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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十七章 青少年期・王城決戦編
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第201話:教父の意思



 ――選択を間違えた。


 冷たい大地を必死に駆け抜けながら、俺は思った。


 エトナがいなくて、皆が囚われて――きっと俺はかつてないほど焦っていた。

 ウルから聞いた話のせいで、頭がパンク気味だったということもある。


 だが、今この冷たい雪景色の中で冷静になると、多分自分でも気づかないくらいに―――俺は感情的に行動していたと思う。


 王国に来てから、俺はいくつも選択を間違えた。


 どうして、白騎士モーリスの言葉をこれほど簡単に信じた?

 どうして、ヒナを『深淵の谷』まで連れてきた?


 白騎士モーリスが、『神聖教』だと分かった時点で、俺はそう後悔した。


 迷った末の決断が――全て裏目に出ているのだ。


 ここまで来ると、女王と協力関係を結んだのも、間違いだったのかもしれない。

 一度ユピテルに戻ってラーゼンに指示を仰いだ方が良かったのかもしれない。


 それどころか―――そもそも王国に来たこと自体が間違いであるような、そんな気もする。

 何者かの掌の上で踊らされているような…嫌な感覚がずっとしているのだ。


 今現在も―――ヒナを王都に帰し―――俺1人単身で《龍眼の湖》に向かっている事が、正しいのかどうか、正直わからない。

 俺は自身の判断に、甚だ自信が持てずにいる。


 もしかしたらヒナを連れてきて、2人でエトナを救出した方が良かったかもしれない。

 灰色の少女が現れたのも、王都に白騎士モーリスがいたというのも、彼が俺にアドバイスをしたのも、ただの偶然なのかもしれない。


 王都では俺が心配するような事は起こっていないのかもしれない。


 でも―――何かが…。


 かつて戦場で感じたような嫌な予感が、どうしても俺を襲う。

 

 俺の行く先に何があるのか、そして、王都に残してきた皆がどうなっているのか――。


「―――!」


 そこまで考えたとき―――俺の視界に―――巨大な漆黒の《塔》が飛び込んできた。


 そして林を抜け、開けた視界―――眼前に広がるのは――。


「…湖」


 それは―――湖だった。

 いや、湖どころか――まるで海と言われても信用するほど広大な、水面。


 これが―――《龍眼の湖》だろう。


 ウル曰く、世界で最も広い湖だ。

 琵琶湖などきっと話にならない大きさがある。


「…」


 そしてその中心にそびえたつ塔までは――一本道が続いている。

 人工の一本道だ。


「――行くか」


 どこともなくそう呟き、俺は歩を進めた。




● ● ● ●



『――あぁ、私の子供達よ…誉れ高き神徒らよ…どうかこの憎き王国に―――世界に―――神の鉄槌を…』


 それが父の最期の言葉だった。




 神父ティエレンが育てた4人の子供―――。

 ザンジバル達4人は、血の繋がった兄弟ではない。


 あるいは、戦争で全てを失くした戦災孤児だったり。


 あるいは、田舎で流行った疫病により、家族を失くしてしまった者だったり。


 あるいは、両親が賭博に明け暮れた末、捨てられ、身よりを失くした者だったり。


 あるいは、貴族の跡目争いに巻き込まれ、幼きうちから家を追放された者だったり。


 とにかく、行き場を失くした彼らは、不思議に出会い――汚らしいスラムで身を寄せ合って暮らしていた。

 お互いがお互いの過去を聞くことはない。

 ただ、誰もが同じ境遇――悲惨な出来事のせいでこうなってしまったということだけは、同じだった。


 幼い彼らに、真っ当な仕事はない。

 時には泥を啜り、時には雑草を腹の足しにした。

 だが、そんな物で生きていけるわけもない。


 生きていくために――彼らは盗みを働くしかなかった。

 もちろん成功することもあれば、失敗することもある。


 失敗したときは、捕まり、何度も鞭打ちにされた。

 だが、死ぬことはなかった。

 誰かが捕まるたびに、他の3人が助けに来てくれたのだ。


 リーダーとして皆を引っ張るザンジバル。

 頭が良くて計算高いネルソン。

 誰より仲間想いのプトレマイオス。

 バカだが腕っぷしの強いモーリス。


 4人には不思議な絆があった。


 そんな4人がその日の盗みの対象に選んだのは、郊外にある一軒家だった。


 ネルソンのリサーチにより、その家には男が1人で住んでいるだけらしい。


 深夜、特に綿密な計画も練らず――彼らは家屋に浸入した。


 しかし――。


『やはり―――来たのですか』


 盗みを半ば働いたところで―――男が起きてきたのだ。


 ――不味い!

 

 すぐさま指示を飛ばそうとしたザンジバルだったが――。


『――ああ、《神》の言った通り…なんと憐れな…』


 痩躯の男は、4人を叱らなかった。


 それどころか―――自身の息子として、引き取った。


 綺麗な服に、新鮮な食べ物。

 初めての事の連続に――最初は4人ともここが現実かどうか区別はつかなかっただろう。


 その男―――ティエレンとも、暫くは気まずく過ごしたことを覚えている。


『…どうして、僕たちを助けてくれたんですか?』


『神が――そうしろと。救いを求める者に――神は平等に機会を与えますから』


 尋ねると、ティエレンはそう言った。


 ティエレンは不思議な人物だった。


 曰く――彼には『神』の声が聞こえるらしい。

 

 この世の中のあらゆる事象は神の恩寵であり、神の試練である、と。


『貴方たちがこれまで不幸な目に遭ってきたのは―――神意を上手く汲み取れなかったから。でも――もう大丈夫です。神を称え、崇め、求めれば―――自然と貴方たちも恩寵を受けるようになるでしょう』


 ザンジバル達が助かったのは―――『神』のおかげ。

 言い聞かせるように、彼らは育てられた。


 成長するにつれて、王国の悪行を、ティエレンは語った。


 信仰が、恩寵が―――多くの同胞が、多くの罪なき神徒が、王国の非情な政策によって滅ぼされた、と。

 それゆえ、世界中の人類が、神の存在に目覚められないのだと。

 そう言っているときの父の悔しそうな表情は――今でもよく覚えている。


『貴方たちも――時が来るまで、王国に信仰を悟られてはいけません』


『時とは…?』


『―――災いと混乱、王族の血―――そして《聖地》の力の解放。この全てが揃うとき――この王国中が…いえ、全世界は―――神の存在に目覚めるでしょう』


 晩年、ティエレンはそれが《神の声》だと言った。

 

 当初は聞き流していたザンジバルだったが―――父の死後、もっとよく聞いておけばよかったと何度後悔したかはわからない。


 正直、父が死ぬまで…王国をどうこうしようなんて気はなかった。

 王国は酷いことをした。

 それは分かってはいたが―――たった4人で王国に対して何かをしようなど、無理難題である。

 それに、これまでのザンジバル達は充分幸せで、幼少期の地獄を考えれば、それ以上の事を望むなんて、バカらしいと思った。


 でも…


『あぁ…父上はさぞかし無念だったのであろうな…』


 呟くように言ったモーリスの一言で…ザンジバルの心は揺れ動いた。


 命を助けられた。

 たくさんの幸福を感じた。

 父は、それを《神》の恩寵だといった。


 でも、思う。


 ザンジバルは神にも―――《父》にも、何一つ返してはいない。


 安らかとはいいがたい顔で眠る父。

 王国の悪行を語った――悔しそうな顔で語る父。


 その顔を見ていると―――どうしても歯がゆくなる。


『―――やるぞ、我々の手で』


『…ザンジバル?』


『この王国に…世界に――俺達が……父上の無念を晴らすのだ』


 4人集まったその日、ザンジバルは決意した。




 ――ようやく…ようやくだ。


 長い螺旋の階段を歩きながら、ザンジバルは思った。


 今日という日を迎えるまで、幾年の月日を重ねたことだろう。


 ――ああ、父よ。ようやく貴方の悲願が叶う―――。


 かつて―――王国によって、一度、神の意思は挫かれた。


 神徒は殺され、御心は汚され、それにもかかわらずこの王国は今も続いている。


 死する間際―――いや、死した後のあの死に顔。

 あの無念な―――悔しそうな顔を、ザンジバルは片時も忘れたことはない。


 父の無念は――何があっても晴らさなければならない。

 神意を無碍にして、なおのうのうと続いている王国――いや、この世界を、野放しにしていいはずがない。 


 ここまでくるのには、随分と苦労した。


 『神罰』の条件は、父の残した『神の言葉』だといういくつかのキーワードだけに過ぎない。


 『聖地』。

 『災いと混乱』。

 『王族の血』。


 たった四人でこれら―――ただの言葉のみを頼りに進めてきた彼らの執念もまた、並々ならぬ物であったことは間違いない。


 長い時間、王国中の様々な資料を巡り、考古学者を訪ね、『聖地』には確実に『力』が眠っていることは分かった。


 あとはその聖地がどこにあるか、そして、どのように王国を災いと混乱に陥れ、王族の血を手に入れるか。


 相手は国家。

 普通に挑んで勝てるものではない。

 王位継承戦の隙をついた。


 商会を立ち上げ、時間をかけて勢力を拡大していった。

 軍部に潜り込み、軍属派を立ち上げた。

 長い時間をかけて聖地を見つけ、開拓した。

 国王にバレないよう、正面からではなく――裏から神徒を増やしていった。


 そして、今代―――ようやく全ての準備が整った。

 

 烈空は王都の外。神徒の数は充分。

 王国に混乱をもたらし、王族の身柄もいつでも確保できる。

 唯一警戒すべき『聖錬剣覇』も――こちらに「八傑」が2人もいる以上、どうとでもなるだろう。


 何より、既に1人の剣士が対処できる次元の話ではないのだ。


 この聖地でも、準備は整った。

 ついに『神聖文字』を読めるという《読み手》を手中に収めた以上、いつでも《棺》は開けられる。


 気づくと、ザンジバルは頂上に上がっていた。


 夜空の星々が神の祝福を受けたかのように煌めくのが良く見える。


 殺風景に見える頂上には、その中心にでかでかと建てられた石碑と―――黒い『棺』が置かれている。


「―――これで終わり…いや、始まりだ…」


 司教ザンジバルはほくそ笑んだ。



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