようだ。

 他にも、ここがどこかとか、なにかしら情報を入手できないかと耳を凝らしたが、地名などはほとんど出てこなかった。

 

 1つわかったのは、俺を売り飛ばす取引相手は『(さそり)』と呼ばれているらしい。

 ユピテル人を買い取ってどうしたいかは知らないが、いかにも物騒な名前である。


 俺の状態はというと、おそらく最悪に近い。


 ただでさえケガで全身が痛いのに、両手を繋がれた状態では、寝返りですら一苦労だ。

 下半身から溢れる排泄物は、俺のズボンを濡らし、汚し、パンツの中はぐちゃぐちゃだ。


 元々着ていたはずのコートは初めからなく、カインの剣はゲイツに奪われている。

 コートがないと夜は寒かったが、洞窟の中はそれほど冷え込まず、我慢できないほどではない。


 金目のものは元々たいして持っていなかったので、身なりと剣で俺がユピテルの貴族だと判断したらしい。


 今現在の俺の所持品は、イリティアの銀のペンダントくらいだろうか。外し忘れたのか、金目にならないと判断したのかはしらないが、まだ首元に残っている。


 ともかく、おおよそ人としての尊厳はない状態で過ごしているわけだが、まだ俺は辛うじて冷静さを保っていた。


 理由は二つ。

 奴らが俺を売る気である以上、殺すことはないという事。

 奴らが俺の実力を知らないという事。 


 あとは気休めかもしれないが、オスカーが捜索してくれている可能性がある。

 それがまだ俺に生き残る希望を残した。


 幸い『魔封じの枷』は、魔力の回復自体を阻害するわけではないらしい。

 橋から落ちるときに使って枯渇した魔力は、普段よりゆっくりとではあるが回復している。

 『魔封じの枷』さえなんとかなれば、魔力を全て開放して逃げることができるかもしれない。


 ゲイルにはあれから何回か蹴り飛ばされたが、致命傷というわけでもない。

 多分死んでいないか確認しているだけだ。

 

 大半の時間を、俺は気を失ったように眠った。

 体がだるく、睡眠を欲しているのだ。


 起きている間は色々なことを考えていた。


 初めのうちは、これからどうなってしまうのかを考えてしまった。

 一生枷が外されなかった場合、俺にはもうどうすることもできない。

 

 貴族の子弟ということが分かっているので、もしかしたら身代金と引き換えに、ユピテルに戻れる可能性はある。


 だがそうでなかった場合、おそらく奴隷として奴隷商人かなにかに売られ、そこで奴隷教育を受ける。

 従わなければ鞭で叩かれ、爪を剥がされ、人間としての全ての尊厳を失い、絶望して従順になるまで教育されるのだ。第一世代の奴隷はそうして生まれる。

 不安と恐怖で頭がおかしくなりそうだったので考えることをやめた。


 次にヤヌスの皆のことを思い出した。

 アピウスにアティア、アイファに、アラン、チータとヌマにリュデ。みんな元気でやっているだろうか。

 エトナやヒナのことまで思いだした時点で、涙が出てきた。 


「―――ごめん・・・ごめんよ・・・」


 どこへともなく、そう呟いていた。

 家の事を考えるのもやめた。



 もっと他に考えるべきことはあった。

 たとえば、俺がここにいる直接的な原因――『カルス大橋』の崩壊について。

 

 前触れなく落ちてきた《雷魔法》。

 明らかに俺かオスカーを狙って放たれた人為的な雷魔法だった。


 しかも、相当強力なものだ。同じ魔法を使えと言われても俺には無理だ。『魔法書』には確かに落雷の魔法も載っていたが、アレは明らかに質が違った。


 しかし、そんな雷魔法の使い手に、心当たりはない。もしかしたらいるのかもしれないが、殺されるほどの恨みを買うようなことをしたとも思えない。オスカーが買っているのかもしれないが・・・。

 まあ現在の国の情勢を聞く限りは、狙われる理由はいくらでもある気はする。


 まさか、ゲイルとゲイツというわけでもないだろう。


 『ラトニー』という可能性も浮かんだ。

 かつてエドモンを使って俺を殺そうとした奴だ。奴なら強力な雷魔法が使えてもおかしくはないが・・・。

 いや、確かルシウスが、『奴らは直接手を出せない』みたいなことを言っていた気もするな。

 まなんにせよ確かめるすべもないか。


 ―――ともかくオスカーが無事だといいが。


 最終的には、助けた友の事を考えていた。 

 

 俺がこんな目に遭ってまで助けたのだから、彼には生きていて欲しいものだ。

 


● ● ● ●



 おそらく1週間ほど経った。


 もちろん俺の体感と腹時計、そしてゲイルがパンを持ってくる回数で適当に予測しているだけなので実際にどれくらい経ったのかはわからない。


 その間、脱出へのチャンスは一度も来なかった。


 両手も縛られ、魔法も使えないとなれば、俺なんて所詮はちょっと物知りなだけの子供だ。

 ゲイツもゲイルも話しかけてくることはなかったので、物知りなことすら披露する機会はなかった。


 奴らも昼間は出掛けているようだ。

 その間に誰かが助けに来ないかなと思ったものだが、虫や動物の気配すら感じなかった。



● ● ● ●



 また何日か経った。


 自分の体力が目減りしていることがよくわかる。

 起き上がることも出来なくなった。体の感覚が薄い。


 パンもほとんど口に入らない。

 

 精神力も、限界が近い。


 誰も助けに来ない。


 不安と恐怖が、俺の思考を侵略しつつあることがわかる。

 


● ● ● ●


 

 同居人ができた。


 うつらうつらと半ば意識が消えかけていたところで、ドサリと物音がしたのだ。


 なんとか首を捻って横を見ると、年端もいかぬ少女がいた。

 8歳くらいだろうか。

 見た感じはユピテル人に見える。街でよく見る茶髪のショートヘアだ。


 気絶しているようでピクリとも動かないが、両腕を縛られてここにいるということから、俺と同じ立場と考えていいだろう。


 ただ、気になったのは少女の手首を縛っているのがただの鉄の手錠にしか見えないことだ。


 俺の印象だと『魔封じの枷』ってもっと禍々しいものな気がしていたんだが・・・。


 如何せん、背中で縛られているせいで自分の手錠は見えないからな。


「・・・ん、うーん・・・」


 暫くして同居人の少女が起きた。


「・・・やあ、おはよう」


 半ばやけっぱちで話しかけたが、思っていたよりもかすれた声が出てきた。

 喉がカラカラだ。


 少女は目をパチクリさせた。ここはどこ、という感じだ。

 そしてすぐにウっと顔をしかめる。おそらく匂いが酷かったのだろう。

 俺は相変わらず垂れ流しだからな。


 少女は俺の現状を見て、表情を硬くし、自分の体が縛られていることに気づいて―――。


 ―――あ、やばい。


「いやああああああ!!」


 俺がなにかいう間もなく叫び声をあげた。


 すると、入り口の方から人影が勢いよくやってきた。


「うるせえ!!」


「キャアアア―――ッ」


 悲鳴と共に、ドシャッと、嫌な音が聞こえた。

 少女の体が、ゲイルの蹴りによって吹き飛ばされたのだ。


 少女は涙を浮かべて後ろで震えている。


「―――お前・・・こんな女の子に―――ブフゥッ!」


 思わず諫めようとしたら、俺の横っ腹にも蹴りが入る。


 ジャララッという鎖が擦れる音と共に、俺の体も転がっていく。


 目を開けると、すぐそこに少女の青ざめた泣き顔が見えた。


「蹴られたくなかったら黙ってるんだな!!」


 ゲイルは戻っていった。

 

「・・・う・・・うう・・・」


 静かな声で、少女は泣いていた。


 声をかけるべきか迷ったが、やめた。

 今の俺なんかに慰められても、より惨めになるだけだろう。


 次第に泣きつかれたのか、声は聞こえなくなった。眠ったようだ。


 俺も眠った。



● ● ● ●



 起きる。


 少女は眠る前と同じ位置にいた。 


 昨日はよくわからなかったが、蹴り飛ばされたときに付いたのであろう土が、少女の体の至る所についていた。

 もちろん払ってやることは出来ない。

 

 少女は起きていた。昨日と違って泣いてはいない。

 だが、顔色は真っ青だ。

 今の状況が信じられない、そんな感じだ。


「・・・君、名前は?」


 俺は小声で少女に話しかけた。


「・・・ユニ」


 こちらを一瞥もせず、少女は小さく答えた。


「・・・そうか。俺はアルトリウス。川に落ちて気がついたら捕まってたんだ」


「・・・・・・」


 少女は黙っている。


「・・・ユニはどうして捕まったんだい?」


「・・・・・・」


 なるべく優しく語り掛けたつもりだが、ユニは青い顔をしたまま黙っている。


 俺も話しかけるのをやめた。



 ● ● ● ● 



 目が覚めた。

 もはや日にちの感覚がない。

 とりあえず、日が差し込むことから、夜でないことはわかった。


 入口のほうに奴らの気配はなかった。


 俺は力を振り絞り、水の入った桶の方まで這いつくばる。まるで芋虫だ。

 

 久しぶりに飲んだ水は泥のような味がしたが、のどの渇きは満たされた。


 パンは食べる気が起きなかった。


「・・・・・あの」


 後ろから、か細い声が聞こえた。

 ユニが話しかけてきたのだ。

 少しは落ち着いたのだろうか。


「・・・どうした?」


 水を飲んだおかげか、多少はマシな声が出る。


「・・・これから、どうなるんで、しょうか?」


 ユニは弱々しい声で言った。

 

 どう答えるべきか迷った。

 おそらく既に打ちひしがれているであろう彼女に、現実に起こるであろうことを教えるのはなんともいたたまれない。

 かといって、「安心しろ、きっと助かる」だとか「大丈夫だ。家に帰れる」とか、ありもしない嘘をつく事も、今の俺にはできなかった。


「・・・さあ、俺にもわからないよ」


 俺は振り返らず、そう答えた。


「・・・・・」


 暫く沈黙が流れた。


「・・・・うぐっ・・・えぐっ・・・」


 と思ったら、再び後ろから、泣き声が聞こえた。


「・・えぐっ・・・転んじゃっただけなのに・・・・ひくっ・・・」


 言い訳をするかのように、ユニは言葉を吐いた。

 転んで川に落ちたということだろうか。


「・・・なのに・・・なんでこんな・・・ひくっ・・・たすけてよぉ・・・ママあ・・・」


「・・・・・・・」


 俺は声をかけなかった。


 今声をかけたら、俺も泣いてしまう気がした。


 小1時間ほど、ユニは泣き続けた。



● ● ● ●



「―――――ユニはクルジアの子なのか?」


 ユニが落ち着いたところを見計らって、俺は話しかけた。

  

「・・・ううん。でもクルジアにもよく行く」


 ユニは泣いて少しスッキリしたのか、俺の質問に答えてくれた。

 俺は体を捻ってユニに向き直った。


 泣き腫らした酷い顔だったが、絶望に打ちひしがれているような顔ではなかった。

 少し冷静になったらしい。


「1人で橋を見に行ったのか?」


「・・・ううん。ママとパパと・・・ほかにも人はいっぱい」


 あの『カルス大橋』が崩れたということで、見物人がいっぱいきたということだろうか。

 それにしては街から中々距離がある気がするが。


「・・・私だけママの言うこと聞かずに、川に近づきすぎちゃって、それで・・・」


「そっか」


 それでも俺みたいに勢いよく川面にぶつかって打ち身とかはしていないようだ。

 運が良かったのか悪かったのか。


 それから少しユニの事を聞いた。


 どうやらユニは、クルジアを中心に活動するの商人旅団の娘であるらしい。

 

 商人旅団というのは、俺も詳しくは知らないが、とにかく、幾つかの商人一家が集まって旅をしていく集団で、それ自体が家族みたいなものだとか。

 ユニのいた旅団は20組程度の商人一家で構成されており、60名程度の人がいるようだ。数がいれば、野盗なども手が出し辛いのだろう。


 なので、見物しに来たというよりは、旅団の仕事で近くを通ったので、気になって両親と近くまで見に行ったのだという。



「お兄さんは、いつから捕まってるの?」


「・・・10日を過ぎてからは数えていないな」


 そこから暫く、俺の話をした。


 使節ということは多少ボカして、旅の最中に橋が落ちて、巻き込まれた、みたいな話だ。


「橋が落ちたときにいたんだ? どうして橋は落ちちゃったの?」


 やはり『カルス大橋』がどうして崩れたかは気になるようだ。


「ああ、あれは巨大な雷の魔法のせいだったな」


「魔法?」


 ユニは魔法の話に食いついたので、色々聞かせてあげた。


 便利な魔道具を作る話だったり、大きな竜巻を起こす魔法だったり、動きを速くする魔法だったり、空を飛ぶ魔法だったり。カルス大橋も魔法で造られていると言ったらすごく驚かれた。


 そこまで話したあたりで、ユニがきょとんとした顔で質問した。


「――あれ、お兄さん、魔法使えるのに、捕まってるの?」


 当然の疑問だ。

 そんなことができるのに捕まっているのはおかしい。


「ああ、この手錠が魔法を封じているんだ」


 そう言って俺はうつぶせになる。


 ユニは俺の手首をみて、そして一言。


「・・・へえ、白い手錠なんだね」


「白・・・?」


 俺はユニの手首に目をやる。

 ユニの手錠は普通に青銅色だ。

 やはり―――彼女の手錠は『魔封じの枷』ではない気がする。


 もしかしたら『魔封じの枷』は一つしか持っていないとか?

 俺も聞いたことのない代物だったし、貴重な物だったとしてもおかしくはない。


 だとすると、ゲイルたちもできれば回収しておきたいだろう。

 どこかのタイミングで枷を外す可能性が高い。

 そのときが逃げ出すチャンスだ。


 そう考え、少しだけ気力を持ち直した。

 

 夜に奴らが帰ってくるまで、試しにユニに初級魔法の詠唱を教えてみた。

 当然何も起こらなかったが、ユニは少し元気になった。

 「いつかちゃんと魔法使いになりたいな」なんて呟いていた。


 逃げる時はユニも連れて行こう。

 今更この子を見捨てて逃げるなんてできない。


 もしも見捨てれば―――俺は絶対に後から後悔する。 


 無事だったら魔法をちゃんと教えてやろう。


 

● ● ● ●



 それから何日かは、ユニとぽつぽつと会話をして精神を保っていた気がする。

 

 しかし、ユニの衰弱は早かった。やはり年端も行かぬ少女にこの生活は厳しいらしい。


 当然ユニよりも長く囚われている俺も、既に限界を迎えている。


 お互いまだ生きてはいるものの、1日の大半の間意識を失っている。


 起きていると思っているときも、本当に起きていたのかは定かではない。


 ―――もう無理かもしれない。


 心が限界だ。

 希望を抱き続けるのがつらい。

 助かろうという意思を保てない。

 オスカーが捜索していたとしても、もう流石に打ち切っているだろう。副代表がいなくとも使節に問題は無い。旅路の途中に誰かが行方不明となることなんて、この世界では普通だ。

 

 日常的に、人は死ぬ。いつのまにかいなくなる。

 行方不明になった人間が奴隷になるのも普通だ。


 生きていられるなら奴隷でも良いじゃないか。

 チータやリュデとか、奴隷でも幸せそうな人はいっぱいいる。

 

 そうだ、死ぬよりましだ。


 もし枷が外れて魔法が使えても、今の体力じゃ逃げ切れないかもしれない。

 そして捕まってしまったら、今度は殺されるかもしれない。


 嫌だ。

 死ぬのは嫌だ。

 

 俺は―――俺だけが知っているんだ。


 あの、全身が冷たくなって、感覚がなくなって―――自分という存在が無くなっていく絶望感は、二度と味わいたくない・・・。


 もういいじゃないか・・・。

 

 そう思ったとき。


 どこか普段と―――違う感覚が俺を襲った。


 立たされているような―――浮いているような感覚。


 ここ何日もの間触れていた、固い地面ではない。


「―――イクシアの剣を―――だから―――――『蠍』の旦那に――――――」


「―――だが――――だろう?――――」


「―――ねえよ!―――にしてくれ―――――」


 声が聞こえる。

 会話しているようだ。


 片方はゲイツだが、もう片方は知らない声だ。 


「では―――――――どうだ?」


「よし、それなら取引成立だ」


 最後にそう聞こえた。


 乱雑に肩を揺さぶられる。

 腕を掴まれる。


 叫ぼうとして、声が出ないことが分かる。

 口の中が気持ち悪い。太い布のようなものを噛まされているようだ。


 そして―――。


 ―――――カチャリ。


 何かが解かれた気がした。


 ―――俺は目を開けた。 


「―――――」


 そこは洞窟ではなかった。


 小屋だ。木で作られた、小綺麗な小屋だ。


 気絶している間に移動させられたいたのだろうか。


 正面―――少し先には机があり、そこには一人の男が座っていた。

 頬に刺青のある、冷たい顔の男だ。


 刺青の男の周りには、鎧を着た数人の剣士。


 俺は横目ですぐ左にユニの姿を確認する。うなだれながら立たされている。意識はあるようだ。

 その後ろにはユニの腕を掴む小柄な蛮族、ゲイツ。


 俺も腕をがっしりと掴まれていた。

 ゲイルだ。

 ゲイルが俺の腕を後ろで掴んでいるのだ。 


 だが――――手首が軽い。


 ―――――『魔封じの枷』が外れている。


 ここまでの思考は一瞬だった。


 だが、俺の体は動かない。


 魔力が持つのか?

 逃げ切れるのか?

 ここがどこかもわからないんだぞ。

 人数は圧倒的に不利だ。

 これだけ剣士がいれば魔剣士がいるかもしれない。

 捕まれば、殺されるかもしれない。

 体力はわずかだ。

 もしかしたら、取引相手は『魔封じの枷』を持っていないかもしれない。

 もう少し様子を見てからでもいいんじゃないのか?


 そんな葛藤が、俺の動きを阻んでいた。

 おそらく、捕まったばかりの頃ならば思わないような、消極的な思考だ。


 長い囚われの生活で、俺の心は弱っていた。


 しかし―――。


「―――だが、そっちの少女のほうはいらん。殺しておけ」


 正面から、そんな言葉が響いた。

 刺青の男の―――やけに耳に残る声だった。


 少女を殺す?


 刺青の男の視線の先は、俺の左に向いていた。

 やけにつまらないものをみるような、そんな視線だった。


 少女。

 この場で少女は1人しかいない。

 俺の左手で、ゲイツに立たされているユニだ。

 

 ―――ユニを―――殺す? 


 ユニの顔をみた。

 青ざめて――恐怖に歪んだ顔だ。


「―――――っ」


 反射的に決断した。


 追い立てられるかのように、俺は魔法を発動した。


 《身体強化魔法》、《加速魔法》、最大出力。


「―――ん? おい、ゲイル、そいつ―――」


 隣のゲイツが気づいた。・・・が、遅い。


「―――――――!!!」


 俺は声のない声を張り上げていた。


「―――こいつ!?」


 全力の《身体強化》をかけた動きでゲイルを引きはがす。

 魔力で無理やり動かした体に、軋むような痛みが走る。


「――うおっ!?」

 

 ゲイルは尻餅をついた。急に動き出した俺に対応できていない。

 カランッと音がして、ゲイルの手に握られていた白い手錠が床に転がった。

 忌々しい『魔封じの枷』だろう。 


 ―――正面5人、出入口の扉に2人、右後ろにゲイル、左にユニとゲイツ。


 俺は瞬時に敵の人数と位置を確認する。


 正面―――刺青の男の周りにいた剣士4人は少し驚いたように目を見開いたが、すぐに剣を構えてこちらに向かってくる。

 後ろ――出入口も同様。


 だが、まだ数歩ある―――。 


 俺はすぐ左に向かって《加速》する。


「―――このガキッ!!」


 左にいるのはゲイツだ。距離が近い。

 ゲイツが剣を振り降ろすのがみえる―――が、先に《加速》した俺の方が速い。

 姿勢を低くし、最小限の動きで剣を交わす。


 ゲイツはユニを離していた。


 ・・・ユニを見捨てれば、逃げ切れる可能性が上がる―――。


「―――っ!!」


 そんな思考を一瞬で振り払った。

 倒れそうなユニの手を取る。 


 前からは剣士が4人。

 後ろからは剣士が2人。

 左右からゲイツとゲイル。


 挟まれる。

 だから。


 ――――やるしかない!!


 ユニをしっかりと胸に抱えた。


 使うのは12の魔法。

 1度は成功させたのだ。感覚は体と《魔力神経》が覚えている!

 

 《飛行》!!


 俺は、()()()


「―――なっ!?」


 俺以外の全員が、動きを止めた。


 当然だ。もう彼らの剣は、俺に()()()()


 彼らは信じられないものを見る目で、急上昇する俺を見つめている。


 俺は止まらない。

 目線は上。すぐに天井にぶつかる。


 《風撃(ウインドブラスト)》!!


 ―――ドゴオオォォォオオオン!!


 轟音が響いた。


 手加減なしの《風撃(ウインドブラスト)》だ。

 木製の屋根は抵抗することなく風の衝撃波によってぶち抜かれる。

 石造りならこうは行かない。


 屋根の上に出た。


 日光が眩しい。太陽の位置的に、現在は昼頃だというのが分かる。


 逃亡劇が始まった。 




 多人数を相手に戦闘するとき、《閃光魔法》とか使えばよくね? と思うかもしれませんが、閃光魔法に限らず、属性魔法は魔力障壁でレジストできます。

 効くかどうかが相手依存になってしまうので、相手の力量が分からない時点で使うのは少々リスキーです。

 それがこの世界で一般的に【魔剣士>魔法士】と言われている由縁でもありますね。

 魔力障壁は無属性魔法ということもあり、割と習得しやすいので・・・。

 

 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。


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