第46話:間話・強者を求めて②
今回で殆ど原本に追い付きました。
なので、ここまで駆け足気味だった投稿頻度を落とそうと考えています。
とりあえずは、1日に1話が目安です。0時更新です。
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少し昔話をしよう。
かつて、ユピテル共和国はその海岸線を直面する大きな海、『大牙海』を巡って大きな戦争を経験した。
戦争の相手国は、これまた大陸を挟んでユピテル共和国と同じく『大牙海』に面する大国『キュベレー』。
当時さまざまな都市国家を吸収し、民主主義国家の盟主として国力を増長させていたユピテル共和国は、その勢いのまま大牙海の覇権を取ろうと海を渡ってキュベレーにまで勢力を伸ばそうとした。
ユピテル共和国の使節は、キュベレーに対し、ほとんど属国となるといっても変わらない不平等な貿易交渉を持ちかけたのだ。
これは、自国の勢いと国力の高さ、そして大牙海の権益に目が眩んだ、元老院と共和国民の傲慢な採択だった。
その結果ユピテル共和国は手痛い反撃を受けることになる。
キュベレーはユピテル共和国を脅威と判断し、嵐のように宣戦布告。
すぐさま軍を海陸双方から出陣させ、電撃戦を展開してユピテルの主要都市を落としていった。
その指揮をしたのはキュベレー最高の名将『バルムンク・サーベルージ』。
ユピテル共和国も慌てて軍を編成させ派遣したが、バルムンクは戦地の蛮族や地主を味方につけ、地理的なアウェイという不利を解消。
更には魔道士部隊という新たな編成枠組みを有機的に運用して、ユピテルの正規軍をほとんど壊滅状態に追い込んだ。
流石に事態を重く見た共和国の元老院は手持ちの最強の駒、『八傑』を動員するも、バルムンクが奥の手として残していた精鋭の魔道士部隊『暁月の連隊』により悉く撃破され、ついには共和国最後の守り手、当時の軍神バイグルも戦死。
キュベレー軍は共和国の首都ヤヌスまで目前と迫っていた。
共和国民は誰もが絶望した。
誰もが自らの軽率な判断を悔いた。
キュベレーという、ユピテルよりも歴史が深く、イオニア帝国にすら屈さなかった『大国』の底力を、誰もが見誤ったのだ。
これが共和国の最後だと、誰もが思った時だった。
1人の若者が立ち上がった。
若者は形骸化していた元老院で強引に軍団司令官となり、ほとんど兵も連れず、単身キュベレー軍へと向かっていった。
誰もが、向こう見ずな若者の無謀な挑戦だと嘲り、侮った。
しかし―――。
報告された戦果に、国民の誰もが驚いた。
『暁月の連隊』壊滅。
キュベレー軍団、壊滅。
キュベレー魔道士隊、壊滅。
キュベレー軍司令官バルムンク・サーベルージ、戦死。
そして、若者は、一人でこれを成したという。
誰もが信じられなかった。
相手は軍。そして国だ。
個人の武力が左右できるレベルをとうに超えている。
何百もの魔道士に、何千、何万もの兵。たった一人の強者がいたところで、そんなものは数の前では何の意味もない。
だが、人々が見たのは、その何百何千もの兵の死体と、その死体の山の上に立つ、一人の若者だ。
彼の名は『ジェミニ』。
軍神バイグルが育てていた秘蔵の弟子だった。
ただ個として強く、何よりも強く、それは一国の軍すら屠る。
そんな彼のことを人々は真の意味で『軍神』と呼んだ。
ジェミニの活躍により奮起した共和国は、志願兵を募り、ある程度軍を再編すると、塗り絵のように侵略された土地を奪還。
さらにはジェミニに率いられた共和国の軍はキュベレー本土へと南下。
残存していた本土の軍も破竹の勢いで撃破し、キュベレーはついに降伏。
ここに至って奇跡の逆転により、史上初の大牙海の統一が成し遂げられた。
ジェミニは救国の英雄として、また、最強の魔道士として世界中にその名を轟かすことになった。
● ● ヒナ視点 ● ●
ヒナの中で軍神ジェミニとは、そんな小説や御伽噺に出てくるような夢の英雄だった。
だから、イリティアからその名を聞いた時は、半ば懐疑的に、そして半ば興奮気味に頷いた記憶がある。
そして今、ヒナは、そんな御伽噺の憧れや興味本位で簡単に紹介を受けることを了承した事を非常に悔いていた。
―――確かに強いのだろう。だが、万単位の軍団を一人で壊滅させるなんて・・・。
そう思っていたヒナの考えは、一瞬で消し飛んだ。
そう、今ヒナの見ている男は、それほどまでにヒナの常識を根本的に覆したのだ。
ヒナがイリティアに連れて来られたのは、アウローラの中でも都市部から離れた平原地帯だった。
平原といっても真っ平らというわけではなく、小高い丘は身長の低い木々に囲まれており、なんとものどかな風景に思える。
そののどかさをより顕著にしているのが、ここら一帯で最も大きいと言われる綺麗な湖の存在だ。
それなりに深さもあるこの湖は、太古の昔、かつて戦争があったときに、ある魔道士の一撃によって作られたクレーターに、雨の水が溜まってできたと言われている。
今ののどかさからは想像できない伝承だ。
だが、今ヒナの目の前にいる男の雰囲気、いや《プレッシャー》のようなものを見ると、あながちそんな伝承も間違ってはいないのではないかという凄みを実感する。
―――これは・・・バケモノね。
綺麗な湖のほとりでおもむろに立っている白髪の長身は、その金色の細い目をヒナの方へ向けている。
それだけで、ヒナはこの男に呑まれた。
冷や汗というには多すぎる量の汗が額から垂れ、背中の服もぐしょぐしょだ。
極度の緊張と、威圧感、そんなものがヒナを襲ったのだ。
この男はいつでも、どこからでも自分を殺せる。
そして自分はどんな強力な魔法で、どんな不意打ちをしようと絶対にこの男に傷一つすらつけることはできないだろう。
この白髪の長身の後ろで剣を背負う少女からは何も感じないが、さらにその後ろ―――湖で釣りをしている桃色の髪の女性の方は、おそらくイリティアをしのぐほどの相当な実力者と見て取れる。
が、そんな女性ですらこの男に比べればまるで赤子のようだ。
―――格が違う・・・。
生物として、格の違いを見せつけられた。
それが、ヒナと軍神ジェミニの出会いであった。
● ● ● ●
「閣下、やめてあげてください。震えてるじゃないですか!」
イリティアが声を上げた瞬間、ヒナは体が軽くなるのを感じた。
先ほどまで感じていた白髪の長身の男、ジェミニからのプレッシャーがてんで感じられなくなったのだ。
「くくく、いや、悪かったな。しかしその小娘が悪い。この俺を品定めしようとしたんだ。少しからかうくらい良いだろう」
そう言ってジェミニは口元を少し綻ばせる。
「あなたのからかいは洒落になりませんからね。私の生徒が精神病にかかったらどうするんですか!」
「ああ、だから悪かったよ。以後気をつけよう」
ヒナを置いて進むイリティアとジェミニの会話に先ほどのようなプレッシャーはない。
なるほと、たしかに、ここに着いた当初、この男がジェミニか、とヒナが認識した瞬間に背筋が凍るように呑まれた。
きっとジェミニがヒナの視線を感じて試すようなマネをしたのだ。
「それで、そんな小娘をこんなところに連れてきてどうするつもりだ? 俺とこいつがここにいることは一応最重要機密のはずだが?」
少し真顔になったジェミニが後ろで釣りをしている女性を指しながら言った。
やはりあの女性もなにやら名のある方らしい。
「それを承知で連れてまいりました。私では、この子を導くのに力不足と感じまして」
イリティアが少し悲しそうな顔をする。
「力不足だと? 貴様がか?」
「はい。彼女の目標――大志を考えると・・・・いずれ私では彼女の意向に答えられなくなると、そう考えました」
「ほう」
数秒、ジェミニはイリティアを見据え、そして次にヒナを見据える。
「―――小娘」
そしてヒナに話しかけた。
「――――っ!?」
ヒナは返事をしようとして声が出ないことに気づいた。喉がカラカラに乾いているのだ。
先ほどのジェミニからのからかいにより、身体中から汗が吹き出て、軽い脱水症状を起こしているようだった。
すると、自分の左手をなにかが掴むのを感じた。
左を見ると、イリティアが、少し心配そうな、儚げな顔をしながら、ヒナの掌を握ってくれたのだ。
大丈夫。
まるでそう言ってくれているように感じ、ヒナは落ち着きを取り戻す。
―――ありがとう、イリティア先生。
そう思いながらヒナは口の中の唾をかき集め、ゴクリと飲み込む。
「―――っはい」
かろうじて声が出た。
ジェミニは特に表情を変えずに続けた。
「大志とか言ったか、貴様はどのような望みを持っている?」
「・・・・強く、なりたいです」
答えると、間髪入れずにジェミニが問うた。
「では、なぜ強くなりたい?」
ヒナは言葉に詰まる。
なぜ強くなりたいのか?
そもそも強さとは漠然としたものだ。
剣や魔法を極めた武としての強さなのか、それとも確固たる意志のことなのか、それとも金や権力などの地位の強さなのか。
―――ああ、ちがう。
どれも違うけど、どれも一緒だ。それもひっくるめて、強さ。
今自分が弱いから、弱いままじゃだめだから強くなりたいんだ。
ヒナの欲しい強さとは―――。
ヒナは口を開いた。
「―――家や伝統。思想や権力。―――そういったものの言うことを聞かなくて済むような、そういったものを黙らせれるような、そんな力が、必要だからです」
ジェミニはその答えに少し目尻をあげ、そして間をおいて再び問う。
「―――ならば、なぜそんな力が必要なのだ」
この質問の答えは簡単だ。ヒナは枯れた声で、しかしはっきりと答えた。
「愛する人と、共に生きるためです」
この言葉に、ジェミニの目は見開かれる。
「ふむ、小娘、名は?」
ジェミニがそう言った瞬間、隣でイリティアがくすりと笑ったような気がした。
「え、と、ヒナ・カレン・ミロティック、です」
そう、自身の名前を告げるとジェミニは息を飲んで―――。
「――――っくはははははは!! そうか、ネグレドの孫娘か! ははははは!!」
天を見上げて笑った。
「――—?」
ヒナはなぜそんな笑われるのか意味がわからなかったが、となりのイリティアも微笑んでいるし、よく見るとジェミニの後ろで釣りをしていた桃色の髪の女性も、心なしか笑みを浮かべている。
剣を背負った少女だけが無表情だった。
「ははははは!! いや、貴様の決意を笑ったわけではない。ただ、伝統を重んずるカレンの、しかもミロティックの系譜から貴様のような奴が出てくるとは! これほど痛快な皮肉かあろうか! くははははは!!」
「―――はあ?」
どうして祖父の名前が出てくるのが疑問に思っていると、ひとしきり笑い終えたジェミニが言った。
「―――ふう、いいだろう、気に入った。ユリシーズ、貴様が面倒を見てやれ」
「ふぇっ!?」
唐突に高い声を上げたのは、後ろで釣りをしていた桃色の髪の女性だ。
「なんでですか! 気に入ったならご自分の弟子にすればいいでしょう!」
女性は釣竿を放り出してぷんすか抗議している。
「ふん、弟子というものは自分よりも強い者を出すために取るものだ。俺より強い者など過去にも未来にも存在せん。―――だが、この小娘、貴様よりは強くなるかもしれんぞ」
「ふぇっ!? 言っときますけど、私これでも大陸最高の・・・・」
驚きつつ、ユリシーズと呼ばれた女性はヒナに駆け寄ってきて、食い入るようにヒナの顔を覗き込んだ。
「え? え?」
よく事態が飲み込めず、困惑しっぱなしのヒナだったが、近くでみると、その女性がものすごい美人である事に見とれていた。
―――それにユリシーズってどこかで聞いたことがあるような・・・。
そんなヒナの思考とは裏腹に、ユリシーズはなにやらぶつぶつと独り言を話している。
「―――本当だ―――すごい、確かにこれなら秘伝だけじゃなく至伝も・・・」
「―――あのー?・・」
「―――しかもかわいい!! よく見たらめっちゃ私好みの子ですよヒナちゃん!」
「―――ひゃん!」
ヒナが抗議するまもなく、いきなりユリシーズはガバっとヒナの顔を自分の胸に埋めた。
その大きさと柔らかさに圧倒されながら、ヒナはユリシーズという名前を思い出した。
―――確か、『八傑』に名を連ねる・・・・大陸最高の魔女!?
思い出した事実に驚愕を隠せないでいたヒナだが、そんなヒナを御構い無しにユリシーズは話を進めていく。
「私が貰っちゃって本当にいいんですね!? あとから譲れって言われてもあげませんよ!?」
「いらん」
ジェミニはもう慣れたものなのか、特にたじろぐこともなく、ため息をつきながら答えた。
するとユリシーズは今度はイリティアの方へ向く。
「イリティアちゃんも、いいんですね!?」
「え、ええ。私では適正が合いませんから・・・」
イリティアがそういうと、ユリシーズは満足そうに頷く。
そして、まるで新しくおもちゃを買ってもらった時のような表情で、胸にうずくまるヒナを撫でるのであった。
こうしてヒナは、軍神ジェミニと出会い、ユリシーズという師を得ることとなった。
全ては、はるか遠くにいるであろう、愛する人と添い遂げるため―――。
また、更新ペースについては変更あり次第、報告いたします。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。




