第41話:選択のとき②
少し駆け足気味です。
目を覚ました。
周囲はまだ暗く、静寂に包まれている。
俺は自分のいる場所を確認する。
見慣れた天井。
壁一面に敷き詰められた本棚。
なんの趣もない小さな机と椅子。
簡素な木製のベッド。
「やっぱり夢だったのか?」
思わずそう呟いたが、その声がほとんどかすれている事に驚く。
自分の喉がとてつもなく渇いているのだ。
起き上がると、ネチョっとした気持ち悪い感触を背中に感じる。
どうやら大量に寝汗をかいていたみたいで、着ていたシャツが水分を含み、俺の体にまとわりついたのだ。
俺はシャツを脱ぎ、その場に脱ぎ捨てると自分の部屋を後にした。
階段を降り、リビングに向かう。
深夜の3時ごろだろうか、流石に誰も起きておらず、我が家はシンと静まり返っている。
かすかに聞こえるのはゲコッゲコッというカエルの鳴き声だけだ。
俺はランプに火をつけ、最低限の明かりを確保すると、食器棚からコップを取り出す。
水を汲みに行くのが面倒くさく、魔法で水を生成した。
瞬時にコップに満たされる水を口に含む。
水は枯れていた喉を潤し、汗によって失った水分を体に行き渡らせる。
椅子に座った。
今の季節は春。
いくらか暖かくなってきたとはいえ、落ち着くと上半身裸は少し肌寒く感じる。
服を着ようかとも思ったが、やめた。
多少寒い方が、冷静に頭が働く。
そして、記憶を辿り、先ほどのことを思い出す。
『ルシウス・ザーレボルド』
彼は有の世界で俺を殺し、魔の世界に転生させた。そう言った。
夢だろうか。
夢なんてこちらの世界に来てから初めて見たが、それにしてはやけにリアリティのある夢だった。
有の世界とは、生前の俺の世界で、魔の世界とは今俺が生きること世界のことだろう。
ルシウスによると、元来のアルトリウスの魂では、この体を使いこなせず、代わりに俺を入れたという事だ。
自然と、いや、不思議なことにとでも言おうか。
俺はルシウスに対して特に恨みとか怒りを覚えなかった。
きっと俺は、生前、あの時死んだことになんの未練もないのだ。
もちろん、死ぬときは痛かったし怖かったし、もう2度とあんな経験はしたくない。
でも、死んだことによって俺はこの世界に転生できた。
この世界で俺は沢山のものを得た。
優しくて子思いの両親。
可愛く慕ってくる妹弟。
軽口を叩ける友達。
自分を好いてくれる異性。
どれも生前の―――少なくともあの時点の俺が持っていなかったものだ。
そんな沢山のものの中で、俺はこの12年間とても幸せに生きてきたと思う。
だから、むしろ俺がルシウスに抱くのは感謝という感情なのかもしれない。
それにしても、彼は俺を使って歴史を変えて、一体何をするつもりだろう。
そして、調停者は敵だ。という忠告。
冷静になって思い出した。
かつてエドモン邸で相対したラトニーが言っていた。
自分は世界の調停者だと。
つまり、ルシウスは、ラトニーを敵だと言いたかったということか?
それに、特異点という言葉。
これもラトニーが言っていた。
俺が特異点だとすれば、また会うこともあるだろう、と。
これは敵だから会うこともある、という意味だったのだろうか。
そもそも、本当にルシウス・ザーレボルドが夢に出て来たのか?
彼は太古の昔にすでに死んでいる。本の中にそう記されていた。
都合よく夢の中に出てきてお告げをするなんて、そんなことあるのか?
俺が寝ている間に勝手に考えた妄想の可能性もある。
―――いや、まて。
『近いうちに頼ってくるオスカーを助けろ』
ルシウスはそうも言った。
あれが俺の妄想でなく、本当になんらかの手段でルシウスが俺に接触をしてきたとしたら―――きっとオスカーに何かしら頼まれることになるだろう。
判断はそれからでもいい。
先ほどのことの整理がつくと、急に眠気が襲ってきた。
俺はのろのろと自分の部屋に戻り、泥のように眠った。
次の日、俺は生まれて初めて遅刻をした。
● ● ● ●
「やあ、今日は時間通りに来たね」
校門にて俺を待ち構えていたのは銀髪に眼鏡の小柄な少年、オスカーだ。
そばには茶髪で、相変わらず長身の美少女、ミランダもいる。
「この間のことなら、本当にすまない。もちろん一日分の護衛料は減らしておいてくれ」
俺はバツの悪い顔をしながら答える。
「ははっ、冗談だよ。特に何も無かったし、別に怒ってないさ」
ニンマリと笑顔を作って笑うオスカー。
頭を掻きながら苦笑し、三人そろって歩き出した。
「そういえばバリアシオン君、君は今年は学校で何も活動してないようだけれどいいのかい?」
歩きながら、オスカーが俺に語りかける。
「なにがだ?」
「いや、ほら、学年最優秀賞さ。四年連続受賞の快挙を狙っているんじゃないのかい?」
ああ、そんなことか。
「あーいや別にここ3年間だって取りたくて取ったわけじゃないからな。結果的にそうなってしまっただけで・・・」
「おお、流石はバリアシオン君だ。ミランダ、どうやらバリアシオン君にとって学年最優秀賞なんて価値がないらしい。今年は僕にもチャンスがあるかもしれないな!」
「ダメだよ! 学年最優秀賞は常にアル君って決まってるんだから!」
答えたのはミランダではなく、いつの間にやら俺のそばに来ていたエトナだ。
「やあエトナおはよう」
「おはよう、アル君。でもごめんね、せっかく会えたのは嬉しいんだけど、今日は朝一で職員室に行かないといけないの」
エトナは残念そうな顔で俺にぴったりとくっつくと、腕を掴み、自分の胸元へゴリゴリ押し付ける。
「あ、ああ、気にするな」
流石に膨らみのある柔らかさを肘に感じ、興奮が下半身へと伝わりそうになるも、なんとか平静を装い、答える。
「うん、じゃあね!」
エトナは笑顔でそう答えると、ようやく俺の腕を解放し、そそくさと走って校舎の方へ向かっていった。
「・・・・・・」
数秒間それを見つめていたのだが、オスカーがニヤニヤしながらこちらを見ていることに気づき、慌てて歩き始める。
「――――それで、バリアシオン君、どうだった??」
オスカーはこういうところがある。
俺も去年、男の子の日を迎え、エロについては敏感になってしまったのだが、普段いっしょにいるオスカーが下ネタ大好き少年であることも影響している気がする。
おかしいなあ、こういう策士タイプの人間は賢者なことが多いはずなんだが・・・・ユピテル貴族の教育はどうなっているんだ。
「どうもこうも――――あれはBはあるな」
「おお、成長が感じられるね! たしかに女子の二次性徴は男子よりも早いというし、一年でワンサイズ成長することも納得だ! このままいくと、来年にはC、再来年にはD、ああ成人する頃にはどれほどのお碗が出来上がるというのだ!」
俺がそのノリに乗って答えると、オスカーは鬼気迫った顔で語り出す。
「まあ、あまり成長しすぎてもどうかとは思うけどね」
俺も少年時代、下ネタは人並み程度に嗜んで来たつもりだが、こいつは流石にやばいと思う。
「何をいっているんだ? 神聖なる我らが神のお碗は、手から溢れんばかりの厚みを含んでいるものの方がいいだろう! なんだ? 君はあれかい? まるで男みたいな、何の起伏もない洗濯板のような胸がいいというのかい!?」
そして、オスカーはかなり偏って趣味趣向をもっている。
女性の体に関してのこだわりは異常に強く、こいつが家柄も顔も性格もいいのにモテない理由はここにあるだろう。
「いや・・・流石に洗濯板はどうかと思うが・・・・大きすぎず小さすぎず、身体構造にマッチしたものが好ましいだろう」
まあ一般的に結論カップといわれるバストサイズはCカップだろう。
生前見たバラエティ番組で検証されていた話題だが、『限りなく正解に近い大きさ』はCカップらしい。
「ふむ、身体構造上か・・・流石バリアシオン君だ。パーツのみではなく全体のバランスを考慮するとはね。しかし――――」
オスカーはまだ色々と語っているが、そろそろやめた方がいいと思う。
あまり言葉を発しないから忘れがちだが、俺たちは3人だ。
つまり俺とオスカー以外にもう1人連れがいる。
しかも女性だ。
――――バチコーン!!!
「痛っ――――!!!」
そう、オスカーの後ろにはミランダがいる。
彼女、ミランダは、オーラが目に見えるんじゃないかというほどの怒気を発しながら、オスカーの頭に強烈なチョップをぶちかます。
「・・・オスカー、きもい。エロいの禁止ね」
死んだ魚を見るような目をしてオスカーを見下ろすミランダ。
「いや、ミランダ待ってくれ、これは一種の研究なんだ。人間の神秘に関する知的好奇心を満たすために必要な議論なん――――」
―――バチコーン!
「痛い!!」
オスカーは必死の形相で理解を求めていたが、問答無用ともう一発ぶちかまされる。
「いや、そもそもなんで僕だけ叩かれるんだい? バリアシオン君も同罪じゃないのか!?」
そして、目に涙を滲ませながら、オスカーが俺を指差す。
チョップが免れないならば、せめて俺を道連れにしたいらしい。
「・・・・エトナはバリアシオンの女だから問題ない」
なるほど、ミランダは俺たちの会話を、エトナに対するセクハラ発言と認識したのだ。
「そんな・・・」
「オスカーは、女のことになると、おいたが過ぎる。たまには痛い目にあった方がいい」
――――バチコーン!!
「うぎゃああ!!!」
オスカーの叫び声が響く。
まあ割とこういう事態は日常茶飯事だ。
オスカーが女の話で一人で盛り上がってしまった時は、概ねミランダが鎮火してくれる。
今日は特に、知り合いの女子に対するセクハラ発言だったので怒りのボルテージが普段より高いのだろう。
しかし、オスカーの好みはとにかくでかくてでかくてでかい、というものだが・・・俺は時たまミランダのせいなのではないかと思う。
ミランダの身長は女子にもかかわらず俺より高く、割と学校では目立つ。
さらにはバストの発育の方も12歳とは思えない著しい成長をしている。
今も、シャツがはち切れんばかりの二つの弾力を揺らしてオスカーを殴っている。
こんなのが四六時中近くにいれば、オスカーの好みにも影響せざるを得ないだろう。
え、俺?
俺は先程言った通り、大きさよりも形とバランス、感度を重要視する邪道派さ。
つまらんと言われても、そう思うんだから仕方がない。
別に巨乳だからといって女友達に影響を受けるはずがないさ。
・・・・ないよ? 本当に。
と、まあオスカー達とは時折騒がしくしつつも、今までと何も変わらずに過ごしている。
ルシウスの言った通りであるなら、そのうちオスカーが俺を頼ってくるはずなのだが、今のところはその傾向は見られない。
――――やっぱり俺の妄想だったのかな?
頭の大きなたんこぶを抑えながら、泣きそうな顔で隣を歩くオスカーを眺めながら、俺はそう納得していた。
● ● ● ●
そんなことを考えながら日々を過ごしていたわけだが、唐突にそれはきた。
八月。
学校は夏休みに入り、護衛の仕事もない。
といっても、そんな休みがあるのは上級生だけだ。
下級生は必修授業の講義が2年間絶え間なくあるため、長期の休みはない。
俺は、来年から学校に通うことになるアランとアイファの入学試験対策や、卒業論文の作成に時間を追われていた。
オスカーとも会わないので、夢のことなどはほとんど忘れていた。
ああ、そろそろ保留にしていた法務官補佐の推薦の返事でもするか、と考えていたその日、珍しく俺に来客があった。
「やあ、バリアシオン君、久しいね。お邪魔するよ」
オスカーだ。
そしてどうも深刻そうな顔をしている。
「急ですまないが、バリアシオン君。君に頼みがあるんだ」
すぐさま俺は思い出した。
春先に見た夢のことを。
―――ああ、あれは本当のことだったのか。
どうやら俺も、覚悟を決める時が来たらしい。
エトナは、男は皆巨乳好きと思っていたので、頑張って大きくなるようにしていましたが、アルトリウスの好みを知ってから(オスカー・ミランダ経由)は、形のいいCカップになる様に努力を始めます。
読んでくださり、ありがとうございました。合掌。
 




