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第230話:間話・深淵の魔女を訪ねよう③



 黒髪の少女は、俺の話を黙ってずっと聞いていた。


 《神聖教》を裏で操っていたのが、『神族』という奴らであるという事。

 神族は神聖教と過去の英雄、セントライトを利用して、世界に混乱をもたらそうとしていたこと。


 そして――それを止めるために、俺はルシウスによって違う世界から()()させられたという事。


「……ルシウスが……《神族》と戦っていたってこと?」


「そうだ」


「……」


 その後も、ウルは黙って聞き続けた。


 何度か《夢》として、ルシウスにそう言ったお告げを聞いた事も話した。

 だから絶対確実に全てが真実だ、とは言えないという事も。

 ないとは思うが、全部が俺の妄想な可能性もある。


「そして、これも絶対に確定とは言えないけど……」


 伝えるか迷ったが、俺は話すことにした。

 彼女には、知る権利がある。


「多分……君に魔法をかけ、俺をこの世界に呼んだルシウスは――オルフェウスという別人格の人間だ」


「―――!」


 黒髪の少女の瞳が大きく揺れた。


「君のお父さん……ルシウスは、降霊魔法の研究をしていたって言ってただろ? だから、その魔法で―――過去の人間の人格を、降ろしてきたんじゃないかって……」


「降霊……魔法…」


「ほら、じゃなきゃおかしいだろ? 元々、君のお父さんが――そんなわけのわからない『神族』なんて物と戦う理由はない。『初代八傑』オルフェウスなら――かつて神族と戦っていた」


「……そう」


 多分、舌足らずだったとは思う。

 思慮にも欠けたかもしれない。 


 でも、彼女は黙って聞き続けた。


 オルフェウス達初代八傑と、イオニア帝国。

 700年前の戦いの真実。

 彼が『神族』を倒すため、セントライトを止めるため、後世に託した想いと願い。


 俺がこの王国に来て知った、知りうる限りの歴史の全て。

 それを、話した。




● ● ● ●




 少年、アルトリウスが真剣な面持ちで話し始めた内容は――衝撃的な物だった。


 予想だにしていない言葉や、事実の数々。

 そして、きっとどれ一つとして彼は嘘をついていないという事がなんとなくわかった。


 正直、最初の第一声からして、ウルの頭で理解するにはしばしの時間がかかった。


 詳しく聞いて―――ようやく『転生』という事が何か理解した。


 死んだ人間が、記憶を持ったまま、赤ん坊として第二の生を得る。

 彼曰く、それを「転生」というらしい。

 アルトリウス・ウイン・バリアシオンは、かつて別の世界で死に、記憶を所持した状態でこの世界で生まれた人間だった、という事だ。


 そしてそれがルシウスによって行わたという。


 驚くべきことだった。

 『転生』……それは、この世の理を大きく逸脱した事象だ。

 ウルの『不老不死』にも匹敵するような禁忌。

 にわかには信じられなかったが、腑に落ちない事もない。


『―――俺は、アイツを呼びに行かなければならない……』


 もう200年前に、ルシウスが最後に残した台詞を思い出した。

 「呼びに行く」。

 あの時――ルシウスが、別の世界からアルトリウスを呼びに行った、と考えれば、おかしくはない。


 ルシウスが別人格だった――という話も、腑に落ちた。

 元々、まだ母がいたころから、彼はどこか以前とは違う雰囲気だった。

 《神族》を戦っていたオルフェウスだという話は驚いたが……どちらかと言えば想像もつかないといった方がいいだろうか。


 オルフェウスは、200年前でさえ、歴史の中の人間だ。


 現に《転生》して現れたアルトリウスがいるのだから、《降霊》してオルフェウスが現れたというのも……分からなくはない。


 ―――でも、()()()()()―――。


 ちゃんとすべての話を聞いていた。

 聞いていたし、もちろん、とても驚いた。


 色々と思うこともある。


 父と思っていた物の正体。衝撃を受けないわけはない。

 そんな《神族》との戦いなんてわけのわからない物に、どうして自分が巻き込まれたのか、不満がある。

 どうしてよりによって自分が、こんな目に合わなければならなかったのか、文句などいくらでも出る。

 

 でも、そんな事よりも、このアルトリウスの言葉を聞いて――ウルの想いは一つだけだ。


 ―――やっぱり貴方が、ルシウスの言っていた『あの少年』なの?


 この200年、嘆き続けてきた。

 文句などいくらでも言ってきた。

 

 だから、もう残されたのは、淡い……淡い希望と期待だけ。

 

 ―――私のこの苦しみを終わらせてくれるの?

 

 そんな思考が、頭を過った。


 少年の話が進むにつれて、その期待は高まる。

 ルシウスが言っていた、あの少年。

 やっぱり彼がそうなんだという期待と――もしもそうじゃなかったらどうしようという、不安。

 

 ――私は、貴方に期待してもいいの?


 この200年の長い呪いのような生。

 もはや人とは言えない、苦しみの輪廻。

 それを終わらせてくれるのか。

 この少年が……そうなのか。


 ウルは、瞳を揺らしながら―――アルトリウスの言葉を聞き続けた。


「――それで、ここまでが……俺の話」


 少年は、真っ直ぐにウルを見つめていた。


「そして、ここからが、君の話だ」


 目が合う。

 少し前に会った時は不安そうにしていた少年の焦げ茶の瞳は、今日は一転して、どこかこちらを安心させるような、そんな瞳をしていた気がした。




● ● ● ●




 半分は自分語りのようになった話が終わった。

 上手く説明で来たかはわからないし、本当に全てを伝えてよかったかは分からない。


 父親が、実は違う人だったなんて、聞きたくなかったことかもしれない。


 でも、きっと嘘は吐いても意味がない。


 全ての真実を話すうえで、ルシウスの存在は、避けては通れない道だ。


 ウルは真剣な顔で、全てを聞いた。


 そして、


「―――これを」


「……?」


 俺は懐から――直系3センチほどの禍々しい黒の半透明の球を取り出した。


 そう、正直にいって、ここまでは――これを渡すための前座に過ぎない。


「それは……?」


「これは、《ニルヴァーナの滴》。使った者に永遠の命と、絶望の力を与える――災厄の力。『神族』はこれを使って、人に混乱と混沌をもたらそうとしていた」


「ニルヴァーナの滴……」


 オーブを、ウルに差し出す。

 少し不安そうな、複雑そうな表情で、ウルはオーブを受け取った。


 そして、すぐに顔を一変させた。

 どうやら何かに気づいたらしい。


 心の中で、俺は若干の安堵をする。


「どうして私に――――って、貴方、これって……!?」


「君にかかった魔法……『不老不死』を何とかできるだろうと……ルシウスが言ったんだ」


「ルシウスが……」


「君ならばわかるって――そう言っていたんだけど」


「……!」


 ウルは、じっと――オーブを見つめている。

 考え込むかのように、黒い瞳を揺らして、じっと。


 そして、数十秒ほどして、ハッと気が付いたように声を上げた。


「―――! ひょっとして、魂魄魔法と、生成魔法の反転術式を………」


 その後も、オーブをのぞき込んで、何やらぶつぶつと言っていた。

 当然、俺には何を言っているかは分からない。


「――――そう、そこに相殺の術式を立てて――後は、魔力さえあれば―――うん、確かにこれなら―――不可能じゃないかもしれない!」

 

 そして、ウルは顔を上げた。


「……確かに……もしかしたら――どうにかなるかもしれない。少なくとも何かの手がかりにはなると思うけど……」


「そうか」


 まぁルシウスの言っていたことだし、何とかなるとは思っていたが……ひとまず、一安心といったところか。

 俺の目的は果たせそうだ。


「じゃあ、それは――君に譲るよ」


「―――え、でも……苦労して手に入れた物なんじゃないの? 多分……私の体の事に使ったら、戻らない類の物だと思うけど」


 ウルは申し訳なさそうな顔をする。

 自分の重要な事が懸かっているだろうに――良い人なんだな。


「まぁ苦労はしたけど……別に欲しかったわけじゃないし。元から君に渡すつもりだったんだよ。君に渡せば、その『不老不死』の力を解けて、尚且つ《ニルヴァーナの滴》も消せるって……そうルシウスが言ったから」


 ウルを苦しみから解放してあげたい、というのと同じくらい――俺はこの災厄の種である《ニルヴァーナの滴》をこの世に残しておきたくはないのだ。

 渡さない理由はない。


「でも……私、貴方に何もしていない。こんなことをして貰うような義理も恩も、何もない。返せるような物も……」


 彼女の黒い瞳は大きく見開かれ、揺れていた。

 身体も、どこか小刻みに震えているような気がする。 


「そんなことないさ。君のおかげで俺はエトナ……大切な人を守る事ができた。あの塔で、大切なことに気づくことができた。俺としてはさっさとそんな物消してしまいたいし、悪用するならともかく、君はそんなことしないだろ?」


「もちろん、悪用なんてしないけど……」


「――だったら、受け取ってくれ。それがあれば君の《呪い》、解くことができるんだろ?」


 真っ直ぐ見つめていた少女の目尻には、涙が溜まっていた。

 今まで――この200年間耐えてきた何かが決壊する様に、大粒の滴が、頬を流れる。


「……うん……うん……できる…できるよぉ……」


 震える声で、ウルはオーブを胸に抱き、顔をぐしゃぐしゃにしながらそう言った。


「うぅ……ぐすん……戻れる……人に……戻れるよぉ……」


 隠そうともせず、少女は泣き声を上げた。

 水晶玉にもたれかかれ、涙の滴が、机に零れていく。


「……そっか」


 ――200年だ。


 愛する人に、最低の仕打ちを受け、生き続け、死ねず、追われ、苦しみ、積み重ねた200年。

 俺なんて前世を足しても精々40年ちょっと。

 

 彼女がこの長い人生で貯めた物の大きさを、想像することはできない。


「――リン」


「……そうね」


 泣きじゃくる少女を横目に、俺達は立ち上がった。

 もちろん、まだ話したいこともあるが――落ち着いてからの方がいいだろう。





 部屋を出て、先ほどのリビングのような場所に出ると、むくれた顔のユリシーズがいた。


「――ちょっと酷いですよ、私も聞きたかったのに――……って師匠は?」


「……少しそっとしておいて上げた方がいいかと」


「……?」


 耳を澄ますと、かすかに――奥の部屋での泣き声が聞こえてくる。

 ユリシーズも気づいただろう。


「……何があったんですか? 師匠が泣くなんて……初めてなんですけど……変なことしたんじゃないでしょうね」


 少し低い声色だった。

 俺がウルに何かしたと警戒しているのかもしれない。


「……別に危害は加えてませんよ。ただ……まぁ落ち着いたら本人から聞きましょう。僕も待ちますから」


「そうですか……」


 ユリシーズを一瞥し、なるべく部屋の音は聞かないよう、俺は空いていた椅子に座った。




● ● ● ●




 体感は、1時間くらいだろうか。

 

 概ねユリシーズに色々と説明が終わったころだ。


 といっても、彼女がしきりに聞いてきたのは俺の傍らにいる――リンドニウムについてだったが。

 別に隠しているわけじゃないので、彼女の正体は教えたのだが、


「精霊王って……本当に実在したんですね……」


 と不思議そうにリンドニウムの頬をぷにぷにと触り始めた。

 リンドニウムはいつもなら他人の前ならすぐ消えるのに、珍しい物だ。

 確か顔見知りといっていたけど……されるがままにされている精霊王の姿は少し微笑ましかった。


 後は、王国の騒動の出来事を少し話したくらいだろうか。

 

 転生とか、神族についてまでは深く話す時間はなかった。

 まぁ必要ならそのうちウルが教えるだろう。


「そうですか……《白騎士》、よく倒せましたね」


 白騎士が倒れたという話は、ユリシーズの興味をひいた。


「まぁ僕はその場にはいませんでしたが……ヒナが頑張ったみたいですね」


 《白騎士》モーリスとの戦闘の経緯は、後から俺も聞いただけだ。

 ギルフォードや俺の隊員、そしてヒナやカインを加えて、死闘の末撃破したのだとか。

 

「そうですか……てっきり坊やが倒したのかと思いましたが」


「何故ですか?」


「だって……前に見たときと随分雰囲気が違うじゃないですか。メリクリウスを思い出しましたよ」


「メリクリウスって確か……」


「フィエロの前任――史上最強と言われた『聖錬剣覇』ですね。昔、お爺のライバルだったんですよ。まぁお爺は一度も勝てなかったみたいですけど」


「なるほど……」


 ともかく、以前に会った時よりは強そうに見えるらしい。

 まぁ俺もリンドニウムの力を使ったとはいえ、『獅子王』と斬り合った。

 何か得る物はあったのかもしれない。



 さて、そんな会話をして1時間。


 奥の方から人影が現れた。


「―――師匠……」


 すぐにユリシーズが気づく。

 言わずもがな、現れたのは黒髪の少女――ウルだ。

 

「ウル、もういいのか?」


「ええ、ごめんなさい。その……変なところを見せてしまって」


「いや……気持ちはわかるよ」


 ウルは目元を赤くしている。

 泣けるだけ泣いたのだろう。

 こみあげてくるものがあるというのはよくわかる。  


 それは良いのだが――ふと俺は、彼女の肩に乗っている物に目が移った。


 ウルの黒髪に同化するように、ちょこんと乗る――()()だ。


 どう反応していいかわからず、ぎょっとしていると――


『―――これは……精霊王。その姿でお会いするのは初めてでございますな』


 その黒猫から響くような声が聞こえた。

 この感じは……聞き覚えがある。


「――ルフス……」

 

 リンドニウムが怠そうに顔を上げた。


「……えっと、知り合い?」


 半ば予想しながらも、俺は尋ねた。


「ええ。闇の精霊……『ルフス』よ。随分久しぶりに見るけど」


『これは、失礼を……。以前は剣のお姿でした故』


「……別に、今もそっちの方が本来の姿だから、気にしないで」


『かたじけない』


 案の定、この黒猫が闇の精霊だったらしい。

 前に見た炎の精霊イフリートと比べればいささか迫力は欠けるが、喋る猫もなんとなく不思議な感じがする。


 その黒猫――ルフスとうちのリンドニウムの会話を聞いて、口を開いたのはウルだ。


「……やっぱりそっちのは、精霊王なのね」


「ああ、そういえばさっきは言っていなかったな」


「いえ……気配が全く読めないから、なんとなくそうかなとは」


 そう言いながら、ウルはゆっくりと歩き、空いていた椅子に腰かけた。


「……それで、どうだ?」


「すぐには……無理ね。ルフスとも話したけど……魔法の相殺術式の組み立てに時間がかかるから」


 俺は体調とかを聞いたつもりだったのだが、どうやらその―――彼女の体の魔法を相殺する術式の話の事かと捉えたらしい。


「えっと、師匠、何の話ですか?」


「……後で説明するわ」


 キョトンとするのは、話についてこれていないユリシーズだが、まぁ先ほどはずっと白騎士の話とかしていたからな。


 しかし……時間がかかるのか。

 ルシウスは結構簡単そうに言っていたけど……。

 まぁ確かに、元はと言えばアイツが《命》を賭してかけた魔法や、《神族》の魔法だ。

 《ニルヴァーナの滴》がどれほどのヒントになったかは知らないが、それを解くとか解かないとか、そういった次元の話なのだから、大層な魔法が必要なのだろう。

 正直俺はもはや門外漢だ。


「……まだやってみなきゃどれくらいかかるか分からないけど……でもやり遂げてみせる」


「ああ」


 黒髪の少女の瞳は、以前よりも生き生きとしているように思えた。

 

「でも、本当に……貰っていいの?」 


 ウルはやけに申し訳なさそうに、《ニルヴァーナの滴》を出す。


「ああ、俺には必要ない物だから」


 《永遠の命》。

 そんな物はいらない。


「……ありがとう。この恩はどこかで必ず返すから」


「ははっ。いいさそんなの」


 俺にとっては、

 そう言って俺は立ち上がった。


「もう行くの?」


「そうだな。あんまり家を空けると、心配されるからね」


 王都を出既に結構時間が経つ。

 超特急で帰らないと、散歩じゃ言い訳が効かなくなる。


 それに、さっきのオムレツの匂いのせいで、俺もお腹が空いてきたところだ。

 エトナの手料理が早く食べたい。


 とりあえず、ウルにニルヴァーナの滴を渡すという目的は達した。今日のところは引き上げだ。


「また王国にいるうちに挨拶に来るよ。もう暫くは王都に滞在することになりそうだからさ」


 騒動は収まったとはいえ、王国の復興はできていない。

 勿論、俺達ユピテルに何らかの責任があるわけではないが、リーゼロッテが忙しく、中々帰還への打ち合わせができないでいるのだ。

 まぁ向こうの状況も理解しているし、俺としては帰還はゆっくりでもいいと思っている。


 そんなことを考えながら、小屋の扉に手をかける。


「……ただ、その《ニルヴァーナの滴》を持つ以上、《神族》には注意しておいてくれ。もしかしたら――大きな騒動に巻き込まれるかもしれない」


「―――ええ」


 きっと彼女ならその術式を完成させて、自分の呪いを開放するだろう。

 俺が力になれるかはわからないが……そうだな、次はヒナも連れてこよう。


 ウルが力強く頷いた事に満足しながら、俺は《深淵の谷》を後にした。



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