第232話:間話・女たちの宴
王都の鎮圧の終わった次の夜。
それは―――まだアルトリウスの眠っていた夜だった。
その部屋に、4人の少女が集まった。
会議でもするかのように、その部屋の中心に置かれた机に、4つの椅子。
それぞれに一人ずつが腰かけている。
パッと見たところ、この少女達に共通点はない。
髪色も髪型も違えば、瞳の色も身長も違う。
あえて言うならば、4人ともが若く美しい少女だったという点だが……別にだからと言って集まったわけじゃないだろう。
「―――じゃあ……始めますか?」
誰もがタイミングを見計らっている中で最初に口を開いたのは、亜麻色の瞳とポニーテールを持つ少女だ。この中では下から二番目の身長である。一応、彼女がこの場の主催者だ。
「うん。私、こういうの初めてだから緊張するな」
ニコニコと笑顔で答えるのは、黒髪に、翡翠色の瞳の少女だ。
この中では上から二番目の身長である。
緊張すると言いながら緊張しているようには全く見えない。
「……えっと、その……私はいつでも大丈夫です」
若干緊張気味に答えるのは、金髪のロングに空色の瞳の少女だ。
この中では最も背が高い。
少なくとも、黒髪の少女よりは緊張が目に見えて出ていた。
「私もよ」
最後に傲岸不遜に言い放ったのは、赤毛のミディアムショートに、紅の瞳の少女。
この中では最も小柄だが、何故か大きく見える。
「……では皆さま、グラスを手に取って下さい」
3人の反応を確かめ、ポニーテールの少女が言った。
その言葉を受けて、全員が机に置かれていたグラスを手に取る。
「そうですね、じゃあヒナ様、お願いします」
「……わかったわ」
赤毛の少女は、若干「え? 私?」という顔をしながらも、グラスを掲げた。
そして、息を吸い―――一言。
「――私たちの未来と、アルトリウスに」
「「「乾杯!」」」
女たちの宴が始まった。
● ● ● ●
「シンシア様、今夜――食事会をしようと思うんですが、どうでしょうか?」
王都の『神聖教』を丸一日かけて鎮圧し――屋敷に戻ったシンシアにリュデが話しかけてきた。
「食事会、ですか?」
「はい。ヒナ様と話したんです。その――エトナ様も揃いましたし、お互いの顔合わせを兼ねてささやかな親睦会を開こうかと」
「なるほど……」
エトナ、という名は、既に聞きなれている。
アルトリウスが助け出してきた少女だ。
なんなら魔力切れで眠ったアルトリウスを屋敷に運ぶ際に、顔を合わし、簡単な自己紹介はした。
『私、エトナ。これからよろしくね!』
なんて余裕に満ちた紹介をされたのだ。
すぐに隊に合流しなければならなかったため、シンシアは名だけ告げて逃げるように退散してしまったが……いつまでも逃げられる対面じゃない事はよくわかっている。
「親睦会」というのは、以前ヤヌスであった「飲み会」のような物だろう。
お互いの事を知るためには良い機会である。
「もちろん、シンシア様も疲れていると思いますので、後日でも構いませんが……。その、なるべく早い間にやっておいた方がいいかと思いまして。本当に顔合わせ程度のつもりですので」
「……」
確かに、疲れてはいる。
白騎士戦では、魔力がほとんど枯渇したし、残存の神聖教は殆ど他の隊員任せだったとはいえ、流石に眠気もやってきた。
正直な感想を言えば、さっさとお風呂に入ってベッドの中に潜り込みたいといったところだろう。
しかし……早い方がいいというのはその通りだ。
非常に複雑で、面倒なシンシア達の関係は後にすればするほど面倒になってくるだろう。
アルトリウスに心配をかけたくもない。
今は眠っているアルトリウスだが、ヒナの見立てでは、確かに消耗しているものの、前回のアウローラの時ほどではなく、おそらく数日……早ければ明日にでも目覚めるであろうことが分かっている。
アルトリウスが目覚める前に、自分の事は自分で何とかしたい。
きっとリュデも似たようなことは思っていただろう。
彼女とて忙しくないわけがないのだ。
「――わかりました」
こうして、その女子会は開かれることになった。
● ● ● ●
隊に休息の指示を出し、お風呂に入り、眠気を堪えて机についたシンシアだが、この場の緊張がその疲れなど軽く吹き飛ばしている。
リュデにエトナに、ヒナにエトナ。
正直ここのところ忘れていたが、ここにいる4人は全員同じ人が好きなのだ。
王国民ならともかく、全員が全員ユピテル人。
常識として、一夫一婦制が染みついている。
重婚する貴族は、バレれば批判されるし、それで職を失った人なんてのも珍しくない。
そんな中で、いわゆる恋敵ともいえるようなこの4人が一堂に会しているというのは不思議な状況だ。
そんな何とも言えない緊張を紛らわすために、とりあえずシンシアは葡萄酒を口に流し込み続けていた。
「そう、それで―――『神聖教』はもう?」
「はい、フランツが『司教』の1人を倒してくれていたみたいで、それほど手間取ることもありませんでした」
「へぇ、流石ね」
一応既に、改めての自己紹介は終えている。
いったい何の話が始まるのかとドキドキした物だが、実際に始まってみれば話は意外と真面目な物だった。
もっぱら話題は、ここ最近の情報のすり合わせだ。
酔いつぶれる前に、お互いの情報をまとめておこうという事だ。
ヒナとリュデが中心になって、この王国で起きた事を思い出すかのように話していた。
もちろん、エトナがどこに攫われていて、どのように帰ってきたかも聞かせて貰った。
彼女の見聞きしたことと照らし合わせて――あの時現れた赤銅色の髪を持った男は、やはり本物の「セントライト」であるという事がわかった。勿論、そう結論付けたのはリュデとヒナだが。
白騎士とは比べ物にならないその強さは嘘には思えなかったし、あれが古代の英雄と言われても納得はできる。
後から王城の庭にあった銅像も見たが、そっくりだった。
とはいえ、あのセントライトの登場は、シンシアからしたら少し苦い記憶だ。
隊長――アルトリウスが現れ、セントライトを倒したのを見たとき――改めて自分の弱さとアルトリウスの強さを思い知ったのだ。
――私は動くことすらできませんでしたから……。
もちろん、仕方がない話だ。
あの場で動けたのは、『八傑』の中でも強いと言われた『聖錬剣覇』のみだった。
――少しは近づいたと思いましたが……やはり遠いですね。
いつか越えると決めた父も――そしてアルトリウスも。
目標は遠い。
好きな人が、強いというのは嬉しい事ではあるが、同じ剣士であるシンシアからすれば少し口惜しくも感じる――そんな出来事だった。
「――それで、あの消えていった橙色の髪の男の子と……いつの間にか消えていた灰色の子は、別物ってこと?」
「うん、多分そう。灰色の子は――『精霊王』ってアル君が言ってたし。その橙色の人は何というか……昔攫われたときに会った――水色の髪の人の仲間?かな……多分悪い人だよ!」
「そう……」
シンシアが白騎士の戦いとセントライトの戦いを振り返っている間、ヒナがエトナから話を聞き、色々と考察を進めていた。
実際、シンシアも、あの断末魔を残して消えた橙色の少年や、いつの間にかアルトリウスの傍にいたと思ったら、再び見えなくなった灰色の少女の正体は気になるところだ。
セントライトと共にいたのだから、只者とは思えない。
「その『精霊王』さんは、綺麗にぱぁーっと光ったと思ったら剣になってね。それで――アル君がビューって飛んで……」
「そ、そう、とにかく、味方なのね」
どうやらその灰色の少女は味方らしい。
アルトリウスの持っていた見慣れぬ剣覇――その精霊王なのだろうか。
やけに不思議な光を放っていた事は、よく覚えている。
その後は、しばらくエトナの話を聞いた。
エトナ曰く、『神聖教』は神話の中の災厄の力を復活させようとしていて、人攫いによる混乱が必要だったらしい。
人攫いの正体は、『鴉』。
聖錬剣覇の弟子、トトスですら恐れおののく暗殺者であり、塔にいる大量の王国民はその『鴉』によって攫われたとか。
ともかく、神聖教の目的は達成され、災厄の力としてセントライトが蘇ったのだという事だ。
「それで、橙色のが登場した後、その、神聖書の原本?が鍵になって、セントライトが目覚めたってこと?」
「うん、多分そんな感じ。橙色のは『神族』とかなんとか言っていたけど――詳しい事はよくわかんないかな。アル君が起きてから聞いた方がいいと思う」
「そう……まぁ何となく理解したわ。ありがとう」
ヒナは頭を抱えながらも、話を理解したようだ。
彼女も、先の戦いでは魔力切れを起こして目覚めたばかりだというのに、すぐさまアルトリウスの容態を確認しては一人で怒ったり、親睦会に呼ばれては頭を使ったり、大変である。
シンシアがよくわからなかったのは酒が回っていたせいだ。多分。
さて、そこからは、親睦会という事で、小難しい話は無しになった。
結局分からないことはアルトリウスに聞けばいいというのが皆の結論だ。
流石のヒナやリュデも酔いが回ってきたようで、既にまともな思考ではない。
昔の事から今の事まで、言いたいことから言わなくていい事まで、各々が口にする。
もちろんアルトリウスの事だ。
シンシアの話もした。
以前もしたような話もあったが、まぁいいだろう。
エトナもリュデもヒナも、ニコニコしながら、時には照れながら聞いてくれた。
勿論、エトナの話も聞かせてもらった。
「……最初は一目惚れで、当時ガキ大将だったカイン君をボコボコにしてる姿をみて二目惚れしたんだよね」
彼女とアルトリウスは3歳の頃からの幼馴染。
家が親戚という事でよく遊ぶ機会があったらしい。
後から聞くと、カインというのは――あの『白騎士』戦で乱入してきた青髪の少年のことらしい。
「それで、ずっと好きだったんだけど……学校に通いだしてから、色々あってね」
「――懐かしいわね」
アルトリウスの周りにヒナが登場し、いがみ合っていたのだとか。
「でも、それで――結果的にアル君を困らせちゃって。もう自分に嘘を吐くのはやめようって思ったの」
そんなアルトリウスに反発し、アルトリウスを困らせたことがあるのだとか。
その日から、何があっても自分に嘘は吐かず、アルトリウスを好きでいようと決めたのだとか。
「アル君が、ミロティックさん―――ヒナちゃんも私も受け入れるって言った時は、確かにちょっと驚いたけど……でもそれでもアル君を好きな気持ちは変わらなかった。だから、きっと2人でもやって行けるって思ってたんだけど……ふふ、あの時は4人になるなんて思っていなかったなぁ」
思い出すようにエトナはこちらにニコリと笑いかける。
「えっと、その……それは何というか……」
「あ、ごめんシンシアちゃん、そういうつもりじゃなくてね」
シンシアは後からこの中に入ってきた人間だ。
エトナからすれば――あまりよくない存在かも知れない。
だが、エトナは安心するような微笑みを崩さない。
「私は、その時の決意があったから……こうして今も――シンシアちゃんを受け入れられるって、そう言いたかったの」
「―――――」
「これから、一緒に、幸せになろうね?」
そう言って慈しむように投げられた言葉と、翡翠色の瞳が、シンシアを除きこむ。
思わず涙が浮かんできたことを、シンシアはよく覚えている。
「はい……その――よろしく……お願いします」
エトナという少女の度量の広さと、愛の深さが――よく知れた日だった。
その後は、色々な話をした。
アルトリウスの家族にも挨拶しなきゃ、という話だったり。
そういえば、卒業式ってどうなったの? というエトナの言葉から、エッチの順番を決めるくじ引きが始まったり。
今後のユピテルや王国の心配をしたり。
不安な事から、楽しい事まで、色々な話をした。
話題が変わるたびに、お互いの惚気話が飛び交ったのに、誰もが笑う……本当に不思議な親睦会だった。
その夜はヒナがトイレにいったきり戻ってこなくて、何かと思ったらアルトリウスの隣ですやすやと眠っていたことが発覚したことによって、お開きになった。
その後黒髪の少女も「わ、ずるい!」とか言ってアルトリウスのベッドに忍び込んでいた。
シンシアも寝ぼけてアルトリウスの部屋で眠っていたことは、次の日の朝になってからわかることだ。




