第229話:間話・深淵の魔女を訪ねよう②
更新時間について。
昨日は夕方に投稿してみましたが、やはり作者的には0時更新の方が余裕があって精神的に楽と感じたので、戻します。
混乱させてしまった方がいたら申し訳ありません。
「――! アルトリウス……久しぶり――でもないわね」
「ああ」
ユリシーズに連れられ小屋の中へ入ると、黒髪に、やけに白い肌をした少女――ウルは食事中だった。
自家製っぽいオムレツはやけにおいしそうな匂いを発している。
「今日はどうしたの? 見たところ……事はうまくいったみたいだけど」
オムレツをほおばりながら話すウルは、意外と可愛らしい……というか見てたらお腹空いてきた。
「えっと、お陰様で色々と何とかなったからその報告と……少し重要な話をしたくて」
お腹が鳴りそうになるのを我慢してそう言うと、ウルは少し目を細める。
目線は俺と俺の後ろのリンドニウムを交互に移っていた気がする。
「……重要な話って――もしかして、ルシウスに関すること?」
「まぁ……そうだな」
「そう」
そう答えると、ウルは既に摘まんでいたオムレツを急いで口の中に放り込む。
「奥で話しましょう」
そして、そう言って俺に手招きをしながら歩き出した。
「ふぇ!? 師匠、私も聞きたいんですけど! 特にその子とかその子とかその子!」
「……ユリシーズは片付けしといて」
「え、でも――」
「……今日の食事の当番、貴方でしょ」
「そうですけど―――」
「なのに、貴方がオムレツ焦がすから、結局私が作ったんじゃない。片付けくらいしなさい」
「……はぁい」
しょんぼりしながら、ユリシーズはお皿の片づけを始めた。
「いいのか?」
リンドニウムの存在は、ユリシーズも気になったのだろう。
少し可哀そうに思って聞いたのだが、ウルは済まし顔だった。
「あの子は知らない方がいい事もある」
「……そうか」
別に俺自身は、《転生》の事も含め――ユリシーズに打ち明ける事は構わないが……ウル自身が生い立ちを知られたくないのかもしれない。
それには俺が口を出すことじゃないからな。
しかし、これでは……本当にどっちが《八傑》かわからないな。
まぁ師匠に頭が上がらないのはどこも同じか。
● ● ● ●
通されたのは、薄暗い部屋だ。
前来た時と殆ど変わらない――おそらくウルの部屋だろう。
相変わらず、本が散乱していたが、中心の机の上にある禍々しい水晶玉には目が行く。
「椅子いる?」
「そうだな。今日はあると助かるよ」
「わかった」
そう言ったウルは、特に身動きもせずに魔法を発動させた。
多分、土属性の魔法だろうか。
現れたのは魔力の輝きと共に、土とも木とも言えない小さめの椅子だ。
彼女の魔法を見るのは初めてだが、確かに――素晴らしい魔力操作だ。
土属性の形状変化は俺も同じ結果は出せるが……何というか、練度が違うと思った。
ご丁寧に2つ用意してもらった。
「どうも」
「……」
作られた小さな椅子に、俺とリンドニウムはそれぞれ座る。
すぐにウルが切り出した。
「それで、重要な話っていうのは?」
彼女からしたら、ルシウスの話と聞いて黙っている事はできないだろう。
勿論俺は、全てを話すつもりだ。
「あぁ、そうだな。少し――長くなる」
俺は話し始めた。
● ● ● ●
その日はいつもと変わらない朝だった。
ウルは目を覚ました。
場所は、自分の部屋の――机の上だった。
顔の横の水晶玉は薄く光り、この暗い部屋を照らしている。
――いったい何していたんだったかしら……。
記憶が朧げな中、ゆっくりと、昨日の事を思い出そうとするが……駄目だ。いったい眠る直前まで何をしていたのか、よく思い出せない。
――最近はこういう事が増えた。
200年―――。
人の精神がすり減るには十分な時間だ。
特にここ20年は代り映えのない毎日。
起きて、意味もない魔法の研究をして150年。
もう、これ以上は無理だと諦めて……20年。
ここ最近の記憶は、特に朧げだ。
それなのに思い出すのは、忘れたい大昔の記憶だけ。
離れていった友。
追いまわしてきた組織。
何度も経験した痛み。
自分を裏切った両親。
思い出したくもない――忘れたい記憶だった。
弟子のユリシーズが独り立ちしてからは 本当に、毎日何をしていたか……。
惰眠を貪り、食も忘れ、無気力に生き続けた。
どうせ、もうこの苦しみから解放されることはないのだと、そう思いながら。
「あれ、師匠、今日は早起きですね!」
「……ユリシーズ」
目をこすっていると、部屋に桃色の髪の女が現れた。
最近訪ねてきた、ウルの弟子――ユリシーズだ。
「頑張ってオムレツ作ったんですよ! ほら、早く食べましょう!」
懐かしい物だ。
ユリシーズとの生活は、ウルの長い人生で特にやさぐれていた後半期に色をもたらす存在だった。
少なくとも、ウルが人としての自我を保っていられたのは、彼女を弟子に迎えたからだろう。
少し抜けているところのあるこの弟子も、いつの間にか世界に名だたる魔法士に成長していた。
時の流れるのは早い物だと思いながら、部屋を後にした。
「―――焦げてるんだけど」
「ふぇっ!? えっと……大丈夫ですよ! 何とか食べれますから!」
テーブルの皿に置かれたのはオムレツではなく―――黒い物体だった。
コゲとかそういうレベルではない、燃やした消し炭だ。
火力を間違えたというか、炎の上級魔法でも使ったのかとすら思える黒い物。
「はぁ、しょうがないわね。作り直すから、少し待っていなさい」
「師匠……」
弟子の不器用さは昔から知っていた。
魔法は得意なのに、料理も洗濯も下手。
女子として生きていくにははばかられるレベルだ。
「――なんか、最近師匠優しくなりましたよね」
「そう?」
「はい。あの坊やが来てからでしょうか。少し穏やかになったというか……今日も早起きでしたし……。多分以前なら、作り直すんじゃなくて、もう今日はいらない、とか言ってましたよ」
ユリシーズは少しにこにこしながらそう言った。
「……」
――アルトリウスが来てから……変わった?
別に意識はしていなかった。
20年前に、もうウルは諦めたのだ。
この苦しみから解放されることはないと、そう思った。
「――そう」
知らず知らずのうちに、希望でも持ってしまったのだろうか。
かつてルシウスが言った《少年》。
全てを変えてくれるという、運命の少年。
その片鱗を――あの茶髪の彼に垣間見てしまったのだろうか。
―――できるはずないのに。
ウルが――200年かかっても不可能だったのだ。
いくら才能があろうと、たった15年程度しか生きていない少年に、この呪いは解けるはずがないだろう。
この200年、何度も期待してきた。
でも、そのたびに、違った。裏切られた。
その時の悲しみと、絶望感は、きっとこの世の誰にもわからない。
ウルだけの苦しみだ。
そんなことを考えながら卵を溶かしていると――
「―――!」
魔力反応があった。
「来訪者ですか、珍しいですね」
「……そうね」
ユリシーズも気づいたようだ。
ここに通じる山岳地帯の入り口を、誰かが開けたという事だ。
「私、お出迎えに行ってきますよ!」
オムレツの罪悪感があるのか、ユリシーズはそそくさと出ていった。
特に何の意味もなく、ウルはその後ろ姿をぼーっと眺めた。
誰が来るかわかったわけじゃない。
でも、もしも彼が来た時……それは何かの契機であるような気がした。
長い歴史の動き出すような――止まった時計の針が時を刻み始めるような――そんな音が聞こえた。
「希望を持っても……いいの?」
黒髪の少女は小さく呟いた。
● ● ● ●
「まず、とりあえず……そうだな。王国で起きたことのあらましを」
薄暗い部屋で、少年――アルトリウスは話し始めた。
簡単に言えば――《神聖教》という勢力が、王国を転覆させようとした話、というのがその概要だ。
転覆、と言っても、その方法は異様で、何年も前から水面下で信徒を増やし、勢力を拡大したのだとか。
ウルの中では《神教》という一昔前の宗教を思い出したが、実態は違う。
《神教》が人知れず広まったのに対し、《神聖教》は確実に、人の作為の元広まったのだ。
《人攫い》もその一環だったとか。
「それで奴らは《聖地》に眠る力を利用しようとした。エトナ―――えっと、お前に占ってもらった子も、その力を利用するために攫われたんだ」
「そう……」
ウルは何年か前に、白騎士モーリスが訪ねてきたことを思い出す。
特に詳しく調べなかったが、『龍眼の湖』の塔……だったか。
ウル自身も行った事はあるが、中の損傷がひどく、大した収穫はなかった記憶がある。
「その後、王都の神聖教の蜂起は何とか鎮圧して、塔の攫われた人たちも、解放された」
彼の話によると、とりあえず起こった騒動は何とか鎮圧されたらしい。
まぁアルトリウスや、この間見かけた赤毛の少女、しかも王城に『聖錬剣覇』もいるならば、それほどおかしい結果とも思わないが……。
「そして、ここからが一般には公開されていない重要な話と――俺とお前に深く関わる話だ」
アルトリウスの顔が険しくなった。
ここまではどうやら前座だったらしい。
「そうだな……これもどこから話せばいいか分からないんだが……」
少し頭を掻き、そして隣の――無表情な灰色の少女にちらりと目をやり―――少年は真っすぐとウルを見つめた。
そして、一言。
「―――俺、転生者なんだ」
長い――本当に長い話の始まりだった。
ウルの話はまだ続きます。




