第5話:両親からのプレゼント
主人公以外の視点があります。
よろしくお願いいたします。
● ● アピウス視点 ● ●
アピウス・ウイン・バリアシオンはユピテル貴族だ。
まだまだ若手ながら法務官という公職に就くことができ、同じ年齢の貴族にしては稼ぎはいい方だろう。
法務官の任期を終え、しかるべき年齢になれば元老院議員の地位は確約されていると言ってもいい。
ウイン一門は弱小な氏族ながら、アピウスは実績が評価されて、名門たるローエングリン家から妻を娶ることができた。
妻のアティアはとても器量がよく、血統だけで言うならば格下のアピウスの顔を上手く立てながら、仕事で行き詰まったときなどは励まし、助けてくれた。
おまけに3人もの子供に恵まれた。
産んでくれた妻には感謝の言葉しかない。
最近は北西部のカルティアによる領域侵害や、東部属州の内紛、はたまたユースティティア王国の影響で仕事が忙しく、あまり家族といる時間が取れない事だけがたまに傷だが、自分は非常に恵まれていると思う。
しかし、アピウスには今とても悩ましいことがある。
――――長男アルトリウスが紛れもなく天才なのだ。
アピウスはあまり子供達の教育に関与して来なかったので、詳しくはわからないのだが、聞く限りでは末恐ろしい子供であることがわかった。
まず、アルトリウスが言葉を話し始めたのは1歳~2歳の頃だと聞く。
時期としては全く他の子供と比べて違和感はないのだが、アルトリウスの場合、話し始めた言語は2歳の時点で殆ど完成されていたという。
これは異常な理解速度だ。
通常の子供は1歳~2歳の間、喋り始めることは確かだが、それは所詮拙い文法だ。
「ママ、どこー」のように、せいぜい2単語を続けて言う程度のものだろう。
もっともこれらは後に弟アランと妹アイファが生まれてからより顕著にわかったことだったのだが。
アルトリウスは殆ど夜泣きもなく、その代わり、いくらあやしてもあまり表情に変化のない子供だった。
アピウスもアティアも子育ては初めてであったので、せいぜい落ち着いた子だな、と思う程度であったが、アランとアイファが生まれてからは夜は子供の泣き声が響き渡るのが常となっていて、流石にアティアも大変そうであった。
思えば子育て経験のあるチータなどはしきりに「アル坊っちゃんの将来が楽しみですね」などと言っていたが、やはりその異常性は計り知れない。
さらにアルトリウスは3歳時、すでに読み書きを覚えていた。
この時点で流石にアピウスも息子が天才であることには気がついたが、ただ喜ぶばかりで、特にどうしようということも無かった。
そして最近、アルトリウスのその異常とも言っていい学習能力はより顕著に表れ始めている。
ある時は、
「父上、現在ユピテル元老院は立法・行政・司法すべての権利を掌握していますが、これは民主主義というより少数寡頭制の政治ではないでしょうか?」
だとか、またある時は、
「父上、もしも共和国が戦争をする場合、執政官の1人を司令官に任命して戦地に赴かせるらしいですが、これは首都に残るもう1人の執政官の独裁を招くのではないでしょうか? また、もしも戦争中に司令官の執政官任期が切れてしまった場合どうするのですか?」
など、真っ当な大人でも返答に困るような質問を平気でしてくるようになった。
なんだ? 息子は6歳にして政治家にでもなりたいのだろうか?
最近はもう読書室の本も全て読み終えたようで、外で体の鍛錬や、友人との交友に勤しんでいる。
たまに彼から先ほどのような質問をされることもあるが、もはやアピウスには答えられないようなものも増えて来ている。
バリアシオン家の未来は安泰―――と言ってしまえばそれまでであるが、それでいいのだろうか。
1人で勝手に学び、勝手に成長していくアルトリウスに、自分たち親が、何一つ親らしいことをしないままでいいのだろうか。
「アルトリウスに家庭教師をつけようと思う」
ある日アピウスは妻、アティアに相談を持ちかけた。
ユピテル共和国には学校制度が存在する。
学校には有名な魔道士や、過去の戦争を経験した将軍など、優秀な講師が揃っている。特に首都ヤヌスの学校ならなおさらだ。アルトリウスも、学校の入学は楽しみにしていた。
しかし学校の入学は8歳からだ。
アルトリウスは今6歳であるが、つまりここから2年間の間、彼はせっかくの才能を無為に過ごしてしまうのではないだろうか。
大抵の貴族の子弟は6歳~8歳の間、剣術を習う。
剣術は親が教える事が一般的だが、残念なことにアピウスはあまり剣術が得意ではない。根っからの文官なのだ。
だとしたらきちんとした人間に指導してもらったほうがいい。
その場合、取れる手段としては、学校入学までの間に《家庭教師》を付けるという方法がある。
上級貴族ならむしろ、子どもの才能に合った《家庭教師》を招くことが普通だという吹聴もある。
「ふふ、アルはとても頭がいいものね」
アティアは微笑みながらアピウスに語りかける。
正直、アルトリウスと接している時間は、アピウスよりも彼女の方が圧倒的に多い。
「確かに、最近のアルは家にいる間、とてもつまらなさそうにしているわね」
「そうなのか・・・」
「ええ、この間なんか庭にできた蟻の巣を2時間ほどずっと眺めてたわ」
「それは・・・なんというか、大丈夫なのか?」
「どうでしょうね。アルのことだから、何か考えがあって眺めてたのかもしれないけど」
「ううむ」
アピウスは唸る。
蟻の巣を眺める意味は正直わからないが、やはり息子が暇そうにしているというのは本当のようだ。
「それで、家庭教師をつけることはどう思う?」
「もちろん賛成よ」
問いかけるとアティアは即答し、
「そういえば、アル、魔法が習いたいって言っていたわね」
と続けた。
「―――なるほど」
息子がやりたいと言ったことを、全力で叶える。
天才で最愛の息子に、相応しい環境を―――。
アピウスはすぐさま行動に移った。
● ● アルトリウス視点 ● ●
この世界の魔法の習得はどうやらとても難しいものであるようだ。
一応学校で基礎的な事は教えられるようだが、どうやらその基礎的な魔法を使うことすらとても難しいらしい。
たとえ基礎的な魔法ができたとしても、その後普通に暮らしているうちに魔法を使う機会なんて訪れないので殆どの大人が魔法の使い方を忘れてしまっているそうだ。
なので大抵の魔法使い志望者はどこかの魔法使いに何年も師事して魔法を覚えるそうだ。
そして師として魔法使いを招くには莫大な金がかかるらしい。
なので、実際に魔法を使えるようになる人間というのは金満商人や大貴族などの一部の子弟に限られるようだ。
軍人などは職業柄学ぶこともあるらしいが――。
ともかく、これを知ってから、俺は魔法については半ば諦めていた。
一応、学校に入ってから、なんとか頑張ってみるつもりだ。
と、まあそれはいいんだが、問題は学校に入るまであと2年もあることである。
どうやら、貴族の子弟――特に男子は、学校入学前のこの時期、剣術を習うことが一般的らしい。
カインも最近は剣の修業があるとかでめっきり姿を見せなくなったし、エトナもエトナでなにやら礼儀作法やら料理やら花嫁修業のような事をさせられているらしい。リュデですらチータから家事を習い始めている。
つまり、何が言いたいかというと、暇なのだ。
読書室にある本はもはや全て読み終わっており、ものによっては暗記すらしている。
俺も何か家のことを手伝おうとしたら使用人たちに止められた。
この間なんて、あまりにも暇すぎるから、庭にできたアリの巣に何匹アリがいるかを数えるという極限まで無駄な時間を過ごしてしまった。
というか、俺は剣術を習わなくてもいいんだろうか?
流石に前世で剣道を習ってたわけでもないし、我流で学ぶのは難しいのだが。
多くの貴族の子供は親から剣を習うというが、アピウスが剣を教えてくれるのだろうか。
アピウスは長身細身の文官という感じで、とても武術ができるようには思えないが・・・。
そういったことをそれとなく両親に相談しようと思っていた矢先、アティアが言った。
「そういえばアル、来週から家に、家庭教師の先生が来ることになったわ」
どうやらやはりアピウスは剣術を教えるには不向きなようで、家庭教師を呼ぶことになったようだ。
しかし、その後の母のセリフは、俺の願ってもないものだった。
「剣術の先生のつもりだったんだけど、《魔法》も教えれる方を探していたら時間がかかっちゃって。ごめんね」
「―――――やった!!!」
話を聞いた瞬間、思わずガッツポーズが出てしまった。
《魔法》が習える―――!?
どうやら以前俺が母に魔法が習いたいと漏らしたのがきっかけのようだ。
しかし、魔法を使える家庭教師とはとても希少で、莫大な依頼料がかかるはずなのだが大丈夫だろうか?
そう思って父に聞いたところ、
「私は父親として、息子に望む教育を受けさせる責任がある! 心配はいらない!」
と一笑に付されてしまった。
もっとも彼の顔は半分引きつっていたので、実は相当無理をしていたのかもしれないが。
だとしたら罪悪感も多少あるが、それより素直に感謝しておいた方がいいだろう。
「父上、母上、ありがとうございます!」
多分、俺が転生してから1番の笑顔でお礼をいうと、両親は朗らかに微笑んでくれた。
まったくいい両親のもとに生まれたものである。
前世の記憶を持ったまま誕生した俺は、おそらく普通の子供とは違う―――見方によっては気持ち悪い子供であったと思う。それでも、変わらず、愛情を注いで育ててくれている両親には感謝してもしきれない。
―――今度の人生では必ず恩返しをしよう。
俺はそう決意した。
――そして、1週間後。
俺の家庭教師が到着した。
次回から修業編。
読んでくださりありがとうございました。合掌。