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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十八章 青少年期・世界激動編
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第246話:オスカーの選択③




「とにかく……ヤヌスは――どこかおかしい。マティアスのきな臭さもさることながら、消えていった議員たちも――。それにそもそもゼノンがやられる時点で、何かが狂っている。フードの男……だったか。こやつの存在も不気味じゃ。このユピテルでゼノンを凌ぐ実力者など――今は王国にいる大使殿くらいしか思い浮かばん」


 バロンは話をそうまとめた。 


「………」


 オスカーは考え込むように黙っていた。

 話をかみ砕いているのか、理解できていないのか。

 それとも、何かこれでわかったことがあったのか―――。


「………どうした?」


「――いえ」


 オスカーは眉をひそめながら顔を上げた。


「……実際の所――フードの男の事はわかりません。ヤヌスのきな臭さも……原因はわかりません。ただ――全ての首謀者がマティアスだったとして、いったい何を目的としているのか――それを考えていました」


「……目的?」


「はい。手段はわかりませんが、事が起こったのだから、何か目的があるはずです」


「……目的なんて――そんなの、権力者への野心を持ったとしか――」


「その通りです」


 バロンの言葉を、オスカーは瞬時に肯定した。


「そう、マティアスは――野心があった。ユピテルの統治者になりたいという、野心が――。だとすれば、この先起こる事も見えてきます」


 そして、オスカーは淡々と続ける。


「確かに、マティアスは――ヤヌスの権力者にはなったかもしれません。でも――まだそれでユピテルの統治者になったわけじゃない。ユピテルは――ヤヌスだけではないのですから」


「……まさか」


「だからおそらく、マティアスは――アウローラに攻めてくるでしょうね。このユピテルで唯一邪魔者となった……私を倒すために」


「……なんと――」


 オスカーの台詞に、誰もが目を見開く。


「言い方は悪いですが……母上は、餌でしょう。殺人犯として仕立て上げた母上がアウローラにいる―――。そんな事実は、マティアスがアウローラを攻めるための格好の理由だ」


「……ワシらをそのためにわざと逃がしたというのか?」


「可能性は低くないでしょう。マティアスが、暗殺の首謀者を母上にすると最初から決めていたなら……後からそれを知ったバロン将軍たちが無事に逃げ切れたのはいささか都合がよすぎる。その『フードの男』……でしたか。ゼノン閣下に匹敵するほどの力を持つ単体戦力もいるのですから」


「しかし、アウローラに我々が来ていると――どうしてわかる? 流石にこの総督府にたどり着くまで、身分を明かした事はないぞ?」


「あまり関係はないですよ。逃げ出した以上――行く先がこのアウローラであることは、マティアスも分かっているでしょう。それこそ泳がされていたのなら――気づかぬよう後を付けられている可能性もあります。バレていないという楽観視はできません」


「……それは確かにそうだが――」


 それに、こういった事実はいくら隠そうとしても、いずれバレる事だ。

 目撃者をゼロにすることなど不可能なのだから。


「オスカー……」


 母のヘレネは、それを聞いて青ざめた顔をしている。


「……安心してください。母上をマティアスに突き出したりはしませんから」


 そう、そんなことをするつもりはない。

 

 そんなことをするつもりはないが――。


 ――しなければ……戦い、か。


 避けられない……。

 まるで「戦い」自体が目的かのように、話が出来上がっている。


「――首都で募兵が行われたりはしませんでしたか?」


「募兵は……なかったはずだ。首都も財政は厳しい。むしろ軍事費縮小のために多くの軍人が引退した。新たに――アウローラを攻めれるほどの募兵をする金はないはずだ」


「――金、ですか」


 マティアスが戦争をする気なら、何か準備をしているはずだと思ったが……金か。

 確かに首都もアウローラも財政は厳しい。

 新たに軍団の編成などは難しいはずだが――。


「……」


 またもや嫌な予感がよぎる。


 何かを見落としているはずだ。

 ここまでやった人間が、先の事を考えていないわけがないのだ。

 全てが最後まで――マティアスがオスカーを倒すための道筋ができているはずだ。


 そう、きっと金は、あるのだ。

 どこかに――戦を起こせるほどの金が……。


「―――国庫……」


 ポツリと、オスカーは呟いた。

 そうだ、おかしい事件があったじゃないか。

 国庫の金を持ったガストンを、追ったのはマティアスだった。

 

 そして――結果として国庫の金は失われた。

 記憶がないなどと言っていたが――もしかしてマティアスが関係しているのではないか。

 

 そう考えることもできる。


「――――」


 無論、全ては予想。

 机上の空論だ。

 確かにマティアスは野心を持っていたかもしれない。でもこんな凶行をするほどの人間ではなかったはずだ。

 そもそもラーゼンが死んだというのも、何かの事故か、ユピテルではない外部――他国が関係している可能性だってある。


 だが――全ての道筋が、全ての情報が、マティアスの得になるように動いている。

 そしてそれに反比例するかのように、オスカーの立場は悪くなっていく。


「――事が起こってからでは、遅い……か」


 オスカーは小さく呟いた。


 ―――選択を迫られている。


 父の意志を継ぐと――民のため、友のため、この国を背負って立てるような指導者になる――その覚悟を突き通すか。


 それとも、折角できた愛する人との安全な未来のために逃げ出すか。


 決めるなら、今だ。

 既に大きく出遅れている。

 今更、準備を始めたところで、負ける可能性の方が高い。 


 生き残ることを考えるなら、さっさとアウローラからも逃げ出して、田舎に引きこもるのがいいだろう。


「………」


 ふとそばを見ると、心配そうにミランダがオスカーの顔を覗き込んでいた。

 隣のヘレネも、不安そうにしている。


 大切な家族の顔を見てから――オスカーは目を閉じた。

  

 今なら、この二人を連れて――遠いところへ逃げることもできる。

 それこそ王国でも頼って、ユピテルとは無縁に農家でもして暮らしたら、案外幸せかもしれない。

 

 マティアスも、ユピテルを手に入れさえすれば――後はどうでもいいだろう。

 王国まで手を出すほど、バカじゃないはずだ。 


「―――」


 ―――ふ、なんてね。


 内心で――オスカーは自嘲した。


 答えは決まっている。


 父を殺された。

 母は考え得る限り最悪の侮辱を受けた。


 ――逃げる?

 笑わせるな。

 ふざけるな。


「――マティアス、君は一線を越えた」


 その――ふつふつと湧き上がる怒りに、オスカーの声は震えていた。


 怖い。そんな気持ちもある。

 先は分からない。

 何が待ち受けているか、想像はできない。

 そもそも、もしかしたら、オスカーが逃げ出した方が国の為になるのかもしれない。

 感情を押し殺して、母親を差し出せば、戦争は起こらないかもしれない。


 普段のオスカーなら……。いや、本来のオスカーなら、きっと既に馬を走らせ、逃げていただろう。


 できない事はやらない。

 無理はしない。

 それが、オスカーの元来の性格だ。

 

 だが。


 オスカーはあの日、あの戦場で、友の戦う姿を見たとき、決めたのだ。


 彼に相応しい指導者になると。

 彼の友として、相応しい人間になると。


 ―――マティアス。この国を……父の後を継ぐのに―――君は相応しくない。


 自分が相応しいなんて、大仰な事は言えない。

 だが、彼にだけは譲ってはいけない。


 簒奪という遺恨を――偉大な父の残した国に、刻むわけにはいかない。


 オスカーは目を見開いた。

 静かに――覚悟を決めた瞳だった。

  

「……ミランダ、すぐに伝令を飛ばしてくれ」


「オスカー……?」


「国境線の兵も――退役させた兵も指揮官も、ありったけを招集するんだ。金に糸目はつけない。来年の予算も全て使っていい」


「――ご子息殿……」


 その言葉に、バロンが立ち上がった。

 オスカーは大柄なその老体に向き直る。


「バロン将軍、僕は――戦います。名誉の為に。父の為に。そして、この国の未来のために」


「……」


「将軍も――手伝っていただけますか?」


 そう――手を差し出すと、バロンは難しそうな顔をしながら、オスカーの顔を覗き込み、そしてどこか悟ったように、言った。


「……ふ、まだまだ子供だと思っていたが――なるほど、閣下が後継者に選ぶわけだ」


 バロンの右手が、ゆっくりと、オスカーの手を握る。


「――その顔、若い時の閣下にそっくりだ」


「―――」


 オスカーが返事をする間もなく、バロンはすぐに手を放し――膝をついた。


「失礼いたした総督。このバロン――老骨ながら……オスカー総司令の傘下に入らせていただく」


 それに習うかのように、グリーズマンも膝をついた。


「……よろしくお願いします」


 オスカーは頷いた。


 ――やってやる。


 報復のための戦いなんかじゃない。

 生き残るための戦いでもない。


 未来を掴むための戦いだ。




● ● ● ●




 首都ヤヌス。


 部屋の中で――マティアスは1人剣を砥いでいた。


 シャッ、シャッ、と小気味のいい音と共に、剣の鈍い輝きが増していく。


 今となってはヤヌスで随一の政治家と言ってもいい彼だが、元は前線を張る指揮官だ。

 自分の命を守る装備は自分で整備するのは当たり前だ。


「―――マティアス。どうやら準備ができたみたいだよ」


 そんな彼の傍らに、突如として現れたのは水色の髪に、青いローブを着た少年だ。


「……そうか、すぐ行く」


 マティアスは驚きもせずに答える。

 もはや、この少年――ラトニーがここに現れるのは日常茶飯事だ。

 

「はは、別に急がなくてもいい。むしろ待たせてやった方が指揮官らしい」


「そうだな」


 答えながら、マティアスは剣を砥ぎ終わり、鞘に納める。

 

 ラトニーはそんなマティアスをしげしげと眺めながら、やけに機嫌がよさそうだ。


「しかし……やっぱり君を選んで正解だったよ」


 そして、思い出すようにそう言った。


「何の話だ?」


「あの演説だよ。まさか僕が何も仕込みをしなくても――君の言葉だけであれほど民衆の感情をコントロールできるなんてね。正直、驚いたよ」


「ああ……」


 言われて、マティアスは演説――ラーゼンの追悼演説の事を思い出す。


 ラーゼンの暗殺の罪をヘレネに着せる―――。


 この指針自体は、マティアスの案ではなく、ラトニーに言われるがまま従っただけだ。

 そうすれば、上手くいくと、彼が言ったのだ。

 

 半信半疑ではあったが、この少年に懸けると決めている。

 演説などは柄ではないが―――やりきる覚悟だけは本物だった。

 死者を尊ぶ思考も、未亡人を憐れむ感情も、既に捨ててきた。


「――ふん、所詮は道化だよ」


 苦虫を噛み潰したように、マティアスは言った。


「ハハ、だとしたら百点満点の道化だよ。これほど頼りがいのあるパートナーは初めてだ」


 ラトニーは、ここの所ずっと上機嫌だ。


「ふん、そんな事をいったら、こちらだって――どうやってあのゼノンの目を盗んでラーゼンを殺したのか、気になるところだがね」


「ハッハッハ。アレは僕にとっても『賭け』だったけどね。まぁ、そのうち君にも、()は紹介しよう」


「……彼、ね」


 首都でのラトニーのもう一人の協力者―――。

 おそらく、単体でとてつもない戦闘力を持つと思われる男だ。

 ゼノンを処理し、次々とラーゼン派の議員たちを葬り去ったフードの男。


 マティアスは不可能だと思っていたラーゼンの暗殺。

 それが可能になったのはその男の力があったからだという。

 まだマティアスも面識はない。


「……そいつは()には使えないのか?」


「ああ。今、彼には他の事を頼んでいるからね。なぁに心配はないさ。後で絶対に役に立つ」


「そうか」


 この少年は相変わらずきな臭いが――マティアスに不可能なことを実行する「力」を持っている。

 今のところ、彼の指示に従って――悪い事は起きていない。


 ラーゼンは死んだ。

 マティアスに反対する人間は次々と消え去った。

 民衆は簡単に騙された。

 

 軍団も瞬時に編成できた。

 

 ラーゼンの仇を取ることを訴え、多くの兵士から支持を受けた。

 失われた「国庫」の金を惜しみなく使えたのは大きい。


 今となってはマティアスは、ヤヌスの執政官――元老院の全権代理人にして、ユピテル軍の最高司令官だ。


「……」

 

 そして、マティアスは立ち上がった。

 装備の支度……軍装の支度を終えたのだ。


「しかし――本当にこれでよかったんだろうな? ヘレネの逃げた先が本当にアウローラかなど――まだ情報は入っていないが」


「大丈夫大丈夫。間違いなくヘレネはアウローラにいるし―――もしもいなくても問題はないさ」


「――何故だ?」


「歴史を作るのは、勝った方だからだよ」


「……そうか。そうだな」


 マティアスは頷いた。


 歴史を作るのは、勝者だ。

 それを、マティアスも目の当たりにしてきた。


 勝ち続けることによって歴史を作った男、ラーゼン。


 ラーゼンは確かに民の支持はあったが、全てにおいて正しかったわけではない。

 最終的に勝利したからこそ、正しいのだ。


「――さて、マティアス。ここまでは順調だ。準備も予想以上に早く終わった。もう後は――進むだけだ」


「……ああ」


 ラトニーの言葉に、マティアスは頷いた。

 もう、引き返せはしない。

 自分で決めた事だ。


 伯父を殺すことも。

 従弟を――倒すことも……。


 そして、マティアスは天幕を出た。


 天幕の前に広がるのは――無数の兵。


 鎧を付け、兜をかぶり、剣を携える――軍人たちだ。


 ずらりと横に並び、道を開ける兵の間を、マティアスは堂々と抜けていく。


 ――ふ、所詮は道化の将。


 自分の力で勝ちえた兵の信頼ではない。

 自分で手にした地位ではない。


 だが、それでも――成すべきことがある。


 兵の列を抜けて――マティアスは振り返る。


 言うべき言葉は一つだけだ。


「―――行くぞ、アウローラへ」


「――――」


 歓声は挙がらない。

 なぜなら、それは他国との戦争ではないからだ。


 戦う相手は、同じユピテル人。

 喜び勇んで戦う相手ではない。


「……」


 マティアスは再び前を向き――歩き出した。


 この歩みを止めることは、おそらくもうないだろう。


 そしてその司令官の歩みから、数歩のみ遅れて―――声のない軍隊は進軍を開始した。




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