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第48話:間話・カルティア統一戦線

 カルティア軍の話です。


 ヤヌス西部にあるカルティア地方。

 カルティア地方では、さまざまな部族が入り乱れるのがの特色だ。


 彼らは部族によって規模や人口は大きく違う。

 大規模な部族は、街や都市を作り勢力を拡大させ、小規模な部族は、ひっそりとその大規模な勢力の間で暮らしていた。


 彼らカルティア地方の住民は基本的に好戦的であり、自分たちの身体能力と生命力を自負している。

 部族ごとに多少の能力は違うものの、どの部族もが、他の部族より優れていると思っていた。


 だが、ここ数年、カルティアの部族は、その規模に関わらず、関係をある程度融和する傾向になった。


 ――どうして融和する、という好戦的な彼らにしては弱気な判断をすることになったのか。


 簡単だ。


 彼らを――全部族を共通の《カルティア人》と目し、敵対する、強大な征服者がやってきたからだ。


 『ユピテル共和国』


 カルティアからみると、北方山脈とエメルド川を東に越えた先にある大国だ。


 確かにカルティアは、稀に起こる飢饉や、部族間の対立によって、いくつかの部族が領土拡大を求めて北方山脈を越えて進行したことは何度かあった。


 しかし、どれもが撤退、もしくは全滅している。

 それ以来ユピテルには手を出さないという暗黙のルールが、カルティア人には根付きつつあったのだが・・・。


 ―――まさか向こうから攻めてくるとはな。


 騒がしい部屋で1人の男が思惑していた。


 男は、カルティア人にしては小柄で、どこかひ弱にもみえる。

 紺色の長髪は、カルティア人にありがちに伸ばしっぱなしではあったが、後ろで一つに束ねていた。


 男の名は『セルベント・キャスタ』。

 基本的に名字の存在しないカルティア人であるが、その部族を束ねる者には、族長の総称として、部族名を冠する。


 つまりセルベントは、カルティアの部族の1つ、キャスタ族の長であるということだ。


 キャスタ族は人口こそそれなりにあるものの、軒並み体格が小柄である上に、魔法力、身体能力ともに他の部族に比べれば劣る。


 それゆえ、他の部族からは軽くみられる事もある。


 だが、キャスタ族には、他の部族にはない能力―――知恵がある。


 実際、力で劣るキャスタ族が数と領土を保ち、ここまで生き残ってきたのは、その知恵を使って上手く紛争を潜り抜けてきたからである。

 戦闘以外の教育の文化が薄いカルティアに置いて、学校という制度を取り入れているのはキャスタ族だけであるし、外交や貿易などを重視しているのもキャスタ族だけである。

 これらを存分に生かし、現在ではカルティアで最も栄えていると言ってもいい都市『キャスターク』は、言わずもがなキャスタ族の領土にある。


 従って、この『カルティア部族会議』に呼ばれるのも当然ではあるのだが・・・。


 ―――くだらないな。


 カルティア人が、ユピテル人に『蛮族』と呼ばれるのも仕方がない光景が、そこにはあった。


「だから! とにかく全軍をもって突入し、突破口を開くのだ!! 腑抜けたユピテルの軍など、我がグライダ族の騎馬隊で一網打尽にしてくれる!!」


「ふん、『剛腕』も地に落ちたな!! 騎馬隊ごときが何をいっている!! 我らがマラド族の魔法士隊こそ、戦略の要、貴様らの出る幕などない!!」


「ほう、後方から有効かどうかもわからん、小手先の術しか使えんマラド族が吐きおるわ!! せいぜい目くらましが限度ではないのか!?」


「はん! 騎馬も魔法も必要あるまい、重要なのは数だ。敵は大軍で攻めてくると聞いている。我がポスカ族の歩兵はどれも精強な戦士たちだ。我々が軍の主力であることに、変わりはあるまい!!」


 仮にも部族を代表する者ばかりが集まっているというのに、この部屋の男たちは、椅子から立ち上がり、机を叩き、今にも殴り合いでも始まりそうな雰囲気だ。


 ―――これだから文化教育の概念がない部族は・・・。


 セルベントはため息を吐く。


 グライダ族も、マラド族も、ポスカ族も、どれもが戦闘能力が高く、武力によって勢力を伸ばしてきた大規模な部族だ。

 10歳を越えた男児は、すぐに狩猟に駆り出され、12歳になると戦闘教育が始まる。

 

 正直、セルベントからしたら、こいつらが本当に建物の中で生活しているかも疑うレベルだ。


 元々、今回の部族会議は、侵攻してきたユピテル軍に対してどうするか、という意思統一のためのものだった。


 それなのに、彼らは殆ど全員が徹底抗戦を主張。

 どの部族も、自分の部族が1番強いと確信し、むしろ一番槍をどの部族で行くかで争っている。


 セルベントとしては、こいつらが無駄な特攻をしている間に、自分の領土で力を蓄えられると考えれば悪い話ではない。

 実際、それほど力を持っていない部族は多くがそういう腹積もりだろう。


 ―――しかし、いくら蓄えても、1部族だけではユピテル軍には勝てまい。


 すでに『ミオヘン』は落ちたと聞く。


 逃げ帰ってきた将軍は、族長に斬られたようだが、セルベントとしては、勝てない戦をするくらいなら早期撤退をし、兵力を温存するというのは、そう悪い判断にも思えない。


 実際、指揮する将軍を失ったその部族は、現在ユピテルには大敗を重ねている最中だ、多くの領土を失っている。

大きな部族の一つだったが、当然、この部族会議に出席するほどの余裕はないだろう。


 ともかく、仮にも大部族がこの短期間で大敗したような軍だとすると、ユピテルも本気で全カルティアを平定する気なのだろう。


 ―――最悪、我が民族だけでも全面降伏する、という手もあるが。


 それは取りたくない手段だ。

 そんなことをすれば、ユピテル人ではなく、カルティア人に攻められる。


 だとしたら、戦うしかないがーー。

 しかし、今のままでは勝てまい。


 ミオヘンを擁する東の勇・ミオ族が、いとも簡単に敗北したのだ。

 ミオ族は新興ながらも、東部の各地をまとめ上げ、発展を遂げていた大規模な部族だ。

 当然それなりに軍隊も持っていただろう。


 だとすると、今回のユピテル軍には、優秀な指揮官や魔導士がいるのだろう。


 たとえ騎馬が優れるグライダ族でも、魔法士を抱えるマラド族でも、戦士の数の多いポスカ族でも単一では勝てはしまい。


 ―――仕方がないか。


 セルベントは目を開けた。

 旗印など趣味ではないが、仕方がない。

 このままではキャスタが、カルティアが亡ぶのだ。


 誰かがやらねばならぬなら、自分がやるしかない。


「―――くだらないな」


 不思議と、セルベントの声は室内に響いた。

 周りが怒号に満ちた声だったのに対し、セルベントの声はどこか澄んでいたからだろうか。


 各部族の族長が、セルベントの顔を覗き込む。

 中には明らかに不快な表情を浮かべている者もいた。


 そんな中の1人――グライダ族の族長『剛腕』と呼ばれる男が口を開いた。


「ほう―――貧弱なキャスタ族ごときが、くだらないと申したか、この会議を!」


 憤慨するような男の口調に、セルベントは冷ややかな目を送る。


「・・・くだらないさ。こんな事を話していても、ユピテル軍に勝つことはできない。せいぜい貴様の自慢の騎馬隊が、奴らの魔法で吹き飛ばされる姿が目に浮かぶだけだ」


「なんだと!?」


 『剛腕』が今にもセルベントに飛びかからんとばかりに声を荒げる。

 セルベントは表情一つ変えることはない。


「くくく―――キャスタ族もたまにはいい事を言う。騎馬隊なんてもの、魔法の前では何の意味もなさないのだ」


 『砂塵』の異名を持つ、マラド族の族長が嘲るように笑った。

 『剛腕』の顔は怒りで真っ赤だ。


 得意げなマラド族に対してセルベントは鋭い言葉を放つ。


「ふん、貴様の魔法士部隊も似たようなものだ。ユピテルの卓越した魔剣士は、たった1人で魔法の嵐をかいくぐり、魔法士部隊を壊滅させるのだ。前線のいない魔法士部隊に価値はない」


「なっ!?」


今度は『砂塵』の顔が真っ赤に包まれる。


「では、キャスタ族は・・・前線、歩兵が1番重要と、そう言うのだな?」


 今度はポスカ族の族長がいう。彼自身に異名はないが、彼の歩兵隊には名のある戦士が何人か存在する。


「―――歩兵だけいたところで仕方あるまい」


「っ!! だったらなにが―――」


「――だが、数が重要であるという認識は正しい」


「・・・・」


 いつの間にか場は静まり返っている。


「我々に必要なのは、数だ。それもかつて類をみない。全ての部族を合わせた大規模な軍だ」


 誰もがセルベントの話を聞いていた。


「東の勇、ミオ族がこうも簡単に落ちた。それなのに、まだ一部族の力で勝てると考えているのは愚の骨頂。無能としか言いようがあるまい」


「―――っ」


 いくつかの部族の長が歯噛みする。


「これは、楽観視できるようなことではない。ユピテルはカルティアを制圧しに来ているのだ。それも、本気で。おそらく魔導士も魔剣士も総動員された精強な軍隊だ。こちらもそのつもりで足並みをそろえなければ、取り返しの付かないことになる」


 セルベントの言葉に、近くにいた1人の老人が声を上げた。


「―――つまり、セルベント殿は全部族を含めた共同戦線を張れ、と言いたいわけですな」


 顎髭が長い老人だ。

 それほど規模の大きい部族ではないが、長く続いている古参の部族だ。


「―――そうだ」


 場が騒然とする。

 カルティアの部族が統一される。そんなことは今まで一度もなかった。


「ですが、誰がその指揮を取れますかな? 言っては悪いですが、この部族会議の様子を見る限りとてもではないですが足並みをそろえることなど難しいと思いますが」


 顎髭の老人が言った。


 騒然としていた場が収まり、誰もが黙ってセルベントを見つめる。


 セルベントは答えた。


「無論、私だ」


「ほう――」


 セルベントの言葉に、『剛腕』や『砂塵』など、我こそが指揮を執るに相応しいと思う面々が立ち上がる。


「おい、何を言ってやがる、キャスタ族ごときが!!」


「そうだ!! 頭でっかちのキャスタ族ごときに従う我らではない!!」


「戦場でいくら口が達者でも意味がないのだぞ!!」


 方々から罵倒と罵声が飛び交う。


 しかし――。


「――貴様らでは勝てないからだ!」


 セルベントの怒号が響いた。

 先ほどまでの落ち着いた声とは打って変わった口調に、思わず他の面々が押し黙る。


「ただ先頭に立って指揮するだけでは、ユピテル軍には勝てん!!  奴らは、物資の管理に兵站の概念、作戦の立案に、捕虜からの聴取や策略! 全てにおいて我らの上にある。貴様らにそれと同じことができるか!?」


 族長たちは目を見合わせる。

 もちろん出来る者などいない。


「セルベント殿にはできるとでも?」


「できる。もちろんやり方は違うが―――私に従えば、ユピテル軍を打ち破り、このカルティアから駆逐することができるだろう!!」


「ほう、どのようにして」


 顎髭の老人が興味深そうに尋ねた。

 他の面々は口を出さない。


「言っただろう?  数だ。ユピテル軍は強力だが遠征軍である以上、数に限りある。対して、我らは一部族では数は劣るものの、全ての部族を合わせれば数において有利に立てる。さらに―――地理的有利を存分に生かす!! 正面からの会戦など馬鹿らしい。森を使い、山を使い、耐え忍び、奴らの兵糧が尽きるのを待ち、要所でゲリラ戦を展開する!!」


 誰もが深く話を聞いていた。

 たしかに、机上の上でなら実現可能にみえる。


「―――無論、タダでとは言わん」


 怪訝な顔をする族長連中に向けて、セルベントは言い放った。


「私に従う部族には、キャスタ族からディア金貨1万枚を贈呈する」


「なっ!?」


 驚きを隠しきれない族長たちは思わず目を見開く。


 ディア金貨はカルティアで最も価値の高い貨幣だ。それを1万枚、しかも従う部族ごとに配るなど―――とても指揮官という地位程度のために払う額ではない。


「それだけではない。無事にユピテル軍を駆逐し、勝利した暁には、更に追加でディア金貨1万枚だ」


「なっ、そんなことして何の得が―――」

 

 誰かが言った。

 だが、誰もが思った。

 ディア金貨1万枚。勝てばさらにその倍。

 それぞれの部族に払っていたら、キャスタ族の貯蓄など殆ど残らないだろう。


 その誰かの問いに、セルベントが答えた。


「誠意がなければ指導者としての信頼は得られん。これは、私からの誠意だ」


 誰も―――文句を言わなかった。いや言葉がなかった。


「そうして―――そうまでしてでも勝たねばならんのだ。勝たなければ、生き残れない。カルティアが―――滅ぶ事になる」


 セルベントの悲痛な声が、部屋に響いた。


● ● ● ●


 その日、新たな盟約が結ばれた。

 生まれたのは新たな軍団。

 『カルティア統一戦線』。

 そう呼ばれた軍には、その場にいた全部族が、参加した。

 全カルティアが、『セルベント・キャスタ』を指導者として認めたのだ。


 こうしてようやく、カルティアが一枚岩となった。有史以来初めてにことである。


 『蛮族』と呼ばれた戦闘民族の逆襲が、今始まる。



 次回から新章です。

 1日1話、深夜12時更新を心がけています。

 更新や休載の報告はTwitter @Moscowmule17 で行っております。


 読んでくださり、ありがとうございました。合掌。

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