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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十八章 青少年期・世界激動編
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第247話:王都を発つ①




 ―――ラーゼン・ファリド・プロスペクター死亡。


 その報は、俺が王都ティアグラードに戻った次の日には、既に噂として流れていた。


 ダルマイヤーの足が速いと言っても、『深淵の谷』は都市からは外れた位置にある。 

 一大ニュースとあって、商人の流れも当然のように早く、なんなら『山脈の悪魔』経由でも情報が出回ってきたようだ。


 内容は、つぎはぎだらけだし、色々と尾ひれはついているが――「ラーゼンの死」と「その首謀者が妻」という情報は概ねどの噂にもついているようだ。

 ダルマイヤーの話も、ことさらに信憑性を増した。


 算段通り、俺はまず、ユピテル陣営――カルロスとの協議に臨んだ。


 協議の場所は、俺が滞在していた屋敷。

 

 広間のような場所に、王国に滞在するユピテル陣営の重鎮が揃った。

 といっても、精々カルロスをはじめとした数人だが。


「――では……やはり、執政官が亡くなったというのは……」


「おそらく、本当でしょうね。マティアスがどう絡んでいるかはわかりませんが……少なくとも閣下の奥方……ヘレネ殿が、犯人と仕立て上げられているというのは、私が耳にした話とも、今日王都で聞いた話とも一致します」


「そうか……」


 一通りの説明と情報交換を終えると、青髪の壮年男――カルロスは、深刻そうに顔を曇らせた。


「……ヘレネ殿がラーゼン執政官を殺すはずはない。昔からラーゼンを知っている人間なら、誰もがわかるはずだが……」


「どうやら古参の将軍や議員も軒並み行方不明となっているようで」


「そんなことが……」


 普段は快活な笑顔を見せるこの男も、此度の事件は相当ショックだったようだ。

 いや、勿論彼だけではない。


 アズラフィールも、隣のカインも――末席に座していたアピウスも。

 他にも何人かいたこのユピテルの指導階級全員が、その表情を曇らせている。


 勿論俺とて――ショックはある。

 俺とラーゼンはそれほど深い交流があったわけではないが、少なくとも知人ではあり――良き上司だった、と言えるだろう。

 

 他にもゼノンやイリティア――それなり以上に親交があった人まで行方が分からないというのだ。

 ショックが――ないわけはない。


 きっと、以前までの俺なら、泣いて、落ち込んで、ふさぎ込んでいただろう。

 一生とは言わないが、3日ほどは家から出られなかった自信はある。

 

 ―――だけど……立ち止まってはいられない。


 俺は唇を噛み締めた。


 ―――これで、終わりじゃない。


 俺の予想が正しければ……最悪の事態は、この先に起こる。

 まだ事は始まったばかりかもしれないのだ。


「――とりあえず、一応今後の方針を考えました」


 重苦しい空気の中、俺は口を開いた。

 全員の視線が俺に集まった。


「まず、予定していたヤヌスへの帰国は延期に」


 予め――ある程度の事は深淵の谷からの帰り道の間に、ヒナと話しておいた。

 昨日のうちにリュデとも意見をまとめてある。

 

 その結果は、当然――ヤヌスへの帰国は延期。


 この状況下で、のんきに首都へと帰るなど愚の骨頂だ。

 俺や俺の隊だけならまだしも、非戦闘員も連れて、暗雲立ち込める首都に帰るなど、ありえない。


「うむ、そうだな。それは異論ない」


 これには、その場の全員が賛成した。

 まぁ、当然だろう。


 勿論、このことについては後程女王リーゼロッテにも話を通すつもりだ。


 だが、肝心なのは――その先だ。

 

 帰国は延期するとして、その後どうするのか。


 ヤヌスか――はたまたアウローラから何らかの要請が来るまで、王国にとどまり続けるのか。

 それとも―――


 少し慎重になりながら、俺は口を開いた。


「代わりに――というわけではありませんが、私は隊のみを引き連れて、アウローラへ行こうと思っています」


 再び――視線が俺に集中した。


「アウローラに?」


 代表をするかのように、カルロスが口を開く。


 俺は、カルロスに向き直り――頷いた。


「……はい、もしも万が一の事が起きた場合――王国にいては何もできませんから」


「万が一、とはいったいどういう状況を想定しているつもりだ?」


「最悪の場合……再びユピテルを二つに割るような―――内戦が起きるのではないかと」


「―――!」


 空気が張り詰めたのがわかった。

 別に――ここまでの首都の様子を聞いて、全く予想しなかったわけはないだろう。

 頭の片隅ではそう思いながらも――「まさか」という気持ちがするのは、わからないではない。


 マティアスは――少なくともラーゼンには忠実だった。

 俺が会話をしたのは数回だが、マティアスにとってはラーゼンは肉親……伯父なのだ。


 ――いくら野心があろうとそんなことを……?


 誰だってそう思う。

 そもそも「ラーゼンの死」という未曽有の事態を知ったばかりの人間が、さらにその先に待ち受ける可能性―――『内戦の再来』なんて事、想像もしたくないに違いがないのだ。


「……権力を手にしたマティアスが―――アウローラを攻めるとでもいうのか?」


 神妙な顔つきで、カルロスが言った。

 少し考え、俺は答える。


「……正直に言えば、わかりません」


 そう、本当に、俺には分からない。


 そういう予想が立つだけで――確定ではないのだ。

 マティアスがどうするつもりなのか。本当にダルマイヤーの予想通り……ユピテルの唯一の統治者を目指しているのか。

 それに、戦争が起きるからって、マティアスから起こすとは限らない。

 想像はしにくいが、オスカーだって父を殺されたのだ。ヘレネが冤罪である事を知り、マティアスが怪しいとなれば――むしろオスカーから兵を起こす可能性だってある。


 当然、俺としては友であるオスカーは助けたいけど、それが本当に世界の為になるのか……そもそも俺が手を貸して勝てるかどうかなんてわからない。

 また夢にルシウスが出てきて欲しかったくらいだ。


「でも……もしも何かが起こるなら―――行かないと何もできない」


 自分自身に言い聞かせるように俺は言った。


 俺は――知っている。

 『神族』という奴らがこの世界にいることを。

 そして奴らは――人に混乱と災厄をもたらそうとしていることを。

 

 そして、それを知り、それを止められるのが――俺だけだという事を。 


「だから、私は行きます。自分で行って、見て、聞いて、確かめて―――決めるために」


 ――協議はほどなく終わった。




● ● ● ●




「……まさかとは思いましたが―――なるほど、本当でしたのね」


「はい。そういう理由で――ラーゼン・ファリド・プロスペクター執政官は、亡くなったと思われます。なので、申し訳ありませんが……ヤヌスへの帰国は延期しようかと」


「……それは構いませんが……」


 ティアグラードの王城。

 その中でも、誰も入る事が許されていない、女王の私室。

 

 白を基調とした清潔感のある部屋で――リーゼロッテは、少年、アルトリウスと対談していた。


 ―――ラーゼン死亡。


 その噂自体は、既に昨日の時点でリーゼロッテの元まで届いていた。

 だが――流石に誤報だろうと思っていた。

 フィエロも、


『……《迅王ゼノン》の目を盗んで暗殺など……私でも不可能でしょう』


 なんて言ってのけたのだから、なおさらだ。

 

 だが、今日になって―――その噂は噂の範疇を越えて、宮廷まで登ってきた。


 ――流石に事実を調査した方がいいかしら?

 

 そんなことを考えていた折―――アルトリウスからの面会が入ったのだ。


 全ての仕事をキャンセルして彼を招き入れ――話をした。


 アルトリウスによると、「ラーゼン暗殺」という大事件は……おそらく事実だろうとのこと。

 《深淵の谷》へ赴いた際、実際にヤヌスから来たという人間から、具体的な話を聞いてきたようだ。


 リーゼロッテも――驚きは隠せなかった。


「……やはり、その――前に仰られていた……《神族》が関係しているという事ですの?」


「……その可能性が高いでしょう。というか……全ての話が本当だとしたら、間違いなく奴らが絡んでいます」


 リーゼロッテの質問を、少年は肯定した。


 《神族》――。

 

 かつて人に災厄と混乱をもたらそうとした帝国の影の支配者。

 そして――現代までその野望をかなえようとする超常の存在。

 

 信じられない事だが、少なくともその片鱗を、リーゼロッテはこの王城の庭で目撃している。


 今回の件でも、彼の話に出てきた―――フードの男、マティアス。

 その2人の裏には――その超常の存在――『神族』の影が見え隠れしている。


「では……?」


「はい、おそらくこの先――災いか……戦いが起こると思っています。例えば……指導者を失った巨大国家の―――内戦、とか」


「……」


 今のユピテルは――共和国という形態ではある物の、その権力の大半をラーゼンという個人に寄せていた中央集権国家だ。

 その中で――予期せぬ指導者の死など、そもそも国に残す遺恨は大きい。

 これに加えて内戦まで起きようものなら―――待っているのは文字通り混乱と混迷だろう。


 それを――

  

「……止めに―――行かれるのですね」


「はい」


 少年は――静かに頷いた。


「……お引止めすることは―――できませんわよね」


「かたじけないです」


「ローエングリン卿も、連れていかれるので?」


「……そうですね。先ほど話し合った結果、どうしてもついてくるという事で……全員ではありませんが、軍役の経験のある志願者は連れていくことになりました」


 そこで、アルトリウスは視線をこちらに向けた。


「つきましては――陛下にお願いがあります」


「何でしょう?」


「不躾で申し訳ありませんが、王国に置いていく非戦闘員の保護を――陛下にお願いしたいのです」

 

 王国に置いていく非戦闘員――。

 戦場に行くのだ。

 しかも未来の見えない――戦局の読めない戦争。

 どちらに味方するかも、何を倒すかもわからない戦争。

 

 穏健派であるクロイツ一門は、武門ではあるが、此度王国に滞在しているのは、軍人だけではない。

 その家族や親類など――剣など握ったことないような人々も多くいる。


 それらを連れていくわけにもいかないのだろう。


「はい。勿論です」


「――ありがとうございます」


 アルトリウスは深く、頭を下げた。

 大使として――彼には、滞在するユピテル人に対しての責任があるのだ。


「……もしも我々が戻らなかった場合も―――」


「皆まで言わないでくださいまし。分かっています。彼らの事には――私が責任を持ちますから」


「かたじけないです」


 ようやくアルトリウスは頭を上げた。


「いえ、本当は私も――戦力をお貸しできればいいのですが……」


 少なくとも――大規模な戦闘に介入するには、100人と少しの軍は貧弱すぎる。

 勿論、彼と彼の隊が、万にも匹敵する実力があることは知っているが――やはり数というのは重要だ。

 彼への恩、彼との友誼を思えば、聖錬剣覇の一つや二つ、貸したくもなる。

 

「王国はまだ他国に力を貸せるほど――復興できていないでしょう。陛下は王国の事をお考え下さい。これは――少なくともまだユピテルの問題ですから」


「……はい」


 言われなくとも、分かっている。

 王国に、彼らに力を貸せるほどの余裕はない。

 無理をすれば、トトスあたりは付けれるのだが―――きっとアルトリウスは拒否するだろう。

 王国の現状は彼だってよく分かっているのだ。


「いつ頃発たれますの?」


「明日の昼には」


「……そうですか。本当は送別会でも催したいところですが―――そうも言ってられませんわね」


「お気持ちだけ、いただいておきます」


 元々――本当に明日はささやかな宴が予定されていた。

 ユピテルへ帰国する彼らとの最後の宴だ。


「行路はどちらで? 《山脈の悪魔》を利用するのでしたら、今のうちに早馬を飛ばしますが……」


「いえ、今回は――ブレア大森林を通ろうかと思います。一応目的地はアウローラですし……立ち寄りたい場所もそちらの方が近いので」


「アウローラに、お知り合いでも?」


「ええ、親友が1人――。きっと困っているでしょうから。早く行かないと」


 そう言ってアルトリウスは苦笑する。


「でも――そうですね。《山脈の悪魔》にも良ければ伝言を回しておいてください。『マティアスとフードの男には気を付けろ』とね。まぁ彼らならよっぽど上手くやるかもしれませんが」


「わかりました」

 

「……では、細かい事は――後で書類でまとめて持たせます」


「……はい」


 返事をすると、アルトリウスは立ち上がった。


「陛下も、お気を付けください。奴らが陛下を狙わないとも思えませんから」


「アルトリウス様こそ――どうかご武運を」


「……はい」


 そして、アルトリウスはを薄く微笑を浮かべ、


「では陛下、短い間でしたが――お世話になりました」


 そう言い残し、部屋を後にした。


「―――」


 バタン、と扉が締まる中――リーゼロッテは、長い間その扉を見つめていた。

 

 信頼と、不安と――何より生まれて初めてできたお茶友達との別れの寂しさ。

 きっと彼女にあったのはそんな感情だろう。


 ――どうか……無事で。貴方は――まだまだこの先の世界に必要な方なのですから。


 桃色の髪を揺らしながラ――少女はそんなことに思いを馳せた―――。



更新時間が0時ですので、これが年内最後の投稿です笑

4月に連載を始め、まさか年越しまで続くとは自分でも思っていませんでした。

ここまで続けてこられたのは読んでくださる皆さまのおかげです。本当にありがとうございました!

来年も是非よろしくお願いします。

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