第45話:間話・強者を求めて①
アウローラ地方首都『アウローラ』はユピテル共和国の属州…従う参加の都市の中でも一、二を争う発展を遂げた都市である。
土地は長らく枯れた荒野が多かったが、代々派遣される優秀な属州総督のもと、畑は耕され、建物が立ち、橋が架けられ、道が整備され、今では人口50万人を誇り、ほかの都市とは一線を画する。
そんな大幅な成長を今なお続けているアウローラでは、のちに都市を運営する優秀な人材を育成するため、学校―――アウローラ学院では、地元はもちろん、留学生なども積極的に取り入れ、著名な講師を招く、高度な教育をしている―――。
―――はずだった。
いや、実際、他の都市と比べれば凄まじいレベルの教育が受けられる学院なのだが、『彼女』からしたら大したことのないものだったのだ。
多少癖のある赤毛の少女は、前髪を止めている真紅の髪留めを撫でながら、退屈そうに授業を受けていた。
普段は燃えるような瞳で並々ならぬ学習意欲を見せる彼女であったが、今行われている歴史の授業は流石に退屈であったのだ。
彼女―――ヒナは、昨年、首都ヤヌスからアウローラの学院に転校してきた。
ヤヌスに残してきたものは多かったが、家の事情はどうにもできない。まだヒナには自分一人で生活できるほどの能力はなかった。
とはいっても、ヤヌスで最低限やるべきことはやったし、後悔のないよう『想い』も伝えた。
心機一転し、レベルが高いと言われるアウローラの生徒達と切磋琢磨して自分を磨こうと、子供ながらの期待に胸を膨らませてアウローラに来たのだが・・・。
やはり、というか案の定、ヒナの足元にすら匹敵する生徒はいなかった。
―――やっぱり、アルトリウスみたいなやつはそうそういないものね・・・。
昨年のテストの1位や実技の首席、授賞式は完全にヒナの独壇場であった。
テストの内容が簡単すぎたため、ヒナは勉強にひとつ区切りをつけ、ヤヌスではやらなかった課外活動や研究などをしていたら、授賞式の賞を総ナメする結果となったのだ。
ヤヌスではこうはならなかった。
いや、同じことを自分の上をいくクオリティで達成する化け物がいただけかもしれないが、少なくともテストなどはこんなに簡単に100点が取れるものではなかった筈だ。
「―――では今日はここまでとします」
そんなことを考えながら、ヤヌスで自分が受け取ることができなかった年間最優秀賞をしげしげと眺めていると、いつのまにか授業が終わっていた。
教師は黒板を消し始め、生徒たちは各々に教科書をしまい、帰り支度を始める。
今のが本日最後の授業だったのだ。
―――イリティア先生のところに行こう
ヒナにとって唯一の楽しみといえるのが、今年教師としてアウローラに赴任して来た『イリティア・インティライミ』という女性だ。
『銀騎士』の二つ名を持つ彼女は、何を隠そう、アルトリウスの家庭教師を務めていた魔導士なのだ。
最初見たときは、その光り輝く銀髪と、端正な顔立ち、美しい身体のラインに同性ながらドギマギしたものだが、何度か話すうちに仲良くなった。
今となっては、放課後イリティアのところに行って話をするのがヒナの日課だ。
アルトリウスについては友人・・・と言ってあるが、アルトリウスが話題に出るとき、いつもニヤニヤしながらヒナを見つめるイリティアは何か気づいているのだろうか。
アルトリウスが何か教えたのかもしれないが、時折何故か、ユピテルにおける貴族の重婚問題について語るのは流石にあからさますぎだと思う。
イリティアは魔導士ではあるが、属性魔法についてはヒナが教わるような事は少ない。
イリティア曰く、ヒナの魔力総量は8歳当時のアルトリウスよりも多いと言われた。もっとも、彼も成長しているはずなので、今現在どちらのほうが魔力総量が多いのかは分からない。
とはいえ、イリティアの培われた経験や、ヒナがおざなりにしていた近接戦闘術などは、とても為になるものだ。
今日もこの後はイリティアのところに行って色々と教えて貰おうと思っていたのだが・・・。
「おいミロティック! またイリティア先生のところに行ってカンニングペーパーでもたかりにいくのか?」
面倒な人間に捕まってしまった。
アウローラによくみる金髪の少年は、ヒナが転校してくるまで、この学院の1位を独占していたという少年だ。
「イリティア先生のところに行くのは事実だけど、カンニングペーパーなんて要らないわ。解らない問題なんてそうそうないんだもの。それじゃ」
「おい、まてよ! 」
ヒナはあからさまに対話を拒否するかのように立ち去ろうとしたのだが、少年はヒナの肩を掴み呼び止めた。
「お前がズルして1位になったって言ってるやつはいっぱいいるんだぜ? そりゃそうさ、あんなにいっぱい100点なんて取るにはカンニングするしかないからな!」
彼は自分が負けたことが信じられないのか、それとも難癖つけてヒナの評価を落とし、また1位に返り咲きたいのかは知らないが、事あるごとにヒナにつっかかってくる。
―――私もこうだったのかしら。
そんな彼を見ていると、かつての自分を思い出す。
そして、アルトリウスから見たヒナは、ヒナにとってのこの少年のようなものだったのではないか、という不安が頭をよぎる。
もしもそうであるなら・・・アルトリウスがヒナにしてくれたように、真摯に対応するべきではないのだろうか?
無下に扱わず、見下さず、時には助け、時には叱る―――そんな対応をすべきなのではないだろうか?
―――いや違う。
そんな考えを、一瞬で振り払う。
ヒナはアルトリウスを尊敬していた。
たしかに、何度も絡んでは挑みかかっていたが、それは彼に勝ちたかったからだ。
すごいアルトリウスに勝って、彼に認められたかった。
目の前の少年は、そうではない。
彼はただ結果に対する嫉妬、1位という地位への執着のみでヒナに絡んで来ている。
そうとわかれば遠慮はいらない。
「―――離しなさいよ」
低い声でヒナはいう。
「はあ? いやだね、お前がカンニングを認めれば考えてやるよ」
「じゃあ無理やり離してもらうわ」
ああ、やはりこの人は自分とは違う。
そんな安心感とともに、ヒナは魔法を唱える。
『風撃』
いや、唱えてはいない。
なぜなら―――唱えなくても魔法は発動するからだ。
「なに!?」
無詠唱で発動された中級の風魔法は突然に発生する。
威力の抑えられた風圧は、ヒナと少年の間に巻き起こり、勢いよく少年を後方へ突き飛ばした。
「うわっ!」
どしんと後方へ尻餅をつく少年。
目をパチクリしながら状況がわかっていない彼を尻目に、ヒナはその場を後にする。
イリティアの元へ向かいながらヒナはあらたな不安を感じていた。
それは先程感じていた不安とはまた別の不安だ。
―――このままこの学校でだらだらと過ごして、卒業して、就職して―――それで本当に自分はアルトリウスに見合うような女になれるのだろうか。
別にヒナはこの学校の生徒を見下しているわけではない。
ただ、己が目指す目標のためには不十分な環境である事を自覚していたのだ。
ヒナは卒業したらミロティック家を出るつもりであった。
ミロティックという大貴族の元にいたままでは、きっと下級貴族であるアルトリウスと一緒になることを許してはくれまい。
ミロティック家からしたら、ヒナという人材は、『女』として利用価値がある。
簡単に言えば、政略結婚の道具だ。
民衆派と門閥派との政争が絶えない今、身内の婚姻というのは体良く味方を増やすことのできる手段の一つだ。
その手段が取られる前に、ヒナは独り立ちする能力―――頭の固い両親を説得してねじ伏せるだけの存在にならなければならないのだ。
「こんなところで・・・立ち止まってる場合じゃない」
決意するかのように、ヒナは呟いた。
● ● ● ●
今まで漠然と考えていた進路について、ヒナはある程度考えを固めた。
優秀な女生徒がよくなる就職先、受付嬢とかはありえない。
ミロティック家の権力の力で、いつでも簡単に辞めさせられ、結婚させられる。
官職なども同様に、コネと金でいくらでも人員をいじれる。
もっと、実力主義な場所でなければならない。
そして、その場所で、いなくてはならない存在感を示さなければならない。
そして、男女問わず、その人物の能力で物事を判断する―――そんな職は限られている。
その中でももっとも可能性のあるものは・・・。
「イリティア先生、私、軍人になります」
決意を固めたヒナはイリティアに考えを打ち明けた。
軍隊は実力主義が採用されている。
なにか優れた能力があれば、年齢や性別など関係なく昇進する。
ヒナは優れた魔法力を持っている。近接戦闘はおざなりであるが、それも鍛えれば、魔導士となることもできるかもしれない。
魔導士というのはそんじょそこらの官僚なんかよりも重要な人材だ。軍ではなおさらだろう。
強力な魔導士などは時に執政官の権力すら上回る。
「軍人・・・ですか」
ここは学校から程なく歩いたカフェなのだが、そんな雑多なところは似合わないほどの美しい銀髪をたなびかせる女性―――イリティアは多少怪訝な顔をしつつ尋ねた。
「はい。傭兵よりは―――はやく出世できると思います」
「ああ、なるほどそういうことですか。下級貴族との結婚は反対されそうですからね」
ヒナが答えると、納得がいったかのように微笑んで指摘するイリティア。
「はい。可能な限り早く自立して家を出るか、両親を説得するほどの地位が必要なんです」
やはり、アルトリウスへの気持ちは見透かされていたか、と思い、若干顔を赤らめながら話すヒナ。
「それで、これはお願いなんですが・・・私をイリティア先生の弟子にしてもらえないでしょうか?」
はやく出世するにはそれ相応の実力が必要だ。
今のヒナでも通用しないことはないが、やはりそれなりの地位につく頃には年数がかかる。5年10年では足りないだろう。
今のうちから能力を鍛え、いつ前線に出ても活躍できるような実力を身につける必要があるのだ。
イリティアは女性の身でありながら、傭兵として数多の戦場を駆け、二つ名まで持つ戦士だ。
今のヒナにとってイリティアに師事することは最善の選択だと思われた。
「―――お断りします」
しかし、イリティアはしばし考え、口惜しい表情を浮かべつつ拒絶の返答をした。
「・・・・理由を聞かせてもらってもいいですか?」
拒絶の返答に、顔を青ざめつつ、理由を尋ねるヒナ。
ヒナもここで諦めるわけにはいかない。
ほかに当てもないのだ。
「―――私は属性魔法は二流です。剣術―――甲剣流や神撃流なら教えられますが、属性魔法を教える身としては、魔力総量の多いヒナには適さないでしょう」
イリティアも好きで断ったわけではない。
むしろ、目の前にいるこの才能豊かな少女を、自分が教えるべきではないという事実に、イリティア自身が苦しんでいた。
そう、イリティアが断った理由は、かつてアルトリウスに剣を教える時に判断した理由と同じだ。
生徒の長所を生かす手段を、自分が教えられない。
生徒のことを思う、生真面目な彼女が出した、苦渋の拒絶だった。
「――――でも・・・」
理由はわかるが、それでもヒナは食い下がりたかった。
どんな手段でもいい。ヒナは強くならなくてはならないのだ。
「――――人を、紹介しましょう」
口ごもるヒナを前に、イリティアが提案をした。
好きな男のために、健気に努力し、自分を頼る少女を拒絶してしまった。
そのままの状態で、イリティアがヒナを放っておけるはずがない。
「紹介?」
思わぬ提案に、とっさにヒナが聞き返す。
「ええ、気難しい方ですが、実力は折り紙つきです。私など比べ物にもならないでしょう」
「・・・それは、いったい誰のことですか?」
イリティアが比べ物にならない。そこまで言わせる実力者などいるのだろうか?
ヒナはアウローラにそんな名士がいるとは聞いたことがない。
「―――『軍神』ジェミニです」
最強の《八傑》。
生ける伝説。
ユピテルの英雄。
イリティアが口にしたのは、そんな人物の名だった。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌




