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異世界転生変奏曲~転生したので剣と魔法を極めます~  作者: Moscow mule
第十六章 青少年期・王国動乱編
182/250

第182話:闇狗を訪ねて


「―—坊やに、ヒナちゃんですか。お久しぶりですね……」


 桃色の髪の魔法士―――『摩天楼』ユリシーズは、鋭い佇まいでこちらを凝視している。

 既にこの空間は体感でわかるほど魔力が充満している。

 やはり、この魔女の放つオーラは圧倒的だ。


「……」


 無論俺も、剣の柄は離していない。

 前進に魔力は行きわたり、いつでも最速で動ける、そんな状態だ。


 ―――果たしてユリシーズは敵か、味方か?


 冷や汗を垂らしながらそんなことを思う。


 もちろん、この時点ではどちらにも判断ができるほどの材料はない。


 記憶にあるのは、以前会ったときは戦場で―――命のやり取りをしていたという所か。


「――師匠……」


 ユリシーズから視線を外さないように横目でヒナをみると、彼女も臨戦態勢といった感じだ。

 姿勢を低く構えている。

 左腕の黒い布地がなんとなく雰囲気を台無しにしているが、俺たちはいたって真面目だ。


 ユリシーズとヒナは師弟関係。

 ―――果たしてこの状況、ヒナがユリシーズ側に着くとも思えないが……いったいどうなるか…。


「……」


 しばしの時間、3人ともが硬直していた。


 この場で剣士は俺一人。

 しかも神速流を得意とする俺は、先手を取るのを常としているが―――正直このユリシーズ相手に無策に飛び込みたくはない。

 

 彼女の《秘伝》―――流体の白魔鋼による全方位の物理耐性は、まさに剣士殺しの魔法。

 

 一応俺にも属性魔法という選択肢はあるし、焦る必要はないか――――。


 そんなことに思考を巡らし、何時間にも感じられる数十秒が経っている。

 俺の額にも冷や汗が流れたころだ。


 そして―――、


「――――はぁ、もう、やめです。やめやめ!」


 不意に―――ユリシーズが呆れたように構えを解いた。


「―――!?」


 一瞬、何かの罠かとも思ったが、魔女は苦笑しながら両手を上げた。

 お手上げのポーズだ


「降参ですよ、降参。今日はお爺もいないのに―――坊やにヒナちゃん、2人の相手なんてできるわけないじゃないですか!」


「―――へ?」


「それに――アウローラの内戦はもう終わりました。別に戦う理由なんてないでしょう」


「……」


 どうやらユリシーズに戦闘の意思はないようだ。


 確かに――—ユピテルでの内戦はもう終わった。

 戦わなければいけない理由はない。

 

 信用していいか……?


「大方―――坊や達の目的は、師匠でしょう? どうしてこんな辺ぴな場所から来たのかは知らないですが……あの人の場所まで案内してもいいですよ?」


 悩む俺を前に、ユリシーズはむしろ親し気に話しかけてくる。

 

 ユリシーズの師匠――というのはすなわちそれが『闇狗』だろう。

 《深淵の谷》にいるという騎士の情報は間違っていなかったらしい。


「……」


「―――アルトリウス、大丈夫よ」


 なんて答えようか迷っていると、後ろから助け船の声が聞こえた。

 ヒナだ。


「師匠は、こういう人だから。ここで変な嘘を吐いたりしないわ」


「……そうか」


 ヒナが言うのなら―――大丈夫なのだろう。


 俺は戦場のユリシーズしか知らないが、ヒナは何年もユリシーズの元にいたのだ。

 何より俺はヒナの判断を信用している。

 

 案内して貰えるというのなら、素直に受け取ったほうがいいだろう。


「―――じゃあえっと……ユリシーズ…さん? よろしくお願いします」


 若干の警戒心は残しつつも、一応そう軽い会釈をしておいた。

 以前本気で殺し合っていたことを考えると奇妙なものである。

 まぁ別に好きで戦っていたわけでもないし、穏便に済むならそれに越したことはない。

 

 すると、ユリシーズは少し目を丸めて、まじまじと俺を見る。

 

 別段、変な事をしたつもりはないが……。


「へぇ……改めて見ると―――案外可愛い顔してますね。ヒナちゃんはこういうのがタイプなんですか」


「―――え?」


 予想外の言葉が飛んできた。

 

 すかさず隣から抗議の声が入る。


「―――ちょ、ちょっと師匠、何言ってるんですか!」


「あ、照れてるヒナちゃんだ。相変わらず可愛いですね~」


「―――このアホ師匠……いい加減にしないと、これ、燃やしますよ!?」


「―――これ? って―――それ私のパンツじゃないですか! 何でヒナちゃんが持っているんですか! 返してください!」


「だったらさっさと『闇狗』のところまで案内してください!」


「うえーん、ヒナちゃんがいじめるぅ」


 そんなどうも締まらないやり取りは、やはり彼女たちは師弟なんだなという事が実感できた。


 ユリシーズも最初に出会ったときは恐ろしかったが、案外お茶目な面があるものだ。

 まぁ、シルヴァディも普通に中身はどこかお茶らけたおっさんだったし―――《八傑》だからといって、人間であることには変わりないのだろう。


 しょげるユリシーズを先頭に、俺たちは歩き出した。



● ● ● ●




 道はそう複雑でなく、水路をまっすぐ進むだけだった。


 道中、意外と会話は多かった。

 もっとも、会話の中心は俺ではなく、ヒナとユリシーズだ。


「――いやぁ、助かりました。替えを1枚しか持ってきていなかったので……」


 若干恥ずかしそうにしながらユリシーズはそう言った。


 案の定、水路に流れてきた黒のパンツは、ユリシーズの物だったようだ。

 この水路の上流の水場で洗濯をしていたところ、手を滑らせて流してしまったのだとか。


 この人、中身は80歳以上とか聞いたが―――歳の割にあの下着は攻め過ぎなデザインだな。

 まぁ見た目は20代後半くらいだし、もしかしたら現役なのかもしれない。


「―――もう、普段弟子にばかり洗濯をさせているからこういうことになるんですよ」


 ヒナがそれをわかったのも、修業時代に何度もユリシーズの衣類の洗濯をしたことがあるからだとか。


 なんにせよ、締まらない出会い方をしてしまったものである。


「―――それで、どうして師匠が『闇狗』のところにいるんですか? (やかた)の方はいいんですか?」


 どうしてユリシーズがこの《深淵の谷》にいるのかという事も話に出た。


「―――あぁ、実は少し師匠に聞きたいことがあって……」


 ユリシーズは特に隠しもせずに教えてくれた。


「聞きたいこと?」


「ええ、1つは―――例の内戦で気になることがあったのでそれについて。もう1つは―――そちらの彼についてですね」


 そう言いながらユリシーズは俺を指す。


「アルトリウスについて?」


「ええ、イリティアちゃんから聞きましたが―――確か坊や、《同期》で魔力神経が繋がったのでしょう? そんな現象、心当たりがなかったので―――師匠に聞いてみようと」


「―――あぁ」


 そういえば―――そんなこともあった。

 もう10年近く前の話だ。

 

 イリティアに家庭教師についてもらったばかりの頃、魔力を知覚するための《同期》という行為で、俺は魔力神経が繋がった。

 あれ以来、俺はずっと無詠唱だが……確かにどうしてそんな現象が起こったのか、未だに分かってはいない。

 気になると言えば気になるが……まぁ今はそれよりもエトナの居場所の方が優先か。

 『闇狗』が本当に人探しなんて出来るのか、出来たとして頼みを聞いてくれるのかは不安だが。


「―――『闇狗』ってどんな人なんですか?」


 聞くタイミングがあったので、ユリシーズに尋ねてみた。


 すると、彼女は若干難しい顔をした。


「そうですね~。一概にどうかと言われれば、答えにくいですが……不愛想な人ですよ。悪い人ではないんですが……口数も少ないし、ずっと仏頂面です」


 ユリシーズは割とフランクに感じたので、それと同じイメージをしていたが―――どうやら逆に堅物のようだ。


「まぁ、長い事生きている人ですから―――色々と思う所もあるのかもしれませんが……変わった人ですよ」


 ユリシーズは『闇狗』をそう評した。

 何となく俺の中で、口髭を蓄えた偏屈な爺さんのイメージが出来上がった。


「―――そう言えば《不老》とか言っていましたけど―――本当なんですか?」


 口を挟んだのはヒナだ。


 ――《不老》。


 俺もヒナから多少は聞いていたが、もしも本当ならとんでもないことだ。


「ええ、本当ですよ。私も今回は久しぶりに会いましたが……憎たらしいほど変わっていませんでした。全くこっちが若作りにどれだけ苦労していると……」


 なんて愚痴に発展していったが、とにかく、『闇狗』が長生きしているのは間違いないようだ。


 正直半ば半信半疑だが……逆にそれが本当だとしたら確かに、人探しなんて荒唐無稽な魔法が使えてもおかしくはない気もする。


「悠久の時を生き―――いくつもの魔法を極めた全てを見通す不老不死の魔法士。なのに自分は未だに何もわからないと卑下する――—変な人。それが『闇狗』ウルという人ですね」


 そんな言葉で、闇狗の話は絞められた。


 何にせよ、ユリシーズのおかげで、『闇狗』には会わせてもらえそうだ。



● ● ● ●




 それほど歩くことなく水道は抜けた。


 出たのは、さらに開けた明るい空間だ。


「――――!」


 一瞬、その光景に息を呑む。


 前後左右、地面の中を大きく繰り抜いたかのようなその空間は、ここが地下深くであるということを忘れるような場所だった。


 草木に、花に、虫。

 目に入ってくるのはそんなもの達。

 

 一言で言うならば、地下では考えられないようなのどかな風景、といったところか。


 一面は芝生が広がり、少し離れた場所には、畑のような場所まである。

 

 ここだけで、暮らしていけるとすら思わせるような、生活感溢れる空間だ。


 水路はそのまま川のように奥まで続き、最上流には、天井から小さな滝が見える。

 ここまでの水は全てあの滝から流れた水なのだろう。


 そして―――その水路のほとり。


 ぽつんと、木の小屋があった。


 壁に接するように建てられた木造の小屋だ。


 小屋というほど小さいわけでも、華奢な造りなわけでもないが、かといって立派な一軒家というには憚られる、そんな建物だ。

 

「―――すごいわね」


「……ああ」


 思わず俺とヒナは顔を見合わせた。


 地下空間と俺が聞いて真っ先に思い浮かぶのは《山脈の悪魔》の作った北方山脈の地下だが、あれは、まさに地下の秘密基地という感じで、岩も土もむき出しな、無骨な物だった。


 だが、この空間は違う。


 どこかむしろ、地下であることを忘れさせるような―――そんなことすら思わせるような自然あふれる空間だ。

 別荘地にするなら理想と言ってもいいかもしれない。


 この空間を繰り抜くのも、この場所で草木を育てるのも―――いったいどれほど精密な魔法がいるのか、甚だ予想がつかない。


「―――ほら、さっさと行きますよ。師匠に紹介しますから」


 ユリシーズの急かすような声の元、俺たちはあっけにとられながらも、小屋へと歩いて行った。




 小屋は、やはり近くで見ると小屋というほど小さくはなかった。

 むしろそれなりに重厚な造りで、壁に接していることを考えると、もしかしたらそのままどこかに繋がっているのかもしれない。


「―――師匠~」


 無造作に扉を開けたユリシーズに続いて、若干緊張しながらそんな小屋の中に足を踏み入れた。


 中は―――外の明るい雰囲気とは打って変わって薄暗かった。


 最初の部屋は雑多な感じ。

 机や椅子、簡単なキッチンなどがあることを考えると生活スペースなのだろうか。


「――奥みたいですね」


 そうぼやきながら進むユリシーズについていく。


「―――師匠~、お客さんですよ~」


 ユリシーズが奥の部屋を開けると―――今度はそこに人の気配を感じた。

 中は暗くてよく見えないが、おそらく誰かがいる。


 そして―――。


「――――客?」


 奥から声が聞こえた。

 確かに不愛想な声色だったが…想像していたのとはまるで違う―――若い少女の声だった。

 

 『闇狗』は女性なのだろうか。


「――――はい、前に話した私の弟子と―――その恋人さんで、ほら、例の―――シルヴァディの弟子ですよ」


「――――シルヴァディの……!」


 すると、部屋の奥から、足音が聞こえた。


 徐々に近づいてくる足音、そして現れたのは―――。


「そう、貴方が『烈空』アルトリウス……」

 

 そう無機質な声を発したのは―――1人の少女だった。


 明らかに身の丈に合っていないダボダボの黒いローブを着た、黒髪の少女。


 見た目は明らかに中学生とか、それくらいだ。


「……まさか―――君が『闇狗』―――?」


 確かに性別も見た目も聞いていなかった。

 だが、年下の少女は―――想像していなかった。


 若干面食らってしまったのは仕方がないだろう。


「………」


 少女は答えない。

 俺のことをまじまじと―――何かを品定めするかのように見ている。


 最近やけに見つめられる機会が多い気がするが――いったい何をそんな見ているのだろう。


 そして視線を交わすこと数秒―――。


「―――1つ、聞いてもいい?」


 少女はそう―――ぽつりと口を開いた。


「―――え? あ、ああ」


 何とも予想外のことだが、若干おどけながらも頷いた。


 すると、真っすぐと俺を見つめて、少女は口を開く。



「貴方―――『ルシウス・ザーレボルド』という名に聞き覚えはない?」



「――――!!」


 ―――ドクン。


 自分の心臓が―――大きく跳ねる音が聞こえた。




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