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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十八章 青少年期・世界激動編
244/250

第244話:オスカーの選択①



「―――父上が……死んだ、だと?」


 思わず、オスカーは耳を疑った。

 

 ―――『ラーゼン・ファリド・プロスペクター、死亡』


 唐突に――何の前触れもなく聞かされたその報せ。

 奇しくも―――丁度、ミランダにオスカーが想いを伝えた日だった。


「――死因は?」


「……いえ、あくまで公式な報せではなく――首都から流れてきた者たちの証言なので、当てにはなりませんが――どうやら()()()()ようです」


「―――!」


 ――バカな。


 それがオスカーが最初に思ったことだ。

 病死なら、まだあり得た。

 父は自分と同じように、身体は弱い。

 何かしらの流行り病にかかり、コロリと要ってしまう――。そんな事なら納得もできる。 


 怪我も、なくはないだろう。

 会談を踏み外して、落ちたとか、事故でも―――釈然とはしないが、わかる。


 だが、暗殺だけはあり得ない。

 

 なにせ、父の傍には――迅王ゼノンがいるのだ。

 聞いたところによるとあの男は、100m先の殺気まで敏感に感じ取るという、超人の領域の剣客だ。

 あの『天剣』シルヴァディですら、同格と認めた剣士である。

 彼がそばについていて、父に危害が及ぶことなど、ありえない。


「……やはり、信じられないね。少し――調べてみてくれ」


「――ハッ!」


 ――そうだ。公的な報告ではないんだ。

 あくまで『噂』というのなら、何かしらのいたずらや、工作の可能性もある。


 そう思い――その初日は、意外と冷静に立ち回れた。


「……すまないね。本当は――めでたい日だったはずなんだけど」


「ううん」


 プロポーズを取り消すつもりはないが、少なくとも悠長に結婚式の時期などを決めている場合ではなくなった。

 謝ると、ミランダは心配そうに首を振ってくれた。

 彼女とて――ラーゼンの死の、重要性はよくわかっているはずだ。

 もしもこれが本当なら、ユピテルはこの先導いてくれるはずだった唯一の指導者を失くしたことになるのだから。


 半ば信じたくない気持ちも含めて――若干の楽観視をしながら、オスカーは調査を進めた。


 と言っても、実際に人をヤヌスにやってその帰りを待つのでは時間がかかりすぎる。

 勿論そちらの派遣もするが、それよりも、ヤヌスからアウローラまで流れてきた商人や旅人に話を聞き、真偽を確かめる方が手っ取り早い。

 

 そして――調査をすること数日。

 オスカーの楽観視は、見事に崩れ去っていった。


「――やはり、ラーゼン執政官が殺されたというのは、事実のようです」


「……ああ」


 既に――父の死が事実である、という報告自体は2日ほど前から聞いている。

 

 噂になるどころか――もはやユピテル国民で、その事実を知らぬ者はいないとでもばかりだ。

 街を歩けば、話題はそのことで持ちきりだろう。


 ヤヌスで、その話を聞いたという人もいれば、中には実際に遺体を見た、なんて人もいた。

 死後間もなく、葬儀は公の場で行われたようだ。


 そして、胃痛の種は、単にその「死」だけではない。

 

 まず――そのことについて、ヤヌスからアウローラまで公的な報せがまだ来ていない事。

 街での調査の結果、おそらくその「事」が起こったのは、1か月は前だった。

 

 アウローラとヤヌスとの移動には、確かに1か月弱はかかるが――それは、徒歩であったり、大人数の集団で移動してきた場合だ。

 

 このような重要な事を報せる場合、普通は早馬を飛ばすはずだ。その場合はもっと早く伝令が到着する。

 だが、1か月経っても首都から何も報せがない。これはいささかおかしい。


 まだ確定ではないが、現在の首都のトップはマティアスのようだが――いったい何を考えているのか……。


 ―――いや、それはまだいいか。


 そう、父がいないならば、その執政官の片割れであるマティアスが指揮を執るのはおかしくはないし――報せが来ない事など、次の事実に比べれば大したことではない。


 ――最初は信じられなかった。

 あり得ないという自信があった。


 でも――調べれば調べるほど、証言者は増えていく。

 それが事実だと、外堀を埋められていく――。


 それは、そんな―――オスカーにとっては何よりも衝撃的な事実だった。


「そして、―――申し上げにくいのですが……」


 調査を命じたオスカーの部下が、言いにくそうに言葉を連ねる。


「……ラーゼン執政官を殺したその首謀者は―――やはり……妻のヘレネ殿とされているようです」


「……ああ」


 力なく、オスカーは頷いた。

 もう昨日から聞き続けている報告だ。

 きっと誤報だ。

 何かの間違いだと――そう思いながら何度も再調査を命じた事。

 

 結果は何度やっても同じだった。


 そう。

 父を殺したのが――母であるヘレネだと――誰もが口を揃えてそう言うのだ。


 しかも母は――そのまま消えた、と。

 

「………」


 何が起こって、どうしたらそうなるのか――オスカーには分からなかった。

 ヘレネは――母は父を愛していたはずだ。


 ――だって、そうだろう?


 父と母は恋愛結婚をしたんだ。

 愛し合っていたはずだ。

 それがどうして殺すなんて……殺したなんてことになる?


 意味が分からない。

 そもそもどうして母に父が殺せるんだ。

 ゼノンはいったいどうしたっていうんだ。


 分からない。

 いったい何が起こっているのか……。


「……わかった。もう――調査はいい。下がれ」


「……はっ」


 部下は難しい顔をしながら敬礼をして、立ち去って行った。

 彼にも嫌な役目をさせたかもしれない。


「……オスカー……」


 傍では、ずっと黙って報告を聞いていたミランダが、相変わらず心配そうにしている。


「――大丈夫?」


「……ああ……と、言いたいところだけれどね。流石に――堪えたよ」


「……うん」


 色々と――情報が多すぎた。

 父の死だけでもいっぱいいっぱいなのに――それに追い打ちをかけるかのように、母の事だ。

 いかにオスカーが大人びていようと……それを全て受け止め切れるほどの大人などいないだろう。


「……大丈夫。私は――傍にいるから」


「ミランダ……」


 気づくと――ミランダはオスカーを背後から、そっと抱きしめていた。

 椅子越しに、彼女のぬくもりが伝わってくる。


 普段なら過敏に反応するところだが――今日は不思議と安心できる。

 彼女の腕の中で目を閉じると、やけに頭がすっきりとするのだ。

 

 彼女がいてくれて――よかった。


 勿論、どうにもならない感情はぬぐい切れない。

 悲しみのような、苦しみのような葛藤が心の中を彷徨っている。


 だが――なんとなく彼女の腕の中でじっとしていると、思考は落ち着いてくる。


 父の事。

 母の事。

 母が父を殺すという意味。

 そして、起こっている結果――。


 しかし……。

 改めてそれを考えたとき、ふとオスカーは思い至った。


「―――やっぱり、おかしい」


「オスカー?」


「母上が―――父上を殺すはずがないんだ」


 そう。

 おかしい。

 あり得ない事だ。

 

 仲睦まじい夫婦であったことは――オスカー自身が良く知っている。

 父を奮起させたのは母だし、父は母の為に、権力者に立ち向かった。


 そうだ。あり得ないんだ。

 

 母が父を殺すことなどあり得ない。


「―――だとしたら?」


 考えろ。

 何か見落としている――いや、そもそも考え方を変えろ。


 母を犯人に仕立て上げた奴がいる。

 そう考えた方が自然なんだ。

 

 父を殺し、その罪を母に着せて――。


「そうだ……この状況を見るんだ。おかしいじゃないか。母上が犯人ならどうして捕まらない? 捕まえない?」


 母は行方不明であると聞いた。

 捕まえない理由はない。

 そう簡単に逃げ出せるのか?


「母上を犯人に仕立て上げて―――泳がすことで誰かが得するのか? アウローラ総督である僕にも知らせずに、いったい何を―――」


 そこで――オスカーは顔を上げた。


「―――マティアス……か? マティアスが……父を? だとしたら―――」


 そして、ハッとしたように、オスカーは振り返った。

 視線がミランダと重なる。


 何かを悟ったようなオスカーの表情は――先ほどよりも深刻そうなものになっていた。


「……ミランダ。僕の予想が正しければ……――マズい事になるかもしれない」


「もう充分マズい事は起こっていると思うけど……」


「いや、違うんだ。指導者を失くすとかじゃない。そのレベルじゃない――未曽有の事態が―――」


 と、そこまでオスカーが言った時だった。


「――し、失礼します!」


 そんな慌てるような声と共に、コンコン、と扉をたたく音が聞こえた。

 すぐにミランダがオスカーから離れ、仕事モードに戻る。


「――入れ」


「――はっ!」


 そう言って入ってきたのは――先ほどオスカーに報告をしてきた部下だった。

 だが――先ほどとはうって変わって血相を変えた様子だ。


「どうした?」


「はっ! 緊急で報告しなければならないことが……」


 緊急の報告――。

 そのただ事ではない様相に、オスカーは嫌な予感を覚えた。


「実は、その――」


 そして、少し声を潜めて――彼は言った。


「本物かはわかりませんが……ヘレネと名乗る婦人が―――総督と面会をしたいと―――」


「―――」


 その言葉に――オスカーは驚かなかった。

 

 少しだけ目を見開き……ゆっくりと閉じる。


 そして、一言、


「そうか――こうなったか」


 そう――ため息を吐くかのように漏らした。


「……会おう。客間に通してくれ」


 そして、オスカーは立ち上がった。

 そう――何かを……悟ったように。




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