第210話:運命の邂逅
「それにしても…無事に目覚めたようで何よりだよ―――セントライト」
赤銅色の長髪に、銀色の三白眼。
そして圧倒的な迫力を出してこの場を支配する――《棺》より目覚めた男。
少年――リードはその男に気楽に話しかけた。
「――しかし、700年と言ったな。……随分長かったではないか」
首をコキリと鳴らしながら、男――セントライトは答える。
「そう言うなよ……腐ってもあのオルフェウスの封印だ。それに――こっちにも順序ってものがある。君ら『初代八傑』のせいで、僕らの力は随分落ちてしまったんだからね」
「ふん、それにしては元気そうではないか」
「そりゃあ――今は……いい感じに絶望と混乱が王国を襲っているから―――多くの信仰を得れているんだよ」
「…なるほどな」
納得したのかしていないのか――セントライトは目を細める。
「…とにかく、おめでとう。これで君は―――生身の身体を持ちながら、僕らと同じ『神族』の力を手にした唯一の存在だ。君の望んだ―――『不老不死』…この世の理を越えた、超常の力さ」
「……」
「しかも、君の能力はスロウの『絶望』――僕らの目的にぴったりだ」
ニヤリと―――リードは笑う。
「…ふん、それはいい。だが――少々身体の動きが悪い。コイツの体ではそれほど持たないぞ」
そう言いながらセントライトは肩を鳴らす。
コイツの体――とは、もちろん、ザンジバルの――という意味だが…。
「ああ、すまない。本当は―――君の血統をここに用意する計画だったのだけれど、色々と他に優先したいことができてね。王族の血は――後から回収しに行くことになったんだ」
「―――!」
リードの言葉に、セントライトの眉はピクリと動く。
「――ほう、余との契約以上に優先すべきこととは―――余程でないと…分かっているだろうな」
「ああ、分かってるさ。君を『神族』として完全体にするまでは…契約は履行しきったとは言えない。ただ…どうしても今日、この場で…君に始末して欲しい奴がいたんだ。場を整えるのに、色々といじる部分があってね」
「…ほう、余の手を使うほどか?」
「そうだ」
リードは思い出すかのように頷く。
「アレは純粋な神族では何ともならない《特異点》。どうしても――アレを先に始末しておかないと、今後の計画に支障が出る」
そう、結局アレは―――「あの少年」は、大戦を生き残った。
『世界最強』をぶつけても死なず、生き残り―――ユピテルの内乱はラーゼンの勝利に終わった。
結果として――リード達の想定していた歴史は、大きく運命を変えてしまったのだ。
《特異点》として――あの少年の存在は、どうしてもリード達にとっては邪魔だ。
奴が関わるだけで、こちらの想定した未来がことごとく塗り替えられていく。
この先を見据えたうえで――この少年を無力化することが、何よりも優先事項だ。
――前回の大戦は失敗だった。
『軍神』は、リード達にとって味方というわけではない。
気まぐれでこちらに利益となる行動をすることもあるが、反対に敵にもなり得る――奴もまた《特異点》なのだ。
制御下にない人間で制御下にない人間を殺そうなど、流石に虫の良すぎる話だった。
それに――あの少年にはいざというとき助けてくれる仲間がいた。
単純に強者をぶつけても――勝てるわけではないということだ。
それゆえに、わざわざ『読み手』の役割を女王からエトナに移し、少年をここまでおびき寄せた。
そして、今度はある程度制御ができる「目的を共にする人間」で倒すために…大幅に計画を変更してまでこの状況を用意したのだ。
「―――《特異点》だと?」
そんなリードの苦労を知ってか知らずか、セントライトは疑問を浮かべる。
「まぁ君に分かりやすく言うならば…今代の《オルフェウス》だよ」
「…なるほど。それは―――少し興味が出てきた」
《オルフェウス》という名に、セントライトは目を見開く。
昔のライバルの名に敏感なのは――700年経っても変わっていないようだ。
「で、それは――どいつだ? よもや、そこで足を震わせているヒヨッコや小娘、老人ではあるまいな」
そこで、セントライトの視線は再び正面を向く。
視線の先は、この塔の屋上へと続く入り口――そのあたりで、こちらを緊張した面持ちで眺める3人だ。
「あぁ、そこにいるのは『聖錬剣覇』の弟子トトス。別に警戒するほどの強さでもない。エトナも単なる餌だし、ピュートンなんておまけもおまけさ」
「…『聖錬剣覇』?」
「あー、『剣聖』の系譜だよ。彼らは3代目から『聖錬剣覇』を名乗るようになったんだ」
「ほう、ジークの…」
そうリードが教えると、セントライトは懐かしそうに目を細める。
『剣聖』も、彼にとっては身近な名だ。
「しかし、だとするとその《特異点》とは誰だ? オルフェウスの名を出したからには…それなりの者でないと許さんぞ?」
「――安心しなよ。どうせ…『鴉』なんかじゃ止まらない。すぐにここに上がってくるさ」
「ふん…それは――――」
そこで――一瞬だけ、セントライトの動きが止まる。
「――いや、どうやら…そのようだな」
正面。
猛スピードで下から迫る…この場では目立つプレッシャー。
セントライトの時代でも、それほど目にできないレベルの存在感だろう。
「―――」
―――まるで静寂をぶち破るかのように、その少年は現れた。
ダークブラウンの髪は少しその先が焼けたように焦げていただろうか。
同じくダークブラウンの瞳には、心なしか怒気が感じられる。
歳の頃は、15かそれくらい。成人したかしてないか辺りだろう。
それなのに感じる、ベテランの風格。
若干消耗した皮鎧に、腰には黄金色の柄の剣。
そんな――1人の少年だ。
「――――」
少年はこの屋上を目の当たりにし――ゆっくりと―――リードと、セントライトを交互に視線をやる。
――そして…
「なるほど…そういうことか…」
何かを悟ったかのように、歩みを進めた。
「アル君――!」
「――烈空殿…生きていらしたか…」
少年の登場により、急に安心したように明るい声を出して少年に駆け寄る少女と、若干顔を緩ませるトトスとピュートン。
「―――エトナ…良かった…無事だったんだな」
「うん…! アル君が来てくれるって…信じていたから…」
勢いよく抱き着く少女を抱き留めながら――少年は少しだけ、安心した声を出す。
しかし、
「――エトナ…悪いけど――すぐにトトスとピュートン博士と一緒に逃げてくれ」
その眼光は少しも緩まない。
しっかりとこちら―――セントライトとリードを捉えて離さないのだ。
「…烈空殿――」
「トトス、頼んでいいか? 俺の――命よりも大切な人だ」
「しかし…アレは…」
「――わかってる。だから…何も言わずに、頼まれてくれ」
少年の言葉に、トトスは苦悶の表情を浮かべる。
「――承知した」
「ありがとう」
頷いたトトスに、少年は少しだけ口元を緩めた。
「アル君?」
「すまないエトナ。多分……君がこんな目に遭ったのは俺のせいだ」
少女に向き直り、少年は自身に言い聞かせるように語り掛ける。
「だから…君は逃げてくれ。俺が――全部何とかするから」
「アル君も…大丈夫…なんだよね?」
「…もちろんだ。さっさと片付けて…すぐに合流するさ」
「そっか…」
少女は少しだけ俯き、
「わかった。じゃあ、先に行ってる…待ってるから、ね?」
「ああ」
少年の言葉に、黒髪の少女はゆっくりと目を閉じて、彼から離れた。
「烈空殿、ご武運を!」
「―――嬢ちゃん、早くするんじゃ!」
「――うん」
そして、3人は急ぎ足で後ろへ下がっていく。
下の階段へと降りていく彼らに、少年は振り返りはしない。
眼光はこちらに光り―――殺気は満ちる。
「…さて、セントライト、分かっていると思うけど――」
「――ああ、すぐに分かった。確かに…奴そっくりだ」
――似ている。
少年を見た瞬間、セントライトは自身の古い記憶――共に戦場を駆けたライバルの事を思い出した。
出会ったときから何でも知っていて、何でもできた――記憶の中のアイツ。
顔や姿形はまるで違うのに…その少年は奴に雰囲気が似ている。
「――彼がアルトリウス。この時代の《特異点》。そして―――」
リードは静かに言った。
「僕らの――敵だ」
歴史の真相や、神族、神聖教について等――謎は少しずつ明らかになっていきます(願望)
どうか暖かい目で見守り下さい




