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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
218/250

第218話:舞い降りた剣①

少し長いです



 不朽の王城と言われた、王都ティアグラードの灰色の居城。


 その広大な壁内に降り立ったその姿に、リーゼロッテは鳥肌が止まらなかった。


「さて――どうやら随分盛り上がっているようだな」


「ああ、どうやらネルソンは失敗したらしいね。モーリスがやられる未来なんて見えなかったのに――全く、どいつもこいつも強い運命を持つ奴ばっかりだ」


 何でもないかのようにそんな会話をする、2人の人物。


 明らかに尋常ではない2人。


 特にその片割れを、知らぬ王国民はいない。


 『獅子王』セントライト。

 

 実際に見たことがなくても、歴史に残るその逸話。記憶に残る彫像。

 そして、何より、リーゼロッテの中に眠る血が、彼が本物だと言っている。


 ――どうして?

 ――何故?


 何が起こっているかわからない。

 どうして彼が――古代の人間が、今、この現代に現れたのかもわからない。


 ただ、感じるのは悪い予感――。


 フィエロが、ギルフォードが、ユピテルの盟友達が――ここまでつないでくれた。  

 絶望的な状況から、王国を救う希望が見えた。


 それなのに――この『獅子王』の登場によって、全てが無に帰してしまったような。

 そんな――。


「ふむ、それで王族――我が血統はどれだ」


「あそこの剣士の後ろにいる桃色の髪だよ。現ユースティティア王国女王リーゼロッテ。正統なる君の直系だ。彼女を逃すのは面倒だから、抜かりないようにね」


「―――!」


 そのプレッシャーに、存在感に、誰もが微動だにすらできない中、そんな会話で、セントライトの目線がこちらに向いた。


 銀色の――威風のある瞳が、ぞくりとリーゼロッテの背筋を凍らせる。


「――ふん、存外、貴様らも頼りにならんな」


「仕方がないだろう? 僕らも弱った力で君の直系を700年も続かせるのは、中々に苦労したんだ」


「――どうだかな」


 そう呟きながら、セントライトは、赤銅色の長髪を揺らしながら、ゆっくりとリーゼロッテへと歩を進める。


 血統がどうだとか――。

 そういえば、ネルソンも、王族の血について何か言っていた。

 

 彼らの目的は王国の混乱と…王族――リーゼロッテだ、と。


 彼女以外も――今の会話でそれは察しただろう。

 

 だが…そのセントライトの歩みは止まらない。


 近づく『獅子王』を前に、誰もその場を動けなかったのだ。


 消耗しているとはいえ、この場にいるのは全員が一流の戦士。

 それなのに、その男を前にすると、足がすくむ。


 これまで限りない闘志を示した金髪の少女シンシアも、額に汗を浮かべて…足を震わせている。


 青髪の少年カインも、歯をギリギリと噛み締めている。


「―――む」


 しかし――数歩で、セントライトの歩みは止まった。


 リーゼロッテと、セントライトの間に立ちはだかるように入り込んだ影。


 このプレッシャーと圧力の中…唯一動けた、実力者。


「――初代国王陛下とお見受けするが…うちの女王に何の御用で?」


 それは、薄紫色の髪に、痩躯の剣士――フィエロ。


 現代の王国に置いて、最強の剣士だ。


「フィエロ…」


「――ギルフォード、今のお前なら動けるだろう! 陛下を!」


「―――は、はい!」


 激を飛ばすかのようなフィエロの声で、ギルフォードが鞭を打たれたかのように、サッとリーゼロッテの前に出た。


 目の前の圧倒的な偉丈夫から、守るように――。


「――ふむ」


 獅子王は、興味深そうにフィエロへと視線を移した。


「――如何にも、余こそが――セントライト・マグヌス・ユースティティア。貴様は――剣聖…いや、今は『聖錬剣覇』だったか…」


 顎を摩りながら、セントライトは名乗る。

 彼の後ろでニヤニヤとした表情を浮かべる赤ローブの少年が、やけに不気味だ。


「何の事はない。そこの女王には――余の血肉となってもらうために必要なだけだ」


「…血肉だと?」


 眉を顰めるフィエロに、セントライトは当然のように答える。


「ああ、このユースティティア王国は――そのためにここまで続かせたのだからな」


「―――!」


 その言葉に、この場の全員の顔が、硬直した。


「――では、この王都の騒動は…」


「ふむ、詳しい事は知らぬが――概ね余を復活させるための物だろうな」


「――そんな…!」


 ギルフォードの後ろで、思わず――リーゼロッテは声を上げた。

 だって、それは…。


「――罪のない民に傷つけ、多くの人間に混乱と混沌を陥れるのが…全部そのためだというのですの!?」


「――そうだよ、憐れな女王さん」


「――!」


 答えたのはセントライトではなく、後ろでニヤついていた少年だ。


「塔の封印を解くには――鍵の他に、《神族》の力を活性化させる必要があった。700年も経ったのに、アイツの封印は硬くて硬くてね」


 少年はニヤニヤと不気味に笑う。


「――だから《神聖教》を利用した。いや、言ってしまえばもっと前――《神教》のときから目を付けていたんだ。神に救いを求める負の感情を、宗教っていうのは、効率よく出してくれるからさ」


「…神教」


 もちろん、その存在を、リーゼロッテは知っている。

 

 彼女が生まれる何十年も前の話だが――かつて神聖教と同じように、王国で流行った宗教だ。

 

 当時の国王は、強硬策を実施して、国内の神教徒を根絶やしにした。


「――アッハッハッハ! いやぁ、中々に面白かったよ。奴ら、何か一言与えるだけで、『神のお告げだ』とか言って狂喜しながら何でもやってくれた。最初の機構さえ作ってしまえば、後は何もしなくても勝手に信徒が増えて――僕らの力は随分増した。今も――この王国の現状に救いを求める感情は上がり続けているし―――ハハッ! 本当に…人間っていうのは愉快な生き物だよ!」


「――いったい…何を…」


 この少年が何を言っているのかわからなかった。

 人間が愉快な生き物?

 神族?


 いったい彼は…


「――リード、御託はいい」


「――っと、そうだね。特異点でもなんでもない彼らに言っても無駄な話だったよ」


 セントライトがそのリードと呼ばれた少年を制した。

 そして、一歩前に出る。


「ともかく…『聖錬剣覇』よ。用があるのはそちの女王だ。そこをどけ」


「―――!」


 フィエロが、体をビクリと震わせた。

 彼が、内心ではこの相手におののいている証拠だ。


 だが…。


 フィエロは動かない。

 額に汗を浮かべながらも、セントライトを見据えて…動こうとしない。


 そして、一言。


「…嫌だと言ったら?」


「―――!」


 場に――凍り付くような緊張が走った。


 リーゼロッテでもわかる。

 この化け物が、臨戦態勢に入ったのだと――。

 

「――ふ、余は回り道が嫌いでな」


 そしてセントライトは笑みを浮かべる。

 発されるのは、ゾッとするような殺気。


「――無理矢理、押し通る」


「――ッ!」


 古代と現代――頂点を決める戦闘が始まった。



 

● ● ● ●




 それは――戦闘と呼べるほどの物ではなかったかもしれない。


 間違いなく、フィエロは強かった。


 左腕は負傷しているとはいえ、彼こそは『聖錬剣覇』。

 

 全ての流派の剣技を極め、今代最強の剣士に相応しい速さを技を持つ剣士だ。


 おそらく、先ほど王城の庭にて、ギルフォード達が死闘の末撃破した強敵――『白騎士』も、フィエロならば1対1でも負けはしなかっただろう。


 だが、それ以上に――セントライトは強かった。


「――『秋雨』ッ!」


 左手は添えれていない。

 右手のみで放たれた水燕流の奥義。


 それでも、『聖錬剣覇』の放つ奥義だ。

 並の突きのはずがない。


 事実、第四段階――達人の域に達したギルフォードでも、それは視認が精いっぱいの速さだった。


 しかし――、


「――ふむ、確かに技の練度はあの少年よりは上か」


「――!?」


 ――当たらない。


 まるで初めからそれが来ることが分かっていたかのように、セントライトは身を躱していた。


「だが――それは余がジークに教えた技。よもや通用するとでも思ってはいまいな」


 ――ジーク。


 思わずフィエロは、その名を心の中で復唱する。

 

 それは、尊敬すべき剣士の名だ。

 『初代八傑』にも名を連ねる、『剣聖』の初代を務めた男。


 ――《剣聖ジークハルト》。


 フィエロはもちろん、現代に生きる全ての剣士の師を辿って行けば、いずれは彼に行きつくと言われている古代の剣客だ。


 水燕流や、神撃流。

 剣術において、技や流派の創始者はジークハルトだと思われることは多いが、実際は違う。


 確かに後世に剣をより広く伝えたのはジークハルトだ。

 教えも上手く、弟子も多かった彼がいなくては――現代において剣という武器は主流ではなかったかもしれない。


 だが、その技と流派を()()()のは、ジークハルトではない。

 少しでも調べれば分かる事だが、ジークハルトは生涯一度も「その技を作った」とは言わなかった。

 誰もが彼を最強の剣士と崇める中、彼は一度も「最強」を名乗る事はなかった。


『―――確かに今――世界で私に勝てる剣士は存在しないだろう。だが―――決して私を最強の剣士と呼んではならない。あの2人を差し置いて最強など…私は、歴史の笑い者にだけはなりたくはないからな…』


 初代八傑の中で最も長生きした彼は、その70年余の人生の最期、弟子にこう残した。


『――ふ、生涯を剣に注いだが――この歳でようやく彼らの足元に達したよ。全く、本当に――高い…高い壁だった』


「――――」


 そう。

 剣聖ジークハルトが、その生涯を持ってしても越えられなかった、最強の剣士。


 現代に残る奥義と流派を作ったと言われる男。


 それが――『獅子王』セントライト。


 今――フィエロが相対している男だ。


「―――ッ!」


 銀色の剣を返す。


 勿論、その剣は当たらない。


 奥義が知られているからと言って、単なる剣を振っても――それが通用するわけではない。

 たとえ知らない奥義を使ったとしても、当たっていたかと言われれば否だ。


 ――全く、確かに今日ほど『聖錬剣覇』を名乗るのが嫌になった日はない。


 内心でフィエロは歯噛みする。


 目の前のこの男を差し置いて最強の剣士などと、口が裂けても言えないだろう。

 

 剣聖ジークハルトの心情が、フィエロには痛いほどわかった。


 そもそもおかしいのだ。


 剣士と剣士の戦いとはよく言った物で、実際は剣を持っているのはフィエロのみ。

 この赤銅色の髪の男は、剣など持っていない――無手だ。


 なのに、まるで赤子の手を捻るかのように、フィエロは圧倒されている。


 ――ふ、昔を思い出すな。


 かつて、師――メリクリウスに稽古をつけて貰った時の事が頭に浮かぶ。

 一度もフィエロの剣は当たらず、メリクリウスにはいいようにあしらわれた。


 ――そう、これが…第四段階の―――達人を越えた先。武の最終地点。


「―――どうした今代の剣聖よ! あの少年の方が速かったぞ!」


「――ハァアッ!!」


 どんな剣も読まれている。

 どんなフェイントも、どんな歩法も、見られている。

 

 まるで未来を見ているかのように、フィエロの剣は空気のみを切り裂き、その行く先にはセントライトの拳が置かれている。


「――ぐはっ!」


 折角治癒した傷口がぱっくりと割れる。

 激痛に嗚咽が漏れる。


 もしも左腕が使えたら――。

 もしも万全の状態なら――。


 そんな仮定は意味はない。

 例え腕があと何本あろうと、結果は同じだ。


 なぜなら、これが――


「―――『明鏡止水の極み』――か」


「――ほう、知っているのか」


 興味深そうに、セントライトの動きが止まった。


「――知っているだけさ」


 そう、フィエロはそれを知っているだけ。

 師――メリクリウスが至っていた、達人を越える――極みの頂。

 フィエロにはなり得なかった世界。


「…ならば分かるだろう。その差が、その意味が…」


 ――そうだ。

 

 フィエロに――この初代の国王を止めれるような力はない。

 

 フィエロだけではない。

 この場に、この国に、この世界に――こんな男を止められる人間がいるだろうか。

 彼と唯一双璧をなしたという英雄は、もうこの世にいないのだ。


 ――申し訳ありません、王妃殿下…。

 陛下を――貴方の娘を、私では守り切れなかった。


 ここで粘る意味はないのかもしれない。

 この場にいる誰も、セントライトにとっては羽虫も同然だろう。


 おそらくこの戦闘も、実際は数秒程度の時間稼ぎにしか過ぎない。


 それでも、わずかな希望に。

 起こるかもしれない奇跡に――。


「――ハアァァァアア!」


 限界を迎える体に鞭を打つ。


 命が終わりを迎えるまで、剣は離さない。


 だが…。


 ―――パシッ。


 そんな何とも言えない音と共に、フィエロの剣は止まった。


「――白刃取り…」


 どういうレベルの動体視力をしているのだろう。

 

 ――素手。

 セントライトの両の手の平に挟まれ、フィエロの銀剣は止められていた。


「――その執念、悪くはなかったぞ」


「―――っ!」


 そして、まるで手首が持っていかれるような感覚と共に――絶対に離さないつもりだった剣が、手から離れた。


「――ふむ、剣も―――中々の業物だ。職人のレベルは下がっていないらしい」


 名工ナバスの傑作…『白銀剣セレーネ』は、正面の男の手の中にあった。

 品定めするように、セントライトは呟く。


「――剣聖の系譜よ。次は…剣士以外に生まれることだな」


「―――」


 そして――一閃。


 初めて見た『獅子王』の剣は――今までフィエロが見たどんな剣よりも速く、美しかった。


 ―――陛…下…。


「―――フィエロ―――ッ!!」


 リーゼロッテの叫びが響く。


 『聖錬剣覇』フィエロは、血飛沫を上げながら、その場に倒れた。




● ● ● ●




「――ッ!」


 『聖錬剣覇フィエロ』。

 

 リーゼロッテが生まれたときより、ずっとそばにいた剣士。

 何度も守ってくれた。

 周りが皆敵になっていく中でも、ずっと味方であってくれた。

 

 その――フィエロが…世界最強の剣士が、鮮血を撒き散らしながら、その場に倒れた。


 ―――フィエロ…。


「―――フィエロ!」


「――陛下、いけません!」


 駆けだそうとするリーゼロッテを、ギルフォードが止める。


「――だって…だってフィエロが―――」


 王になるとリーゼロッテが決めてから。


 いや…もっと前から。


 ずっと守ってくれたのに。

 ずっと傍にいてくれたのに。

 リーゼロッテは何も返せていない。

 

 王とは何か。

 上に立つ者の責任とは何か。

 

 全部フィエロに教えて貰った。


 彼のいないリーゼロッテなど、その辺の町娘と何一つ変わらない。


 ―――私の…私なんかの為に…!


 涙があふれた。


 悔しさ。

 情けなさ。

 悲しさ。


 我慢ができない滴が、地面に零れる。


「さて―――今代の女王よ。貴様の騎士は倒れた」


「―――!」


 そのフィエロを倒した張本人―――圧倒的なオーラを放つ『獅子王』が、ゆっくりをこちらを向いた。


「喜ぶといい。貴様は今から――余の血肉として――永劫の時を生きる事になる」


「何を…」


「安心しろ。何も変わらん。ただ――この国の王から、世界の神へとなるだけだ。このセントライトの――制覇の礎となるのだ」


 涙を必死に堪える。

 唇を噛んで、この王の目を真っすぐに返す。


「どうして…どうしてですの…!? このユースティティアを作った貴方が…! この城を、この国を作った貴方が――どうしてこんなマネを…」


 枯れる声で…訴えかけるようにそう叫ぶ。


「――ふん、どうして、か」


 セントライトは、一蹴するかのように言い放つ。


「――つくづく人とは、愚かな物だ」


「……!」


「国を治める女王ならばわかるだろう。金や権力、目の前にある富と利権―――人間の欲望というのは、数多の罪と格差を作り出す。いつの時代もそれは変わるまい。今以上の地位を、今以上の金を、今以上の能力を―――。権力者はさらに力を貪る事しか考えない」


 それが真実で、それが正しいかのように、セントライトは言う。


「民衆も民衆だ。奴らは現状を生きることしか頭にない。景気が悪い事を為政者のせいにして、その癖、自分では自ら動こうとしない。圧政を受けても、立ち上がろうなどと言う人間がいったいどれほどいるだろうか」


 それは、実際に――セントライトが見てきた歴史だ。

 700年前、イオニア帝国の圧政を受けた世界中で、立ち上がったのはたった8人だった。


「民主制だろうと王制だろうとそれは変わらない。民が愚かか、王が愚かか、そのどちらかの違いでしかない。人間の本質とはそんな物だ。どんな政体だろうと、どんな強国だろうと、いずれ格差は生まれ、争いが起きる」


 1つの時代の終わりと始まりを見てきた男の言葉には、重みがあった。

 国を滅ぼし、国を創った彼だからこそ、至った結論があるのだろう。


「ゆえに、誰かが導かねばならない。一代限りなどではなく、未来永劫に渡って――人々に正しき道を指し示す……世界の王が必要なのだ」


「…それが――貴方だと?」


「そうだ」


「―――!」


 世界の王。

 

 永遠に人類を導き続ける指導者。


 確かに、理想ではあるかもしれない。

 そもそも700年前、世界の大半を手にしたイオニア帝国の皇帝が正しき人物ならば…セントライトも戦いに身を投じることもなかったのだ。 


 この世界を…人類を永劫に導くために、蘇った古代の英雄。

 それこそ―――『神』と言っていいような存在だ。


 でも。


「――そのために……こんな事をして――現在の民が傷ついてもいいというのですか!?」


 確かに彼が世界を統一し、全てを手中に収めれば、世界は平和になるかもしれない。

 少なくとも、「王」としてのセントライトが優れている事は、この国の誰もが知っている。


 だけど、その未来の為に、「今」―――王都で無差別テロに遭っている人々を犠牲にしていいのか。


 セントライトは表情も変えずに答える。


「ふん。未来永劫の平和と比べれば、一時的な混乱や困窮など――苦にしてはいられん」


「何を…」


「よく考えろ、幼き女王よ。人の上に立つ者には選択する義務があるのだ」


 諭すように、セントライトは告げる。


「もしも貴様が…1万人の国民と、1人の国民、どちらかしか命を救えないというとき、どちらを救う?」


「―――!」


「王として――貴様は1万人の国民を選ぶはずだ。合理的に、より多くの命を、より多くの可能性を掴みとるはずだ」


「そんな論理…」


「――それと同じだよ。余の手にするのは、永遠だ。誰もが願い――実現しなかった人々の夢――『永遠の平和』が手に入るのだ。多少の犠牲はやむをえまい」


 ―――永遠の平和。

 実現すれば、人類はかつてない繁栄と喜びを手にするであろう、理想の世界。

 

 その未来の理想郷の為ならば、今の人々の苦しみなど、さしたる物だと…。


「そなたの血肉はその礎となる。我が血族の血を持って―――余の『不老不死』は完全体となるのだ」


 ―――理想郷。

 誰もが待ち望んだその世界。

 リーゼロッテの血肉で、その理想郷が完成する。

 

 ―――じゃあ、私のやってきたことは……。


 全部…無駄。

 まるで道化。

 王とは名ばかりだった。


 格差や貧困に苦しむ人々を見て、王族としての責任を果たそうと、王を目指した。

 よりよい政治を為そうと、努力をしてきた。

 国の混乱を何とかしようと、手を尽くした。

 他国の力を借りてでも、頭を下げてでも、国を救おうと…。

 

 でも、そんなことなら…。


 フィエロも、親衛隊も――皆、いったい何のために戦ってきたのか…。


 分からない。

 もう――分からない。


「―――陛下! 駄目です!」


 ――絶望の足音が、リーゼロッテの背中を押した。


 ギルフォードの制止など耳に届かないように、一歩一歩…セントライトへと足が伸びる。


 ――いいじゃないですの。


 初代国王、セントライト。

 間違いなく傑物だ。

 

 リーゼロッテなんかよりも、彼が頂点に立った方が、全部うまくいく。


 その方が、民の為になる。

  

 だったら、リーゼロッテの命なんて―――。

  


 そう―――。


 歩みを進めた時だった。




「―――『永遠の平和』…そのためなら、全世界を『絶望』に晒すのも、仕方がないのか?」




 やけに良く通る声が―――聞こえた。


 ―――え?


 慌ててリーゼロッテは顔を上げる。


「―――‼」


 それは眩い光に包まれていた。


 ――大空……上空。


 黄金色と虹色。

 二色の眩い光が交わり―――まるで、太陽のごとき光が、その場に降り立った。


 リーゼロッテもギルフォードも。

 セントライトも赤ローブの少年も、誰もが驚きに、体を硬直させている。

 

 ―――綺麗。


 その眩い光に、思わずリーゼロッテはそう思った。


 あたたかな光。

 希望を与えるかのような光。


 まるで本当に――神様が降りてきたのではないかという、星々に負けない煌めき。


「―――貴様は…」


「…まさか…どうして―――」


 信じられない物を見たかのような、セントライトとリードの声が響く。


 誰もの視線がその光の元へ集まる。


「―――」


 眩い光が徐々に収まるその先――。


 その光の元は――見知った人だった。


 何のことはない、ただの少年だ。


 焦げ茶色の髪に、焦げ茶色の瞳を持った、優し気な少年。


「――っと。大分飛ばしてきたが――どうやらギリギリだったみたいだな。エトナ、大丈夫か?」


「うん! 私はちょっとしたデートみたいで楽しかったよ!」


「そうか。じゃあ…ここは危ないから、少し後ろで待っててくれ」


「わかった! 頑張ってね!」


 虹色の光から割れるように聞こえてくるのは、こんな状況なのに――まるでのんきにイチャイチャしているとしか思えない、2人の声。


 ぼやける視界の中、黒髪の少女が少年の後ろからとてとてと駆けていくのが見えた。


 そして―――少年は、真っすぐとこちらへ歩いてくる。


「――さて。…さっきは世話になったな」


「……どうして君が…」


「――信じられん…何故…」


 セントライトと赤ローブの少年は、未だに驚愕の顔だ。


 舞い降りた少年は、ニヤリと笑って答える。


「そうだな、お前ら風に言うなら―――女神が助けてくれたから、かな」


「何を世迷言を――」


「――それはこっちの台詞だ」


 少年はぴしゃりと言い放つ。

 この圧倒的な存在――伝説の英雄『獅子王』を相手に、欠片も臆せず――真っすぐに視線を向けて。


「――セントライト、悪いがアンタの野望は止めさせてもらう。この世界を――あんな『絶望』に晒させやしない」


「どうしてそれを―――!」


 右手に、星の明かりを反射する黄金の剣。

 左手に、眩く光り輝く虹色の剣。


 両手から放たれるその光は、少年を包みこむように輝いている。


 凄まじき光を放つ、太陽のような少年。

 闇を切り裂き、人々に希望をもたらすような、そんな少年。


「かかって来いよ、『獅子王』。さっきのと…ついでに700年前の決着を――着けてやる」


 ――そう。


 降り立った少年の名は――アルトリウス。

 

 人類の――最後の希望だ。




ようやく王国編に終わりが見えてきました…。

最後までお付き合い下されば嬉しいです!

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