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第175話:間話・残された剣


 それは、戦場でもなんでもない―――歓楽街からすぐの道だった。


 白い長髪に、浅黒い肌、金色の眼光。

 紺色の地味なシャツがとても気品のある服に見えるような――そんな男が、道を歩いていた。


 程よく酒が体に行き渡り、とても気分が良さそうだ。


 それもそのはずである。

 口ではその戦功を讃えながらも、内面ではその力を恐れ、疎んでいる議員共の顔を見ることもなければ、面倒な軍や政治の仕事をすることもないのだ。


 キュベレーとの戦争が終わり、何年か経ったこの頃。


 男―――『軍神ジェミニ』はヤヌスを飛び出し、自由の身になっていた。


 仮にも元帥の地位を持ち、戦争の勝利の立役者であるジェミニだったが、やはり、政治というのは性にあわない。


 元々、自身が最前線で暴れるのはともかく、兵を率いて戦うことすら億劫なジェミニである。

 国の政治の面倒まで見る気は毛頭ない。

 そもそもこのユピテル共和国という国にそれほど思い入れがあるわけでもない。


 ただ、あの―――『軍神』バイグルを殺した奴らがどんなものなのか気になった。ジェミニがこの国の兵として戦ったのはそれだけの理由だ。


 戦いが終わったのならば、ジェミニのいるべき理由はない。

 この身と、バイグルから貰った白い剣だけを手に、ジェミニは首都を後にした。

 きっと――元老院の統治者となったエドワードにしても、ジェミニのいない方が都合はいいだろう。


 ―――それにしても今日はやけに気分がいい。


 昼間に絡んできたチンピラをボコボコにして、鈍っていた体を動かすことが出来たからだろうか。


 首都から出た途端、ひとたび治安の行き届かない裏路地に入れば、ならず者や盗賊、物取り。

 ジェミニが1人と見るや、襲って来る者が止まないのだ。


 ――そう、やはり戦いはいい。


『戦い』は、ジェミニにとって呼吸のようなもの。

 拳を握っている時。

 剣を振っている時。

 敵が向かってくる時。

 その間だけが、ジェミニがジェミニであれる時間だ。


 食欲、性欲、睡眠欲、そして、戦闘欲。


 ジェミニの頭の中には、そんな本能しか存在しない。


 惜しむらくは、彼が本気を出すほどの相手がなかなかいないという事だが、とにかく今はそれよりも気分がいい。


 ――クク…今日はこのまま女でも見繕って酒盛りでもしようか。


 あまり酒に酔うこともないジェミニが、そんな事を思う程度に酔っ払っているのも、ひとえに、元老院―――俗世から解放されたという開放感と、久々の戦闘による高揚感に他ならない。


 そんなジェミニであったが……不意に、道の真ん中―――ジェミニの進行方向に、不自然な人影が見えた。


「――――?」


 既に夜は更け、一般の店は閉まる頃。

 大人でさえ外に出ないことが当たり前のこの時刻には、不自然な人影だ。


 それは―――少女だった。


 歳は10歳にも満たないくらいだろうか。

 灰色の髪に、血の気のない肌。

 顔立ちは整っているようにも見えるが、だがその色のない表情は、やけに冷たく無機質に感じる。印象に残りにくい少女だった。


 ―――異様。


 印象の残らなさも、少女がこんなところにこんな時間に1人でいるという事実も異様だ。


 少女を目の前に立ち止まるジェミニに対し、少女は相変わらず無機質な顔のままジェミニに向けて歩みを進める。


 そして、ジェミニから三歩ほどの距離に立ち、口を開いた。


「――貴方が…軍神ジェミニ…」


 それも、淡々とした声であった。

 まるで作ったように抑揚なくいうだけの声。

 作り物のような少女だ。


「…如何にも―――俺は軍神だが……」


 答えると、少女は特に驚きもせずに言う。


「そう…たしかに噂通りの凄まじい力。もしかしたら…貴方なのかもしれない」


 不思議と、少女の目線は、ジェミニの腰の白い剣に向けられていた気もする。


「…何が言いたい?」


「………」


 しかし―――少女は答えずに、そのままフッと消えてしまった。

 まるで最初からそこにいなかったように、気配も何もなくなっていた。


 ――なんだ? 幻覚か?


 流石のジェミニもそう思わざるを得ない現象だった。

 不思議に思いつつも――結局その日は、予定通り適当な女を抱いて寝た。


 だが、その少女は、ジェミニのいく先々で現れた。


 ある時は、燃え盛る火山で。

 ある時は、険しい山奥で。

 ある時は、戦乱の真っ只中で。


 少女はジェミニの前に現れた。

 何かが起こるたびに、その姿があった。


 時が進むに連れて、その回数は増えた。


 10年経つ頃には、いつのまにか常にジェミニの後ろを歩くようになった。


 15年経つ頃には、ジェミニにとって、少女は風景の一部と化した。


 特に話すわけでもなく、近くにいる置物。


 何度か振りほどこうともしたが、いつのまにか彼女はジェミニの元に戻っていた。

 まるで先回りをしていたかのように。


 挑んでくるわけでもなく、話しかけてくることもなく、少女はジェミニを観察していた。

 

 怪訝に思いながらも――もう、その頃にはそんなことどうでもよくなっていた。


 そんな少女などどうでもいい。


 喉が――戦いを求める喉が渇いて渇いて仕方がないのだ。

 ジェミニに盾突くような者が、世界中から消え去っていた。


 ひとえに―――彼が強すぎるあまりに。



 ある時、白剣を捨てようとした。

 自身が強すぎることに気づき、不要なものと思ったのだ。


 だが、何故かは知らないが、捨てたはずの剣は少女が持っていた。


 それ以来、少女はジェミニの剣待ちになった。


 ただ気の向くままに世界を回る最強の男と、そんな男の後ろをトコトコとついていく謎の少女。


 2人の間に会話は無く、唯一の意思疎通は、剣に関する事だけ。


 それも、この長い時間の中で、唯一、聖錬剣覇メリクリウスを相手にした一度のみだった。


 本当に――奇妙な2人組だった。



 ● ● ● ●



「ん…んん」


「あら、軍神様おはようございます」


 少し眩しい日差しとともにジェミニは目覚めた。

 なんとも長く、懐かしい夢を見た気がする。


 身を起こすと、ベッドの上で、全裸の美女が傍にいた。

 昨日適当に引っ掛けた女だ。


「……どうされました、軍神様」


「いや…」


 いつも通りの朝に思えたが、何か違和感を感じ、あたりを見回す。


 すると―――。


「……モンジュー」


 視線の先――壁に立てかけられるかのように…かつてあの少女が、常に大事そうに抱えていた剣、『不壊剣モンジュー』が置かれていた。


「ああ、あの表情のない顔の子なら、今朝方どこかにいってしまわれましたよ?」


 そう、そこには―――長らくその剣を手放さなかった少女の姿はなかった。


「……」


 そして、気づいたように女が口を開いた。


「そういえば……去り際に―――『やっぱり貴方は違うみたい』みたいな事を言っていたような…」


「…そうか、行ったか…」


 軍神は、なんとも感慨深い声を出しながら、窓の外を眺めた。


 少しだけ―――寂しそうに見えたのは、女の気のせいかもしれない。




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