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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十六章 青少年期・王国動乱編
185/250

第185話:彼女の居場所

 Twitterではお知らせしましたが、昨日は帰りが想定より遅くなり、更新ができませんでした

 楽しみにしてくださった方がいたら、申し訳ございません



「―――そして……私は『不老不死』になった」


 黒髪の少女―――ウルは、無表情でそう―――語りを終えた。


「……最初の数年はそんな体になっているなんてわからなかった。父も母もいなくなって、生きていくのに必死だった」


 確かに、当時は彼女も14歳の少女。

 両親がいない中、生きていくのは大変だっただろう。


「でも、流石に5年も経てば―――自分の身体が全く成長していないことには気づいた」


 彼女の身体は、俺の前世で言えば中学生くらい。

 でも、口調や話し方など、確実に14歳のそれではない。


「10年経って、周りからは薄気味悪がられ、人目に出れなくなった」


 知り合いは皆老いていくのに、1人だけ子供のまま。

 若作りにもほどがあるだろう。

 周りに気味悪がられるのも仕方はない。 


「20年経って、母親に会いに行った。でも、『化け物』と、そう罵られた」


 そう言った彼女の黒い瞳は、少し揺れているように思えた。

 実の親に、化け物と呼ばれる―――そんな体験をしたとき彼女がいったいどんな気持ちだったのか、俺には想像することはできない。


「30年経って、自殺をしようと思った。でも無理だった。ルシウスが私にかけたのは、不老だけでなく『不死』の魔法。永劫の時を、生き続けるしかないと絶望をした」


「……」


「その時ようやく、ルシウスの言葉を思い出し―――私は旅に出た。『魔道を進む』こと。そして、現れると言った『あの少年』。私はその言葉に一縷の望みを託した。元の身体に戻るという望みを」


「―――やはり元の身体に戻りたいのか?」


 『不老不死』という体は―――一見すれば、誰もがうらやむ力だ

 死という恐怖―――誰にも等しくあるその恐怖からは、普通逃れることはできない。


「当たり前でしょ」


 少女はぴしゃりと言い放つ。


「1人だけ生き残っても……待っているのは、ただの孤独。人には忌み嫌われ、恐れられ―――そして、そんな嫌った相手ですら、いつの間にか自分より先に死んでいく」


 200年だったか。

 前世だったら江戸時代から、明治維新、文明開化、世界大戦を経て現代に至る―――想像もできないような途方もない時間だ。


「死なないからいいだろうと何度も捨て駒にされ、ときには、実験対象として変な魔法組織に追われた。災厄の元凶だと言われて生きながら火に焼かれたこともある」


 変わらない淡々とした声色は、やけにリアリティがあった。

 一つも嘘は言っていないのだろう。


「どれだけ痛くても、どれだけ苦しくても、死ぬことは許されない。食を断っても襲うのは空腹だけ。喉を切り裂いても、とてつもない痛みと共に傷口が瞬時に再生していく。崖から飛び降りても、全身の骨が砕けても――――何をしても死ねない。死ぬほどの痛みも、死ねない苦しみも、誰にも気持ちは分かってもらえない」


 気が遠くなるほど膨大な時間を、世界にただ1人、誰にも共感されずに生き続ける。

 それが何を意味するのか、いったいどんな事なのか。

 どれほど絶望しても、どれほど哀しくても、永遠に生きることを宿命づけられた、そんな少女。

 

「―――そんなの、もう人じゃないでしょ」


 少女は自虐するように言い放った。


「だから、私は元の身体に戻るため―――いえ、自らの命を終わらせるために、世界中を旅して魔法を研究した。ルシウスが元々研究していたテーマは『降霊魔法』。何かの手掛かりにならないかとも思ったけど――そもそも彼は資料を全て燃やしていたから……自分で何とかするしかなかった」


 『闇狗』ウル。

 ユリシーズをして、魔法を極めた人と言わしめる彼女のルーツは、そんなところにあったらしい。


「あらゆる魔法士、研究者、禁術、秘伝、至伝、失伝。世界中を探して回って、百年以上も研究に没頭したけど――精々『魔封じ』と曖昧な『占い』ができるようになっただけ。しかも『占い』は自分の事は全くわからない欠陥魔法。ようやくたどり着いた魔法の極致、『精霊召喚』も意味はなかった。悠久の時を生きる『精霊』でさえ、不老不死の魔法を解除する方法なんて物は知らなかった」


 『魔封じ』とは……どこかで聞いた事がある。

 そうだ、カルティアへの道中で随分苦労させられた『魔封じの枷』だ。

 もしかしたらウルが開発者なのかもしれない。


「そして、この20年ばかり―――もう出来ることはなくなった。ひょっとしたらあったのかも知れないけれど、もう気力が起きなかった。きっと、ルシウスの言っていた『あの少年』が現れるまでは、全てが無意味なんだと、そう思った」


 そして、闇狗の顔は俺に向く。

 真っすぐと、その深淵を垣間見せるような黒い瞳で俺を見つめている。


「―――『烈空』アルトリウス、貴方なんじゃないの? 貴方はどこか異質な感じがする。ルシウスが言っていた―――少年。全てを変えてくれるという人。貴方が……そうなんじゃ―――」


 少女はようやく表情―――慟哭するかのような感情を吐露した。

 まるで、俺であって欲しい。

 もう終わりにして欲しい。

 そういう願いを込めるような感情だ。

 

「……俺は――」


 ―――どうなのだろう。


 鼓動が速くなる中、俺は必死に思考をめぐらせた。

 

 彼女の話と、俺が夢で会ったルシウスの話。

 確かにそれを合わせれば―――ルシウスが呼びに行った――この世界に召喚した少年というのは、俺である可能性は高い。


 だが、だとしてもわからない。


 なにせ俺はこの少女―――ウルを元の身体に戻す方法を知らないのだ。

 そもそも最後にルシウスを夢に見たのは、アウローラの決戦よりも前の話。

 ウルの話なんて欠片も出てこなかった。


 俺に何か彼女の力になるようなことができるとは思えない。


「――悪いが、確かにルシウスの事を知ってはいるが―――別にそれだけだ。不老不死の魔法に関することも、君の事も―――全て初耳だ。俺にわかることは……ないよ」


「……そう」


 そう言うと、ウルは、目を閉じて少し俯いた。

 表情の薄い彼女からも、少しだけ悲壮感のようなものを感じた。


「―――だったら……長々とごめんなさい。不毛な時間だったわ」


「……いや」


 個人的には―――この少女には同情する部分も多い。

 言ってしまえば、何の目的かもわからないまま、半ば無理矢理に、望まぬ体へと変えられてしまったのだ。しかも自分の実の父親に。


 不老不死というその苦しみ―――実際になっていない俺にはわからないが、想像はできる。


 周りが皆老いていくのに、自分だけは姿も変わらない。

 望んでもいないのに妬まれ、忌み嫌われ、挙句の果てには敵視される。


 少なくとも、死の痛みは一度経験している俺だ。

 アレを何度も体験する時点で、正直精神に異常をきたしてもおかしくはない。

 

 いくら痛くても、いくら苦しくても死ねなくて。どれほど死にたくても死ねなくて、永遠に生き続けなければならないなんて事―――生きている事に疲れてしまって当然だ。

 

 もしも――またルシウスと言葉を交わす機会があれば―――問いたださなければならない。


 

「……さて、そういえば―――貴方たちがここに来た目的は? つまらない話を聞かせてしまったお詫びじゃないけど、多少なら力になるわ」


 そこでウルが話題を変えた。

 もう、自分の―――ルシウスの話はいいということだろうか。


 俺も何とか気持ちを戻す。

 そう、ここにはそもそも―――エトナの居場所を聞きに来たんだ。

 昔話をしに来たわけじゃない。


「―――実は、人を探しているんだ」


「人を?」


「ああ、『闇狗』は人探しができると聞いて―――それで」


「そう……」


 ウルは納得いったというようにうなずいた。


「悪いけど―――確実性はないわ。さっきも言ったけど、私の『占い』は曖昧なものだから……知りたいことの朧げなイメージしかわからない」


「――朧げでも―――探せるのか?」


「ええ、多分。貴方がどれだけその人を求めているかによるけど―――大まかな位置は分かると思う」


「―――!」


 まさか、本当に人探しなんて事ができるとは思っていなかった。

 どう考えても失伝か――そうでないにしろ、超常の魔法だろう。

 

「頼んでも―――いいか?」


「ええ」


 特に嫌な顔をせず、そう返事をして、ウルは、すぐそばにあった机に向き直る。

 入ったときから気にはなっていたが、机の上には、どこか禍々しい水晶玉が置かれているのだ。


「―――急ぎのようだし、すぐに始めましょうか。正面に立って」


「―――え、あ、ああ」


 ウルに言われるがまま、俺は彼女と水晶玉を隔てた正面に立つ。

 目の前には、水晶に手を当てる、黒いローブに黒髪の少女―――まさに魔女って感じだ。


「―――じゃあ……その貴方の求める物をイメージしながら、この後の質問に答えなさい」


「……わかった」


 おそらく―――発動に必要な条件か何かなのだろう。

 俺は頭の中でエトナ姿を思い浮かべる。


「―――ふぅ――」


 そして―――ウルが大きく息を吸うと―――なんとなく周囲が不思議な感覚に包まれた。


「……!」


 俺と、ウルと、水晶玉。

 この三つが魔力で密接につながった感じだ。

 どこかウルの姿も、先ほどまでと違い、神々しい物にみえるような気がする。


「―――『烈空』アルトリウスよ……そなたは何が知りたい?」


 そして、彼女から放たれたのは―――やけに威厳のある声。

 

 質問に答えろということは、ここで俺の知りたいことを言えばいいという事だろう。

 

 俺は目を閉じた。


「……エトナ・ウイン・ドミトリウスの居場所を」


 イメージするのは、彼女の姿。

 少し先走り過ぎなところもあるけど、いつも笑顔で慕ってくれた、一番最初に俺を好きだと言ってくれた少女―――。


 俺が彼女の名を告げた途端、俺の魔力が吸い込まれるかのようにウルの水晶玉が薄く輝き―――そして……。


「……これは―――」


 ウルがどこか困惑の声を上げた。

 何か問題でもあったのだろうか。


「……どうした?」 


 尋ねると、ウルは首を振る。


「……いえ、何でもない。その人のいる場所は――なんとなくわかった」


「―――‼ それは…どこだ?」


「この場所は多分―――」


 そして、『闇狗』はエトナの居場所を告げた。




● ● ● ●




 深淵の谷の底―――地下とは思えないほど広く繰り抜かれた空間に、小屋が立っていた。

 

 そして、その小屋の前には2人の魔女が対面している。


 桃色の長い髪を無造作に流したラフな格好の妖艶な美女と、赤毛のミディアムショートに紅いローブを纏った利発そうな少女だ。


「―――ヒナちゃん、そんなに警戒しなくても大丈夫ですよ。師匠は不愛想ですが、自分から戦いを仕掛ける人ではありませんから」


 若干鋭い目で不機嫌そうにしていた赤毛の少女に向けて口を開くのは妖艶な美女―――ユリシーズ。


「―――そうですか」


 対する赤毛の少女―――ヒナはそう答えながらも、鋭い目つきを変えはしない。

 彼女からしたら、ここは明らかにアウェイな場所。

 たとえ師匠ユリシーズの言葉を信頼するとしても、気を抜くという選択肢はない。


 少しでもユリシーズや小屋の中で何か怪しい動きがあれば、すぐにでも動けるように集中している。


「―――それにしても、あの坊や、よく生きてましたね」


 そんなヒナに対して、ユリシーズはどこか気楽そうに話しかける。

 本当に、戦いなど起こらないと信じているのか、それとも、もしも戦闘になったとしても余裕だと思っているのか……如何せん、ヒナからは判断はつかない。


「……まぁ、はい」


 警戒するヒナには構わず、ユリシーズは言葉を続ける。


「正直、あそこまで魔力核が破損しては――もう戻ってこれないと思っていましたが、案外元気そうじゃないですか。ヒナちゃんが何かしたんですか?」


「―――私は……暴走する魔力を無理やり抑え込んだだけですよ。魔力核が修復されたのは―――アルトリウスの自己回復力です」


「―――へぇ……やっぱり彼、常軌を逸していますね。お爺も相当評価していたみたいですが……流石はシルヴァディの弟子といったところでしょうか」


「………」


 アルトリウスの身体の回復については、ヒナからしても目を疑うような事だった。

 戦争が終わった当初は、もしも目覚めたとしても、もう魔法は使えないような状態になってもおかしくないと思っていたのだ。


 魔力核の自己修復―――確かに回復力の高い人間ならば多少はあるかもしれないが、アルトリウスのそれは限度を超えている。

 まさに奇跡と言っていい復活だった。


 でも、だからこそ、もう無理はして欲しくないと、そう思う。

 あんな奇跡はきっと二度と起こらない。


「―――魔力神経が自然に繋がったというのも、その回復に何か関係してそうですねぇ」


「『闇狗』は何か言っていなかったんですか?」


 ここに来る道中、ユリシーズが『闇狗』の元を尋ねた理由としてアルトリウスの身体のことも挙げていた。

 確かに、初めて出会って以来、8歳で無詠唱を使うアルトリウスにヒナは何度も敗北感を味わった。

 今考えると、彼のそれは異常だった気がする。


 ヒナの疑問にユリシーズは答えた。


「―――師匠も、初めて聞く現象だと言っていましたね。ただ―――可能性としては、彼の中に何か別の物がいるんじゃないかと、そう言っていました」


「―――別の物……」


「まぁ実際のところは―――ぶっちゃけよくわかりませんね。一度体の隅々まで調べさせて欲しいくらいですよ」


「ダ、ダメです!」


 舌なめずりをするようなユリシーズの言葉に、思わずヒナは反射的に答えた。


「ふふ、わかってますよ。ヒナちゃんがいつか彼の隅々まで調べて、教えてください」


「―――隅々まで……?」


「ええ、もう、あんなところからこんなところまで……」


「ちょ、何言ってるんですか!」


 いつもの師匠のお気楽なノリに流され気味になってしまったが、しかし実際、アルトリウスが眠っている最中、彼の魔力核を調べてみたことはある。


 正直それでも、ヒナには原因はわからなかった。


 彼の意識はないのに、なぜか魔力核が回復している。

 いや、回復するために意識を落としているというか―――。 

 

 ともかく、それ以来アルトリウスの身体はなるべく気にかけている。

 半ば無理矢理この深淵の谷までついてきたのも、彼の身体が心配だったからだ。


「―――まぁあまり若いうちから魔力核を酷使し続けると、寿命が縮むというのはよく言われている事ですから、気は抜かない方がいいですね」


 ユリシーズは本心からそう言ったアドバイスをしてくれたように思う。


 そんなアルトリウスの話の後に、ユリシーズは話題を変えた。


「――しかし、ヒナちゃんたち、どうして師匠の居場所が分かったんですか? 私もこの場所を突き止めるのに結構苦労したんですが……」


 どうして深淵の谷に『闇狗』がいるということが分かったのかという話だ。


「――王都で、白い甲冑の男に聞いたんです。人探しなら、深淵の谷の『闇狗』ウルを訪ねるといいって」


 実際にその男に会ったのはアルトリウスだが…まぁこの点でアルトリウスが嘘を言っているわけでもないだろう。


「―――白い甲冑―――ひょっとしてモーリスですかね」


 ユリシーズは驚いたようにそう答えた。


「やはりそうなんでしょうか」


「ええ、まぁモーリスなら―――確かにこの場所を知っていてもおかしくはないかもしれませんが」


 『白騎士』モーリス。

 甲剣流を極めたという《八傑》の一角だ

 ユリシーズも、もしかしたら顔見知りか何かだったのかもしれない。


「しかし、『白騎士』ですか……あの人がどうして貴方たちに助言を―――」 


 そうユリシーズが疑問を口にしたとき―――視界の端で小屋に動きがあるのが見えた。


 小屋の扉が開いたのだ。


 どうやら中の話が終わったらしい。


「―――アルトリウス」


 小屋からは少し深刻そうな表情をしたアルトリウスと、『闇狗』の姿が出てきた。

 表情はともかく、大事には至っていないようだ。

 ひとまずは安心である。


「アルトリウス、大丈夫だった?」


「……ああ」


 急いで駆け寄ると、アルトリウスは低い声で答える。

 外傷は見られないが……いったい『闇狗』と何を話したのだろうか。

 後ろの『闇狗』からは特に感情は読み取れないが……。


「―――エトナの居場所がわかった」


「―――!」


 アルトリウスが淡々と告げた言葉に、ヒナは目を見開いた。

 居場所が分かったということは――少なくとも無事であるということで、一応は喜ばしい事のはずだが……不思議とアルトリウスの雰囲気は嬉しそうには見えない。


「……それでその、場所は?」


 そして、そう尋ねると、


「―――場所は、『龍眼の湖』。ここから北に行ったところにある……世界一巨大な湖」


 答えたのは、アルトリウスではなく、『闇狗』ウルだ。 


「昔……『白騎士』モーリスが探していた『聖地』よ」


 黒髪の少女は、そう――淡々と告げた。



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