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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第六章 少年期・カルティア遭難編
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第51話:国境線へ②

 少し長いです。


 俺たち使節団は、『クルジア』に長めに滞在し、入念に出発の準備を行った。

 なにせここから先は、安全に休める街などないかもしれないのだ。


 まあ準備なんて言ってもほとんどバルビッツに任せきりだが、仕方がないだろう。

 俺たちはユピテル共和国の外など出たことがないのだから。


 おそらく念入りに確認されていたのは、食料類と、そして防寒具だろうか。

 『クルジア』も充分寒いが、ここからさらに寒くなるらしい。

 俺たちにもいつもの白いローブではなく、毛皮で作られた分厚いコートがあてがわれた。


 ―――しかし、国境を越えるのか。


 前世で俺は海外旅行をしたことがない。

 別に行く友達がいなかったとかそういうわけじゃない。

 確かに友人はそれほど多くなかったが、何人かからは、大学卒業前に旅行に誘われたことがある。

 だが、俺は断った。


 当時、体調を崩していた母のために、長期間家を空けたくなかったというのもあったが、それだけじゃない。

 俺には特に行きたい国がなかったのだ。


 俺は日本という国が好きだった。

 法律が整備されており、治安が良く、過激な人も少なく、水周りも綺麗だ。

 災害は怖かったが、それ以外ではよほど死ぬことはない。殺人事件なんて、年に数回報道される程度だ。

 つまり、平和。それが安心できたのだ。

 まさに先進国でぬくぬく育ってきた人間の考え方だと思う。


 俺はユピテル共和国も、なかなかどうしてそういう国だと思っていた。

 一応民主主義をかかげて選挙を行うし、罪を犯せば罰があるし、首都近辺は治安もいい。水周りだって近代に劣らない。一見平和にみえる。


 ―――だが、国がそうだとしても、世界は違った。


 この世界では至る所で国同士が戦争をしている。

 人同士が殺し合っている。


 そして、今から俺が向かっているのは、そんな戦争が真っただ中の場所だ。

 そんな場所に―――自分から向かおうとしている。


「おや、バリアシオン君、どうしたんだい?」


 気づくと、オスカーが俺の顔を覗き込んでいた。


「え? ああ、いや、考え事をしていてな」


「考え事?」


「ああ。これから国境を越えるのかと思ってね」


「なるほどね。流石のバリアシオン君も、『蛮族』は怖いとみえる」


「―――まあ、そうだな」


 『蛮族』―――。

 最近よく耳にする種族だ。

 物騒で見下した言い方だが、俺はどういう人たちのことを『蛮族』と呼んでいるのかよく分かっていない。

 国境を越えたら出くわすことがあるらしい。


 俺の勝手な印象だと、山の中で獣と共に生きてる狩猟民族、という感じだが、どうやら少し違う。

 例え文明を持っていても、ユピテル共和国に反抗する敵対勢力のことを総じて『蛮族』というらしい。

 だが、それは割とあいまいで、かつてユピテル共和国と戦争をしていた『キュベレ』ーという国の人間は、蛮族とは呼ばれていなかった。

 戦争はしていないが、関係はあまりよくない『ユースティティア王国』の人間も、蛮族ではないらしい。


 もしかしたら『国』を作っているか作っていないかの違いなのかもしれない。


 とりあえずカルティア人は『蛮族』認定されている。

 

 カルティア人だけかもしれないが、俺が聞いたところによると、『蛮族』は身体能力が高い。

 体格もユピテル人よりも大柄であるらしい。

 というか、ユピテル人がこの世界では小柄だ。

 

 彼らは総じて好戦的で、領土よくも強く、諦めも悪い。おまけに残忍だ。

 敵であれば子供も容赦なく殺し、女は持ち帰って犯したのちに殺す。

 

 正直、絶対に会いたくない。 

 いや、カルティア遠征に従軍するなら絶対会う事になるんだろうけど、会いたくないものはない。


「大丈夫さ。バリアシオン君なら、どんな凶悪な『蛮族』でも一撃だよ」


「オスカー、お前のその過大評価はいったいどこから来るんだ・・・」


「無論、僕からさ」


 オスカーは得意げに語る。


「ヤヌスを発つ前、君が共に来てくれると言ってくれただけで、今まで震えていた足のすくみがなくなった。細くなっていた食欲が戻った。夜もぐっすり眠れるようになった。

 今の僕が、戦地に向かいながらも、旅を楽しむ余裕があるのは全部君のおかげさ。もちろん不安な気持ちもあるけれど、それ以上に君に対する信頼の方が大きいんだ。だから、君はもっと自信を持ってくれ」


「オスカー・・・」


 なんとも恥ずかしいことを惜しげもなく言う奴だ。


 確かにオスカーは、一緒に行くと伝えた瞬間、急に明るくなった気がしたが、それほど不安だったのか。


 ―――まあ無理もないか。


 俺だって不安だ。


 だが、彼がここまで言ってくれるのだ。

 もちろん半分程度はいつものヨイショだろうが、それでも、友の信頼には応えたいものである。


「さあ、バリアシオン君。早く馬車に乗ろう」


「ああ」


 俺たちは馬車に乗り込んだ。


 ここから先は、『エメルド川』まで一直線、『カルス街道』だ。



● ● ● ●



 『カルス街道』は何の捻りもない、だだっ広い道だった。

 地面が石で舗装されているのかと思ったらそうでもなく、舗装がされているのは縁だけで、道自体は土だった。

 

 馬車の窓から外をみても、基本的には遠くに山のようなものが見えるだけで、見渡す限りに街どころか、森や林もない。

 たまに遠目で、平屋の建物や、羊飼いかなにかだと思われる人影も見えたが、そらくらいだ。


 たまに対面から来る馬車とすれ違う事はあった。

 商人や旅人だろうか。


 『カルス街道』は、馬車が対面ですれ違うのに苦労しない程度の幅がある。

 確かにこれほどの幅の道を石レンガで埋めようかと思ったら相当に大変だろうし、縁だけ舗装して、道としたのは、効率がいいのかもしれない。



 ひたすら道なりに馬車は進んだが、日が暮れてきたので、道から少しそれた場所で野営することになった。

 どうやら『カルス街道』は幅だけでなく、距離も長いらしい。


「しかし、『カルス()()』っていうのに、どこにも街が見えないっていうのはどうしてなんだろうな」


 焚火の前で干し肉をかじりながら、俺たちは談笑していた。

 俺たちももう野営に慣れたもので、固い地面のベッドも、味気のない干し肉にも少し愛着が湧いてきた。


 俺が何気なく呟いた質問だったが、オスカーはかぶりをふる。

 彼も知らないようだ。 


「―――昔はここら一帯にも街がたくさんあったんですよ」


 答えたのは俺たちより対面、少し離れた位置に座るバルビッツだった。

 

 彼とも、旅を通して、少しだが話すようになっている。 


「昔は―――ですか?」


「ええ。かつて、100年ほど前にこの街道が作られたときは、左右をたくさんの街や村が囲み、それなりに栄えていたそうです」


 100年ほど前ということは、当然バルビッツも生まれていないだろう。

 たしか、まだユピテル共和国が大牙海を制覇していない時代だ。


「どうして無くなってしまったんですか?」


「戦争です」


 バルビッツは短く答えた。


「40年ほど前になりますかね。丁度私が生まれたころでしょうか。『バルムンク戦争』というのは知っていますか?」


「はい」


 オスカーも頷く。

 誰でも知っている戦争だ。歴史の授業では最も出てくる単語かもしれない。

 ユピテル共和国が大牙海の覇権をめぐって『キュベレー』という国と起こした戦争。

 その通称が、『バルムンク戦争』だ。


「その戦争で、共和国は『キュベレー』の知将、バルムンクに、あと一歩のところまで追い詰められました。キュベレー軍は海を渡り、我々の本土に侵攻して、西から―――そう、まさに我々が今通っているこの道を下って、首都(ヤヌス)の目前まで迫ろうとしました」


 寡黙なバルビッツがやけに流暢に話すので、俺とオスカーは黙って聞いている。


「そして、戦争の命運を分ける一大決戦、『キュベレー』対『軍神ジェミニ』の戦いが起こりました。丁度この『カルス街道』の辺りです。戦闘は激しく行われ、その余波で、多くの街が吹き飛び、民は逃げ、終わった時には何も残っていなかったと聞きます」


「・・・・・」


 辺り一帯の街を吹き飛ばすほどの戦闘。俺も『軍神ジェミニの英雄譚』で読んだ記憶がある。

 所詮、物語のなかの話だと思っていたが、実際にその土地に来てみると、やはりなにか感じるものがあるな・・・。

 生前、アニメやマンガが好きな友人が、「聖地巡り」なんてものをよくやっていたが、それと似たような心境かも知れない。


「・・・『軍神ジェミニ』って、まだ生きてるっていう話ですけど、いったい何をしてるんですか?」


 不意に気になったので、俺は尋ねてみた。


 バルビッツは少し遠い目をしながら答えた。。


「―――さあどうでしょうね。死んでいるとも、はるか遠い地を旅しているとも聞きます」


「・・・そうですか」


 そんな有名な人が生きてて所在もわからないっていうのも、変な話な気もするけど・・・そう言えば俺は『軍神ジェミニの英雄譚』の3巻をまだ読んでいないな。リュデが買っていたから後から借りようと思っていたんだが、すっかり忘れていた。


 ―――帰ったら読ましてもらおう。


 そんなことを考えながら、ふと隣をみると、オスカーは既にうつらうつらとしていた。

 

 オスカーを毛布にくるみ、その日は俺も寝ることにした。

 

 バルビッツは俺が毛布にくるまったのを確認し、警備の仕事に戻っていった。


 子守りに、見張りに、大変なことである。



● ● ● ● 


 馬車は快調に進んだ。

 一本道なので方向の調整も必要ない。天気も良好で、特に進めない時もなかった。


 次第に寒くなってきたので、俺たちは用意してもらったコートを羽織る。

 ありがたいことに手袋も厚手の物が用意されていたので、それを付ける。

 馬車の中に暖房があるわけでもないので、膝には毛布までかける。


 火属性魔法で、周囲を温かくする魔法があったので使う事を提案したが、ミランダに却下された。

 やはり、いざというときのために魔力は残しておいた方が良いとのことだ。

 その通りだと思う。


 オスカーが少し残念そうな顔をしていた。




 そう何日もかけることなく、俺たちは『カルス街道』のゴールに到達することになった。


 『エメルド川』だ。


 使節は一度止まり、バルビッツと打ち合わせをすることになった。


 馬車から降りるとき、横目で俺は『エメルド川』の方を見た。


 ―――すごく大きくて――青い――。


 巨大な川だった。


 幅は何メートルあるかもわからないほど広かった。もしかしたら、100や200メートルではないのかもしれない。

 色は深い青であり、一見海のようにも見える。実際、深さも相当であるように思えた。


 だがこれ海と思う人はいないだろう。

 なにせ『橋』が架かっている。


 『カルス大橋』だ。


 ここまで進んできたカルス街道と同じ幅くらいの、石造りの巨大な橋だった。


 この川に、いったいどのようにしてこんな巨大な橋を架けたのか、俺には全く分からない。

 ここからではよく見えないが、きっと橋を支える柱はきちんと底まで届いているのだろう。

 しかし、この広さの、この深い川に、太い石の柱を建てるなど、この世界の技術力では不可能に思える。

 多分、土属性の魔法を応用したのだと思うが・・・。


 いや、しかしもしかしたら上流をせき止めたりして水量を調節し、何十年もかけてコツコツと造ったのかも知れない。

 ユピテル人は建築については勤勉であると聞くし、なにか独自の方法がある可能性もある。


「―――どうしましょうか? 日が落ちるまでまだ結構ありますが、今日は渡らず、こちら側で野営にしますか?」


 バルビッツが俺たちに呼びかけていた。

 最近は旅程の相談もしてくれるようになった気がする。打ち解けた証拠だと思うと、嬉しいことではある。派閥が分かれていても、案外お互いきちんと話せば仲良くなれるのかもしれない。


「向こう岸に渡ってしまえば、すぐに襲われるような危険地帯なのですか?」


 オスカーが尋ねた。


 一応、ユピテル共和国が正式に自国の国境と定めているのはこの『エメルド川』までだ。

 この川を渡り切ってしまえば、その先は国外。ユピテルの統治は及ばない場所だ。


「いえ、橋を渡ったとしても、2日ほど進む間は、殆どこれまでと変わりません。やはり物騒なのは北方山脈近辺ですかね」

 

「なるほど・・・では進みましょう。尻込んでいても仕方ないので」


「わかりました」


 オスカーの鶴の一声で、すぐに国境を越えることになった。


 しかし、国境なのに検問とかはないのだろうか。

 街や都市に入る際はあったのに・・・。

 もしかしたら人口の管理とかは都市への出入りのときだけで決めているのかもしれない。


 俺たちは『カルス大橋』を進み始めた。


 ゴトゴトと馬車が揺られる音がする。

 石畳を歩くとなるとやはり音が違う

 しかも、中々に揺れが激しい。長く乗っているとお尻が痛くなってしまいそうだ。

 

 それに目にも毒だ。さっきから俺の正面で、ミランダの胸がバインバインと揺れている。

 毛皮のコートの上からでもわかるくらいだ。


 目のやり場に困り、俺は窓を見るしかない。

 ここからでは橋は見えないから、風景しか見えない。

 北方山脈と思われる山々だ。

 山頂の方は雲まで届いており、あの山々の標高が、相当に高いことを示唆している。

 あんな山を越えるのは確かに無理だな。


 ちなみにオスカーの目は、常にミランダの2つの山に釘付けだ。多分もう少しでバレるからやめた方が良いと思う。


「―――ん・・・あれ」


 前の方から困惑する声が聞こえた。

 オスカーでもミランダでもない。大人の男性の声だ。


 そしてすぐに窓が開き、御者の顔が出てきた。声の主だ。


「すまねえ、久しぶりの石畳に、馬が拗ねちまった。ちと待っててくれや」


 確かに、馬車は止まっている。

 ここまでずっと土の道だったから、石畳の道に違和感を感じたのだろう。


 そういえばこの世界の馬は蹄鉄とかしているのだろうか。

 (あぶみ)とかも導入されているのかは気になる。


「あの、じゃあ、少し外に出てもいいですか?」


 オスカーが少し興奮した面持ちで言った。

 国境を越えることに興奮しているのか、巨大な橋に興奮しているのか、それともミランダのおっぱい山脈に興奮していたのかは知らないが、とにかく外に出たいようだ。

 御者の許可を得て、オスカーはそそくさと馬車を降りる。


 俺もいくつか確認したいことがあったので降りた。

 

 見渡すと、馬車は橋の中腹あたりで止まっていた。

 向こう岸をみると、北方山脈を背景に、バルビッツ隊長が橋を渡り切ったところだ。


 俺は馬車の前方に行き、馬の様子をみてみた。


「ブヒヒ! ブヒュウ!」


 栗毛の大柄な馬は、豚みたいに不機嫌な声を出しながら地団太を踏んでいる。


 蹄鉄はしてあった。が、俺の知っているような打ち付けるタイプではなく、サンダルのように紐で固定するタイプだった。靴擦れとか起こしそうだな。


 御者をみると、ドウ、ドウとか言いながら手綱を掴んでいる。落ち着かせているらしい。


 御者は馬自体には乗らず、後ろの台座に座っていたので、鐙はついていなかった。

 あとで護衛隊の馬も見てみよう。今まで気にしてなかったからな。


 オスカーの方へ歩きつつ、俺は自分が立つ石橋をしげしげと眺める。

 普通に人の手で作られたものにも見えるが・・・やはり魔法が使われた形跡もある気がするな。

 この世界の属性魔法って、攻撃魔法よりも、修復や生産の方が向いている部分もあるし、建築とかも魔法が使われているのかもしれない。

 イリティアはあまりそういったことは得意ではなかったし、いつかその道に詳しい職人でも訪ねてみたいものだ。


 オスカーは、馬車の後方から北方山脈をみていた。

 どこか前かがみになっているが、俺は指摘しない。思春期だからしょうがないことなのだ。


「・・・いやあ石畳はどうやら馬車の馬を萎えさせてしまったようだが、僕の馬はまさに押さえが効かないくらい元気になったよ」


「―――ぶっ!!」


 と思ったら、こいつは構わず爆弾を投下してきた。


 思わず吹き出してしまったが、流石にその話を掘り下げる気にならなかったので、違う事を聞く。


「ミランダは出てこないのか?」


「ああ、刺激が強すぎるからね。待っていてもらうことにした」


 なんだ自分で頼んだのか。

 しかし、今回は珍しくチョップを食らわなくて済んだようでなによりだ。


「バリアシオン君は? 下を見つめてどうしたんだい?」


 今度はオスカーが尋ねてきた。


「いや、こんな巨大な橋をどうやって作ったのかって思ってね。結局よくわからなかったが、多分魔法は使われている」


「ああ、確かにこの橋は手作業でとなると、なかなかに難しいだろうね。『エメルド川』は深くて広い。せき止めるのことも不可能だろう」


「やはりそうなのか・・・」     


 しかし、橋を造る魔法なんて存在しまい。おそらく、いくつもの魔法を何度も並列起動して、石を並べてくっつけていくのだ。地道なうえに、高度な技術が要求される作業だ。

 もしかしたら名のある魔法士の方かもしれない。

 『カルス大橋』ってくらいだから、『カルス』って人が作ったのだろうか。


「オスカーこそ、なにを見ていたんだ? 北方山脈をみているように見えたけど」


 俺が尋ねると、オスカーは少しため息を吐きながら言った。


「いや、そういうわけじゃないんだが・・・なんだか同じくらいの山が2つ並んでると、おっぱいに見えて・・・」


 なるほど。

 彼には本物の山脈もおっぱい山脈に見えるらしい。

 こいつは1回医者にいろいろとみてもらった方が良い気がする。


「―――もう馬は大丈夫だって。はやくいこ。もう皆渡り切ってる」


 しょうもない事を話していると、馬車の窓からミランダの声が聞こえた。


 そうか、馬が落ち着いたならもう行った方が良いだろう。

 俺も気になることは見れたし満足だ。

 オスカーの馬の事は知らない。


「よし行くぞオスカー、もう俺たちだけだ」


「ああ、そうだね」


 ん?


 ―――俺たちだけ?


 その状況に、俺は何かを感じた。


 そう、今、橋の中腹にいるのは俺たちだけだ。


 直ぐ前には俺たちがここまで乗ってきた馬車があり、ミランダは中にいる。


 向こう岸からは、バルビッツがこちらを怪訝に見つめている。


 他にまだ渡っている人はいない。


 橋に立っているのは俺とオスカーだけ。


 おかしい。

 どうしてこの橋の上で俺たちだけが()()()()()()()()


 感じたのは、間違いなく良い予感ではなかった。

 これは絶対に悪い方向の予感。


 あり得ないことはないが、少し不自然な状況。


 まるで作為的に作り出されたような―――。


 ―――――そう思った瞬間。


「ブッヒヒヒヒヒッヒン!!!!!」


 酷い馬の鳴き声が響いた。俺のすぐ前だ。


「!?」


 驚いたと同時に、馬車がものすごい勢いで走り出した。俺たちを()()()


「――ちょ!! ドウ! ドウ!!―――」


 御者の慌てる声が遠くなる。


「―――なんだっていうんだ!?」


「さあな!・・・・―――っ!?」


 慌てて馬車を追いかけようとしたところで―――真上から―――――『何か』を感じた。


 動物というのは人間よりも、《危機》に対して敏感だ。

 だから、馬は指示を聞かずに走り出した。


 そして数秒遅れで、俺にも分かった。


「――――っ!」


 それは、エネルギー。


 間違いなく、強力で、当たれば人の命など完膚なきまでに奪うような強力な―――。


「―――オスカー!!!!!」


 俺は反射的に、呆然としていたオスカーを押し倒す。


 そして―――。


 ――――ドゴオオオオオン!!!!!


 耳をつんざくかのような轟音と共に落ちてきたのは、視認できるほどの巨大な落雷――。


 ―――いや、雷魔法だ。


 圧倒的なエネルギーと魔力が込められたその魔法に、先ほどまで俺とオスカーの立っていた場所は無残に崩れ落ち、そして――――。


「橋が―――落ちるっ!?」


 ―――『雷』は『土』に強い。


 魔法額の基礎の基礎で学ぶことだ。

 

 落ちてきたのは雷魔法。そしてこの橋は―――土魔法で造られている。


 そこまで理解して、俺は目を見開き、状況を確認する。


 圧倒的な質量の雷魔法が、橋の中心を直撃した。その場所を中心に、橋が倒壊している。


 ミランダの馬車は向こう岸に間に合うだろうことを瞬時に判断。


「オスカー! 走るぞ!」


「・・・あ、ああ!」


 腰が抜けているオスカーの手を掴み、走り出す。

 

 加速魔法全開、オスカーを抱えて、地面を蹴る。


 ―――いや、蹴ったつもりだった。


 ――――ピキッ 


 嫌な音と共に、自分の足が、満足に地面を蹴れなかったことを察した。


 ―――足場が、崩れた。


「――――っ!!」  


 俺の跳躍が、浅い。距離が足りなかった。

 前には跳んだものの、次の石に触れようとした瞬間、その石も崩れていく。

 

 ―――倒壊のスピードが速い。


 ふんばりが効かずバランスを崩した。

 

 オスカーが宙に舞う。


 何が起こっているかわからない、そんな表情だ。


 ふわりと重力に引かれていく感覚が全身を支配する。

 

 何を掴んでも、全て一緒に落ちていくものだ。


 オスカーの顔が見えた。

 俺より少し上にいる。


 ――――ああ。


 楽観視、していたのかもしれない。


 想像していたよりも、危険のない旅。

 思っていたよりも打ち解けれた護衛隊。 

 楽しそうなオスカー。

 

 俺も楽しかった。

 

 けど、それではダメだった。


 あれは魔力が変換された雷魔法。明確な、害意を持った攻撃だ。自然の落雷なんかでは絶対にない。


 誰かが、害意を持って攻撃をしたのだ。


 もっと考えれば、その害意の元が分かったかもしれない。

 もっと慎重に進めば、害意を向けられることがなかったかもしれない。

 もっと油断しなければ、橋の上でのんびりしたりしなかったはずだ。


 俺はいったい何をしに来たんだ?


 こうならないために、親友を守るために来たんじゃないのか?


 なのに、いっちょ前に旅行気分で、人のいう事をすぐ鵜呑みにして。


 護衛っていう大人がいることに安心して、甘えて、自分の役割すら全うできない。


 国境を越えたら気を抜けない?

 バカが。国境の中なら気を抜くってことじゃないか。 


 ―――クソ・・・。


 俺とオスカーは落下する。


 真下には底の深い、エメルド川。

 中に何がいるかも、どれほど深いのか、落ちたらどうなるかなど知らない。


 オスカーと目が合う。


 彼の顔はいろんな感情が混ざった顔だった。

 恐怖、畏怖、信頼、後悔、自責。ぐっちゃぐちゃになった顔で、俺の事をみていた。


 ―――そんな顔するなよ。


 わかったよ。

 やってやる。


 信頼には、応えなきゃいけない。、


 ―――魔力を練り上げる。


 落ちる人を持ち上げ、崩れる橋の石を掻い潜らせ、岸まで運ぶには。


 ただの重力魔法じゃだめだ。


 ただの風魔法でもだめだ。


 制御するのは12の魔法。


 8つの重力と4つの風。どれもがなくてはならない重要な魔法。


 精密に、緻密に、綿密に、しかし迅速に。


 《魔力神経》をフルに通す。ありったけの魔力をぶちこむ。


 未だ成功したことのない、人類の夢の魔法。


 だが―――!!


「―――バリアシオン君・・・まさか君!?」


 少し上からオスカーの声が聞こえた。


 言葉には答えない。


 するのはイメージ。

 理論はできているんだ。


 できていないのは、俺の凝り固まった「できない」という考えの払拭だ。

 

 行ける。

 空は―――飛べる。


 12の魔法の多重制御により俺が理論上成立させた夢の魔法。


「―――――ォォォオオオッ!!」


 声と共に『飛行魔法』が発動した

 ごっそりと俺の魔力が持っていかれる感覚が走る。


 2度はできない。


 だったら決まってる。


 俺は、オスカーを飛ばした。


「―――!?」


 ビクンと、オスカーの目が見開かれる。


 そして俺とオスカーの距離がぐんぐん離れていくことが分かる。


 オスカーを動かし、落ちてくる瓦礫から避ける。


「―――良かった」

 

 成功だ。12の魔法が並立して発動している。


 これが、人類初の空中飛行だ。

 歴史に名を残すには十分だ。


「バリアシオン君―――!!!!!」


 空を掻くようにこちらに手を伸ばすオスカーはどんどん遠ざかっていく。

 俺は落ち、オスカーは浮く。当然だ。


 もう少しだ、もう少しでオスカーが岸の上に着く。


 最後の魔力を振り絞り、オスカーを押し上げる。


 ―――バン!!!!!


 オスカーが誰かに捕まったのが見えたと同時に、凄まじい衝撃が俺の全身を叩いた。


「――――んぶう――――!!!」


 あまりの痛みに出てきた悲鳴は水の中にかき消される。


 そうか、高いところから水に落ちれば、水面はコンクリートのように硬くなる。


 全身を襲う痛みと、徐々に失われていく酸素に、思考が途絶されていく。


 必死に姿勢制御と身体強化をしようとするが―――。


 ああ、ダメだ。


 魔力も枯渇する―――。


 ダメだな・・・この組み合わせだと魔力の消費が大きすぎる。


 たとえ飛べても一瞬じゃないか。


 帰ったら組み合わせの見直しをしないとな・・・。


 ―――意識が途絶えた。






 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。

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