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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十六章 青少年期・王国動乱編
188/250

第188話:四人目の男

DMで「さっさと話を進めろボケ」と送られてくる夢を見ました。頑張ります。



「――なるほど……プトレマイオス司教に―――失踪から帰ってきた夫の話をした女性ですか……」


 その日の夜―――『大聖堂』で起こったあありのままのことを、シンシアはリュデに報告した。


「はい。大聖堂内の詳しい調査もしようと思えばできたのですが―――異様な雰囲気と、数百人単位の群衆相手にするには戦力不足に感じ、今日のところはそのまま帰ってきました」


「それは問題ありません……」


 シンシアの報告を聞いて、リュデは手を顎に当て、考えるようなそぶりを見せる。


 このリュデという可愛らしい少女が、凄まじく優秀な文官であるということを、シンシアは知っている。


 まだ首都にいたあの日、酒を飲み交わし、徐々にリュデやヒナと交流していくことになったシンシアだが、ここまでの数か月で、正直彼女達には何度も圧倒された。


 具体的には、彼女達の実力―――例えばヒナならば魔法、リュデならば秘書官としてのサポート能力に脱帽した。

 そして、さらに驚いたのは、彼女たちがその全てをアルトリウスの為に身に付けたというところだ。


 アルトリウスの力になりたいというのは、シンシアも同じ気持ちではあるが、しかし彼女達の想いや能力、そこに至るまでの努力を考えると―――嫉妬というよりは尊敬という感情が芽生える。


 彼女達は人柄も素晴らしかった。

 彼女達からすれば後から割り入ってきたシンシアに対しても真摯に向き合い、「アルトリウスを救ってくれてありがとう」、「これからも頑張って一緒に支えていきましょう」なんて言われたときには涙が零れそうになった。


 あのアルトリウスが彼女達を頼りにしているのも当然だろう。

 この分だと、現在行方不明になっているというエトナという人もとんでもない人かもしれない。



「―――でも、そうですね。その司教が何者かはわかりませんが――一つずっと謎に思っていたことがこれで解消されました。とりあえず無駄足にはならなくてよかったです」


 シンシアがしげしげとそんなことを考えていると、リュデが顔を上げた。


「謎、ですか?」


 リュデの言葉に、シンシアは疑問を浮かべる。

 正直、『大聖堂』での出来事は余計にシンシアの中で謎を深めるばかりだったのだが…。


「はい。この王都で人が消える現象が――どうして殺人でも消失でもなく―――失踪…『人攫い』と呼ばれているのか、ずっと謎だったんです」


「―――!」


「その話をした夫人の話が本当なら――たとえ消えても……戻ってくることがあったからでしょう。死体も見つからず、消えても―――神聖教を入信すれば帰ってくる失踪。ゆえに―――『人攫い』と、そう呼ばれているのかと」


 確かに―――何故人が消えた現象を今まで誰もが『人攫い』と断定していたのか。

 そこにはシンシアは今まで着眼していなかった。


 しかし――リュデの言い方を聞くと―――。


「では……リュデはやはり、神聖教が勢力拡大の為に『人攫い』を自演していると―――そう考えているわけですか?」


 あの夫人は、神のおかげで夫が帰ってきたと思っているようだったが――そもそも夫を攫ったのが神聖教の一派だった場合――全てが自作自演、作られたシナリオになる。


「ええ、間違いなく――そうでしょう」


 シンシアの問いに、リュデは断言した。


「なにせ……神なんて物は―――存在しませんから」


「……まぁ、にわかには信じがたいですね」


 ユピテル人にとって――何か成したこと、失敗したこと。

 それら全ては自分のおかげであり、自分のせいである。


 剣が上手くなったのは、努力した自分のおかげ。

 戦争でピンチに陥ったのは、実力の足りなかった自分のせい。


 勿論、誰かのおかげだったり、誰かのせいだったこともある。

 でもそれは―――例えばシンシアが、彼のおかげで戦場を生き残ったように、目に見えない何かではなく、等身大の目に見える他者だ。


 神なんて言う――不透明な存在ではない。


「『人攫い』によって都市を混乱させ――そして、神聖教に入れば、神の力によって攫われた人も帰ってくると吹聴する。ついでに邪魔な勢力の人間も攫って、より勢力を増していく―――よくこんなことができたものです」


 リュデの口調はどこか怒りが混じっているように思えた。


「しかも――何ですか? 全ては神の御心のまま? 神徒以外は全て悪徒? ――正気とは思えません…」


 彼ら神徒曰く、この世の全ての事象は神の御心に沿って行われている。

 夫が攫われたのは、神を信じていなかったから。

 夫が戻ってきたのは、神を信じ、許されたから。

 神の存在に目覚めていない人間は、全て愚かな悪の徒。

 

 そんなような事を―――例の夫人とプトレマイオス司教は言っていた。


 これに対して、リュデが厳めしい反応をするのも、シンシアにはわかる。


 不透明な存在に懐疑的なユピテル人でも、何かが『運』次第という場面もよくあるし、価値観は人それぞれだ。

 中には、何かを信仰している人もいるだろう。

 

 だが少なくとも―――どんな物を信じようと、それを押し付けたり、それ以外の物を悪と断ずるようなことはあり得ない。


 そう考えるユピテル人からすれば―――『大聖堂』で司教の言っていたことは、あまりにも理解の範疇を越えることだ。


「でも――実際にあの場で、数百名もの人が、熱狂的に司教を支持していました。おそらくあの場以外にも―――その神徒は大勢いる気がします」


 大聖堂でのあの雰囲気は――――歴戦の兵士であるシンシアやアニーも戦慄するような団結感があった。

 狂気的なほど『神』を信仰するような彼らの迫力に呑まれていたと言ってもいい。


 リュデは少し考えて、答えた。


「きっとそれだけ……『人攫い』が脅威であったということでしょう」


「……人攫いが」


「そもそも――『人攫い』がなければ、神聖教がここまで勢力を拡大することはなかったはずです。『人攫い』が、国王も対処できない―――一つの国を揺るがすほどの『脅威』であるからこそ、人々は宗教に救いを求めたのでしょうから」


「なるほど」


 シンシアは頷いた。

 

 以前――確かあれは王都への旅路の途中、シンシアはアルトリウスに聞いた事がある。


『どうして―――神なんて目に見えない物を信仰するんでしょうか?』


『……現実に存在する人間には、どうしようもないことがあるからだよ』


『どうしようもないこと、ですか?』


『ああ、災害―――洪水とか、地震とか、あとは疫病とか…いくら王が優秀でも防ぎようがないようなことはあるだろう? だからそういう目に見えない物に救いを求めるんじゃないかな』


 これを聞いた時は、やはりまだ意味は分からなかったが―――きっとその『人攫い』という現象が、優秀な王でも止められない、災害のような物になっているのだろう。

 

「もしも―――『人攫い』が団体ではなく、ただ1人の刺客だというのならば――とんでもない存在だと思います」


 結局のところ、これだ。

 『人攫い』。

 この実態がつかめない限り――証拠を押さえるも何もない。


「あとは―――神聖教とビブリット商会との繋がりの証拠がどこかで欲しいところですが―――それこそ大聖堂に潜入して、その司教を押さえるなり、本格的にガサ入れをするしかないですね」


「必要ならすぐに隊員を集めますが」


「……いえ、それは流石に陛下を通しましょう。調査ではなく、取り締まりなら―――女王親衛隊の皆さんの仕事です」


「……そうですね」


 よく考えると、自分たちは、指名手配されている非公式な団体だ。

 非公式な団体が非公式な団体を取り締まるなんて間抜けな話もあるまい。

 

 例えシンシア達がガサ入れをするにしても、今日の話は一度陛下に伝えなければならない。

 協力関係になったことで、若干行動にタイムロスが出るのは面倒な部分だ。


「それにしても――」


 一通り話が報告を終えたところで、リュデが呟いた。


「?」


「……その近々神の怒り―――王国に『神罰』が下るという司教の話は……気になりますね」


「……神などいないのでは?」


「―――神はいなくても、神を騙って行動を起こすことはできます。なにせ――相手は正体不明の『人攫い』と、何百―――いえ、下手すると何千単位の人々。神による罰かはともかく、『何か』はできる人数です」


 その夜、最後にリュデはそう呟いた。


「まぁ、ともかく―――明日陛下と連絡を取りましょう。シンシア様も今日はお疲れさまでした」


「…あ、はい」


 そしてそのままリュデは部屋を後にしたが―――。


 ―――近々、『何か』が起こる。


 リュデの残したその言葉―――何となくそれは、シンシアに嫌な予感を残した。




● ● ● ●




 

 薄暗い部屋―――。

 

 揺れるランタンの淡い光のみが辛うじて視界を確保するその部屋に、3人の人影があった。


「―――それで? 《聖会》はどうだったプトレマイオス」


 尋ねるような声を発するのは、大柄の男。

 如何にも武人感のある厳めしい声の持ち主だ。


「―――上々ですねぇ。神徒の数も相当増えていますし―――信仰心も充分。司祭の人選も済ませたので、きっかけさえあれば―――いつでも爆発するでしょう」


 答えるのは―――白と灰のローブを着た男―――プトレマイオスだ。


「ほう」


 プトレマイオスの言葉に、大柄の男は満足そうに相槌を打つ。


「―――ただ―――少しきな臭いネズミに嗅ぎつけられたようですねぇ」


「ネズミ?」


「―――例の―――『烈空隊』でしょう」


「――ネルソン…」


 大柄の男とプトレマイオスとの会話に割り込んだのは、商人面の痩躯の男―――ネルソンと呼ばれた男だ。


「うちの商会も――ここのところ奴らに嗅ぎまわれています。『王城から逃げ出した』何てことは元より疑っていましたが……どうやら『烈空』は裏で小娘と手を結んだようですね」


 ネルソンの言葉に、大柄の男は舌打ちを打つ。


「ちっやはり……指名手配など形だけか。あの小娘め……いつの間に『烈空』を垂らし込んだ…」


「大方色目でも使ったのでしょうが―――しかしそんな事より、問題は、『烈空隊』をどうするかですよ。奴ら、個々の戦闘力と逃げ足が速すぎて――分かっていても対処できません」


 カルティア戦役で名を上げた『烈空アルトリウス隊』。

 多くが若手の魔法使いなのにも関わらず、誰もが歴戦の風格を漂わせる実力者。

 ユピテルの内戦を終わらせた伝説の部隊とまで言われているが――名声は伊達ではなかったたしい。


「『(からす)』は―――そうか、今は『聖地』に送ってしまったのだったな」


「一応『闘鬼』ならばすぐに動かせますが」


「あれは駄目だ。目立ちすぎる。来るべき時まで動かすべきではない」


 彼らの中では『烈空』にも対抗できる駒となると限られる。

 有力候補の『鴉』は残念ながら聖地へ送ってしまった。

 『闘鬼』は――「先」の為にまだ隠しておきたい駒である。


「では……どうしましょうねぇ? 地下の亡命者共を人質にでもしますか?」


「――最終手段だな。できれば『烈空』を正面から相手どるのは避けたい」


 如何せん、『烈空』と―――彼と共にいる『閃空』に『炎姫』。

 どれもが単体で場面をひっくり返せる力を持つ実力者だ。


 低く見積もっていたわけではないが、烈空隊の諜報能力のことも考えると、王都の()が整うよりも先に、女王に商会と神聖教の繋がりを抑えられる可能性もある。


 証拠を押さえたところで今更この状況を覆せるとも思えないが―――ここまで来たら完璧に「その時」を迎えたい。


 だがしかし―――当初は『聖錬剣覇』とその弟子のみを想定していた彼らにとって、『烈空』も想定すると現在使える駒が少ない。


 やはり王都の整理よりも先に『聖地』の儀式を終えてしまうか―――。 


 そんな事を長々と話しあう3人だったが―――。


「―――ガッハッハッハ! 司教が3人も集まって、何を辛気臭い話をしておるのだ!!」


「「――――‼」」


 ―――薄暗い暗闇を割るように、快活な笑い声が部屋に響いた。


 慌てて3人は出入り口を振り向く。


 一瞬焦る彼らだったが、その扉の前の男の姿を見て、表情は安堵に変わった。


 出入口にいたのは、目が離せないほどの主張をする、真っ白の巨躯―――。


 純白の全身鎧に、背中に携えた巨大な盾。


 一見、薄暗い雰囲気のこの空間には似つかわしくないこの男だが―――この場にいる彼らからしたら、何よりもなじみ深い存在だ。


 なにせこの騎士と3人は共に育った―――同士。

 彼こそ、『神父の(ティエレン)子供達(チルドレン)』、最後の1人―――。


「―――モーリス、か」


「ガッハッハ! そうとも、吾輩こそ『白騎士』モーリス! 久しいな、我が兄弟たちよ!」

 

 名を呼ばれた男―――モーリスは高笑いを上げながら残されていた椅子に腰かける。


「―――全く、以前『聖地』の場所がわかったと、急に顔を見せたとき以来――どこへ消えたのかと思っていましたが……生きていたようで何よりです」


 そんなモーリスの姿にホッと一息つくのは、司教――プトレマイオスだ。

 

「ガッハッハ。プトレマイオスよ。吾輩がそう簡単に死ぬわけがないのである」


「まぁ貴方は昔からそういう人でしたが……」


「……2人とも、思い出話は後にしろ」


 プトレマイオスとモーリスの会話を止めたのは先ほどから話の中心となっている大柄の男だ。


「―――ザンジバルも、壮健そうで何よりであるな」


「ふん、そんな話はどうでもいいと言っている」


 大柄の男―――ザンジバルは、モーリスの言葉を一蹴する。

 

 それでも表情が柔らかいのは、やはり兄弟全員が揃った事に、少なからず喜びを覚えているからだろう。


「――モーリスよ。今回は――どんな情報を持ってきた?」


「ガッハッハ! 流石はザンジバル。吾輩が手ぶらでないと最初から見抜いていたか」


「フ、長い付き合いだ。貴様が現れるときはいつも決定的なときと……相場が決まっている」


 ザンジバルは鋭い目つきで思い出すようにそう言った。

 いつだって――彼、モーリスがこの場に現れたとき―――兄弟全員が一堂に会するときは、何か大きな決断をするときなのだ。 


「ガッハッハッハ! ならば言わせてもらおう」


 そして、モーリスは、一転――真面目な口調になる。


「……『烈空』アルトリウスは、現在王都にいない。()()を決行するならば―――今だ」


「―――!」


 その言葉に、全員の表情が引き締まる。


「……確かか?」


「無論である。隊員は残していったようだが―――本人は今頃《深淵の谷》だろう」


「そうか…」


 『烈空』アルトリウスという女王側の特記戦力がいないという状況、確かに―――王都で事を起こすには絶好の機会であるような気もする。


 だが…


「……しかし、まだ肝心の『聖地』の儀式が―――」


「――そうです、それに―――王都と『聖地』の儀式。どちらも同時にこなすのは……」


 そう、まだ『神罰の日』は少し先であると見積もっていた彼らは、未だ『聖地』の儀式を行っていない。

 王都か、『聖地』か―――。

 結局つい先ほどまで話し合っていたことである。


 だが……ザンジバルは決断した。


「―――いや、できる」


 言い淀むネルソンとプトレマイオスに対して―――ザンジバルが、決心したかのように静かに告げた。


「直ちに―――私は聖地に向かう。モーリスがいる以上―――王都は問題がない。そうだろう『八傑』、モーリスよ?」


「ガッハッハ! 当然である。そのための吾輩であるのだから」


「よし―――では、王都の事はネルソンに任せる。くれぐれも小娘にはよろしく言っておいてくれ」


「―――引き受けた」


「神徒達は―――変わらずプトレマイオスに任せる」


「……分かっています」


「……よし」


 そして、ザンジバルを中心に、4人は顔を見合わせた。

 いつになく真剣な表情を、淡い光が白騎士の鎧で反射して白く映している。


「―――全ては神の御心のままに―――」


 

 そして―――四人はそれぞれ散っていった。


 全ては―――女王を――いや、この国に対する父の無念を晴らすため―――。


 かつて1人の男の執念が残した―――世界を揺るがす復讐劇の開幕である。




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