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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
208/250

第208話:兄



 ―――『鴉』。


 それは代々受け継がれる闇の帝王の称号。


 この世の裏に君臨する、畏怖と恐怖――それらを一身に集めた、最強の暗殺者の称号だ。


 『鴉』の一族は、子供が生まれた瞬間、英才教育が始まる。

 最強の暗殺者となることを義務付けられた『鴉』の宿命だ。


 幼少の頃から、何度も魔力を欠乏するほどの修業に、拷問に耐えるため様々な苦痛を味合わされる。

 それで子供が死のうと、問題はない。

 修業に耐えられない時点で――『鴉』になるためには不足なのだ。


 あらゆる苦痛と修業を乗り越えた先に――『鴉』という称号は与えられる。


 そんな代々の『鴉』の中でも――ククルの兄、クロウは天才だった。


 まだ10にも満たないというのに、『鴉』の暗技を全て覚えた。

 どんな苦痛にも、修業にも根を上げず――その倍を持って一族を驚かせた。


 当時の『鴉』――2人の父親は、大層喜んだ。


『最高傑作の完成だ…これで後継は決まったようなものだ』


 と、そう言った。


 そんな兄とは対照的に――ククルは不器用だった。

 兄と同じ特訓をしているのに、兄と同じ遺伝子のはずなのに、奥義も暗技も中々覚えられない。

 拷問にもすぐに根を上げたし、魔力量も多くなかった。


『チッ、こっちは出来損ないか…』


 父は兄を褒める傍ら、ククルには辛く当たった。

 『鴉』の系譜の中で重要なのは『暗殺者』としての完成度のみ。

 ククルのような落ちこぼれは、一族の恥だと言われ、命は軽んじられる。

 それがこの家系の習わしだ。


 一族はこぞって兄を称え、こぞってククルの存在を疎んだ。

 完璧である兄――クロウの唯一の汚点とまで言われた。

 服も食事も、全てがククルとクロウでは違った。


 そんなククルに優しくしてくれたのは――当の兄――クロウだけだった。


『全くしょうがないなぁククルは』


 技を習得できないククルに、兄は呆れながらも一緒に修業に付き合ってくれた。

 

 父に怒鳴られるククルを庇ってくれた。


『大丈夫。いつか、こんな腐った世界を抜け出して――2人で平和に暮らそう』


『兄さん…でも私は――兄さんみたいにすごくないし…兄さんの足手まといになっちゃうよ?』


『心配ないさ。大丈夫―――全部兄さんに任せて』 


『でも…』


『――たった2人の兄妹なんだ。最後まで――ずっと一緒さ』


 裏で泣くククルを、優しくそっと慰めてくれた。


 そんな2人に転機が訪れたのは、兄が10になったころだった。


 2人の父―――『鴉』の当主が死んだのだ。


 最強の剣士『聖錬剣覇』を相手に殺されたのだとか。

 

 敗北した『鴉』の権威を取り戻すため、そして、震撼する裏の業界を早々に纏めるため――早急に次期当主を決める必要があった。


 選ばれたのは兄―――クロウだ。


 年若いながら…クロウの実力は、当時の一族の中では抜きんでていたのだ。

 

 《継承の儀》が、すぐに行われた。


 その日、唯一『鴉』の一族が全員集うその儀によって、クロウは『夜叉鴉』として、今代の『鴉』の当主を襲名した。

 

 そして――その夜。


 全ての『鴉』が死んだ。


 言うまでもない。


 『夜叉鴉』を襲名したクロウが――一族が全員集うこの日を狙って、その全てを皆殺しにしたのだ。


『――ククル。やったよ…これで――俺達は自由だ…』


 真っ赤に返り血に塗れながら、兄がそう言った事を、ククルはよく覚えている。


 実際、確かに――彼らは自由になった。


 一族に縛られることも、暗殺者として生きることも無くなったのだ。


 しかし―――。



 王国は―――社会は、そんな幼い子供が2人きりで生きていける場所ではない。

 

 特に―――真っ当に生きていくには、2人は既に闇に染まり過ぎていた。


 元来、人殺しなどは嫌いな――優しい心根を持つクロウだったが、幼い妹を食べさせていくには―――再び裏の世界に入る以外手段はなかった。


『兄さん、私も――お仕事手伝う』


『駄目だ』


 兄の力になりたかったククルを、クロウは拒否し続けた。


『こんなクソみたいな世界…俺だけで充分だ』


 そう言って、兄は毎夜のごとく1人で出かけていった。


 いつも明け方に、ボロボロになって帰ってくる兄。

 返り血をククルに見せないように疲れた体で必死に掃除をする兄。


『――ククルが笑ってくれるだけで、充分さ』


 そう言って――少しも辛い顔をしない兄。

 

 でも…その兄――クロウに症状が現れたのは、そんな生活が10年ほど続いた時だった。


 その朝―――クロウは、血を吐いて倒れていたのだ。


『兄さん!』


『…ゲホッゲホッ…大丈夫だ…』


 強がるクロウを医者へ連れて行った。

 

 しかし、いくら治癒魔法をかけても一向に治る気配はない。


 いくつか治癒院を渡り歩き――闇医者まで頼った時、ようやく原因が分かった。


 《魔力核》の限界―――。


 特に成長期に、何度も肉体の限界を超えて魔力を行使し、魔力欠乏になるほど魔力核を酷使するような生活を続けると――次第に魔力核が傷つき、心臓をむしばんでいくようになるのだとか。

 

 魔法の世界ではよく言われている事だ。

 

 あまり若いころから無理をすると――寿命が縮む…と。


 実際――クロウは幼い日から、何度も命を懸けた戦いを繰り返している。

 魔力欠乏など、いくらでも経験しているだろう。

 そうなってしまってもおかしくはなかった。


『―――治す方法は…?』


『ないね、不治の病だ。それに…もう大分進行している。持って数年といったところだろう』


 闇医者にはそう言われた。


 表面的な身体の治癒は可能だが――魔力核を癒すことはできない。


 魔法を使えば使うほど――クロウの魔力核は傷つき、限界が近づいて行く。


 当面は安静にしておく以外に療法はないらしい。



 ククルは兄に仕事をすることを禁止した。

 

 幸い――この10年で、ククルは少しずつ、「真っ当」な生活に足を踏み入れており、下町の酒場での「真っ当」な仕事も始めたところだ。

 

 兄が無理して暗殺なんてすることはないのだ。


 兄をベッドに押し付け―――昼間は酒場の仕事に向かう。

 「普通」の生活をしているククルを見て――兄も素直にベッドで待っていてくれた。


 そしてその傍らで―――ククルは治療法を探した。


 ―――絶対に…兄さんを助ける…。


 かつて、どれほどの物を兄に貰ったか。

 どれほど助けて貰ったか。

 今の自分があるのは誰のおかげか…。


 身を粉にして、ククルの為に仕事をする兄を、何度見てきた事だろう。

 何度彼の言葉で、生きる意思を取り戻したことだろう。

 

 ずっと1人で頑張ってきた兄を、ククルはずっと見てきた。


 ―――死なせやしない。


 暇な時間を見つけては方々を歩き、様々な薬や、治療法を探した。

 表も裏も関係なく、どんな医者でも少しでも可能性があれば訪ねた。


 でも、ダメだった。

 まるで自然の摂理だとでもいうように、兄の身体は治せないと――そう言われ続けるだけだった。


『――きっと…人をたくさん殺してきた罰だよ』 


 兄はそう言う。

 彼は、やりたくもないのに―――感情を無にし「暗殺者」として人を殺してきた。


『別にいいさ…。お前が「普通」に―――真っ当に暮らしていけるなら、それだけでも頑張ってきた甲斐があったよ』


 そう言って――それが定めだとでもいうばかりに、死を受け入れている。


『――兄さん…』


 でも、ククルにはそんなこと受け入れられない。

 

 ―――嫌だ…そんなの…兄さんが死んじゃうなんて―――。


 まだククルは兄に何も返していない。

 全部を貰って――何一つ返せないなんて、そんなこと…。



 『神聖教』が接触してきたのは、そう――ククルが悩んでいるときだ。


 酒場を訪ねてきた商人――ネルソン・ビブリットは言った。


『――貴方…『鴉』の関係者ではないですか?』


 いったいどこから仕入れてきたのか、ククルの正体を言い当てた彼は――小声で言った。


『―――神の力に不可能はありません。我らが主―――神の力があれば、貴方の兄も見る間に元通りになるでしょう』


『神の力――?』


『はい。かつて大陸を支配する事すら可能にした神の力―――。人の病を治すどころか――不老不死すら叶えるという超常の力です』


『―――!』


 突拍子もない話だっただろう。

 だが―――商人の言葉は不思議と真に迫る物があった。

 

 どんな治癒師も医者も治せないという不治の病――それを治せるのは、人外の力くらいじゃないとあり得ないと――腑に落ちるところがあったのかもしれない。


 ―――もう…これしかない。


 ククルはそう思った。


『――その代わり…その実現のためには少々「手」が不足しているのですよ…』


『…何をすればいい?』


 ニヤニヤと笑う商人に――ククルは答えた。


 『鴉』として――ククルが再び裏の世界に足を踏み入れた瞬間だった。


 必死だった。

 

 もうずっと使っていなかった奥義を必死に思い出し、やりたくもない仕事をいくつもこなした。

 

 奴らが計画に邪魔だという人間を数えきれないくらい殺した。

 奴らが必要だという人間を、何人も、何十人も、何百人も攫った。


 それで、兄さんが治るなら。

 また元気に歩いてくれるなら―――。


 そのためなら、何でもできた。

 いくら手が血で汚れようと、どれだけの人間に恨まれようと、兄のためなら怖くなかった。


 それが――ククルが戦う理由であり、ここにいる理由だった。




● ● ● ●

 


「――ごめん…ごめんなさい兄さん……私が勝手なことをしてしまったばっかりに…」


 血を吐きながら横たわる―――『夜叉鴉』の胸の上で、その妹が、慟哭するように涙を流している。


 俺の眼前に広がるのはそんな光景だ。


 泣きはらす妹を相手に―――俺は剣を収めた。


 まぁ元々、人殺しは趣味じゃない―――というのもあるが、正直これ以上は俺の身体も限界であった事の方が大きい。

 魔力を収めるとわかるが…全身が悲鳴を上げている。


 このまま徹底抗戦を主張して『鴉』2人を相手にするのは、正直キツイ。


 俺の目的はこいつらを殺すことではなく、エトナを助けることだ。

 向こうが戦わないというのなら、それに乗っかる方がいいだろう。


「……相変わらず…不器用だな…ククルは…」


 倒れた夜叉鴉から掠れた声が聞こえた。


「兄さん…」


「――俺は…お前が元気で笑ってくれていれば…それでいいんだよ」


 血に染まった手で…夜叉鴉は妹の頬を撫でる。


「―――兄さん…」


 妹は、兄の胸に顔を埋める。

 そこにあるのは、ただの兄妹の姿だろう。


「……」


 俺はそんな兄妹に背を向ける。

 こんなところで時間を食う必要はない。

 

 まだまだやらなければならないことがある。


 そう思ったのだが、


「――烈空とやら…」


 掠れた――男の声が俺を呼び留めた。


「――いいのか、俺達を見逃して」


「……追ってくるなら――容赦はしないが」

 

 そう答えると、不思議と呆れたようなため息が聞こえたような気がした。


「そうか…お前も大概―――甘いな」


「……」


 甘い自覚は――ある。

 けど――剣を合わせたからこそわかる事もある。

 『鴉』―――そう呼ばれるこの2人が、好きで剣を振っているわけじゃないということ。

 彼らにも何か戦わなければならない理由があったのだろう。


「…一つ、先達として忠告して置こう」


 すると、『夜叉鴉』は選別だというように言葉を残した。


「これは…力を求めた罰だ。身に余る力を望み、それを手にした代わりに与えられた罰―――。一種の自然の摂理…人の営みの一部だ。抜け出すことなどできない」


 身に染みるような、見てきたような、そんな――言葉。


「それよりも……残された時間は有意義に使うんだな。大切な人とのかけがえのない時間を、な…」


「……覚えておこう」


 そして、俺は歩みを進めた。 



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