第218話:舞い降りた剣①
少し長いです
不朽の王城と言われた、王都ティアグラードの灰色の居城。
その広大な壁内に降り立ったその姿に、リーゼロッテは鳥肌が止まらなかった。
「さて――どうやら随分盛り上がっているようだな」
「ああ、どうやらネルソンは失敗したらしいね。モーリスがやられる未来なんて見えなかったのに――全く、どいつもこいつも強い運命を持つ奴ばっかりだ」
何でもないかのようにそんな会話をする、2人の人物。
明らかに尋常ではない2人。
特にその片割れを、知らぬ王国民はいない。
『獅子王』セントライト。
実際に見たことがなくても、歴史に残るその逸話。記憶に残る彫像。
そして、何より、リーゼロッテの中に眠る血が、彼が本物だと言っている。
――どうして?
――何故?
何が起こっているかわからない。
どうして彼が――古代の人間が、今、この現代に現れたのかもわからない。
ただ、感じるのは悪い予感――。
フィエロが、ギルフォードが、ユピテルの盟友達が――ここまでつないでくれた。
絶望的な状況から、王国を救う希望が見えた。
それなのに――この『獅子王』の登場によって、全てが無に帰してしまったような。
そんな――。
「ふむ、それで王族――我が血統はどれだ」
「あそこの剣士の後ろにいる桃色の髪だよ。現ユースティティア王国女王リーゼロッテ。正統なる君の直系だ。彼女を逃すのは面倒だから、抜かりないようにね」
「―――!」
そのプレッシャーに、存在感に、誰もが微動だにすらできない中、そんな会話で、セントライトの目線がこちらに向いた。
銀色の――威風のある瞳が、ぞくりとリーゼロッテの背筋を凍らせる。
「――ふん、存外、貴様らも頼りにならんな」
「仕方がないだろう? 僕らも弱った力で君の直系を700年も続かせるのは、中々に苦労したんだ」
「――どうだかな」
そう呟きながら、セントライトは、赤銅色の長髪を揺らしながら、ゆっくりとリーゼロッテへと歩を進める。
血統がどうだとか――。
そういえば、ネルソンも、王族の血について何か言っていた。
彼らの目的は王国の混乱と…王族――リーゼロッテだ、と。
彼女以外も――今の会話でそれは察しただろう。
だが…そのセントライトの歩みは止まらない。
近づく『獅子王』を前に、誰もその場を動けなかったのだ。
消耗しているとはいえ、この場にいるのは全員が一流の戦士。
それなのに、その男を前にすると、足がすくむ。
これまで限りない闘志を示した金髪の少女シンシアも、額に汗を浮かべて…足を震わせている。
青髪の少年カインも、歯をギリギリと噛み締めている。
「―――む」
しかし――数歩で、セントライトの歩みは止まった。
リーゼロッテと、セントライトの間に立ちはだかるように入り込んだ影。
このプレッシャーと圧力の中…唯一動けた、実力者。
「――初代国王陛下とお見受けするが…うちの女王に何の御用で?」
それは、薄紫色の髪に、痩躯の剣士――フィエロ。
現代の王国に置いて、最強の剣士だ。
「フィエロ…」
「――ギルフォード、今のお前なら動けるだろう! 陛下を!」
「―――は、はい!」
激を飛ばすかのようなフィエロの声で、ギルフォードが鞭を打たれたかのように、サッとリーゼロッテの前に出た。
目の前の圧倒的な偉丈夫から、守るように――。
「――ふむ」
獅子王は、興味深そうにフィエロへと視線を移した。
「――如何にも、余こそが――セントライト・マグヌス・ユースティティア。貴様は――剣聖…いや、今は『聖錬剣覇』だったか…」
顎を摩りながら、セントライトは名乗る。
彼の後ろでニヤニヤとした表情を浮かべる赤ローブの少年が、やけに不気味だ。
「何の事はない。そこの女王には――余の血肉となってもらうために必要なだけだ」
「…血肉だと?」
眉を顰めるフィエロに、セントライトは当然のように答える。
「ああ、このユースティティア王国は――そのためにここまで続かせたのだからな」
「―――!」
その言葉に、この場の全員の顔が、硬直した。
「――では、この王都の騒動は…」
「ふむ、詳しい事は知らぬが――概ね余を復活させるための物だろうな」
「――そんな…!」
ギルフォードの後ろで、思わず――リーゼロッテは声を上げた。
だって、それは…。
「――罪のない民に傷つけ、多くの人間に混乱と混沌を陥れるのが…全部そのためだというのですの!?」
「――そうだよ、憐れな女王さん」
「――!」
答えたのはセントライトではなく、後ろでニヤついていた少年だ。
「塔の封印を解くには――鍵の他に、《神族》の力を活性化させる必要があった。700年も経ったのに、アイツの封印は硬くて硬くてね」
少年はニヤニヤと不気味に笑う。
「――だから《神聖教》を利用した。いや、言ってしまえばもっと前――《神教》のときから目を付けていたんだ。神に救いを求める負の感情を、宗教っていうのは、効率よく出してくれるからさ」
「…神教」
もちろん、その存在を、リーゼロッテは知っている。
彼女が生まれる何十年も前の話だが――かつて神聖教と同じように、王国で流行った宗教だ。
当時の国王は、強硬策を実施して、国内の神教徒を根絶やしにした。
「――アッハッハッハ! いやぁ、中々に面白かったよ。奴ら、何か一言与えるだけで、『神のお告げだ』とか言って狂喜しながら何でもやってくれた。最初の機構さえ作ってしまえば、後は何もしなくても勝手に信徒が増えて――僕らの力は随分増した。今も――この王国の現状に救いを求める感情は上がり続けているし―――ハハッ! 本当に…人間っていうのは愉快な生き物だよ!」
「――いったい…何を…」
この少年が何を言っているのかわからなかった。
人間が愉快な生き物?
神族?
いったい彼は…
「――リード、御託はいい」
「――っと、そうだね。特異点でもなんでもない彼らに言っても無駄な話だったよ」
セントライトがそのリードと呼ばれた少年を制した。
そして、一歩前に出る。
「ともかく…『聖錬剣覇』よ。用があるのはそちの女王だ。そこをどけ」
「―――!」
フィエロが、体をビクリと震わせた。
彼が、内心ではこの相手におののいている証拠だ。
だが…。
フィエロは動かない。
額に汗を浮かべながらも、セントライトを見据えて…動こうとしない。
そして、一言。
「…嫌だと言ったら?」
「―――!」
場に――凍り付くような緊張が走った。
リーゼロッテでもわかる。
この化け物が、臨戦態勢に入ったのだと――。
「――ふ、余は回り道が嫌いでな」
そしてセントライトは笑みを浮かべる。
発されるのは、ゾッとするような殺気。
「――無理矢理、押し通る」
「――ッ!」
古代と現代――頂点を決める戦闘が始まった。
● ● ● ●
それは――戦闘と呼べるほどの物ではなかったかもしれない。
間違いなく、フィエロは強かった。
左腕は負傷しているとはいえ、彼こそは『聖錬剣覇』。
全ての流派の剣技を極め、今代最強の剣士に相応しい速さを技を持つ剣士だ。
おそらく、先ほど王城の庭にて、ギルフォード達が死闘の末撃破した強敵――『白騎士』も、フィエロならば1対1でも負けはしなかっただろう。
だが、それ以上に――セントライトは強かった。
「――『秋雨』ッ!」
左手は添えれていない。
右手のみで放たれた水燕流の奥義。
それでも、『聖錬剣覇』の放つ奥義だ。
並の突きのはずがない。
事実、第四段階――達人の域に達したギルフォードでも、それは視認が精いっぱいの速さだった。
しかし――、
「――ふむ、確かに技の練度はあの少年よりは上か」
「――!?」
――当たらない。
まるで初めからそれが来ることが分かっていたかのように、セントライトは身を躱していた。
「だが――それは余がジークに教えた技。よもや通用するとでも思ってはいまいな」
――ジーク。
思わずフィエロは、その名を心の中で復唱する。
それは、尊敬すべき剣士の名だ。
『初代八傑』にも名を連ねる、『剣聖』の初代を務めた男。
――《剣聖ジークハルト》。
フィエロはもちろん、現代に生きる全ての剣士の師を辿って行けば、いずれは彼に行きつくと言われている古代の剣客だ。
水燕流や、神撃流。
剣術において、技や流派の創始者はジークハルトだと思われることは多いが、実際は違う。
確かに後世に剣をより広く伝えたのはジークハルトだ。
教えも上手く、弟子も多かった彼がいなくては――現代において剣という武器は主流ではなかったかもしれない。
だが、その技と流派を作ったのは、ジークハルトではない。
少しでも調べれば分かる事だが、ジークハルトは生涯一度も「その技を作った」とは言わなかった。
誰もが彼を最強の剣士と崇める中、彼は一度も「最強」を名乗る事はなかった。
『―――確かに今――世界で私に勝てる剣士は存在しないだろう。だが―――決して私を最強の剣士と呼んではならない。あの2人を差し置いて最強など…私は、歴史の笑い者にだけはなりたくはないからな…』
初代八傑の中で最も長生きした彼は、その70年余の人生の最期、弟子にこう残した。
『――ふ、生涯を剣に注いだが――この歳でようやく彼らの足元に達したよ。全く、本当に――高い…高い壁だった』
「――――」
そう。
剣聖ジークハルトが、その生涯を持ってしても越えられなかった、最強の剣士。
現代に残る奥義と流派を作ったと言われる男。
それが――『獅子王』セントライト。
今――フィエロが相対している男だ。
「―――ッ!」
銀色の剣を返す。
勿論、その剣は当たらない。
奥義が知られているからと言って、単なる剣を振っても――それが通用するわけではない。
たとえ知らない奥義を使ったとしても、当たっていたかと言われれば否だ。
――全く、確かに今日ほど『聖錬剣覇』を名乗るのが嫌になった日はない。
内心でフィエロは歯噛みする。
目の前のこの男を差し置いて最強の剣士などと、口が裂けても言えないだろう。
剣聖ジークハルトの心情が、フィエロには痛いほどわかった。
そもそもおかしいのだ。
剣士と剣士の戦いとはよく言った物で、実際は剣を持っているのはフィエロのみ。
この赤銅色の髪の男は、剣など持っていない――無手だ。
なのに、まるで赤子の手を捻るかのように、フィエロは圧倒されている。
――ふ、昔を思い出すな。
かつて、師――メリクリウスに稽古をつけて貰った時の事が頭に浮かぶ。
一度もフィエロの剣は当たらず、メリクリウスにはいいようにあしらわれた。
――そう、これが…第四段階の―――達人を越えた先。武の最終地点。
「―――どうした今代の剣聖よ! あの少年の方が速かったぞ!」
「――ハァアッ!!」
どんな剣も読まれている。
どんなフェイントも、どんな歩法も、見られている。
まるで未来を見ているかのように、フィエロの剣は空気のみを切り裂き、その行く先にはセントライトの拳が置かれている。
「――ぐはっ!」
折角治癒した傷口がぱっくりと割れる。
激痛に嗚咽が漏れる。
もしも左腕が使えたら――。
もしも万全の状態なら――。
そんな仮定は意味はない。
例え腕があと何本あろうと、結果は同じだ。
なぜなら、これが――
「―――『明鏡止水の極み』――か」
「――ほう、知っているのか」
興味深そうに、セントライトの動きが止まった。
「――知っているだけさ」
そう、フィエロはそれを知っているだけ。
師――メリクリウスが至っていた、達人を越える――極みの頂。
フィエロにはなり得なかった世界。
「…ならば分かるだろう。その差が、その意味が…」
――そうだ。
フィエロに――この初代の国王を止めれるような力はない。
フィエロだけではない。
この場に、この国に、この世界に――こんな男を止められる人間がいるだろうか。
彼と唯一双璧をなしたという英雄は、もうこの世にいないのだ。
――申し訳ありません、王妃殿下…。
陛下を――貴方の娘を、私では守り切れなかった。
ここで粘る意味はないのかもしれない。
この場にいる誰も、セントライトにとっては羽虫も同然だろう。
おそらくこの戦闘も、実際は数秒程度の時間稼ぎにしか過ぎない。
それでも、わずかな希望に。
起こるかもしれない奇跡に――。
「――ハアァァァアア!」
限界を迎える体に鞭を打つ。
命が終わりを迎えるまで、剣は離さない。
だが…。
―――パシッ。
そんな何とも言えない音と共に、フィエロの剣は止まった。
「――白刃取り…」
どういうレベルの動体視力をしているのだろう。
――素手。
セントライトの両の手の平に挟まれ、フィエロの銀剣は止められていた。
「――その執念、悪くはなかったぞ」
「―――っ!」
そして、まるで手首が持っていかれるような感覚と共に――絶対に離さないつもりだった剣が、手から離れた。
「――ふむ、剣も―――中々の業物だ。職人のレベルは下がっていないらしい」
名工ナバスの傑作…『白銀剣セレーネ』は、正面の男の手の中にあった。
品定めするように、セントライトは呟く。
「――剣聖の系譜よ。次は…剣士以外に生まれることだな」
「―――」
そして――一閃。
初めて見た『獅子王』の剣は――今までフィエロが見たどんな剣よりも速く、美しかった。
―――陛…下…。
「―――フィエロ―――ッ!!」
リーゼロッテの叫びが響く。
『聖錬剣覇』フィエロは、血飛沫を上げながら、その場に倒れた。
● ● ● ●
「――ッ!」
『聖錬剣覇フィエロ』。
リーゼロッテが生まれたときより、ずっとそばにいた剣士。
何度も守ってくれた。
周りが皆敵になっていく中でも、ずっと味方であってくれた。
その――フィエロが…世界最強の剣士が、鮮血を撒き散らしながら、その場に倒れた。
―――フィエロ…。
「―――フィエロ!」
「――陛下、いけません!」
駆けだそうとするリーゼロッテを、ギルフォードが止める。
「――だって…だってフィエロが―――」
王になるとリーゼロッテが決めてから。
いや…もっと前から。
ずっと守ってくれたのに。
ずっと傍にいてくれたのに。
リーゼロッテは何も返せていない。
王とは何か。
上に立つ者の責任とは何か。
全部フィエロに教えて貰った。
彼のいないリーゼロッテなど、その辺の町娘と何一つ変わらない。
―――私の…私なんかの為に…!
涙があふれた。
悔しさ。
情けなさ。
悲しさ。
我慢ができない滴が、地面に零れる。
「さて―――今代の女王よ。貴様の騎士は倒れた」
「―――!」
そのフィエロを倒した張本人―――圧倒的なオーラを放つ『獅子王』が、ゆっくりをこちらを向いた。
「喜ぶといい。貴様は今から――余の血肉として――永劫の時を生きる事になる」
「何を…」
「安心しろ。何も変わらん。ただ――この国の王から、世界の神へとなるだけだ。このセントライトの――制覇の礎となるのだ」
涙を必死に堪える。
唇を噛んで、この王の目を真っすぐに返す。
「どうして…どうしてですの…!? このユースティティアを作った貴方が…! この城を、この国を作った貴方が――どうしてこんなマネを…」
枯れる声で…訴えかけるようにそう叫ぶ。
「――ふん、どうして、か」
セントライトは、一蹴するかのように言い放つ。
「――つくづく人とは、愚かな物だ」
「……!」
「国を治める女王ならばわかるだろう。金や権力、目の前にある富と利権―――人間の欲望というのは、数多の罪と格差を作り出す。いつの時代もそれは変わるまい。今以上の地位を、今以上の金を、今以上の能力を―――。権力者はさらに力を貪る事しか考えない」
それが真実で、それが正しいかのように、セントライトは言う。
「民衆も民衆だ。奴らは現状を生きることしか頭にない。景気が悪い事を為政者のせいにして、その癖、自分では自ら動こうとしない。圧政を受けても、立ち上がろうなどと言う人間がいったいどれほどいるだろうか」
それは、実際に――セントライトが見てきた歴史だ。
700年前、イオニア帝国の圧政を受けた世界中で、立ち上がったのはたった8人だった。
「民主制だろうと王制だろうとそれは変わらない。民が愚かか、王が愚かか、そのどちらかの違いでしかない。人間の本質とはそんな物だ。どんな政体だろうと、どんな強国だろうと、いずれ格差は生まれ、争いが起きる」
1つの時代の終わりと始まりを見てきた男の言葉には、重みがあった。
国を滅ぼし、国を創った彼だからこそ、至った結論があるのだろう。
「ゆえに、誰かが導かねばならない。一代限りなどではなく、未来永劫に渡って――人々に正しき道を指し示す……世界の王が必要なのだ」
「…それが――貴方だと?」
「そうだ」
「―――!」
世界の王。
永遠に人類を導き続ける指導者。
確かに、理想ではあるかもしれない。
そもそも700年前、世界の大半を手にしたイオニア帝国の皇帝が正しき人物ならば…セントライトも戦いに身を投じることもなかったのだ。
この世界を…人類を永劫に導くために、蘇った古代の英雄。
それこそ―――『神』と言っていいような存在だ。
でも。
「――そのために……こんな事をして――現在の民が傷ついてもいいというのですか!?」
確かに彼が世界を統一し、全てを手中に収めれば、世界は平和になるかもしれない。
少なくとも、「王」としてのセントライトが優れている事は、この国の誰もが知っている。
だけど、その未来の為に、「今」―――王都で無差別テロに遭っている人々を犠牲にしていいのか。
セントライトは表情も変えずに答える。
「ふん。未来永劫の平和と比べれば、一時的な混乱や困窮など――苦にしてはいられん」
「何を…」
「よく考えろ、幼き女王よ。人の上に立つ者には選択する義務があるのだ」
諭すように、セントライトは告げる。
「もしも貴様が…1万人の国民と、1人の国民、どちらかしか命を救えないというとき、どちらを救う?」
「―――!」
「王として――貴様は1万人の国民を選ぶはずだ。合理的に、より多くの命を、より多くの可能性を掴みとるはずだ」
「そんな論理…」
「――それと同じだよ。余の手にするのは、永遠だ。誰もが願い――実現しなかった人々の夢――『永遠の平和』が手に入るのだ。多少の犠牲はやむをえまい」
―――永遠の平和。
実現すれば、人類はかつてない繁栄と喜びを手にするであろう、理想の世界。
その未来の理想郷の為ならば、今の人々の苦しみなど、さしたる物だと…。
「そなたの血肉はその礎となる。我が血族の血を持って―――余の『不老不死』は完全体となるのだ」
―――理想郷。
誰もが待ち望んだその世界。
リーゼロッテの血肉で、その理想郷が完成する。
―――じゃあ、私のやってきたことは……。
全部…無駄。
まるで道化。
王とは名ばかりだった。
格差や貧困に苦しむ人々を見て、王族としての責任を果たそうと、王を目指した。
よりよい政治を為そうと、努力をしてきた。
国の混乱を何とかしようと、手を尽くした。
他国の力を借りてでも、頭を下げてでも、国を救おうと…。
でも、そんなことなら…。
フィエロも、親衛隊も――皆、いったい何のために戦ってきたのか…。
分からない。
もう――分からない。
「―――陛下! 駄目です!」
――絶望の足音が、リーゼロッテの背中を押した。
ギルフォードの制止など耳に届かないように、一歩一歩…セントライトへと足が伸びる。
――いいじゃないですの。
初代国王、セントライト。
間違いなく傑物だ。
リーゼロッテなんかよりも、彼が頂点に立った方が、全部うまくいく。
その方が、民の為になる。
だったら、リーゼロッテの命なんて―――。
そう―――。
歩みを進めた時だった。
「―――『永遠の平和』…そのためなら、全世界を『絶望』に晒すのも、仕方がないのか?」
やけに良く通る声が―――聞こえた。
―――え?
慌ててリーゼロッテは顔を上げる。
「―――‼」
それは眩い光に包まれていた。
――大空……上空。
黄金色と虹色。
二色の眩い光が交わり―――まるで、太陽のごとき光が、その場に降り立った。
リーゼロッテもギルフォードも。
セントライトも赤ローブの少年も、誰もが驚きに、体を硬直させている。
―――綺麗。
その眩い光に、思わずリーゼロッテはそう思った。
あたたかな光。
希望を与えるかのような光。
まるで本当に――神様が降りてきたのではないかという、星々に負けない煌めき。
「―――貴様は…」
「…まさか…どうして―――」
信じられない物を見たかのような、セントライトとリードの声が響く。
誰もの視線がその光の元へ集まる。
「―――」
眩い光が徐々に収まるその先――。
その光の元は――見知った人だった。
何のことはない、ただの少年だ。
焦げ茶色の髪に、焦げ茶色の瞳を持った、優し気な少年。
「――っと。大分飛ばしてきたが――どうやらギリギリだったみたいだな。エトナ、大丈夫か?」
「うん! 私はちょっとしたデートみたいで楽しかったよ!」
「そうか。じゃあ…ここは危ないから、少し後ろで待っててくれ」
「わかった! 頑張ってね!」
虹色の光から割れるように聞こえてくるのは、こんな状況なのに――まるでのんきにイチャイチャしているとしか思えない、2人の声。
ぼやける視界の中、黒髪の少女が少年の後ろからとてとてと駆けていくのが見えた。
そして―――少年は、真っすぐとこちらへ歩いてくる。
「――さて。…さっきは世話になったな」
「……どうして君が…」
「――信じられん…何故…」
セントライトと赤ローブの少年は、未だに驚愕の顔だ。
舞い降りた少年は、ニヤリと笑って答える。
「そうだな、お前ら風に言うなら―――女神が助けてくれたから、かな」
「何を世迷言を――」
「――それはこっちの台詞だ」
少年はぴしゃりと言い放つ。
この圧倒的な存在――伝説の英雄『獅子王』を相手に、欠片も臆せず――真っすぐに視線を向けて。
「――セントライト、悪いがアンタの野望は止めさせてもらう。この世界を――あんな『絶望』に晒させやしない」
「どうしてそれを―――!」
右手に、星の明かりを反射する黄金の剣。
左手に、眩く光り輝く虹色の剣。
両手から放たれるその光は、少年を包みこむように輝いている。
凄まじき光を放つ、太陽のような少年。
闇を切り裂き、人々に希望をもたらすような、そんな少年。
「かかって来いよ、『獅子王』。さっきのと…ついでに700年前の決着を――着けてやる」
――そう。
降り立った少年の名は――アルトリウス。
人類の――最後の希望だ。
ようやく王国編に終わりが見えてきました…。
最後までお付き合い下されば嬉しいです!




