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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十八章 青少年期・世界激動編
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第241話:魔断剣と呼ばれた男



「――待て……今なんて言った? ラーゼンが――死んだだと!?」


 全身から血の気が引く中――気づくと俺は、その青年に詰め寄っていた。


「――お前は……烈空―――!? どうしてここにいる!?」


 緑色の髪の青年は、そこで初めて俺に気づいたようだ。

 目を丸くして驚いた顔をする。


「―――私の客よ、ダルマイヤー」


「ウル殿……」


 後ろからの黒髪の少女――ウルの言葉に、ダルマイヤーと呼ばれた青年は意外そうな顔をした。


 このダルマイヤーという青年は、ウルとも面識があるらしい。 


 まぁ確かに――前に出会った時は戦場だったし、なんなら俺とユリシーズは殺し合いをしている仲だ。驚くのも無理もないが――しかし、今はそれよりも……


「それよりも……とにかく、話を聞かせて貰える?」


 俺の心情を代弁するかのように、ウルがダルマイヤーに、話の先を促した。


 そうだ。

 ラーゼン・ファリド・プロスペクターの死と――彼はそう言った。

 その真偽の方がよほど重要だ。

 この場の誰もが、ダルマイヤーを見つめている。


「……わかりました」


 ダルマイヤーも空気を察知したのか、再び思い出すかのように話し出した。


「――丁度偶然……首都へ向かっていた時の事です。師匠と私はその噂を耳にしました――」




● ● ● ●




 ゾラとダルマイヤーはユピテルの首都――ヤヌスを目指していた。

 

 近々首都では『収穫祭』が行われるという。

 祭事などはここ数年耳にしたことはない。

 

 勿論、師のゾラは長い人生でいくらでも祭りなど見たことはあるのだが、元々地方出身のダルマイヤーに、そんな経験はない。


 本当はブレア大森林を通って王国へ向かう予定だったのだが、一度は大都市の祭りという物を見たいというダルマイヤーの願いをゾラが聞き入れ、2人はヤヌスを目指していたのだ。


 しかし、もう反刻もしたらヤヌスに到着するというところで――2人は、血相を変えてヤヌスとは逆方向に向かってくる商人とすれ違った。

 

 祭りがあるというのに、立ち去る商人も珍しい。

 しかもその顔色は明らかにおかしい。

 いったい何があったのかと思い、ゾラは商人を呼び止めようとしたのだが――商人は、そんな暇はないとでもばかりに、一言。


「――ラーゼンが……執政官ラーゼンが殺されたんだ……! 収穫祭なんて――もう終わりだよ!」


 吐き捨てるようにそう言って、すごすごと立ち去って行った。


「……ラーゼンが……殺されたじゃと?」


 そんな商人の後ろ姿を見ながら、老人――ゾラはやけに神妙な顔をしていた。

 

「……不可解じゃな。ゼノンがいる以上、そんな事あり得んはずじゃが……きな臭いものよ。ダルマイヤー、急ぐぞ」


「は、はい」


 そう呟いた師に連れられて、ダルマイヤーは首都に足を踏み入れた。 



 ―――首都ヤヌスは――やけに不穏な雰囲気だった。


 一見……静まり返っているように思えるが……逆に何かに憤りを感じているような、そんな雰囲気がビンビンと伝わってきた。


 メインストリートもやけに人通りは少ない。

 出ている商店も、いささか活気はないように思える。


 ゾラはそんな商店の一つ――果物屋で足を止めた。


「――リンゴを1つ貰っていいか?」


「ああ、毎度あり」


 ゾラが陳列されていたリンゴを指さすと、果物屋の店主は気前よく反応した。


「それにしても――少し街の雰囲気が違っているが……何かあったのかの?」


 どうやら、この店主から首都の異様な雰囲気の話を聞くようだ。


「……アンタ、知らねぇのかい。今の首都は……3日間の喪中なのさ」


「喪中?」


「執政官の――ラーゼン様が殺されたんだよ」


「―――それはまことか?」


「ああ、先日行われた中央広場の葬式に、俺も並んだんだ。間違いねぇ」


「そうか……」


 どうやら――先ほど都市の外ですれ違った商人の言っていた事は事実のようだ。

 ラーゼンの死……。

 今の首都の不穏な雰囲気はその影響らしい。


「だから、街の奴らは悲しみに暮れているのさ。あの人は俺達民衆の希望だったからな」


 しみじみとした様子で――店主はそう言った。


「なるほどな……しかし、殺されたという事は―――殺した人間がおる、という事じゃろう。いったい誰がそんなことをやらかしたんじゃ?」


「……ああ、それももう有名な話さ。マティアス様が追悼演説で――その相手に対して怒りをあらわにして、公表したんだ」


 マティアスによる追悼演説――。


「ほう、それはいったい誰じゃ?」


 尋ねると――店主は驚愕の言葉を口にした。


「――ラーゼン様の妻だったヘレネって女さ。痴話げんかかなんか知らねえが……酷いもんだぜ。もっとも、実際の下手人はその手下って話だがね」


「……なるほどな……。いや、わざわざすまなかった」


「いいってことよ」


 リンゴを受け取り――ゾラとダルマイヤーは衝撃に包まれながらその場を後にした。


「……師匠、今の話―――」


「ああ、しかし……マティアスとは……」


 ラーゼンの死という驚愕の事実と――その犯人。

 そして突如として政治の主役に躍り出てきたマティアス……。


「少し妙だな……。ダルマイヤー、軽く調べるぞ」


 疑問を覚えたゾラとダルマイヤーは、情報収集を開始した。

 


 王国に比べれば数少ない裏街にまで出向いて、情報を貰う。

 流石は『魔断剣』ゾラといったところで、様々なところで顔が利くようだ。

 一日でヤヌス中を駆け巡り、様々な人を訪ねた。


 上がってきたのは驚愕の事実ばかりだった。


 まず、ラーゼンが死んだという事は、どうあがいても本当だという事。

 死体を見たという人間も多く、葬式に参列した人間まで数えたらきりがない。  

 ラーゼンの死には、貴族も平民も、奴隷も裏街の住人も――全員が「驚愕」の意を示していた。


 そして、ラーゼンを殺したという直接の下手人も――既に上がっていた。

 

 その正体は―――彼の警備隊長をしていたヨシュアという男であるらしい。


 プロスペクター家に仕えるこの男が――主君が一人であるところを狙って殺したのだとか。

 ラーゼン自身が、戦闘力に関しては子犬にも劣る事は誰もが知っている。

 可能か不可能であれば確かに可能だろうが―――しかし―――問題はそのヨシュアに指示をした人間だった。


 それは――ラーゼンの妻……ヘレネだ。

 ヨシュアが、彼女の指示でやったと―――自白したらしい。 

 果物屋の店主が言っていた通りだった。


 勿論、実際がどうだったのかは――ダルマイヤー達にはわからない。

 本当にラーゼンとヘレネの間に何かしらのいさかいがあったかなど……本人しかわからないだろう。

 だが、ともかく――ラーゼン亡きあと仮の指導者となったマティアスは、ヨシュアの自白を是とし――そう世間に発表したのだ。


 無論、ここまで調べた事、起こったとされる事実が、嘘だと言い張る事もできない。

 結果までの道中に違和感はないのだ。


 夫婦間の痴情のもつれはよくある事だし――確かに警備隊長が裏切っているならば、暗殺も可能だろう。

 その後に、執政官の片割れが権力を握るのも、当たり前だ。


 だが、他の場所に―――違和感がいくらでも出てきた。 


「―――ラーゼンの腹心と呼ばれる人間の多くが、行方をくらましている、か」


 ラーゼンの腹心……特に――彼がカルティア時代から率いてきた将軍たちが、現在、揃いも揃って行方をくらましているのだ。


「それも―――ただ一人……マティアスを除いて。残った将軍や政治家も――軒並み発言力の低いものばかりですね」


 この一週間で、彼らは消えた。

 公式には、ラーゼンの死のショックにより病欠―――と、いかにも忠臣たる彼ららしい理由にも思えるが、ゾラの古い知人の話によれば、彼らの屋敷にはもはや人っ子一人いないらしい。 


 その行方をくらました人間の中には――ユピテルに駐在していたゾラの弟子――イリティアも含まれている。


「……これは、いよいよ持って物騒な話になってきたのう」


「というと?」


「考えてもみろ。あの『迅王ゼノン』すらも行方をくらましているのじゃぞ」


 そう、迅王ゼノン――。

 彼すらも姿を見かけないという。

 

「アレをやれるほどの手練れがそうそうおるとは思えん。シルヴァディ亡き今、精々、聖錬剣覇か……軍神、あるいはあの小童くらいだろう。だが、きゃつらは全員、この国にはいないのだ。どうも――胸騒ぎがするのぅ」


 そうだ。

 そもそも――たとえ警備隊長が裏切っていようが、迅王ゼノンがいる限りラーゼンが暗殺されることなどあり得ないのだ。

 ラーゼンの死は、そのままゼノンの死も意味するだろう。


 つまり――そこから導き出されることは――この首都でゼノンすらも越える「何か」が暗躍しているか、それとも――。


「……政治や国に、師匠がそれほど興味を示すとは思っていませんでしたが…」


「ふん、別に、単に国の政権が代わるくらいならば何も思わん。じゃが――どうも今回もまた、『戦い』の音が聞こえた気がしての」


「師匠……」


「ともかく、おそらくマティアスは黒じゃ。ラーゼンの死によって奴のみが甘い汁を吸って居る。ただ疑問は……奴ごときにどうしてそんな芸当ができたのか。その点じゃな。マティアス自身は指揮官としてはともかく、戦士としてならいくらか上に見積もっても、精々お主に及ばぬ程度であろう。……やはり何か大きなバックが付いているかもしれんのう」


「大きなバック?」


「……他国か……はたまた超常の何かか―――」

  

 そこで、ゾラは思案を打ち切った。

 これ以上深入りはマズいとでもいうように立ち上がる。


「まぁいい、ともかく――ユピテルはまた荒れそうじゃ。離れた方がいいじゃろうな」


「……いいんですか? 前は無理にでも戦争に参加したようですが」


「……今回は、ちとワシの手の出る範囲を逸脱しているような気がするのじゃ。さっさとユリシーズと合流しなければな。あ奴がまたバカをする前に…」


 なんて心配そうな顔をしながら北を眺めるゾラに、思わずダルマイヤーは微笑みがこぼれる。


「……師匠、結局『摩天楼』殿の事好きですよね」


「ふん―――ただの腐れ縁じゃよ」


 鼻の頭を掻きながら――ゾラは酒場の扉を開けた。


 そして―――その酒場から、少しだけ歩いたところだった。


 そこは確かに、メインストリートからは外れた位置だ。

 穏やかでない会話をするのに、表通りは適さないと思い、裏通りの店を選んだ。


 しかし――これほど店の前の人通りが少なかっただろうか。


「ダルマイヤー……」


「……ええ」

 

 いや、少ないどころではない。


 ―――皆無。

 闇夜の中、その道は、わずかなランプの光以外に、何も見えない。

 やけに異様な空気を感じた。


 ダルマイヤーもゾラも――険しい表情で足を進める。


 そして―――。


「―――!?」


 そのプレッシャーは、ダルマイヤーを襲った。

 

 道の前方。

 どこからもなく現れた、2つの影。


「―――ハッハッハッハッ! これは運がいい。向こう側に行く可能性が高い厄介な老人が――1人でわざわざ出向いてくれたとは!」


 二つの影の片割れ―――高笑いをするのは、水色の髪の少年。

 この世の物ではないと思わせる雰囲気の――異質な少年だ。

 だが、それ以上に……。


「師匠……コイツ……」


「ああ……確かに、これは―――ゼノンをもやったというのも頷ける……」


 その少年の隣。

 フードで顔を隠した男の――尋常でない圧が、ゾラにそこまで言わしめた。


 無論、その高みがどれほどか、未だダルマイヤーには分かりはしない。

 だが、ただ一つ分かる事がある。


 80を越えながら、現役バリバリの剣士であり、この世で最も多くの戦場を経験した神撃流最強の男――ゾラ。

 かつてあの『烈空』を前にしても余裕を崩さなかった歴戦の剣士が……額から汗を垂らしながら、たじろいでいたのだ。

 そんな相手―――ダルマイヤーが彼の弟子なって以来、今まで一度も見たことはない。

 

「――なるほどな……。この首都の異様な現状―――全て貴様らの仕業か……」


「答える義務はないよ、『魔断剣ゾラ』。君もまた……予想を超えて強くなった不特定因子だ。まさかここまで生き残るとは思っていなかったけど……まぁ、もう十分だろう」


 水色の少年の声が――低くなった。

 そして静かに――一言。

 

「――()()


「―――!」


 少年の命令口調に――隣のフード……遥か格上の剣士が動いた。


 瞬間、ゾラが剣を抜き放ち――ダルマイヤーの前に立った。


「――ダルマイヤー、お主は逃げろ! ユリシーズを頼れ!」


「し、師匠!?」


「束になっても、コイツには勝てん。逃げるんじゃ!」


「で、でも――」


「早くしろ! ワシの命を……無駄にするな!」


 その横顔は―――かつてないほどの覚悟を感じた。

 そして、小さく――語りかけるように、老人は言った。


「―――あのバカ女に伝えてくれ。約束を守れなくて……すまないとな」


「――――!」


 そんな――何か悟ったような師を見て……ダルマイヤーは剣を収めた。

 師の生き様を―――この現状を――言葉を伝えるために、歯を食いしばり――走り出した――。

 



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