第228話:間話・深淵の魔女を訪ねよう①
大変お待たせしました。
とりあえず間章は連載していきます!
王国編までの修正点や、ニュアンスの変更点などは活動報告にて載せていますので、そちらを見ていただければ幸いです。
何話かウルの話になります
『―――ふーん、それで、あとは《闇狗》に渡せばわかるって……そう言ったの?』
「まぁ、そういう事だ」
ここは遥か上空。
王国の首都から、東方――《深淵の谷》の間、地上からはギリギリ目視が可能である高さを、俺は猛スピードで飛行していた。
目的は《闇狗ウル》に会い、《ニルヴァーナの滴》を破壊する事。
あの夢の中でルシウスが言っていた事を、実行しようとしていたわけだ。
『そう……《闇狗》が何らかの魔法で長寿であることは知っていたけど、まさか彼が関わっているなんてね』
ルシウスによって不老不死にされた少女――ウルなら《ニルヴァーナの滴》を破壊できるという事を話すと、俺のこの空の旅の唯一の相棒―――左手に持つ虹色の剣は目を見開いた。
いや、剣になってるから、実際には顔は見えないけど、声色からそんな気がした。
「今まで会ったことは無かったのか?」
『見かけた事はあるけど……そんな特殊な過去は見えなかった。あの魔女はあまり表舞台に出てこないし、深く関わる事もない。その弟子なら、何度も見かけたけど』
「そうなのか」
会話をしているのは、手に持つ虹色の輝きを持つ精霊剣――『リンドニウム』。
全ての精霊の上位存在であり、かつて英雄オルフェウスの剣だった精霊王は、今は俺の相棒だ。
俺の魔力を媒介にする限り、俺は彼女の魔力を使用して魔法を使うことができる。
このおかげで――消費魔力の関係でこれまで不可能であった『長時間高速飛行』が可能となった。
その速度は、徒歩で1週間の距離を、2時間で飛ばしていく飛行機も顔負けの速さ。
しかも、正面からの風圧も魔力で抑え、体を温める魔法もつけた快適な環境すら実現している。
贅の限りを尽くしたこの世界最上級のスイートルームだ。
問題点としては、浮遊感があるため、慣れないと怖いというところと、女の子の場合はスカートは厳禁と言ったところか。
まぁ結局リンドニウムとのリンク自体は俺の魔力を媒介にしているので、その俺の魔力が切れるるまで、という時間の制約はあるが――飛行魔法くらいなら、1~2時間は持つ。
今日は王都の騒動が落ち着き、一週間ほど経っただろうか。
徒歩なら何日もかかる距離を、今の飛行魔法ならひとっとびだという事で、半ばお忍びで俺たちは《深淵の谷》へ向かっている。
『だから闇狗の事は、あまり知らない。――《八傑》にもカウントしてないし』
「なるほどな……」
話題は、その『闇狗ウル』についてだったが…どうやらリンドニウムはあの不老不死の少女と関わりはないらしい。意外だ。
いや、まぁウルの方も、精霊王の存在なんて知らないって言ってたし、そうなんだろうけどさ。
「でも――確かに、闇狗ウルはユリシーズの師匠っていうくらいだから、『八傑』になっていてもおかしくない気はするな」
ウルの言葉に答えた。
この世界において最強の8人なんて呼ばれている――《八傑》。
彼らはこの精霊王が、作家――『リンドニウム・ハーミット』として、《八傑英雄譚》によって今代まで紡ぎ続けてきた英雄達だ。
誰がどういう基準で《八傑》を決めているのか。《八傑英雄譚》の作者は何者なのか。
よく考えたら、昔から謎ではあったが、『精霊王』が決めているというならば、納得はできる。
『別に――私は継承されていく《八傑》を、後から《英雄譚》の中で追認していっただけ。確かに、欠員が出たときに、適当な新しい人を見繕ったりはしたけど……厳密に世界で上から8人の強者になるように調整したわけじゃない』
すると、ため息を吐くかのように、彼女はそう言った。
「まぁ、そうかもしれないが」
《八傑》が強いのは確かだが、《八傑》だからと言って本当に世界でトップ8というわけではないのだろう。
世界で最も強い8人、なんてのは、世間の勝手な評価である。
かつて、出会ったばかりの頃のシルヴァディが、「自分よりも強い奴なんて世界にはいくらでもいる」と言っていた事をしみじみと思い出した。
しかし、そんな八傑を紡いできた張本人が目の前にいるとなると、気になる事もある。
「なぁ……今の《八傑》って誰なんだ?」
ここぞとばかりに聞いてみた。
俺もこの数年で、世界中の多くの「強者」と相まみえてきた。
その中には八傑もいたが、幾人かがこの世を去っている。
シルヴァディやギャンブラン。
つい最近、『白騎士』や『闘鬼』も倒されたと聞いた。
俺の知っているだけでも、半分が空席になっている気がする。
誰かが後釜に座っていたりするのだろうか。
『そうね……』
すると、リンドニウムは、少し間を開けて答えた。
『その質問に、意味はないわ』
「意味はない?」
若干予想外の答えだ。
意味はないとはどういう事だろう。
首をかしげると、すぐにリンドニウムの声が響いた。
『……八傑は、もう終わりだから』
「終わり?」
『貴方に出会って、オルフェウスとの約束は―――もう果たした。これ以上私が歴史を紡ぐ必要はない』
「あぁ…」
その言葉というか、声色を聞いて、漆黒の塔で見た――英雄の記憶を思い出した。
――歴史を紡ぎ続けろ……か。
元々、彼女が英雄譚を書き連ねたのは、オルフェウスのその言葉に従ったからだ。
そうすれば、また出会えると信じて、彼女は書き続けた。
《八傑》が最強の8人と呼ばれるようになったことなんて、彼女からしたら副次的な物に過ぎないのだろう。
『だから、《八傑英雄譚》はもう終わり。彼の言った通り……私は出会えたから』
少し満足げに、彼女はそう言った。
「……そうだな」
700年――彼女は書き続けたのだ。
ここらで筆を置いたっていいだろう。
ちゃんと想いは俺まで届いた。
これから先、別に《八傑》があろうがなかろうが、世界は回っていくのだ。
《八傑》なんて物も、所詮はただの名称の一つなのだから。
「…でも残念だな…。『軍神ジェミニの英雄譚』の続き、俺も結構楽しみにしていたんだけど」
俺はふと呟いた。
普通に、文学作品として――彼女の作品は面白かったのだ。
未完結のまま終わるなんてなったら、リュデも残念がってしまうだろう。
そう言うと、リンドニウムは少し困ったように黙り――
『……考えとく』
そうポツリと言った。
せめて未完結の作品だけでも前向きに検討してほしい物だ。
● ● ● ●
闇狗ウルの居る場所――《深淵の谷》近辺に到着した。
以前《深淵の谷》に来た時は、彼女へのコンタクトの取り方が分からず、谷の上から飛び降りたものだが、それは正規の入り方ではない。
谷からは少し手前の山岳の中腹に、専用の出入り口があるのだ。
勿論、隠蔽魔法がかけられているので、普通は気づかない。
俺も苦手なジャンルではあるが、リンドニウムがそれっぽいところを見つけてくれた。
単なる草むらと思われていたところに、地下への扉が出現する。
「――よっと」
俺はかがんで扉に手をかけた。
扉に鍵はついていなかったが、開けると、なんとなく魔力が発動した気がする。
訪問者を報せる何らかの仕組みがあるのだろう。
扉の中は地下へと続く階段だ。
いかにも怪しげだが、一応前回の帰り道でも利用したので、勝手はわかる。
扉を締めつつ、梯子を下りると、暫くは地下道が続く。
人工的に作られた地下道は一本道であり、迷うことはない。
前回、谷の底で何時間も探索したのは本当にバカみたいだ。
リンドニウムと2人、特に会話もなく道を歩いていく。
ここから闇狗の居城までは直進だ。
そして、それなりに歩いたところで、明るい開けた場所についた。
「―――」
前に見たときも絶句した物だが……やはり何度見てもこの光景は衝撃的だ。
眼前に広がるのは地下に作られた……《地上》。
緑が溢れ、光に照らされた、まるで楽園のような場所だ。
明らかに地下であるこの空間で、植物が育ち、家畜が歩き、蝶が舞う――小さな世界がそこにあるかのような気すらする。いったいどんな魔法でこんな空間を作ったのか、どうやってこんな空間を維持し続けているのか、俺には想像もつかない。
そして、目に付いたのは正面からこちらへ近づいてくる人影だ。
「―――あれ、誰が来たかと思えば……坊やじゃないですか」
女性にしては高めの身長に、桃色の長い髪を携えた――妖艶な美女、ユリシーズ。
どうやらまだここに滞在していたらしい。
「どうも。ご無沙汰してます」
勿論、敵対する意思はないので、ペコリと挨拶をする。
意外とこの人が、ポンコツ……もといお茶目な人であることは、前回で知っているし、あまり緊張はしていない。
「今日は坊や一人なんですね。顔色を見ると神聖教の騒動は無事に―――ってちょっと待ってください!?」
そこで急にユリシーズが大きな声を上げた。
いったい何だろうと思ったら、彼女の視線は、俺の傍で無表情のリンドニウムにあった。
「その子、《軍神》のところの子じゃないですか!? どうして坊やが連れているんですか!?」
「……あぁ」
そう言えば――リンドニウムは以前軍神のところにいたな。
「顔見知りなの?」
「一応、そうね」
小声でリンドニウムに耳打ちすると、彼女はそう答えた。
さっきも、闇狗の弟子ならよく見かけたって言っていたな。
確かにジェミニとユリシーズは面識はあるらしいし、リンドニウムを見かけていてもおかしくはない。
「坊や、いったいどういう事なんですか!?」
ユリシーズは、若干引きつった顔をしている。
近くにジェミニがいるとでも思っているのかもしれない。
「えっと、そうですね……」
別に、ユリシーズにここ暫くであったことを説明するのは構わない。
ただ、話そうと思うと、随分長い内容になる。
どうせウルにも事情は説明する予定だったので、ここで説明するのは二度手間だ。
「話せば長くなるんですが――とりあえず、ウルいますか? 大事な話があるんですけど」
「……わかりました。ついてきてください」
ユリシーズは何か重大な事だと察知したようで、ゴクリと唾を飲み込み、歩き出した。
案の定ウルは小屋にいるようだ。
俺も若干不安に感じながら、彼女に続いた。




