第202話:塔の訪問者
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「―――ぬおおおおおお!!」
「頑張るんじゃ兄ちゃん、ここが踏ん張りどころじゃぞ!」
薄暗い牢で、青年の気合の声が響いていた。
「―――がああああああ‼」
「ほら、もう少しじゃ! 何となくほんのちょっとだけ牢の隙間が広がっているように思えない事もないぞ!」
牢の鉄格子を両手でがっしりと掴み――力任せに隙間を開けようと奮闘しているのは、金髪の青年、トトス。
傍らの老人、ピュートンの若干イラつく応援に答えようと、全身全霊で牢と格闘している。
「――はぁ…はぁ…流石にもう――無理だ…」
暫く格闘したところで、トトスは仰向けに倒れ込む。
どちらかと言えば技巧派の剣士であるトトスだ。
身体能力強化を全力にしても――太い鉄格子を生身でどうにかするようなパワーはない。
「ぬぬぬ…そうか…」
老人、ピュートンは無念とばかりに唸る。
「…不味いのう。このままでは―――《棺》が空いてしまうぞ…何とかせんと…」
「何とかすると言っても…たった2人では何ともなりませんよ。神徒共はともかく、『鴉』は例え剣があっても勝てる気がしません」
「ぐぬぬ…」
黒髪の少女――《読み手》エトナが連れていかれてから、トトスとピュートンは何とか牢を脱出できないか思考錯誤している。
とはいえ、脱獄なんてことはここに入れられた初期からいくらでも試したことだ。
トトスとしては属性魔法をおざなりにしていたことを後悔する日々だったが…とにかく、全くもって脱出できる目途はない。
仰向けのトトスを尻目に、ピュートンは苦悶の表情を浮かべている。
「しかし…誰かが動かねば。《読むな》と言った手前―――もしもあの《読み手》の少女に何かがあった時、ワシはどう責任を取ればいいんじゃ」
石碑の文を読み―――棺が空いてしまったら、災厄の力が復活し、王国が終わる。
もしも少女がピュートンの言うことを鵜呑みにして、読むことを拒否したとき―――あの狂った神徒共が何をするかは想像するまでもない。
「それは…そうですね」
あの少女が、拷問などをされている姿は想像したくはない。
「――そうじゃ。まだ若いのに…ワシとしたことがついつい変な責任を負わせてしまった…」
「…不思議と落ち着いた子でしたからね」
最初から最後まで、変わった少女だった。
攫われて、囚われているはずなのに、どうも落ち着いているというか。
トトスですら、ここで目覚めた最初は数時間茫然自失としたものだ。
それを考えると、彼女の落着きようは確かに異常だった。
考古学の話は分からないが――ピュートンが話に夢中になってしまうのも仕方はなかったのかもしれない。
「全く…わざわざユピテルから来たというのに――こんな面倒なことに巻き込まれて…とんだ不幸な事じゃよ――」
そして、ピュートンがそうため息をついた時だった。
「――!」
トトスは牢の外――鉄格子の先に、強大な気配を感じた。
この場の全てを飲み込むかのような、圧倒的な存在感。
―――なんだ!?
慌てて体を起こした瞬間――。
「――その話…少し聞かせて貰っていいか?」
そんな声が飛んできた。
まだ成人かそこらの少年の声だ。
だが―――声の圧は、今までトトスが出会ってきたどんな戦士よりも強い――そんな声。
「――――君は…!」
牢の前にいたのはその声の主―――焦げ茶髪の少年だった。
だが、彼が腰に下げている剣に、トトスは見覚えがあった。
―――些細な部分は違うが―――あれは師匠のセレーネと同じ…。
王国きっての名工―――ナバスの最高傑作。
《白銀剣セレーネ》と並び、国宝と呼ばれた一振り―――《黄金剣イクリプス》。
かつて、女王陛下より、『天剣』に贈られたはずの剣。
それを持っていて―――さらに、この―――師匠『聖錬剣覇』を前にしたとき以上の《圧》。
そして――噂通りの見た目、年齢。
これに「ユピテルからの少女」というキーワードが合わさった時、トトスに心当たりは1人しかいなかった。
「―――『烈空』アルトリウス―――!?」
「…まぁそう呼ばれることもある」
驚きの声を上げるトトスに、少年―――アルトリウスは答えた。
――ああ、なるほど。
ようやく、ここでトトスの疑問が解けた。
少女がずっと安心していた理由。
そして最後に彼女が言い残した言葉。
「――大丈夫、アル君が来てくれる、か」
トトスは小さく呟いた。
● ● ● ●
「―――待たせたな」
塔の頂上にザンジバルが到着して間もなく、人影が現れた。
「階段の前の騎士共がうるさくてね。少し抜けるのに手間取った」
そう言うのは――仮面をつけた黒フード――『鴉』。
「ああ、すまない。奴らには絶対に誰も入れるなと言っていた」
『鴉』の言葉に、ザンジバルは答える。
他の神聖騎士団は―――別段「神徒」ではないのに優遇されている『鴉』を快く思っていないのだ。
無論、ザンジバルとて「駒」以上には思っていないが――『鴉』なくしてここまで計画は進まなかった。
ある程度の優遇は仕方がないだろう。
「それでそちらが―――」
「ああ、《読み手》だ」
ザンジバルの視線は―――『鴉』の後ろ、腕に枷を付けられた黒髪の少女へ向く。
「ほう…思ったよりも若いな…。あの老人ですら読めないと言われた神聖文字―――こんな小娘に読めるのか?」
「…さぁ。攫う人間を間違えたつもりはないが―――これがコイツが持っていた本だ」
「―――! それは…神聖書の原本…」
ザンジバルが探して止まなかった―――神聖書。
神代の神々について書かれたという最古の古文書。
もしもこれがもっと早く手元にあれば―――あと数年は神罰の日が早まったと言ってもいい。
「…なるほどな…こんな小娘が…」
「……」
ザンジバルは警戒する少女を見て感慨深そうに言う。
これを持っていたということは、神聖文字を読めるということも頷ける。
「…む?」
しかし―――ここで『鴉』がなにかに気づいたような声を上げた。
「どうした?」
「いや…なにかが来たような…」
不審に思い尋ねたザンジバルに、『鴉』はそう答えた。
「侵入者ということか?」
「おそらく」
「…ほう」
鴉の視線は真下だ。
何やら下の階で動きがあったらしい。
敵――今日このタイミングでこの塔まで侵入してくるなど――よもや女王派に計画がバレていたわけではあるまいが。
しかし、『鴉』のこういった感覚は信ずるに値する。
「――貴様に任せる。最後の仕事だ」
「…構わないが―――分かっているんだろうな?」
「ああ、約束を違えたりはしない」
「ならばいい―――」
そう言い残して――『鴉』は音もなく消えていった。
侵入者の実力が分からない以上――最悪の事態を考慮し『鴉』を向かわせるのが最善だ。
そして、塔の頂上に残されたのは――ザンジバルと、黒髪の少女ただ2人になった。
「さて…小娘、ついてこい」
よもやこの小娘が剣や魔法の使い手ということもないだろうが…どちらにせよ手に枷をされた状態で大したことができるとは思えない。
ザンジバルとて叩き上げの軍人。
モーリスほどとは言わなくてもそれなりに戦闘の心得もある。
少女1人に手こずるような事はあるまい。
「……」
黒髪の少女は警戒しながらも従順にザンジバルに追従する。
どこか恐れも不安も感じさせない表情であるのが違和感だが…。
「――さて、この石碑だ」
ザンジバルは《漆黒の棺》と――その傍らに建てられた《石碑》の前で立ち止まる。
身の丈を越えるほどのサイズのこれまた漆黒の《石碑》には、何行かの文字が刻まれている。
ザンジバル達ではどうしても解読できなかった文字だ。
研究者によると、この文字を読み上げることによって――《棺》は開かれるらしい。
「小娘、貴様は―――この文字が読めるのだろう?」
「……」
問いに、少女は答えない。
「…貴様をここまで連れてきたのは――この《石碑》の文を読ませるためだ」
焦らず淡々とザンジバルは語る。
「ただ――読むだけでいい。そうすれば…貴様に危害は加えない。寧ろ相応の報酬と共に元の場所へ帰そうじゃないか」
「……」
ザンジバルの言葉に――少女は石碑をちらりと視界に入れる。
そして――少し驚いたような表情をした。
「…どうした?」
ザンジバルが尋ねると―――
「―――多分、読んでも棺は開かないよ」
この場で初めて口を聞いた少女が放ったのは、そんな言葉だった。
「なに?」
ザンジバルは予想外の言葉に――思わず眉を顰める。
「――どういうことだ、開かないとは…」
「だって…ここに…そう書いてあるもの」
「なんだと!?」
ザンジバルは鬼の形相で少女に迫る。
「――いったい…何が書いてあった!?」
開かないはずはない。
もしもここで棺が開かないのであれば、これまでやってきた事の意味が、まるでなくなってしまう。
―――意味がないなどあり得ない。
そのためにザンジバルは何十年もの月日をかけてきたのだ。
「……」
「―――意味がないなど…そんなことがあってはいけないのだ!」
腰の剣をすらりと抜き放ち、少女の喉元に突き付ける。
「キャッ!」
「いいから読め…さもなくば…」
ザンジバルは剣の切っ先を光らせる。
殺意は本物だ。
殺さないまでも―――腕の1本や2本ならば斬ってしまってもいい。
喉と舌さえ無事ならば――言葉を放てるならばそれでいいのだ。
どうにかしてこの小娘に石碑を読ませなければならない。
「…」
だが――少女エトナは少しもひるんだ様子はない。
彼女は知っている。
自分が死なないことを。
別に――《読み手》として利用価値があるからとか、そういうわけじゃない。
ただ、彼女にあるのは、自分を絶対に死なせない――彼の存在がある事。
彼がエトナの死を前に、何もしないなんてことはない。
彼への絶対的な信頼感は、この場、この状況でも全く揺らぎはしない。
ゆえに、少女は、口を開かない。
殺意と信仰に屈するなどあり得ない。
だが―――。
「―――『ここに封ぜしは神の力、それを手にせし物、世界の覇者と相成らん』」
不意に―――少し離れた場所から声が聞こえた。
エトナの声ではない。
しかしその内容は―――石碑に書かれていた事そのままだった。
口を閉ざしたエトナを嘲笑うかのように、石碑の文字はその声に語られる。
「『大いなる意思と《鍵》を手にしたとき、求めに応じて扉は開く』」
それは、少年の声だった。
「『力を手にせし者よ――世界に絶望と終焉を―――』。これが、石碑に書かれていた文さ」
遠目――今までザンジバルと少女しかいなかった場所に――1人の少年がいたのだ。
「――ハハッ、確かに――これをいくら読んだところで意味はないよ。それは僕がその場で適当に考えた文章だ」
橙色の髪に、紅いローブ。
見た目は10歳程度だが、異質さを感じる少年。
「…でも安心してくれザンジバル。嘘は書いていないんだ。今の王都の《信仰心》と《鍵》があれば――現実に棺は開く」
そう言いながら、少年はゆっくりと――ザンジバルと少女に向かって歩いてくる。
「そして、君たちの努力は無駄じゃない。過程はどうあれ―――結果として《鍵》はこの場にあるのだから」
迫る―――異様な雰囲気の少年。
その姿に――どことなくエトナは既視感を感じていた。
そう、それは、遠い記憶。
まだ学生になったばかりの頃…エドモンに攫われたときにいた―――悪霊――そういわれたあの少年。
忘れもしない―――水色の髪の少年だ。
やけに寒気のするような目をする――あの少年と―――この目の前の橙色の髪の少年は、全くもって同じ雰囲気を出していたのだ。
「―――貴方は…」
あの時同様、おぞましい寒気を感じながらエトナは疑問を口にする。
すると、少年はニヤリを笑い――そして、こう答えた。
「…僕はリード。この世の理を越えた超常の化身―――そして、世界の調停者」
橙色の髪の少年―――リード。
世界の調停者を名乗る彼は、高らかに宣言した。
「―――さぁ、今こそ扉を開ける時だ」
10/25改稿
ラストで登場した橙色の髪の少年を「エンヴ」と表記していましたが、「リード」の間違いですので訂正しています




