第172話:協力体制
「それで…どうやら我々が疑われているということは分かりましたが、どうして女王陛下が自らこんなところへ?」
女王リーゼロッテの話はまとめるとこうだ。
まず、現在の王城は軍属派と呼ばれる勢力が強い。女王でも手を焼くほどだ。
そして、彼らは声高に、現在王国を混乱させている問題は、ユピテルのせいだと豪語している。
何故なら、ユピテル亡命団が現れたタイミングが、その混乱の時期とタイミングが良く、そしてトトスという剣士が消えたことに、ユピテルの亡命団の少女が関わっていると思われているからだ。
まあ確かに、それならば、俺達ユピテルからの使節が白い目で見られるのも、納得ではある。
なんだか、とても嫌な予感がするが…。
ともかく、女王自らここに来る理由というのが気になった。
リーゼロッテは俺の質問に口を開く。
「どうして私が自らここに来たか―――そんなの、簡単な話ですわ」
真っすぐと俺を見つめる彼女の瞳は、非常に澄んでいた。
「―――私とあなた方は、協力できると思いませんこと?」
「―――!」
「現在、あなた方は、少し難しい立場にありますわ。先ほども言った通り、軍属派はあなた方を疑っている。長くは止めれません」
女王は聞くまでもなく説明をはじめる。
「そして、また私も―――この王国内で味方―――信頼できる駒の数が非常に少ない。フィエロと親衛隊のみで、今回の件の裏を探り―――ユピテルとの戦争なんてものを止めるには、力が不足しているのですわ」
先ほどから少し不思議だったが、リーゼロッテはなぜか俺達を信用しているように思える。
ユピテルとの関係悪化も望んでいないようだし―――聊か俺達に都合がよすぎるような気もするな。
「私とあなた方が協力すれば、私は、王宮の外での協力者を得ることができ、トトスを陥れた真の首謀者を特定できる可能性が大いに上がるでしょう。それに―――あなた方としても、事件の解決は、穏健派の方々の解放につながりますわ。もちろん、良き協力者でいてくれる限り、資金の援助も約束します」
こちらのメリットは穏健派の解放と資金の援助。向こうのメリットは、王宮の外での協力者の獲得、ということか。
女王は、ユピテルを敵対視しようとする声と、現在王国を混乱に陥れている存在は同一と考えているようだ。
だから、王国の秩序を取り戻したい女王と、亡命団を解放したい俺達は協力できるはずだ、ということか。
「……」
俺としては、全てを信用することはできない。
情報が少なすぎるのだ。
話した感じ、昼間の謁見の時と違って今の女王は非常に気さくに感じる。
少なくとも害意はないというのは本当だろう。
だが、だからと言って、うさん臭さもある。
王国は混乱していると言っても、地方の方は比較的安定していると思ったし、ユピテルを敵対視すると言っても、もしも本当に戦争になった場合、困るのは王国だ。
確かに王国は強大な軍事国家であるが、戦争をした場合、苦戦はしつつも、ユピテルが勝つだろう。
勝ったとしても、どう考えても辛勝。こんな混乱している時期に戦争なんて阿保らしい。
軍属派という存在も怪しいものだ。
―――だが…。
なんだこの胸騒ぎは?
王宮に着いた時から、そして女王の話を聞けば聞くほど、嫌な予感が頭を支配している。
似ている―――カルティアに行かなければならなくなったときに。アウローラに行かなければならなくなったときに。
そうだ、気になる事があったんだ。
ユピテルが敵視される原因となった出来事。
トトスの失踪。
その時に話に出た、ユピテルの少女。
もしかして―――。
「1つ尋ねてもよろしいでしょうか?」
「なんでしょう」
「その―――トトスという剣士が消えた事に関わっているという、ユピテルの少女の名を…教えてくれませんか?」
ゴクリと唾を呑んだ。
この予感と予想が合っていたら―――いや、合わないでくれと願いながら…。
「えっと…確か…」
リーゼロッテは少し唸り、隣を見る。
勿論彼女の隣にいるのは、薄紫髪の男、フィエロだ。
フィエロは女王に促されるように、口を開いた。
「その少女の名は――エトナ・ウイン・ドミトリウス…。彼女もトトスと共に消えた」
「―――――」
心臓が――どくんと跳ねる音が聞こえた。
―――あぁ…なるほどな。
そういうことか。
『運命に…負けるなよ…』
いつか炎の精霊が、そんな事を言っていた。
ひょっとしたらあの精霊は、こういう未来が俺を待ち受けていることを知っていたのかもしれない。
そんな事を思った。
「…少し―――考えさせてくれ」
俺はそういった。
● ● ● ●
その場にいたメンツで小一時間ほど話し合った。
幸いなことに、今の俺は1人じゃない。共に生きたいと言ってくれる人が何人もいる。
1人で悩む必要はない。
女王には、少しだけ待っていて貰うことになった。
部屋の隅っこでちょこんと座っている様は、流石に王族らしく、遠目にも優雅に見える。
「―――まさか…ドミトリウスさんが…」
「―――驚きですね」
俺たちは小声で円を組んで話している。
「その…エトナという方も強いんですか?」
質問をしたのはシンシアだ。
彼女は唯一エトナと面識がない。
確かに俺の周りには何故か戦闘力が高い人が多いし、そう思うのもおかしくはないか。
「いや、俺の知っている限りだと――精々学生レベルの魔法が使えるくらいじゃないか? トトスの実力がどうだか知らないが、とても名のある剣士と戦えるとは思えないよ」
「…そうですか」
そう、俺達からすれば、殺したにしろ攫ったにしろ、エトナがトトスの相手になるとは思えない。
むしろ逆にトトスがエトナを攫ったのでは、とすら思う。
まぁ逆が成立するから、王国側との主張は食い違うわけだが。
「…これからどうするか…とりあえず皆の意見が聞きたい」
俺は皆を見渡した。
ヒナに、リュデに、シンシアに、チータ。
これだけいれば何かいい意見も出るだろう。
「…私は、女王と協力するかはともかく、この王城に留まることは反対ね。話が本当かどうか以前に、この王宮は胡散臭過ぎるわ。穏健派の人たちも、ドミトリウスさんも心配だけど…とにかく、自分たちで信頼できる情報源を集めるのが一番よ」
最初に言葉を述べたヒナは流石と言うべきか、動揺もせずに頼りになる発言をしてくれる。
確かに、情報の信ぴょう性というのは重要だ。
今のところギルフォードと女王からの情報しかない状態では、まともな判断はできない。
「一応、私達の立場としては―――女王に協力するのは内政干渉になります。ユピテルの大使という立場からするとあまりよくはありませんね…」
秘書官として、リュデは真っ当なことを述べた。
確かに――忘れがちだが俺はそれなりの身分がある存在だ。
私情に駆られて内政に介入するのはあまりよくはない。
「私には難しいことはわかりませんが…ただ、その、女王という人が嘘を言っているようにも思えませんでしたね」
シンシアは短めの意見だったが、この直感的な感想もなかなか参考になる。
確かに、女王はどちらかと言えば親しみを感じた。寧ろそれが怪しいともいえるが…。
「坊っちゃまの心のままに従うといいでしょう。旦那様も奥様も、心が強い方々です。きっと…大丈夫ですよ」
そして最後にチータがそう締めくくった。
「…なるほどな」
皆の言葉を聞いて、なんとなく意見はまとまった。
誰も、もう既にエトナは…なんてことを言わないのはありがたいことだ。
俺も少しだけ―――頭の中が整理されたような気がする。
● ● ● ●
それからもう少しだけ考えを煮詰めて―――リーゼロッテを呼び出した。
彼女はやはり優雅な足取りでこちらに向かってくる。
隣のフィエロは着ている服の気品の割りには適当な歩き方なのが何ともギャップがあるな。
「それで、返答は?」
「―――返答の前にこちらから2点、質問してもいいでしょうか?」
そう、どうしてもいくつか確認しておきたいことがあった。
その答え方によって、彼女との協力体制を築くか決める。
「勿論ですわ」
「…では―――まず1つ目、協力とは具体的に何をするのか教えていただきたい」
協力しろ、と言われても、王国のことはそれほど詳しくない。
俺たちは確かに何人かは二つ名持ちの軍隊上がりで、第1独立特務部隊をそのまま護衛に持ってきた関係上、それなりの戦力にはなる。
だがそれを王宮内の権力争いに使えるとは思えないのだが…。
「そうですわね…あなた方には王城の外で―――動いて貰いたいですわ。基本的に頼むのはは諜報と調査、もしかしたら戦闘の可能性もあるでしょうか」
「…なるほど」
確かに、俺達の部隊は、戦闘以外も、諜報活動や隠密活動も訓練している。
そう言った点を見込んだのかもしれない。
「では、次に、2つ目。どうしてそちら側は我々を信用するのか、理由を教えていただきたい」
正直、この点が俺としては一番重要だ。
彼女がどうして俺達を信用するのか。
それによって俺が彼女を信用できるかどうかも変わってくる。
「……」
リーゼロッテは少し悩みながらも、言葉を選びながら口を開いた。
「それは―――まず、ギルフォードが信用できると太鼓判を押したこと、それから―――」
「―――君が天剣シルヴァディの弟子だからだよ」
「――――!」
リーゼロッテの言葉を紡ぐように声を上げたのは、フィエロだった。
しかし、シルヴァディの弟子だからって…。
「その、黄金の剣―――間違いなくアイツに渡したナバスの名剣イクリプス。見間違えるはずはない。アイツの弟子ならば間違いはない」
そう言いながら、フィエロは俺の腰の剣をじっと見つめている。
なるほど、シルヴァディはイクリプスをフィエロから貰ったのか。
そう言えば、フィエロはシルヴァディの師匠だったってイリティアが言っていたな。
「―――シルヴァディには、私も随分お世話になりましたから…亡くなったというのは非常に残念ですわね」
リーゼロッテは少し目を伏せてそう言った。
「…なるほど。よく分かりました」
昔、シルヴァディは王国に滞在していた。
詳しいことは分からないが、少なくとも嫌いな相手に剣を教えたりはしないだろう。
彼らとシルヴァディの間には何らかの絆や思い出があるのかもしれない。
こんなことならもっと昔の話を聞いておけばよかったな。
「それで…返答の方は?」
「…そうですね」
女王の催促に、俺は頷いた。
「…ユピテルの大使としては協力できません。内政干渉にあたりますから」
そう、ユピテルの大使としては彼女に協力はできない。
これは俺の意思であってラーゼンの意思ではないからだ。
「なので―――私個人―――1人の私人としてなら協力しましょう。アルトリウス・ウイン・バリアシオンと、その私兵として」
俺はそう決断した。
正直、シルヴァディの名を出されると、どうしても親近感を覚えてしまう。
だけど、彼らのその言葉に嘘はなかったと、そう思いたい。
「感謝しますわ、大使さん―――いえ、バリアシオンさん?」
そして、女王また、ニコリとほほ笑んだ。
● ● ● ●
明け方、俺たちは丸ごと王城を抜け出した。
メンツは使節団全員。元々隠密活動も視野に入れた特殊部隊という事もあって、王城を抜け出すことは難しくなかった。
女王にあらかじめルートを手引きしてもらったしね。
女王リーゼロッテとはその後に行くつかの打ち合わせをした後、別れた。
一応、いくつかの連絡を取る手段を教えて貰ったので、今後は王宮の外と内でそれを使って連絡を取ることになるだろう。
打合せが終わると、彼女たちは天井の隠し通路から戻っていった。
ただ、別れ際にフィエロと少しだけ会話をした。
「シルヴァディの死に際は…どうだった?」
「それは―――」
多分、立派だったのだと思う。
だが実際に俺は死に目には会えていない。
なのでそれを答えるなら…。
「満足そうな顔をして―――安らかに逝きましたよ」
横から声を上げたのは、シンシアだ。
先ほどシルヴァディの名前が出てからは妙にそわそわしていた。
もしかしたら、自分の知らない父親の話を聞きたかったりしたのかもしれない。
「君は―――そうか。奴が言っていた娘か…目元かそっくりだよ」
「…よく言われます」
「そうか…しかし―――なるほど時が流れるのは早いな」
なんてことを言いながら、彼らは去っていった。
王城を離れる頃には、既に日が出てきていた。
日が昇るにつれて王宮が白く照らされる姿はどこか幻想的だ。
無論、そんな光景に目を奪われるほど暇ではない。
感じるのは、漠然とした不安。
大切な人の安否と、また俺は大きな時代の流れに、無理やり流されているんじゃないかという、そんな不安。
「アル様、大丈夫ですよ」
「リュデ…」
顔に出ていたのだろうか、リュデがいつの間にか傍にいた。
「大丈夫です。ご家族の方々も、エトナ様も、きっと無事です」
「…ああ、そうだな」
こうして、俺達の王城滞在は、瞬く間に終わった。
そして――これから俺達は、王国に渦巻く混沌の波に、足を踏み入れていくことになる。




