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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
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第217話:王城決戦②



 ―――傷一つだけ。


 その純白の鎧の硬さに、誰もが言葉を失っていた。


 あれほど魔力を込めたのに。

 あれほど皆が命懸けで時間を作ったのに。


 結果はまるで伴わない。

 モーリスは欠片も消耗しているようには見えない。


「ガッハッハッハ! 何を辛気臭い顔をしているのだ。まだまだ勝負はこれからだろう」


 それを知ってか知らずか―――白騎士は高らかに笑う。


 ヒナたちの努力を小馬鹿にするような、そんな笑いだ。


 そして――


「―――そうだな、敬意を表して…小娘、そなたから狩ってやろう」


 そんな言葉と共に動いた白騎士に―――誰もが虚を突かれた。


「―――ッ!?」


 ――ジャキ!


 そんな鎧の擦れる音が聞こえたのは、既にその巨躯が、ヒナの目の前にいた時だった。


「――モォォォオリス……バスタァァアアア‼」


 先ほどと何が違うのかわからない縦振りが、ヒナの眼前に迫る。


「―――ッ!」


 近接戦闘において、魔法士では魔剣士に勝つことはできない。


 剣士の速度と剣の威力に、魔法士では対応できないのだ。

 

 ヒナも身体能力強化は使えるし、イリティアから多少近接戦闘の心得は教えて貰っているが、その辺の野盗相手ならともかく、世界最高峰の剣士に通用するレベルの物ではない。


 剣も魔法も極めるなんてことは、アルトリウスだからできたことだ。

 ヒナは魔法で並ぶことで精いっぱいだった。


 当然、この距離、この間合い。

 普通に考えたら、ヒナの身体が真っ二つになることは目に見えている。


 だが―――


 ――キィィン‼


「――ほう! これまた珍妙な!」


 金属音と共に、モーリスの剣は防がれた。


「―――」


 それは――白い壁だ。


 少ない魔力で、咄嗟に発動させた―――白い金属の壁。


 ユリシーズより教えられた対剣士用の秘伝…《流体金属》。

 長い間かけてヒナの魔力を流し…自在に動かすことのできるようになった金属。


 それは…白騎士の鎧と同じく《白魔鋼》で形成された壁。

 頑丈さは折り紙付きだ。


 ギリギリのタイミングで――この壁の形成が間に合ったのだ。


「――――」


 …ちょっとまって―――


 咄嗟に出たこの秘伝の魔法を見て、ヒナはある可能性に思い当たった。


 瞬時に―――思考を加速させる。


 そう、今ヒナを守った物は――金属を操って形成した壁だ。


 ――《白魔鋼》。

 

 白騎士の鎧と同じ素材によって―――。


「―――ッ!!」


 思考がそこまで至った時、すでにヒナは動いていた。


 白騎士はすぐそばにいる。


 剣が防がれた事実に興味深そうな顔をしながらも、今にも二振り目を放とうとしている白騎士が。


 この――ヒナの手が届く距離にいる。


 ――ここは確かに、剣士の領域だ。


 でも、逆に言えば――ヒナの手が鎧に触れる最大のチャンスでもある。


 そう、ヒナがあの白い鎧に、直接魔力を流し込む最大のチャンス――。


 ――できるかどうかはわからない。


 ヒナの動かす白魔鋼は、何年もかけてヒナ自身の魔力を流し込み、浸透させた物。

 自在に操れるのはそのためだ。


 ヒナの魔力が流れていない…それどころかおそらく他人の魔力が通っている白魔鋼を、今のヒナにどうにかできる可能性は低い。


 ――だけど。


 ヒナは壁を解き――前に出た。


「――ぬ!?」


 魔法士が前に出たということに、面食らったような声を出すモーリスだが、もはやヒナはそんなこと気にしない。


 どうせここまで詰められた時点で、早いか遅いかの違いなのだ。


 ――手を伸ばす。


 彼に並ぶため、彼と共に歩むためにずっと魔法を使ってきた自分の右手。

 寝る間も惜しんでひたすらに魔法を制御してきた右手。


「――小娘、いったい何を…!」


 そんな右手が――白騎士の鎧に触れた。


 魔力神経を加速させる。


 騎士が剣を振るより速く。

 魔力伝導速度の限界を越えて。


 構造を解析。

 流れる魔力を分析。

 

 残りわずかな魔力を全て使って、この鎧を支配する。


「――――」


 ――分かる。


 この鎧がどういう風にできたのか。


 誰がどんな魔力を、どんな思いで込めて作ったのか。

 

 ――それは…。


 絶対に折れない鋼の意思。

 使用者を守る最強の鎧を作ろうという―――製作者の強い心と、武具に対する深い愛情。


 きっと軍神モンジューは、世界の為に槌を振ってこの魔鋼を打った。

 きっと摩天楼スカーレットは、人を守るために魔力を込めた。


 そんな何かの為に――世界の為に力になろうとした彼らの想いが――鋼と魔力を通してひしひしと感じられた。


 それがこの鎧の強さの根源。


 ヒナたちがどれだけ頑張っても破れないわけだ。


 この鎧は――伝説の英雄達の「想いの結晶」なのだから。 


「――――」


 ――でも、ごめんなさい。


 貴方たちの想いは――よく分かった。


 …だけど、もう大丈夫だから。

 少しだけそれを曲げさせて。


 魔力を無理やりねじ込む。

 

 英雄の想いにヒナの想いをぶつける。


 右手が焼けるように痛い。

 

 魔力が、反発しあう。


 でも――。


「―――まさか――!?」 


 モーリスの驚愕するかのような声が聞こえた。


 それはそうだろう。


 これは、モーリスが着用してから、これまで一度も傷が付かなかった最強の鎧だ。


 数多の魔法を防ぎ、数多の剣を弾いた、純白の鎧――。


「何をした!? 何故―――我がアダマントテンプルが―――我が信仰が―――」


 胸部の純白の装甲が。


 一度も攻撃を通さなかった腕甲が。


 どんな物も弾いた最強の兜が。


 どれもが、瞬時に藻屑となって消えていく。


 現れるのは、ちょび髭の生えた壮年の男の顔だ。


「そんな…バカな―――」


「――ようやく顔を見れたわね、ムッシュ・モーリス」


「―――この…小娘が!!」


 初めて見たモーリスの素顔は―――きっとそれまで兜の中にあったような余裕の顔ではない。


 それは、怒りと――焦りの形相。

  

「――神の怒りを食らうがいいッ!!」


 そして、振り下ろされるのは未だに健在な大剣――アロンダイト。


 当然、この剣士の領域で――ヒナがそれに対処することはできない。


 鎧の分解に、残った魔力は全て使ってしまった

 もはや頼みの流体も発動することはできない。 


 だが…。


「―――信じてましたよヒナ、貴方ならやってくれると…!」


「――シンシア!?」


 間に――剣は捻じ込まれた。


 割って入るのは、金髪の影。

 

 ヒナならばやってくれると――彼女ならきっとどうにかすると―――そう信じて走り込んできていたシンシアだ。


「――小娘が1人増えたところで…!」


 しかし、シンシアとモーリスでは、たとえ鎧が無かったとしても、実力差は明白。

 

 強靭な肉体と魔力、極限まで鍛えられた剣技があるからこそ、彼は伝説の武具を使いこなせたのだ。


 シンシアとてそれなりに猛者との戦闘経験もあるが、すでに彼女は魔力が切れている。

 彼女の持ち味であるスピードのキレがない今、勝機は薄いだろう。


 だが、


「――1人ではない!」


「―――ぬ!」


 もう1人――高速で突っ込んでくる剣があった。


 モーリスの背後。


 鎧の無くなった背中を貫かんとする、ギルフォードの姿が。


「そうよ!」


「これで決めるぜ!」


 いや、ギルフォードだけではない。


 ナオミが、カインが、誰もが――既に地面を駆けていた。


 今ここで、この瞬間、決着をつけるために――。


「―――この…烏合共がッ!!」


 それでも、モーリスは凄まじかった。


 鎧がない分、その速度が上がっている。


 硬さで圧倒していた空間を、速度で圧倒するだけだ。


「――我が信仰が…神の意思がこんなところで挫けるはずがないのである! 父の無念を晴らせぬまま―――吾輩が倒れるものか!!」


 周りを囲まれ、大勢を相手にして――それでもなお膂力を落とさないこの男は、やはり八傑に相応しい傑物なのだ。


 ―――でも…それでも…。

 

 シンシア達の背の後ろ。

 完全に魔力が切れ、意識が落ちる感覚と共にヒナは思う。

 

 ――大丈夫。


 だって、もうあの騎士の信仰―――破れない鎧は、折れたから。

 

 そうよね、モンジュー、スカーレット―――


 赤毛の少女は、安心した様に、その場に倒れ込んだ。




● ● ● ●

 



 ――ありがとう、異国の友よ。

 

 剣を握りしめながら、ギルフォードは思う。


 炎姫ヒナも、閃空シンシアも、アルトリウス隊も、青髪の少年も――他国の…他人の事だというのに、本当によくやってくれた。


 八傑…最強の騎士を相手に、きっと王国の親衛隊だけでは絶対にここまでこれなかっただろう。


 ――白騎士。


 凄まじい強敵だ。


 あの強力な鎧がないにも関わらず、なおこの場を圧倒し続けるその速さと力。

 盾も鎧もない甲剣流で、ここまで粘れる人間が存在するだろうか。

 

 武具が強いからと言って、武具に頼ってきたわけじゃないのだろう。


 逆立ちしても敵わない強者の領域。


 格が違うと思っていた達人の域。


 モーリスや、フィエロ。そしてアルトリウス。


 彼らを見て、接すると、やはり自分には届かないと…そう思っていた次元。


 持っていた才能が違うと。

 やってきた努力が違うと。

 経験した修羅場が違うと――。


 きっと何もかもが違うのだと…諦めているかのように。


 ―――だが。


 ギルフォードは、自問する。


 本当に、このままでいいのか。

 異国の友に頼り、任せきりになった状態で…本当にいいのか。


「―――うおぉぉおおぉおおおお―――ッ!」


 雄たけびを上げる。


 こんなに泥臭く戦ったことなどない。

 

 ――騎士らしくとか、そんなことはどうでもいい。


 今なら、兄弟子――天剣シルヴァディの気持ちもわかる。


 ただ純粋に強さを―――国のため、守る物のために、敵を打ち倒す強さが欲しい。

 この気持ちはきっと彼と同じだ。


 足を踏みしめる。


 感触が良くわかる。

 地面が、この王国の大地が、ギルフォードに言葉を投げかける。 


 ――祖国を――王を守れずして何が騎士だ。


 ――助けを借りっぱなしで悔しくないのか。


 ああ、悔しいさ。

 情けないさ。


 だからせめて、最後は自分の――王国の手で…。


 速度が上がる。


 白騎士の動きが、見える。


「―――ちっ! ここにきてそなたが――」


 悪態を吐くモーリスの声が聞こえた。


 ――ああ、そうだ、白騎士。これがダメ押しだ。


 いずれ世界最強の剣士となる男の、最初の一歩。


 殻を破るのは――今だ。

 

「――縮地…」


「―――ぬ!!」


 それまで及ばなかったギルフォードの速度が――初めてモーリスを越えた。

 

 俊足の歩法は、縦横無尽にモーリスの視界を捉えさせない。


「――‼ 今です!」


 上がったギルフォードのギアを察知し、すぐさまシンシアが号令をかけた。


「「―――了解!」」

 

 隊員の誰もが、同時に叫ぶ。


 これ以上の指示は不要。


 今日の彼らの連携は、阿吽の呼吸すら超えていく。

 

 最後の連携が、シンクロしたように地面を駆け抜ける。


「――小癪であるッ!」


 右に左に、モーリスの視界が揺れる。


 ――何故だ…こやつら、ここにきて…!


 目の前の現象。

 めぐるめく剣の嵐。


 盾を貫かれ、鎧を砕かれ、周りを囲まれ――それでもモーリスは耐えていた。


 甲剣流を極限まで極めた剣士、それがモーリス。

 盾がなくとも、鎧がなくとも、多勢に無勢でも、白騎士と彼らの力は拮抗していた。


 だが…突如のギルフォードの覚醒によってこの均衡は破られた。


 アルトリウス隊の連携。カインの癖のある動き。ギルフォードの「個」の力。


 これらが、全て完璧に噛み合い――ついに白騎士モーリスを越えたのだ。

 

「―――そこです!」


「ぬぅ!」


 剣が、体をかすめる。


 それまで傷一つつかなかったモーリスの身体に剣閃が走る。


 もう何年も見た事のない自分の血液が宙に舞った。

 この鋭い剣の痛みも、随分と久しぶりだ。


 ―――吾輩が…吾輩が負ける? …この――聖なる神の騎士にして…祝福を賜ったこの吾輩が…?


 信仰心が揺らいだつもりはない。

 手心を加えたつもりもない。


 モーリスは神の盾にして剣。

 神の意志を反映する力のはずだ。


 それが、敗れるなど…そんな…


「――そんなことは……断じてそんなことはあってはならない!」


 必死――。


 魔力も体力も全てを使って剣を振る。


 本気も本気。普段はあまり使わない身体能力強化も加速も、全てが全開だ。


 しかし―――


「――終わりです!」


 ――キィィン!


 高い音と共に―――金髪の少女の剣が、モーリスの剣を弾き飛ばした。


「―――ぬぅぅぅうう!!」

 

 どうにもならない。

 低い唸り声が、空気をかすめる。


「――ラァァアァァアァアァアア――――ッッ!!」


 そして少女の後ろから――避け切れない速度で突っ込んでくるのが、額に傷のある剣士ギルフォード。


 ()()()()――。

 たった今モーリスと同じ、「達人の域」に達したその速さは、片手間で避けれるものでもない。

 すでにモーリスに余力は残されてはなかった。


 ――まさか。


 ―――父の無念が、吾輩の信仰が……敗れるのか!?


 この数十年の願いが。

 生涯を懸けた信仰が。


「―――神の意思が! こんなところでぇぇぇえ‼」


「―――これで…終わりだぁぁあぁああ!!」


 ズンッ!


 その巨体を―――ギルフォードの剣が貫いた。


 神の意思も彼の信仰も――全てを突き破ったような、渾身の一撃だった。


 背中から突き出た剣が、真っ赤に周囲を染めた。



「―――ぐ…ぶ―――」


 誰もが息を呑み――停止したその世界。


 白騎士モーリスの口から、真っ赤な血が零れた。

 

「……ああ…神よ…」


 動かない身体に反比例するように、モーリスの声は震えていた。


「……神よ……何故だ……吾輩は―――」


 しかし――彼の言葉に、信じた神は何も答えはしない。


 そして―――天を見上げながら―――ドスンと音を立てて、騎士は倒れた。

 

 『白騎士』モーリス。

 

 神を信じた世界最強の一角は、激戦の末――その人生の幕を閉じた。

 

 

 

● ● ● ●



 

「―――ハァ…ハァ…」


 シンシアは剣を杖に膝を着いた。

 

 ギリギリ――本当にギリギリの戦いだった。


 何か一つでも違っていたら勝てなかった。

 誰か一人でもいなければ全滅していた。


 そんな奇跡のような勝利だろう。


 たった今、ギルフォードの目の前で、胸から血を流しながら倒れ込んだ巨躯の男、モーリス。

 間違いなくシンシアにとっても過去最大の強敵だった。


 改めて――《八傑》と呼ばれる強者の化け物じみた強さを痛感したものだ。


「――でも…これで…」


 おそらく、この『白騎士』こそ、『神聖教』の最大戦力。

 それをここで仕留めた以上、女王を救出するどころか、この異常事態を収拾する希望が見えてきた。


「―――」


 そこで一度視線を上げると――視界の端で、赤い物体が見えた。


 ――そうだ。


「――ヒナ! 大丈夫ですか!」


 慌ててシンシアは、地面に倒れた赤毛の少女――ヒナに駆け寄る。

 彼女が来てくれなければ、あの驚異の鎧は突破できず、勝てはしなかっただろう。

 

「――ヒナ! しっかりして下さい!」


 目を瞑るヒナを、シンシアは抱きかかえる。

 よもや死んでいるわけではないだろうが…。 


「―――ん…」


 呼びかけると、ヒナは気だるそうに薄く目を開けた。

 

「ヒナ…良かった…」


「――シンシア……白騎士は?」


 力なくヒナはそう言った。

 外傷がないところを見ると――おそらく魔力が枯渇してしまったのだろう。


「…勝ちました」


 シンシアは簡潔に答えた。

 犠牲がないわけではない。

 だが、勝てた。


 ヒナが鎧を破り、皆で囲み、ギルフォードが止めを刺した。

 全員の勝利だ。


「そう――やっぱり…」


 やけに眠そうにしながら、ヒナは微笑んだ。

 

 シンシアとしては、もう彼女にはこのまま休んでいて貰ってもいいのだが、1つだけどうしても聞いておかなければならないことがある。

 

「――ヒナは何故ここへ? 隊長は…どうしたんですか?」


 そう、本来ならアルトリウスと共に《深淵の谷》に行ったはずのヒナが、どうして1人だけここに戻ってきたのか。

 

 場合によっては白騎士どころの騒ぎではない。


「――それは…」


 と、ヒナが答えようとした時だった。


「―――どうやらこちらも、激戦だったようだな」


 強敵を倒し、少し安堵した空間に、そんな声が響いた。


 聞いた事のある声だったが…全員の視線はその元、王城の出入り口へ向く。


 そこにいたのは…


「―――師匠…それに―――陛下も、よくご無事で!」


 最初に声を上げたのはギルフォードだ。


 そう、入り口から現れたのは、薄紫色の髪の細身の男、『聖錬剣覇』フィエロと―――桃色の長髪の美女、女王リーゼロッテ。

 どうやら自力でここまで脱出してきたようだ。


「ふ、無事とは――言い難いがな」


 駆け寄っていくギルフォードに、フィエロは苦笑する。


 確かに――傍から見てもフィエロは無事には見えなかった。


 顔は疲労困憊で、全身が血だらけである上、左腕は肩から先が殆ど動いていない。まさに満身創痍だ。


「――では、そちらも?」


「ああ、『闘鬼』とその取り巻きだ」


「なんと…そちらも《八傑》が…」


 何と驚くべきことに――王城の内部にも《八傑》の1人が侵入していたらしい。


 『神聖教』がいったいどこまで力を蓄えていたのか――本当に恐ろしい話である。


「――そちらは…『白騎士』か。よく勝てたな」


 フィエロの庭の中央で倒れた巨躯の騎士を一瞥してそう言った。

 面識があったのかどうかは知らないが、一目でわかったようだ。


「はい。ユピテルの彼らが――力を貸してくれました」


「…そうですの」


 ギルフォードの言葉に、反応したのは女王リーゼロッテだ。

 彼女の視線はシンシア達の方へ向く。


「――助力に感謝しますわ」


 少し難しい顔で、そう頭を下げた。


「…いえ」


 きっと――隊長ならこうすると思ったことをやっただけだ。

 彼のように、完璧にやり切れたわけでもない。

 きっと彼なら…アルトリウスなら、白騎士相手でも1人で何とかしてしまうのだろう。


「――それで、状況はどうなっている?」


 そこで、一旦落ち着いたとみたのか、フィエロが口を開く。


「王都全域にて――武装した大量の神聖教徒達が無差別に暴動を起こしています。親衛隊と烈空隊の大半を投入し、鎮圧に動いているところです」

 

 答えるのはギルフォードだ。


「そうか…武装――ということはやはりビブリット商会が絡んでいるのは間違いないな」


「では―――」


「ああ、先ほどネルソン・ビブリットと遭遇した。奴とザンジバルは神聖教だ。こちらに来なかったか?」


「――ビブリット商会の代表…。こちらでは見ていませんが」


「そうか、やはり――『闘鬼』がやられたのを見計らって裏から逃げたか…」


 フィエロとギルフォードの話によると、案の定ビブリット商会と軍属派は神聖教と関連があったらしい。


 この王国の動乱の大本は――全てが神聖教であったようだ。

 あと見えていないのは『人攫い』の正体くらいだろう。


「――ふぅ、まぁそれは後回しでいい。先にその暴動の鎮圧を何とかして、このバカげた騒動に決着を付けに行ったほうがよさそうだ」


 短いやりとりで、フィエロはそう判断した。


 女王の安全が確保できた以上、最悪の事態は避けられた。

 

 それに、既に《八傑》を2人も倒した。

 これ以上の強敵がいるとも思えない。


 簡単ではないだろうが――暴動の鎮圧も、このメンツが加わればできないこともないだろう。


 心なしか――皆の表情に希望が見えた。



 ―――そんな時だった。



「―――!」


 始めにそれに気づいたのは、青髪の少年…カインだった。


 剣が折れながらも最後まで白騎士と激闘を演じた―――奇跡の勝利の立役者の1人である彼は、長らく地下暮らしであったせいで、フィエロ達の会話はよくわからない。

 

 周りも良く考えると知らない人ばかりであり、手持無沙汰で周囲を警戒していたのだ。


 故に―――その上空から迫る存在に、誰よりも早く気が付いた。


 ―――なんだ? …なにが―――


 一瞬…言葉が出なかった。


 それは、天空が丸ごと降りてきたかのごときプレッシャー。


 つい先ほど…この場を圧倒していた白騎士ですら、霞んで見えるほどの存在感―――。


 そんな物が、超スピードで迫っていたのだ。


「―――おい―――!」


「―――!?」


 カインが声を上げたときには―――既にフィエロも…他の面々も気づいていた。


 ――何かが来る!?


 それがわかっているのに、その場から一歩も動けない。

 ゾっとするような…なにか。


 ただただ上を見上げ、その力に、戦慄するしかなかった。


 とにかく、不味い予感だけは、誰もが感じていただろう。


 そして―――


 王城、この上空でピタリと止まったそれは、ゆっくりと地面に降り立った。




「―――ふむ、やはり我が家は落ち着く物だ」


「はは、よく言うよ。城が完成して間もなく棺の中だったくせにさ」


 それは2人組だった。


 橙色の髪に、赤ローブの少年と―――


 赤銅色の長髪に、銀色の眼に、巨体を持つ偉丈夫。


 どちらも、カインに見覚えはないが―――だが、その存在感。


 特に、その偉丈夫の放つ圧力と風格は――この世の全てを超越した物のような、そんな気がした。


 ―――なんだ? 何なんだコイツは…。


 前にするだけで、鳥肌が立つことなど初めてだった。


 視界に入れるだけで、足が震えるなど意味が分からなかった。


 出会ってしまった恐怖を拒否するために、頭が脳内麻薬を抽出し続けていることが、ありありとわかった。


 ―――生物としての格が違う。


 人の形をした化け物だとしか思えない、そんな存在。


 そして、


「そんな―――」


「師匠…これは…」


「ああ…信じられないが、間違いない…」


 リーゼロッテにギルフォード、フィエロの王国組が――驚愕の声を上げた。


 まるでその姿を見たことがあるかのような、そんな反応だ。


「おい、アンタら…見たことあるのか、あれを」


「――見たことはない。だが――知ってはいる」


 カインの言葉に、フィエロが答えた。


 そう、彼らは―――その姿を良く知っているのだ。


 ユースティティア王国民である限り、その顔かたちを知らぬはずがない。


 この王城の中庭にも、彼の銅像は立っているのだ。


「アレは―――『獅子王』…セントライトだ―――」


 王国最強の剣士は――青ざめた顔で、そう呟いた。



 王都に――絶望が舞い降りた瞬間だった。




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