第22話:バリアシオン家の日常
色々と書き忘れたことを補足している回(完全に作者の都合)。
弟アランは元気を取り戻し、一生懸命、剣術と勉学に励んでいる。
父親似だったのか、あまり剣術は上達していないが、まあ本人が満足げに鍛錬しているので、俺としては嬉しい限りである。
勉学の方は逆にメキメキと成長しており、最近ではアイファと張り合う点数をとっている。少し意外だった。
最近はカインを招いて、3人で剣を振ることも多い。
カインは持ち前のガキ大将気質の性格のおかげで、あっという間にアランと打ち解けた。
大貴族の生まれにしては珍しく、カインは兄弟がいない。
自分より年下の子というのは存外、憧れがあったようで、カインもよく相手をしてくれた。
「だから、甲剣流で重要なのは防御力とは思われがちだけど、真に必要なのは攻撃力なんだよ。いくら相手の攻撃を耐えても、それだけでは勝つことができない。防御はあくまで、相手の隙をついて、強力な一撃をお見舞いするための布石なんだ!」
「へえーー、そうなんだ!」
自慢げに、カインが甲剣流についてのレクチャーをしている。
俺は、神撃流以外は基礎と対策しか学んでいないので、他の流派の心構えとか、そういったものにあまり詳しくない。そんなの覚えている暇があったら、蹴りの練習をしていた。
その点、カインは甲剣流・神撃流をきちんと修練し、水燕流にも少し手を出しているようだ。
アホだと思っていたが、剣に関してなら、相当な呑み込みの早さだと言えよう。
《属性魔法》はからっきしだが、最近は《無属性魔法》をなんとか習得しつつあるようだし、魔剣士への道を順調に歩みだしたといったところか。
師匠もなにやら、名のある人のようだし、元々カインは運動神経も抜群だ。将来が楽しみである。
もちろん勉強に手がつかなくて、学校を卒業できないなんてなったら目も当てられないかが。
とにかく、剣に関してのカインは信用できるので、俺が教えることのできない甲剣流について、軽くアランへ指導をお願いしているということだ。
「甲剣流が特徴的なのは盾を多用する所なんだ。剣以外に唯一、ユピテル人が戦闘に使用するに武器が、盾だ」
カインが言った。
―――剣以外に唯一、ねえ?
剣を学んでおいてなんだが、俺はそもそもどうしてユピテル人が、剣以外の武器を極端に嫌うのかよくわからない。
別に他の武器の概念がないわけでもなさそうなのだ。
ユピテルの外に住む様々な異民族や蛮族は、斧や槍も使うらしい。
戦闘において、射程というのは重要なんじゃないのか?
前世では、古代欧州の重装歩兵にしろ、戦国時代の長槍にしろ、歴史に結果を残したのは、射程を生かす戦術だ。
そしてさらに、《銃》という遠距離武器が登場して以降、剣や槍なんて誰も使わなくなった。
既にこの世界にも、《属性魔法》という遠距離攻撃方法があるのでは、と思うかもしれないが、如何せん、使える人間が少ない。
そもそも、俺の前世で《銃》が一世を風靡した理由が、「誰でも簡単に使えて強い」点である。
《属性魔法》は、むしろ逆に、「才能がある者が努力する」ことが必要な部類であるので、流行らないのは当然だ。
そして、銃のような兵器を『魔道具』で量産するというのも難しい。
『魔鋼』の内包する魔力は多く、殺傷能力のあるような攻撃魔法を打つための魔力量は十分だ。しかし、『魔鋼』という鉱石自体の耐久力が、中級以上の魔法に絶えれるほど強くない。
俺も、信じられずに、一度、中級魔法である炎槍の付与を行ったことがあるのだが、『魔鋼』をつなげた瞬間、付与した石ごと、『魔鋼』は粉々に砕け散った。
つまり、『魔鋼』を利用した魔道具を作る場合は、下級の魔法に限られる。
そして、戦場で水球をいくら打ったところで何の意味もない。
強力にみえた《付与》魔法が、あまり習得する人もおらず、せいぜい便利グッズにしか利用されていないはそのせいだ。
一応、滅多に発見されず、超貴重な『白魔鋼』と呼ばれる魔鋼は、耐久力が高く、中級以上の魔法を発動させても、耐えることができるとか。そのうちどこかで入手したいものだ。
ちなみに、炎槍の付与は、後でイリティアにめちゃくちゃ叱られた。危険なことらしい。
まあ話は逸れたが、ともかく、近距離で接近戦をする必要性はわかるが、その方法として、剣しか使わないというのは、如何せん納得しがたい事であるのだ。
「ねえ、カイン兄、どうしてみんな、剣以外を使わないの?」
考えていたら、アランが俺の疑問を代弁してくれた。
カインは、剣についての知識は幅広いし、もしかしたら俺の納得する答えを教えてくれるかもしれない。
アランの疑問に、カインはきょとんとした顔で答えた。
「え、剣以外は格好悪いだろ?」
――――えぇ・・・・・。
「ああ、確かにそうだね!!」
弟は納得してしまった。おい、マジかよ。
「いやカイン、格好はともかく、戦闘の際、リーチの差は大きい。剣よりもはるかに射程が長い槍などを使われたら、ひとたまりもないのではないか?」
「え? うーーん」
俺が食い下がって聞くと、カインは考えるように唸る。
大丈夫かな? こいつ、質問の意味わかっているよね?
俺が質問したことを後悔し、「やっぱいいや、剣って最高だよな!」と言おうとしたところ、カインが真面目な顔で口を開いた。
「―――確かに、集団同士で面と向かった平地での会戦とかなら、リーチの長い武器を持った方が有利かもしれない。けど、そんな軍団同士の戦いになった場合、どうせお互い、魔法士を引き連れて大魔法を打ち込み合うんだ。遠くからの魔法を避けつつ、目の前の相手を倒さなければならない大混戦さ。勝つためには相手よりも早く、後方の魔法士までたどり着いて、そいつを倒さなきゃいけない。
リーチが長い槍なんて持ってたら、取り回しにくくて仕方がないだろ? それに、会戦以外―――都市の制圧戦や、山頂の拠点を巡る森林戦だと、長い得物を振り回す場所なんてない。総合的にみて、剣の方が万能なんだよ」
「―――――!?」
俺は目を丸くした。
カインがまともなことを言っている。
剣や、軍隊の話なら、カインは相当頭が回るようだ。
それにしてもやはり、数が少ないとはいえ、《魔法使い》という存在は、戦闘の形態を変えるのに十分であるらしい。
確かに、混戦となったり、狭い場所での戦闘なら、取り回しに優れる剣の方が使い勝手がいい、というのは頷ける理由だ。
さらにカインは続ける。
「それに、剣術っていうのは、魔法が生まれるずっと前から根付いているユピテルの文化だ。古代の戦士や、ユピテル建国の英雄オルフェウスも剣を使った。ユピテルに生まれて、剣を持たないなんて考えられないだろ?」
カインはにやりと笑った。
「・・・・なるほどな」
俺は頷いた。
剣術というのはどうにも、この国に根付いた文化であるようだ。
郷に入っては郷に従えとはいうが、その通りなのかもしれない。
「唯一、盾を使うっていうのも、簡単な理由だ。盾は剣と両立が可能だからってだけさ」
確かに、右手に剣を持って、左手に槍を持って戦う姿なんてアホらしいな。
「カイン兄・・・・すごいなあ・・・・・」
カインの話を聞いていたアランが、尊敬してます! みたいな視線をカインに向けている。
ダメだよアラン、こいつがこんなに格好いいのは剣の話のときだけだ。
その後、カインがアランに、盾の何たるかを教えていた。
アランは終始、目を輝かせながら聞いていた。
・・・・少し寂しかった。
別に盾が使えないわけじゃないんだけどな。甲剣流は使えないけど。
神撃流のときは、俺が付きっ切りで全部教えよう。
● ● ● ●
アランはそんな感じで頑張っているが、その間、アイファも想像以上に成長していた。
「お兄ちゃん! できた! ほら! できたよ!」
バリアシオン邸の庭先で、1人の金髪の少女がはしゃいでいた。
その小さな右手の上には、これまた小さな水の玉が浮いている。水属性魔法《水球》だ。
しかし、少女がその結果を俺に見せようと、こちらを向いた瞬間、水の玉は消えてしまった。
「―――ああ・・・」
少女―――抱きしめたくなるくらい可愛い我が最愛の妹アイファは、これまた抱きしめたくなるくらい可愛らしく切ない表情をする。
水球の発動に成功はしたが、喜ぶあまり、制御を失敗したようだ。
どこかの誰かさんと同じである。まあ、兄妹だしね。
「いや、落ち込むことはないぞアイファ。まだ魔法の勉強を初めて間もないのに、魔法が発動するなんて大したものだ」
「ほんと!? やったあ!!」
褒めると、アイファは抱きしめたいくらい可愛い笑顔をした。
どうやらうちの妹は、上級魔法よりも先に、人を可愛さで悩殺する魔法を覚えたらしい。
ははは、これは困ったな。俺にはこれを防ぐ手段がない。魔力障壁を何層張っても貫通するようだ。
いや、何よりも困るのはこれが他の男に向けられたときか。
きっとこの魔法を食らった男は、脊髄反射的にアイファを襲ってしまうだろう。
俺は強靭な精神力があるし、最悪、兄だから襲っても大丈夫だが、他の男は駄目だ。
よし、この世から男を全て抹殺するしかないな。とりあえず手始めにヤヌスの男どもを―――。
「お兄ちゃんどうしたの? 顔が怖いよ?」
俺が大規模殲滅魔法でも放とうかと魔力を練っていると、アイファが心配そうにこちらを見ていることに気づいた。
「いや、なんでもないさ。少し気になることがあったから、首都の人口を半分くらいにしようかと思っていたんだ」
しかし、よく考えると、この魔法だと男だけ選別することはできないな。
いや、でもきっと女性もアイファにメロメロになって襲い掛かってしまうことは間違いないし、問題は無いか。半分だけじゃなくて、ヤヌスごと滅ぼそう。
「流石お兄ちゃん! そんなすごい魔法、アイファにはできないなあ」
アイファに褒められた。
この兄にしてこの妹である。
と、まあ、国を滅ぼしたくなるほどの妹の可愛さについてはまた語るとして、その才能には目を見張るものがある。
俺がアイファに『魔法書』を渡し、《瞑想》のやり方を教えたのはほんの1か月前だ。
それなのに、アイファは既に初級魔法を成功させたのだ。
学校に通っている奴らでも、未だに半分は初級魔法どころか、魔力の知覚すらできないのに、だ。
この子は既に学校の2年生を超えているということになる。
ちなみに、俺がイリティアにしてもらった《同期》は、やり方は教えて貰ったものの、やはり俺の時のような「暴走」の可能性もあるので、実行していない。
まあ俺が異常だったのかもしれないけど、妹の指に針を差したくなかったしな。
それに、もしやるとしても、先に《瞑想》をやってみてからでも遅くはない。俺の時のように、時間が足りないというわけでもないのだ。
「いやあ、それにしても本当にすごいな。詠唱文の暗記も、それほど簡単ではなかっただろう」
普段の勉強もあるのに、魔法の勉強もするというのは大変だ。
特に、詠唱文はどうしても暗記が必要になってくる。
「ふふーーん! すごいでしょ!」
どうだ! とばかりにアイファは胸を張る。
「ああ、魔法のイメージも完璧だ。あとは制御だけだな」
そう言いながら、俺はアイファの頭を撫でる。
俺も、魔法や剣術を上手くできたときは、いつもイリティアに頭を撫でられた。
するとアイファは嬉しそうに照れながら話し出した。
「あのね、最近お兄ちゃん、アランばっかり構うでしょ? この間もカインさんと3人で仲良くしてたし・・・だから、早く魔法を覚えて、アイファもお兄ちゃんに褒めてほしかったんだ!」
なんと嬉しいことを言ってくれる妹だろうか。
「そうかそうか、アイファはお兄ちゃんのことが大好きなんだな」
「うん!!」
そういうと、元気よく頷いて、アイファは俺に抱き着いてきた。
なにこの可愛い生き物。うちの妹は天使ですか?
ああ、まずいな。このままいくと確実にアイファはブラコンになってしまう。
将来お兄ちゃんと結婚するっていいだしたらどうしよう。
しょうがないな、法律を改正してでもアイファと結婚するしかないな。うん、そうしよう。
● ● ● ●
さて、妹と弟はそんな感じで上手くやっているが、たまには他の家族の話もしよう。
まずアティアだが、特に昔から変化はない。
最近ではアランもアイファも落ち着いてきたため、それほど忙しそうにはしておらず、たまにアランなどが遊びで破ってしまった衣服の修繕などをしている。
アピウスは相変わらず忙しそうだ。
どうやら今この国の政権は二つに割れており、毎年のように政権交代が起こってしまうため、法務官であるアピウスは新しい法案の起草や、制定の関係でものすごく忙しいらしい。今では家に帰らない日も多い。
まだ若いのに苦労人なことで・・・。
そして、バリアシオン家の奴隷一家について。
もともと、15年ほど前、まだまだ成人したてのアピウスが、首都から離れたマニアに勤めていた時、彼の生活力の低さを補うために、雇ったのが、ヌマとチータだ。
2人はなかなか有用だったようで、アピウスが首都に戻る際にも継続して雇用を頼んだらしい。
まあもっとも俺はヌマとはあまり接点がない。
というのも普段はアピウスの従者兼秘書として仕事について行くので、自然と家にいる時間が少なかったりする。
昔はよく、俺が外で遊んでいるとき、影から見守っていてくれたんだけどね。
俺はカインと違って迷子になることなどなかったので、あまり世話になることはなかったが。
チータと、長女のリリスは、家事全般を任せられていて、食事の用意や洗濯、買い物のほとんどを二人が行っている。おかげで俺がこの世界にきてから、未だに1度も料理を作ったことはない。
次女のリュデも家事を少しずつ手伝っているようだが、チータとリリスが有能なのであまりすることはないようだ。
俺もここのところ忙しく、あまり構えていないので、ひょっとしたら暇を持て余してしまっているかなと思ったが、案外問題ではなかった。
というのも、最近、我が家にヒナがよく遊びに来る。
大抵俺が学校帰りに連れて来ることが多いのだが、俺のいない日も来るらしい。
家に帰ると夕食の席にしれっとヒナが座っていることがたまにあるのだ。
いったい何をしに来ていたのだろうと思っていたが、どうやらリュデに会いに来ているようだ。
いつの間に仲良くなったのだろうか。
本の話なら俺もしたかったので、仲間はずれにされている感があったのだが、
「アル様のこといっぱい話しましたよ! なんでも、いずれ打倒するための情報を仕入れたいんだとか」
リュデに聞くと、予想外の答えが返ってきた。
なるほど、俺の弱点探し、というわけか。
確かに俺とほとんど一緒に育ったリュデは、それを聞く相手として最適かもしれない。
「あ、ひ、ひょっとして言っちゃいけませんでしたか?」
はっと気づいたようにリュデが言う。
「いや、別にいいよ。とくに知られて困ることは無いしね。ちなみに何を聞かれたんだ?」
「えーと、アル様の好きな食べ物とか、好きな色とか・・・」
「・・・・俺の好きな物を調べてなんの対策になるんだ?」
「うーん・・・でも、参考になったわってお礼言ってくれましたよ!」
なるほど、何かしら彼女なりに考えがあるのだろう。
まあなんにせよ、リュデが楽しそうならよしとするか。
今度ヒナにも話を聞いてみよう。
そんなこんなで、バリアシオン家は多少の変化が見られるものの、みんな楽しくやっているようだ。
魔道具は急遽出した存在なので、設定が甘いです。二転三転することをお許し下さい。
アルトリウスは物騒なことを言っていますが、『魔法書』に載っている程度の広範囲殲滅魔法では、ヤヌスは滅びません。何度も連発すればワンチャンありますが、魔力が足りません。本人もわかっています。
なので多分冗談です。多分ね。
読んでくださり、ありがとうございました。




