第186話:訪れた商人
一旦王都に残ったリュデ視点です
アル様とヒナ様が『闇狗』を訪ねて《深淵の谷》へと向かってから、一週間ほど経ちました。
《深淵の谷》に『闇狗』がいるという『白騎士』という謎の人物からの情報。
明確に信用できるかと言われればよくわかりませんが―――アル様はひとまず行ってみることにしたようです。
常に冷静沈着なアル様にしては、少々間のない判断でした。
様子も少しおかしかったですし―――どこか焦っているようにも見えます。
やっぱり―――エトナ様の行方が知れないというのは、アル様の中でも大きなことなのでしょう。
それに、気がかりなのはエトナ様だけではありません。
王城の地下にいるというアル様の家族や、私の家族、そして穏健派の皆様―――本当に無事なのか、どれもが確実にわかっているわけではありません。
少しでも何か情報が集まるのなら、行動しようというのは当然でしょう。
本当は私もアル様について行きたかったですが、険しい旅路は私には向いていませんし、魔法も使えて、いざというときに治療もできるヒナ様に任せた方がいいでしょう。
シンシア様も行きたそうにしていましたが、隊の指揮というのは、アル様もシンシア様もいなくなってしまってはいざというときに困りますし、仕方がありません。
アル様のことはヒナ様に頼ります。
女王リーゼロッテ様も居場所は知らなかったという『闇狗』という魔法使い……。
大事にならなければいいのですが。
『闇狗』がいい人であることを祈ります。
アル様が王都を離れるのは、女王陛下としても心細い事でしょうしね。
さて、王都に残されてしまった私たちですが、アル様が私に任せたのは、今後の私たち一行の方針決定――ですね。
今まで最終的に決断をしていたのは、アル様で、私はあくまでアドバイスをするだけでしたが、どうやら随分な大役を任されてしまいました。
ここで気を付けなければならないのは、私の考えで判断する――というよりは、アル様ならどのように行動するかを考えたうえで判断する、といった事でしょうか。
シンシア様ともよく相談して色々と進めていかなければなりません。
この一週間で、情報はより多く集まっています。
流石はアル様の隊の方々は皆優秀です。
私たち一行は一応王都では指名手配がされているのですが、誰一人として捕まっていません。
「――はっはっは、多少目を付けられたところで捕まるような間抜け、アルトリウス隊にはいませんよ。カルティアで敵陣の山中を抜けたときの方が緊張感がありますね!」
なんてフランツさんは豪語していました。
アル様の部隊は、全員が他の隊なら百人隊長を任されてもおかしくない実力者揃いと言うことで、頼りがいがあります。
すでに皆さんのおかげで、王都ティアグラードの実態も大分つかめてきました。
確かに女王リーゼロッテ陛下の言っていた通り――『ビブリット商会』、そして『神聖教』が、その勢力を大きく広げているのが、王都の現状です。
そして、その裏で多発しているという『人攫い』についてはここ暫く被害は見られていません。
なので、基本的な方針は、ビブリット商会と神聖教の調査に人員を割いています。
あとは―――水面下で、王城の地下にいるという穏健派の方々の救出計画も進行中です。
一応、何か動きがあれば動けるように、王城近くに数人の人員を配置しています。
潜入にしろ救出にしろまだ決行の目途は立っていませんが、最低でも中の方々と連絡が取れるようにはしたいですね。
協力関係を結んだ以上、女王陛下を無碍にするつもりはないですが、いざとなった時―――穏健派の方々を連れて私たちだけでも脱出する―――という選択肢はあった方がいいと思います。
もしもそうなったとき、信義を重んじるアル様はあまりよく思わないかもしれませんが…。
そのような形で行動していた私たちですが、この日、見知らぬ訪問者がありました。
『ジモン』と名乗る商人の方です。
「―――奥方、怪しげな商人が訪ねてきました」
女王陛下から貰った空き家―――現在私たちが拠点にしている屋敷の警備をしていた隊員の方がそう報告をしてきました。
奥方なんて呼ばれるのは正直こそばゆいし、正式にアル様とそう言った関係であるわけではないのでやめて欲しいのですが……シンシア様はそう呼ばれるとまんざらでもなさそうにニヤつくので、何となく言い出しにくいですね。
まぁそれはともかく、
「怪しげな商人…ですか?」
「はい、『ジモン』と名乗る商人です。『自分は炎姫ヒナの知り合いだ、バリアシオン殿に面会がしたい』と」
「―――ヒナ様の……」
確かに―――ヒナ様はほんの数日ですが、王国に滞在しています。
その期間に知り合いがいたとしても、おかしくはないですが……怪しいです。
そもそもこの場所をどうやって知ったのか……。
「……一応、会いましょうか。シンシア様も呼んできてください」
この場にヒナ様がいない以上、事実は分かりませんが、どちらにせよ話を聞く必要はあると感じたので直接会うことにしました。
「――ほう、これまた可愛らしいお嬢さんが出てきたね」
隊員の方々に囲まれて若干青ざめながら応接間で私たちを待っていたのは、水色の髪に眼鏡をかけた、いかにも商人と言った感じの男性でした。
「えっと―――僕はバリアシオン殿か『炎姫』ヒナを訪ねてきたつもりだったのだけど……」
男性は私とシンシア様が出てきた事に、若干困惑しているようでした。
まぁ、確かにそうかもしれません。
一応―――身分はしっかりと明かしておきましょうか。
「私は、アルトリウス・ウイン・バリアシオン大使首席秘書官のリュデと申します。こちらは、アルトリウス隊副隊長『閃空』シンシア様。本日は主人が不在なので、私たちで対応させていただきます」
そう言って形式的にお辞儀をします。
隣のシンシア様も、紹介するとペコリと頭を下げました。
基本的に、こういった場で言葉を話すのは私で、シンシア様には名前と実力者特有の「威圧感」を出して貰っています。
おあつらえ向きにシンシア様も『蜻蛉』を破った神速流の名手『閃空』として名を馳せていますし、丁度いいでしょう。
「―――そうか、不在か……間が悪かったね」
若干警戒しながら名乗ると、男性はそう苦笑しました。
「申し遅れたが、僕は『ジモン』。見ての通り商人をしている。バリアシオン殿とは面識はないが――イリティアとは古い友人でね、少し前に『炎姫』ヒナとは会ったことがあるんだ。利発そうな子だった」
商人――ジモンは、ペコリとお辞儀をしました。
「――イリティア様の……」
イリティア・インティライミという人は、アル様の家庭教師をしていた人です。
彼女の知り合いとなると、少し警戒心は薄くなってしまいますね。
「……それで、本日はどのようなご用件で?」
もちろん思い出話なんてしている暇はありません。
どちらにせよ、この商人が何の目的でここに来たのか――それが気になります。
すると、商人ジモンは特に迷うこともなく答えました。
「簡単さ。君たち使節一行に―――耳寄りな情報を提供できるんじゃないかと思い、馳せ参じたわけさ」
「…耳寄りな情報、ですか」
「ああ、『ビブリット商会』と『神聖教』について―――調べているんだろう?」
「―――!」
「あまり王国の商人の情報網を舐めない方がいい。確かに君たちの諜報員を捕らえることは実力的に不可能だろうが―――何を調査しているかは少なくない数の商人が気づいているよ」
どうして知っているのか、と顔に出てしまったのでしょうか、ジモンという人は分かっていたとばかりに捕捉します。
「まぁ安心してくれ、気づいてはいても―――言った通り、君らの諜報員を追って捕らえるなんてこと、女王親衛隊くらいの実力がない限り不可能だ。それに―――これは僕たち多くの商人からしたら嬉しい事でもあるんだ」
「……嬉しい事?」
「ああ、なにせ、ビブリット商会は、僕たち外様の商人からしたら共通の敵だからね。奴らはポッと出の一代商会の癖に、何故か異様に勢力を拡大している――明らかに非合法な商会だ。それに土がつくというなら、むしろ協力するに決まっているだろう? 勿論、君たちがイリティアの旧知というのもあるが――それだけでこんなところまで来るほど商人ってのは友情に厚くない」
「……」
なるほど、どうやら彼は、ビブリット商会を目の敵にしている中小規模の商人の1人のようですね。
問題は、彼にバレているということは、ビブリット商会にもバレているであろうということでしょうか。
どちらにせよ、このジモンと言う人物は、ひとまず私たちに協力する理由はある、ということで間違いはなさそうです。
「……貴方が、ビブリット商会を快く思っていないことは分かりましたが……それで、耳寄りな情報というのは?」
「ああ、もちろん教えるよ」
尋ねると、商人は即答しました。
商人がタダで情報を教えるというのは何とも疑わしいですが―――それこそ聞くだけならタダですからね。
教えてくれるのならば聞いておきましょう。
ジモンは深く息を吸い込んで話し出しました。
「結論から言おう。と言っても―――確定ではないけれど―――おそらく『ビブリット商会』、『神聖教』、『人攫い』。この三つは密接に関係している」
「―――!」
思わず目を見開きました。
その3つのキーワードは丁度私たちが追っていたワードそのままです。
女王陛下が警戒していたことそのまま。
流石に私だけじゃなくて、隣のシンシア様も驚いているのが分かりました。
「勿論、証拠はない。けれど、根拠はある」
そして商人は続けます。
「まず―――『人攫い』。これについて僕は―――どこに攫われたか、いつ消えたかではなく―――誰が攫われたか、というところに着目した」
彼は指を立てながら話しています。
「ここ数年で、人攫いの数は急増し、今では数えるのも億劫だったが……色々な人間が、無作為に攫われたと思われていた。農民、大工、建築家、学者、兵士、貴族、画家、家具屋、そして、それこそ商人。どんな人種のどんな職も無作為に、だ」
語り出したら、ジモンと言う人は先ほどまであった怯えとかもなくなっています。
これが商人という人種でしょうか。
「だが――もう少し調べてみると、ある物―――いや、団体に所属している人間だけは―――絶対に1人も攫われていないことが分かった」
―――ある団体に所属していると攫われない。
そして、ここまで出てきている団体と――人攫い。
そこまで考えると―――。
「まさか……」
「そう、『ビブリット商会』と『神聖教』。この2つに所属している人間は、誰一人として攫われていない。そして、逆に―――これに害となるような人物―――例えば、ビブリット商会と敵対する商会の跡取り息子とか、そう言った人間は―――よく消えているんだ。タイミングや頻度が巧妙で、気づきにくい事だけどね」
「―――!」
「そして、人攫いが増えるにしたがって――ビブリット商会も神聖教も勢力を伸ばしてきた。これはもう――『人攫い』も奴らが手を引いて行っているのではないか、と僕は考えたんだ」
「……」
その時私が感じたのは、「驚き」というよりも「納得」でした。
言われてみれば―――当初怪しいと思われていたものが、そのまま全部繋がっていたと、ただそれだけのことをいわれただけです。
予想していた通りの答えが、そのまま答えだったというか。
なのに―――何でしょう。
だからこそ、非常に嫌な予感がします。
「そして―――もう1つ、力になるかはわからないが―――『神聖教』の『大聖堂』と呼ばれる場所が―――王都の隅にある。神聖教の信徒が集まって何かしらを行っているらしい。ビブリット商会と違って、こちらなら潜入も容易かも知れないね」
そう言って、ジモンはメモを机の上に置きました。
その『大聖堂』の場所が書いてあるようです。
「―――さて、これで僕から提示できる情報は終わりだが」
ため息を吐きながら、彼は立ち上がりました。
「―――残念ながら僕は自説が正しいことの証明はできない。まぁ僕を信用できないなら―――僕を調べるなり、実際にその場所に行って、自分達で真相を究明してくれ。これ以上は、一商人の立ち入れるような物じゃないからさ」
そして―――最後にそう言って、彼は屋敷を後にして行きました。
「……どう思いますか?」
「――少なくとも嘘は言っていないと思います」
残された応接間でシンシア様に尋ねると、そう返ってきました。
「ただ――彼の話が事実だったところで、結局証拠はないようですし、納得はしましたが、進展はしませんでしたね」
「確かに……」
―――『ビブリット商会』と『神聖教』が繋がっていて、『人攫い』を裏で操り、自身の勢力を拡大させた。
ジモンの話を加味すると、確かに納得のいくシナリオです。
でも…。
「そうですね。彼を洗うのは当然として―――どちらにせよ、その『大聖堂』は行ってみる必要がありそうです」
「では…?」
「はい。一度女王陛下と連絡を取って―――『大聖堂』―――いえ、『神聖教』の方から崩していきましょう」
もしもアル様が『闇狗』から何も得るものがなく帰ってきた場合―――私たちがより多くの事を進めておく必要があります。
―――大丈夫です。ちゃんと私たちが頑張ります。
だから、どうか――どうか貴方は無理をしないで下さい―――。




